我々の体内では「ホルモン」という物質が存在し、生きていくために必要な機能を数多く担っています。たとえば、
インスリン:膵臓から出る。血糖値を下げる。
成長ホルモン:脳から出る。体を大きくする。
エストロゲン、プロゲステロン(女性ホルモン):卵巣から出る。第二次性徴や性周期を作り出す。
アンドロゲン(男性ホルモン):精巣から出る。第二次性徴やハゲにかかわる。
などがあります。
その中で私が研究しているのは、胃や腸といった消化管です。消化管は食べ物を消化して栄養を吸収する場所ですが、実はホルモンも分泌しています。消化管が食べ物と接しているからか、消化管ホルモンには食欲の調節にかかわるものが多いです。
また、近年では腸内の細菌やその細菌が作り出す代謝産物も消化管ホルモンと密接にかかわっていることが明らかになりつつあり、腸内環境と体内環境を繋ぐ重要な存在と考えられています。
そして私は学生時代から、消化管ホルモンが分泌される際、それを分泌する細胞(消化管内分泌細胞)の中で何が起きているのかを分子レベルで解明することに取り組んできました。主に用いるツールは蛍光顕微鏡と高感度カメラを用いた生細胞イメージングで、自分が観察したいタンパク質の挙動をリアルタイムで観察することができます。
特に活用しているのが細胞膜付近の蛍光のみを観察できる全反射蛍光顕微鏡で、分泌小胞・細胞骨格・膜タンパクなどの動きをとらえることのできる強力な武器です。
これらのテクニックを用いて、特に小腸から分泌されるグルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1: GLP-1)が分泌される仕組みについて解析し、いくつかの論文を公表してきました(Haada et al., Biochem Biophys Res Commun, 2015; Harada et al., J Biol Chem, 2017; Nakamura et al., J Mol Endocrinol, 2020; Harada et al., FEBS Lett, 2023など)。
左から、分泌小胞(Harada et al., Biochem Biophys Res Commun, 2015)、アクチン骨格、イオンチャネル(ともにHarada et al., J Biol Chem, 2017)を可視化した小腸内分泌細胞株の全反射蛍光顕微鏡動画
さらに、この消化管ホルモンの分泌が動物個体の生活にどんな意義を持つのか調べるため、ノックアウトマウスなどの動物モデルを用い、組織の染色観察、遺伝子解析、腸内細菌や代謝物の解析を行っています(Harada et al., Mol Metab, 2024)。細胞レベルのイメージングだけでは分からない多細胞、多臓器の機能連関を紐解くことで、消化管ホルモンが果たす役割の全体像に迫ろうとしています。
細胞でホルモン分泌などのダイナミックな現象が起きるときには、細胞内にある特定の分子(セカンドメッセンジャーなどと呼ばれたりします)の濃度が変化し、それを受けて細胞の機能を制御する様々なタンパク質が巧みに動き出します。そんな細胞内のセカンドメッセンジャー分子がいつ、どの程度、どんなスピードで変化しているかを明らかにできるツールが発達してきました。代表的なものに、クラゲやサンゴなどに由来する蛍光タンパク質を人工的に改変したセンサータンパク質があります。このセンサータンパク質は、細胞内の特定の分子の濃度変化を明るさの変化で可視化することができ、細胞を蛍光顕微鏡で観察することで、自分が知りたい分子の濃度変化をとらえることができます。
近年では、Ca2+、cAMPなどの代表的なセカンドメッセンジャーに加え、エネルギー代謝に関連した分子であるATP、グルコース、乳酸、ピルビン酸などの物質を可視化することが可能になり、多くのセンサータンパク質開発に携わってきました(Matusda et al., ACS Sens, 2017; Harada et al., Sci Rep, 2017; Harada et al., Sci Rep, 2020; Mita et al., Cell Chem Biol, 2022など)。
左から、緑色蛍光cGMPセンサーGreen cGull(Matsuda et al., ACS Sens, 2017)、赤色蛍光cAMPセンサーPink Flamindo(Harada et al., Sci Rep, 2017)を発現させた細胞の蛍光強度変化
ここまで取り組んできたホルモン分泌機構の解析、センサータンパク質開発などの経験を活かし、現職(国立環境研究所)では環境科学研究への貢献を目指しています。
地球環境中には、人間の活動に伴って様々な化学物質が放出されています。その中には、人体や生態系への有害性が指摘される物質もあり、公害問題などの教訓から、大気中への排出量や食品中の濃度などの基準値が定められてきました。その中でも、特にヒトの健康への影響に着目し、近年健康影響への懸念が生じているプラスチック粒子などの物質について、細胞レベルの有害性、組織個体中への取り込みを詳細に解析することを目指しています。