材料班では,デバイスとしての性能・完成度からは意図的に焦点を外し,従来に無かった機能を0から1へ創出するモチベーションで活動を行っております.CNTはノーベル賞の有力候補成果にも挙げられるほど活用が進み,世界に誇る日本発の先端材料と言えますが,基礎物理・基礎化学として未解明な点が多く残されております.よって材料班ではPTE型イメージセンサ画素や非破壊MMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラという用途に縛られることなく,CNT材料の基礎科学をとことん深掘りしており,結果的にPTE型イメージセンサ画素やMMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラの性能改善へ繋がるという好循環(例①・②・③)にも恵まれてきました.
またCNTの基礎科学では「光と材料との相互作用」や「光⇔熱⇔電気というマルチスケールな相互作用」が主題となっておりますが,材料班ではシートデバイスとしては「曲げられる」,「伸ばせる」,「透明な」,「塗れる」,といった様々な在り方を表現してまいりました.
本成果では,新しいデバイス機能が備わった独自の光イメージセンサを創出し,モノつくりにおける非破壊検査技術としての有用性を強く示唆する実験/理論的実証へと展開していきました.モノづくりを支える基幹技術としてMMW–IRイメージセンサが注目を集める中で,CNTによる素子設計は優しい操作性・高い検査性から先導的な役割を担います.検査の観点では観察物が存在する“その場”におけるセンサ操作(オンサイト)が求められており,センサ自体が小型・軽量・柔軟である必要性に加えて,読み出し回路の小型化も必須となります.言い換えると,空間的な操作範囲において制約のない小型無線回路が必要となり,従来のCNTイメージセンサを操作するうえで,電気信号の取り扱いが高精度な一方,高重量かつ巨躯である有線回路が併用されてきました.小型無線回路では有線回路と比較して読み出し可能な電圧信号レンジが大きいため,CNTセンサにおける微小な電気信号は回路側では検出できません.従来のCNTセンサは,受光感度,すなわち光を照射されることにより発される応答信号が検査信頼性の妨げとなる雑音信号(ノイズ)に対してどのくらい大きいかという数値指標として秀でる一方で,受光応答信号強度自体は数十µV–一桁mV程度と小さく,最低でも約1 mV以上の電気信号が対象となる小型無線回路との併用には不十分な特性となっていました.
そこで本成果は,多様な電子状態を振る舞い得るCNTの中でも,半導体分離CNT(semiconducting-separated CNT: s-CNT)に着目しました.s-CNTはMMW–IR照射に対する受光応答信号を高強度に保つ一方で,デバイス信号に含まれるノイズ成分が多く,イメージセンサとしての材料利用においては取得画像の信頼性が低いことが懸念されていました.ノイズ成分とは,例えば,壊れたテレビの画面に本来の投影とは無関係な砂嵐模様が散見するようなものです.そこで本成果では,ケミカルキャリアドーピング(空気にさらされた状態(大気暴露下)においてピペットで液体を垂らすだけの簡便な方法により完結)が有効な打開策であると発想しました.具体的には材料特性を最大限に引き出す最適化条件のドーピングs-CNTにより,受光信号応答強度・受光感度をそれぞれに高い水準で発揮するイメージセンサを開発し,オンサイト操作だけでなく,小型無線回路によりリモート制御可能な非破壊MMW–IR検査デバイスとしての基礎実証に成功しました.
本成果では,MW検出器の設計におけるサイズ面でのボトルネックを解消しました.MWはcm台の極めて長い波長から,一般的に検出器の設計においては巨躯なアンテナ併設が前提となっておりました.MWへ期待される用途は6G・7Gといった次世代の高速大容量無線通信が主となっていますが,ヒトにとっては不透明な物体への深部にまでおよぶ透視性から,非破壊撮像検査への潜在能力にも注目が寄せられています.非破壊撮像では既存MW検出器の巨躯な構成は致命的な課題となり,具体的には検出器の集積密度が速度を律速する撮像において,小型・高密度集積への不適性から低速(長時間)撮像が強いられていました,これらの状況に対して,本成果ではCNT型PTEセンサが単体でMW検出へ有効である点を見い出し,巨躯なアンテナ併設を要さずに小型センサのMW検出感度は1,400超(信号対雑音比)へと到達しました.本成果はCNT型PTEセンサ本来の電極材質・構造が,上記挙動の支配的メカニズムである点を特定し,「アンテナ不要な小型センサ」というコンセプトからMW検出器における固定概念を覆しました.さらに当研究室がこれまでに実証してきたMMW・THz・IR帯での非破壊モニタリング技術と融合させ,世界に先駆けたMW–IRセンサシートという位置付けを科学的価値・社会応用性の両面から確立しています.
本成果ではストレッチャブルCNT型PTEシートセンサにより,今までにない簡便な液体化学モニタリング手法を確立しました.これまで,環境計測を指向した家庭・産業排水の化学的液質検査では,液体サンプルの採取や試薬の混合が必要とされてきました.遠隔操作を含むオンサイトでの長期的かつ,ユーザー技量を問わない簡便な計測の実現には,サンプル非採取かつラベルフリーな新規手法の確立が求められます.
本成果はストレッチャブルCNT型PTEシートセンサの貼り付けという簡便な工程のみで,オンサイトな水溶液濃度計測に成功しました.溶媒自身から発せられる広帯域なIR放射現象(熱輻射)と,それに対する溶質での局所的な吸光に着目することで,サンプル非採取かつラベルフリーな液質計測が可能となります.この液質計測に用いられるストレッチャブルCNT型PTEシートセンサは物や塩ビパイプ,蛇腹管,ゴムチューブといった柔らかい素材の液体配管にぴったりと貼り付けることが可能であり,液体の流動性による配管の膨張・収縮・曲げ等といった変形に対しても安定して追従します.ユビキタスな水質検査に資する基盤技術の実証という本成果は,将来,配管セーフティネットの構築に貢献できると期待されます.
本成果では,CNT型PTEセンサの感度決定要因を特定し,110倍もの高感度化を実証しました.具体的には本成果はCNT型PTEセンサの電極構造・材料に対するMMW・THz・IR検出感度依存性を解明し,従来の主流設計となっていた「CNTフィルム上への高導電性な金電極の堆積」から,「CNTフィルムと隣接する形でのビスマス電極の接合」という最適化構造へと展開してまいりました.本成果によりCNT型PTEセンサは関連分野における「超広帯域MMW・THz・IR検出性能という特徴」から「先駆けた超広帯域かつ超高感度なMMW・THz・IR検出性能という強力な優位性」へとアップグレードされ,MMW・THz・IR計測の潜在能力である透視性・材質同定性を社会実装するうえでの技術基盤が確立されました.
また本成果の鍵を握る知見といたしましては,「元来p型な材料であるCNTフィルムに対して,n型に大きなゼーベック係数の電極材料を直列方向へ接合するという」設計指針となり,金属単体のビスマスを利用するだけでなく,化合物への電極材料拡張等,今後の更なるPTE科学を加速させる極めて重要な位置付けとなります.
CNT組成の最適化は現在も一際ホットなテーマとなっており,当研究室に限らず世界中の材料科学においても重要なマイルストーンと位置付けられております.CNTは電子状態やサイズ,機械的構造といった面で複雑な系となっており,PTEの観点から個々の寄与を丁寧に紐解くことで,材料班ではPTE型イメージセンサ画素やMMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラとしての更なる性能向上および未知なる科学探求を目指してまいります.チューブ直径,チューブ長さ,分散液/フィルム内での半導体質・金属質混合比率等へ,材料班によるCNTへの基礎科学は続いてまいります.また材料班ではドラえもんの様なイメージで,「カメラとしてこんな機能が有ったら良いな」という知的好奇心を最大限に尊重し,現在はシートデバイスとして「噴きかけて作れる」,「繰り返し洗える」,「1回で洗い流せる」,「埋めれる」,「耐えれる」といったコンセプトにもチャレンジしております.