カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)は,1991年に飯島澄男 博士により発見されたナノ電子材料です.CNTは炭素原子で構成され,直径ナノメートル台の円筒状物質です.チューブを繊維状に堆積したCNTフィルムは,手やピンセットでも容易に繰り返し摘まめる強度と柔軟性を示します.当研究室では一桁µm厚のCNTフィルムを,フレキシブルブロードバンドカメラの主材料に用いております.Zeon社を始め様々な機関のご協力の元に,研究を進めております.
CNTフィルム自身が柔軟である点は先述の通りとなりますが,案外にもCNTフィルム単体のみで扱うことは困難となります.同じく薄膜な支持基板材料上にCNTフィルムを堆積させることで操作性は飛躍的に向上し,更にCNTは分散液を材料加工の起点とすることができ,つまりは様々な支持基板上へCNT分散液の印刷によりフィルムとして堆積することが可能となります.ガラスやSi基板といった硬基材に加えて,CNT分散液は紙や用途が豊かなポリマー各種(PTE,耐熱性のポリイミド,伸縮性のポリウレタン等)にも印刷可能となります.また薄膜支持基板に限らず,最初から湾曲している3D構造体(例:湾曲している水道管外壁等)にも印刷が可能であり,用途に応じて適材適所な基板材料上へCNTは形成されます.
研究内容ページにおいて先述の通り,MMW・THz・IR帯での非破壊検査技術の確立に向けては,広範な透視・材質同定を司る超広帯域動作が画像計測デバイス(つまりイメージセンサ(画素)やカメラ)には求められます.また肉厚な構造や高吸光な材質への照射後にはMMW・THz・IR透過の信号強度は微弱であり,その様な観察物に対しても非破壊検査を行ううえで,同じく画像計測デバイスには高い吸光率(微弱なMMW・THz・IR透過信号を検知可能)が求められます.その様な観点において,CNTフィルムは食品ラップ程の薄さ(約一桁µm厚)において,MMW・THz・IRの全域,更には可視光帯において一貫して80 %超の高い吸光率を示します.つまりCNTフィルムの利用は,薄膜・柔軟・軽量なシートデバイスとしての易しい操作性,そしてMMW・THz・IR帯の潜在能力を最大限に引き出す検査性能が相乗効果として発揮されます.
CNTフィルムに吸光されたMMW・THz・IR照射はそれらのエネルギーが熱に変換され,その後,熱電変換を通じて起電力応答信号として検出されます.「吸光発熱」「熱電応答」という2つのエネルギー変換が融合するこの物理現象を光熱起電力効果(Photo-thermoelectric: PTE)と呼び,フレキシブルブロードバンドカメラの動作原理となります.CNTによるPTEは室温での超広帯域吸光(MMW・THz・IRに留まらず可視光も)を可能にし,先述の柔軟性と合わせて,当研究室のカメラの強みとなります.CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラは世界に先駆けて超広帯域・超高感度なMMW・THz・IR検出を単一素子により完結させ,電子デバイスの中でも極めてユニークな位置付けを占めております.
CNT型フレキシブルブロードバンドカメラの基礎設計に際して,当研究室ではデバイス材料であるCNTフィルムの吸光率,ゼーベック係数,および電気抵抗の評価に注力しております.PTEを簡略化したうえで,ゼーベック係数と吸光率の積がCNT型フレキシブルブロードバンドカメラにおけるMMW・THz・IR検出応答信号強度へ比例し,電気抵抗の増大は顕著な熱雑音(ノイズ:例 Figure 1e)として画像計測精度に悪影響を与えます.
上記の設計指針より,当研究室ではゼーベック係数・吸光率が高く,そして電気抵抗が低いCNT材料条件を模索しております.またPTEでは異種材料接合において構成材料同士間でのゼーベック係数の差が起電力強度に比例し,異種材料接合を受光界面として採用します.PTE型フレキシブルブロードバンドカメラのイメージセンサ画素本体を成すCNTフィルムに加えて,異種材料型の受光界面として,CNTフィルム内でのpn接合形成(CNTは元来p型),CNTフィルムへ結線させる電極配線材料の最適化等,俯瞰的にデバイス設計を推進しております.
ゴムの様に柔らかく弾性を持った薄膜ポリウレタン支持基板に,CNT型PTEイメージセンサ画素を埋め込むことで,高伸縮なブロードバンドMMW・THz・IRカメラシートとしても展開しております.動作原理を詳細に紐解いた素子設計により,当研究室は機械的伸縮性と光学的安定性の両立を実証しております.近年では,伸縮性に着目したストレッチャブル(Stretch + able:伸縮可能な)エレクトロニクスの特徴が徐々に認知され始めております.曲面への密着したCNT型PTEブロードバンドカメラシートの貼り付けや,変形を伴う柔かい被写体への装着等,より易しい非破壊検査技術への多大なる貢献が期待されます.
CNT型PTEブロードバンドカメラのシートデバイスとしての操作性において,最大の利点は「繰り返しの貼り付け」および「繰り返しの変形」となります.シートデバイス単体としては,ひらひら・ぺらぺらとした状態でありながらも,非破壊検査においては所望の観察物に対するフィット感満載な貼り付けおよび全方位包囲が,硬基材・平面視野カメラでは課題となる湾曲観察物における死角を一網打尽に解決していきます.
前項目の更なる補足といたしまして,CNT型PTEブロードバンドカメラは対象物構造に依らず全方位の非破壊MMW・THz・IRイメージング検査が可能となります.湾曲物に対して,既存の固体レンズカメラでは側面・裏面・凹凸面に死角を抱え,また全視野計測には巨躯な回転系が必要となっておりました.当研究室ではこれらの課題を解決し,CNT型PTEブロードバンドカメラによる制約の無い非破壊MMW・THz・IRイメージング検査を実現します.カメラ搭載ユニットは,3Dプリンタにより自由度高く設計・実装し,過去には注射器,ガス管,送電線といった産業製品の高速全方位非破壊検査を実証してきました.
イメージング計測においては一般的に,物の見え方と照射光波長には密接な関係があります.ヒトの眼は極めて狭帯域な光のみを視ており,ヒトの眼では同じ様に見える観察物に対しても,広帯域にMMW・THz・IRイメージングを行うことで,詳細な材質同定が可能となります.当研究室では材料特性を活かし,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラによる超広帯域MMW・THz・IRイメージング技術の確立に注力しております.不透明な三次元構造に対して,多層内部構造における任意階層からの全方位イメージングの抽出等,将来的には既存の巨躯なMMW・THz・IR分光装置をCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラへ機能集約することがゴールとなります.
フレキシブルブロードバンドカメラの設計に際して,一般論にも即した考え方となりますが,当研究室ではCNT型PTEイメージセンサ画素の高密度集積を目標に掲げております.受光部・配線・絶縁体(配線間の交差として)・信号処理回路・画像化アルゴリズムと,スマートフォン内蔵の可視光カメラまでに並ぶには途方もないチャレンジが続いておりますが,各工程における科学的な新規性・独創性を重要視しつつ,当研究室では中長期的な目線から真の意味でのカメラ実装に向けて取り組んでおります.
上記を基礎編のダイジェストとして,当研究室ではテーマのフェーズ毎に”印刷班”・”材料班”・”情報班”・”投影班”という体制を敷いております.ここではあいうえお順に班名を並べておりますが,「基礎研究寄り」から「出口戦略向け」の順番といたしましては,”材料班”→”印刷班”→”情報班”→”投影班”という順となります.更に噛み砕くと,”材料班”では基礎科学に基づく新たな機能を0から1へと生み出し,”印刷班”では上記機能をデバイス性能(CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラ)として1から10へと熟成させ,”情報班”ではデバイス性能を非破壊MMW・THz・IR検査技術として10から50へと具体化し,最後に”投影班”では産業界でのユーザ視点・出口戦略に基づくプロトタイプとして50から100へとブラッシュアップしてまいります.
”材料班”では,デバイスとしての性能・完成度からは意図的に焦点を外し,従来に無かった機能を0から1へ創出するモチベーションで活動を行っております.CNTはノーベル賞の有力候補成果にも挙げられるほど活用が進み,世界に誇る日本発の先端材料と言えますが,基礎物理・基礎化学として未解明な点が多く残されております.よって”材料班”ではPTE型イメージセンサ画素や非破壊MMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラという用途に縛られることなく,CNT材料の基礎科学をとことん深掘りしており,結果的にPTE型イメージセンサ画素やMMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラの性能改善へ繋がるという好循環(例①・②・③)にも恵まれてきました.特にCNT組成の最適化は現在も一際ホットなテーマとなっており,当研究室に限らず世界中の材料科学においても重要なマイルストーンと位置付けられております.CNTは電子状態やサイズ,機械的構造といった面で複雑な系となっており,PTEの観点から個々の寄与を丁寧に紐解くことで,”材料班”ではPTE型イメージセンサ画素やMMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラとしての更なる性能向上および未知なる科学探求を目指してまいります.チューブ直径,チューブ長さ,分散液/フィルム内での半導体質・金属質混合比率等へ,”材料班”によるCNTへの基礎科学は続いてまいります.
またCNTの基礎科学では「光と材料との相互作用」や「光⇔熱⇔電気というマルチスケールな相互作用」が主題となっておりますが,”材料班”ではシートデバイスとしては「曲げられる」,「伸ばせる」,「透明な」,「塗れる」,といった様々な在り方を表現してまいりました.こちらはドラえもんの様なイメージで,「カメラとしてこんな機能が有ったら良いな」という知的好奇心を最大限に尊重し,”材料班”では現在は「噴きかけて作れる」,「繰り返し洗える」,「1回で洗い流せる」,「埋めれる」,「耐えれる」といったコンセプトにもチャレンジしております.
アイディア勝負な”材料班”では前人未到となるコンセプトを0から1へと創出し,職人気質な”印刷班”では非破壊検査現場で求められる技術基準に向けて”材料班”発アイディアを1から10へ伸ばしてまいります.”印刷班”ではMMW・THz・IRフレキシブルブロードバンドカメラにおけるCNT型PTEイメージセンサ画素の微細加工・高密度集積をメインテーマとして扱っておりますが,職人気質たる所以は文字通りに”印刷”です.先述の通りにCNTは分散液が材料加工における起点となり,巨躯・超高額・技術的に高ハードルなクリーンルームへ依存せず,卓上・室温・大気暴露・室内照明下での簡便な印刷工程に適応可能となります.一方で高濃度CNTの均一液中分散は材料科学における最もタフな項目としても知られており,凝集粒径,粘度,分散剤等,インクやペーストといった液体材料としての検討事項は多岐にわたります.上記の項目はそれぞれが独立して印刷工程における加工精度へ影響を与え,CNT分散液自身への精緻な状態制御,またCNT分散液に応じた各印刷装置の網羅的な条件出し等,サイエンスの枠を超えたエンジニアリングとしての修業が待ち構えております.
印刷という言葉を広く解釈し直すと,古典的・全面塗工型の濾過や版画(別名 スクリーン:例①・②),そして微細・選択的ノズル描画型のディスペンサ(例①・②・③)等,多岐にわたる工程を”印刷班”では一つ一つ着実に確立してまいりました.現在は最も細線加工が可能な選択的ノズル描画型インクジェット印刷に焦点が当てられており,更にはスプレー塗工や3D熱型溶接(いわゆる3Dプリンタ),そして紡糸等も視野に入れつつ,用途に応じて10 µm線幅から一桁mm線幅まで,”印刷班”では”材料班”発アイディアを非破壊高解像MMW・THz・IRイメージングへ有用なCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラとして微細かつ高密度に実装してまいります.また難所環境において作業員自身が身に纏えるウェアラブルデバイス(生体適合性:人肌の発汗を妨げない透湿性)への研究も進行しており,”印刷班”では今後はビーチボールの様に膨らませられる全天球CNT型PTEフレキシブルブロードバンドMMW・THz・IRカメラにも展開してまいります.
”印刷班”により実装されたCNT型PTEフレキシブルブロードバンドMMW・THz・IRカメラを活用し,”情報班”ではスペクトル情報・幾何学・統計学等に基づいた非破壊検査手法の拡充へ着手しております.スペクトル情報の活用といたしましては,”情報班”では医薬品を例に成分となる各高分子,および異物として混入し得る各材質のMMW・THz・IR帯における基礎光学特性(透過率・吸収率・反射率等)をデータベース化してまいりました.またCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラを薄膜シートとしてベルトコンベア状の加工ラインへ貼り付け,模擬産業検体をベルトコンベアにより搬送しながら併設された小型MMW・THz・IR光源の下でリアルタイムに全数観察します.これにより疑似的なMMW・THz・IR分光が本来のモノつくり環境を妨げることなく再現され,対象成分・候補異物の光学データベースをCNT型PTEブロードバンドカメラにおける画素応答とアルゴリズム同期させることで,実験室スケールではあるものの”情報班”による取り組みとして医薬品を対象とする透視・材質同定型リアルタイム非破壊全数検査が実証されました.難所インフラに対するオンサイト検査と同様に,工場等のモノつくり現場では加工・搬送ベルトコンベア状において完結する(インライン)全数検査が強く求められており,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラのデバイスとしての潜在能力に光学データベースを融合させることで,”情報班”では超広帯域,リアルタイム,非破壊,そしてインラインなMMW・THz・IR全数検査を先駆けて原理実証してまいりました.
また”情報班”ではCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラを用いたMMW・THz・IR計測における幾何学情報にも着目しており,特に情報工学分野において勢いを増すコンピュータビジョンへと展開してまいりました.コンピュータビジョンは2D画像計測における光学情報(透過・吸収・反射・散乱の信号強度等)を時空間情報(座標変化,位相ズレ,時間遅れ等)と紐付けることで,観察物の3D構造を復元することが可能となります.従来のコンピュータビジョンは侵襲的なX線計測や,映像美法としての可視光計測へ重用されておりましたが,”情報班”ではCNT型PTEブロードバンドカメラが有する潜在能力から透視性・材質同定性に富む超広帯域かつ超高感度なMMW・THz・IR計測へと拡張してまいりました.具体的には”情報班”ではCNT型PTEブロードバンドカメラにより視体積交差法(複数視野の”影”から3D位置情報を逆投影)や断層撮影法(CT)といった代表的コンピュータビジョン手法のMMW・THz・IR帯拡張を実証し,先駆けて材質同定と3D構造復元が両立可能な非破壊検査技術を確立してまいりました.”情報班”ではスペクトル情報の活用においては「透過系⇔反射系ハイブリッドなインラインシステム構築」,コンピュータビジョンの活用においては「光測距」・「視体積交差⇔光測距ハイブリッド」・「断層撮影⇔光測距ハイブリッド」・「全方位コンピュータビジョン」,また統計学への導入としては”材料班”による膨大な条件下でのCNT組成最適化に対する数理予測モデル構築等,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラとMMW・THz・IR計測の相乗効果から更なる非破壊検査技術へと展開し続けております.
”投影班”では,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラ,および”印刷班”・”材料班”・”情報班”での取り組みを一挙に集約させ,全く新たな非破壊検査システムの創出に取り組んでおります.2023年から新設された班であり,原著論文第一報に向けて一気に研究を加速させております.
”投影班”では高解像集積CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラによる超広帯域かつ超高感度な透視・材質同定型のMMW・THz・IR計測やコンピュータビジョン型3D構造復元に対して,拡張現実やプロジェクションマッピングとの融合により検査技術としての新たな付加価値を創出してまいります.特に拡張現実はエンタメ,プロジェクションマッピングはディジタルアートとしての社会的役割が強く認知されておりましたが,視認性の高さから産業現場での検査員を強力にサポートし得る存在と言えます.具体的には”投影班”では,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラの片面をプロジェクションマッピング面,つまり可視光ディスプレイとして活躍するという着想に至りました.言い換えるとCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラの片面ではヒトには視えないMMW・THz・IR撮像を行い,シートデバイスとしての反対面では操作員への即時的な情報還元として可視光に変換された透視・材質同定画像をプロジェクションマッピングします.CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラ自体は薄く柔らかく軽量であり,プロジェクションマッピングに必要な投影機材の小型化も急ピッチに進められております.これらを踏まえて,”投影班”ではiPadの様に使いやすいCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラ・プロジェクションマッピング結合型スマートタブレットを創出し,難所環境を含み検査現場で完結するオンサイト透視・材質同定の実証を目指してまいります.
また”投影班”では現場完結型(オンサイト)スマートタブレットの創出を志向しているため,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラの基礎制御に関しても同じくオンサイトであることが徐々に求められ始めます.それらの背景から,”投影班”では水に浸すだけで完結するCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラの高感度化へ取り組んでおります.水(水道水でもok)に浸すだけ,という如何なる検査現場においても完結し得る極めて簡便な工程から,CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラ・プロジェクションマッピング結合スマートタブレットの長期オンサイト利用を強力に後押しします.また水に浸すことで紡ぎ出されるCNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラの高感度化に関しても,既に背景物理・詳細原理の大枠は解明しており,水を浸すことで実際に24倍もの高感度化が確認されております.これらの代表的な取り組みに加えて,現在の”投影班”では「CNT型PTEフレキシブルブロードバンドカメラに対するMMW・THz・IR撮像波長選択性の付与」や,「カメラ面/プロジェクションマッピング面から両面カメラへのコンセプト拡張」といったテーマを推進しております.