研究内容

■ はじめに

中心炭素代謝やアミノ酸代謝からなる一次代謝には、エネルギーを生み出すとともに、細胞の部品をつくる役割があります。これらは生命を保つために必須であるため、一次代謝のネットワークは乱れないように強固に組み立てられています。ところが近年、特定の発生・成長といった局面で一次代謝ネットワークが変化し、別の役割を果たすことも分かってきました。これは、酵母や大腸菌を調べて明らかにされてきた代謝の知識をもとにしつつ、器官の発生・成長にともなう新しい代謝の理解も必要なことを示唆しています。私たちは、このような代謝系を「発生・成長メタボローム」と捉え、その同定や、機能および調節メカニズムの解明を目指しています。

■ ミヤコグサにおける根粒の着生制御と炭素栄養の動態

マメ科植物の根にはコブ状の根粒がつくられ、窒素固定細菌である根粒菌が住み着いています。そして、宿主であるマメ科植物は光合成で得た炭素栄養を根粒菌に提供し、その見返りとして、根粒菌から窒素栄養を受けています。この共生関係によって両者の代謝生理状態は良くなり、活発に成長および増殖することができます。しかし、そもそも、炭素栄養はマメ科植物自身が成長するためにも必要な栄養です。そのため、マメ科植物は炭素栄養を自身の成長への投資と、根粒菌への投資と、バランス良く分配しなくてはなりません。

   これまでに、マメ科植物は「根粒着生のオートレギュレーション(Autoregulation of nodulation, AON)」と呼ばれる仕組みによって、根にできる根粒の数を厳密にコントロールしていることが知られています。私たちの研究グループでは、AONを介した根粒の着生制御が、植物体の水分恒常性に寄与していることを発見しました。さらに、この水分恒常性が乱れると、植物体の成長に炭素栄養を投資できなくなることも見いだしています。このAONの生理的な役割に着目して、今後は根粒共生における水分獲得戦略、炭素栄養の分配戦略、ひいては、周囲の栄養環境に適応するマメ科植物の成長戦略を解き明かしていきます。

■ ヒメツリガネゴケ茎葉形成とアルギニン代謝

植物は進化の過程で陸上へ進出し、地を這う単純な体制から、茎や葉をつくる複雑な体制(シュート構造)を獲得しました。この体制の革新には、器官の発生・成長を可能にする代謝変化も伴ったと考えられます。しかし、代謝調節を介したシュート構造の獲得機構は未解明です。

   私たちの研究グループは、基部陸上植物であるヒメツリガネゴケの茎葉体というシュート構造の発生・成長が、アルギニン代謝の変転で促される現象を発見しました。さらに、アルギニン代謝には基本的な生理機能とは別に、細胞の分裂や伸長を制御する新しい役割がある可能性も見いだしています。そこで、茎葉体が発生・成長するときに起こるアルギニン代謝の動態変化を捉え、その機能および調節メカニズムを解く研究へと発展させる計画です。