要旨

滋賀県彦根市の水田地帯におけるカヤネズミの食性-カヤネズミはイネを食害するか?

畠 佐代子(全国カヤネズミ・ネットワーク)

日本最小の齧歯類であるカヤネズミMicromys minutus (Pallas, 1771) は、かつては国内の河川敷や休耕田、茅場などで普通に見られたが、生息地の減少により全国的に絶滅が危惧されている。滋賀県でも希少種に選定されるとともに、個体群の保護と生息地保全の重要性が高まっている。

カヤネズミはバッタ類等の昆虫のほか、イネ科植物の種子を餌とすることが知られている。また、おもにイネ科植物の葉を編んだ巣で子育てをする習性があり、水田のイネOryza sativa L にも営巣するため、イネの種子を食害する害獣と見なされて、捕殺されることがある。これまでに、カヤネズミがイネを大きく食害した報告はないが、水田地帯における本種の食性調査は行われておらず、実態は不明であった。水田地帯に生息する本種の保護を円滑に行うために、農家に協力を求める論拠として、その食性を明らかにする意義は大きい。

そこで、カヤネズミによるイネの摂食の有無を明らかにするために、2015年6~11月に、滋賀県彦根市開出今町の水田地帯に架けられたカヤネズミの巣内から糞を採取し、糞に含まれるDNAを抽出して、餌生物の判別を行った。イネの他に、昆虫類・クモ類および植物のサンプリング調査により、カヤネズミの餌となる可能性があると考えられた、イヌビエ属、スズメノヒエ属およびバッタ類3種(コバネイナゴOxya yezoensis (Shiraki, 1910)、ショウリョウバッタAcrida cinerea (Thunberg, 1815)、オンブバッタAtractomorpha lata (Mochulsky, 1866))を分析対象として、分類群特異的なプライマーを設計し、PCR法により候補タクソンの検出の有無を調べた。カヤネズミのミトコンドリアDNAが検出された糞を、分析可能な新鮮な糞とみなして用いて、分類群特異的なDNAが確認された場合、その分類群の生物を摂食したとみなした。

29個の巣から新鮮な糞55個が得られたが、イネのDNAが検出された糞は1個のみであった。一方、イヌビエ属やスズメノヒエ属のDNAは29個の糞から検出された。オンブバッタのDNAは1個の糞から検出された。営巣場所の周囲にはイネが優占していたが、結果はこのような植生を反映していなかった。さらにイネのDNAが検出された1例は、イネの収穫後に作られた巣から採取した糞であり、収穫前のイネの種子を摂食したとは考えにくかった。以上より、本研究を行った滋賀県彦根市開出今町の水田地帯では、カヤネズミによるイネの食害の程度は極めて軽微であったと考えられた。イヌビエ属とスズメノヒエ属は、代表的な水田雑草である。また一例ではあったが、DNAが検出されたオンブバッタは、野菜類の葉を食害することが知られている。これらを考えると、カヤネズミはイネに害を与えるよりも、雑草や害虫を抑制する役割を担っているとも考えられた。

糞中に含まれる餌由来のDNAを抽出し、餌生物を判別する手法は、属や種レベルでの同定が可能であり、近年、齧歯類を含む広い分類群の食性分析に用いられている。カヤネズミの巣は見つけやすく、その巣内から糞を採取することは容易であり、個体への負担もないため、本種の食性解析に適していると考えられる。本研究では、イネの摂食の判別に重きをおいたが、今後、分析対象の餌生物の種類を増やすことで、より詳しい食性の解析が可能になると期待できる。