研究の目的・概要
私たちの体の中でタンパク質は、必要なときに合成され、その役目を終えると分解されています。従来タンパク質はその合成過程で厳密にコントロールされ、分解過程は細胞内で不要になったものの単なるゴミ処理機構と考えられていました。しかしながら近年の研究により、実はタンパク質分解もさまざまな生体機能を積極的にコントロールする制御系であることが明らかになり、非常に関心を集めています。私たちは、この中でもユビキチン・プロテアソーム系を介したタンパク質分解により制御される生命現象に注目し研究しています(図1)。
図1 ユビキチンシステムが制御する様々な生命現象
ユビキチンシステムに制御される生命現象の解明
1) E3ユビキチンリガーゼ
ユビキチンは発見された際に細胞内に普遍的(ユビキタス)にあることよりこのように命名された分子量8.6 kDaの小さな分子です。ユビキチンは、E1、E2、E3の三種類の触媒酵素群を介して標的タンパク質へ付加されます。タンパク質にユビキチンが付加されますと、分解シグナルとなり細胞内分解装置のプロテアソームに運ばれ分解されます(図2)。たんぱく質へのユビキチン修飾はこのように三種類の酵素群によって触媒されますが、なかでもE3は、特異的に基質を認識し分解に導くという重要な役割を担っており、私たち哺乳類では700種類近くと膨大な数が存在します。E3は大きく分けて、HECT型、U-box型、RING-finger型に分類されます(図3)。RING-finger型E3は数が多く、細胞周期制御や発癌などに重要な役割を果たします。私たちは、この中でもCullin型E3に焦点を絞って研究を進め、Cullin型E3の共通構成因子Rbx1の発見あるいはCul2やCul5型E3に対する新たな知見を報告してきました。そして現在これらE3により特異的にユビキチン化される基質の同定さらにはこれら酵素・基質関係により制御される生命現象解明を目的として研究を進めています。
図2 ユビキチン・プロテアソーム系を介したタンパク質分解機構
図3 Cullin-Rbx型E3ユビキチンリガーゼ
2) 発癌とユビキチンシステム
近年の研究により発癌にユビキチンシステムの破綻が関与していることが次第に明らかになってきています。私達は家族性腫瘍症候群VHL病の原因因子として同定されたVHL癌抑制タンパク質の研究を進めています。現在までに実はこのVHLタンパク質がElongin B、Elongin C、Cul2に加えてC末側にRING-フィンガー配列を持つ新規タンパク質Rbx1と結合しECVVHL複合体を形成しE3ユビキチンリガーゼとして機能すること、そしてさらにその特異的基質としてhypoxia-inducible factor-alpha (HIF-alpha)を認識・ユビキチン化することを明らかにしてきました(図4)。私達はこのようにユビキチンシステムを発癌という観点からも研究しています。
図4 ECVVHL複合体によるHIF-alphaの分解機構
3) タンパク質分解を通した生体膜の恒常性維持機構
生体膜は脂質二重層にタンパク質が埋め込まれた構造を基本としており、生命体と外界を区切る仕切りとして働きます。この働きによって、細胞という「閉じた空間」が生まれ、生命活動に必要な物質が拡散せずに濃縮されます。この働きこそが、生命の誕生をもたらしたと言っても過言ではありません。しかし、生体膜にはこの様な仕切りとしての働きだけではなく、細胞内外での物質や情報のやりとり、生命の維持に欠かせない反応の足場、他の細胞との相互作用など多くの働きがあります。私たちは、生体膜の成り立ちや多彩な働きについて、脂質や膜タンパク質の観点から研究しています。具体的には以下の2点を中心に研究しています。
(1) 細胞膜脂質非対称性の感知機構
細胞膜の脂質二重層では、内層と外層(裏と表)で脂質の組成が大きく異なっています。その様な「脂質非対称」は真核生物に共通の性質であり、細胞の生存に欠かせません。私たちは、その様な脂質非対称が乱れた際にそれを感知して、シグナル伝達を活性化して適応反応を引き起こす仕組みを研究しています。この一連のプロセスには、ユビキチン化やタンパク質分解が関わっており、その様な観点からも研究を行っています。生きた細胞で脂質非対称の状態をモニターできるバイオセンサーの開発も行っています。
(2) 膜貫通タンパク質の恒常性維持機構
生体膜が多彩な機能を発揮するには、脂質分子だけではなく、膜貫通タンパク質(膜に埋め込まれたタンパク質)の働きが欠かせません。膜貫通タンパク質が正しい形で作られて膜に埋め込まれる行程は、細胞にとってリスクとコストを伴う難しい作業です。私たちは、膜貫通タンパク質が正しい立体構造をとって膜に正しく埋め込まれるのを補助する新しい仕組みを見つけ、その研究をしています。また、正しい立体構造をとれなかったり、正しく膜に埋め込まれなかったりした膜貫通タンパク質は、他のタンパク質を巻き込んで凝集してしまう危険性があるため、積極的に膜から引き抜かれて分解されます。その様なタンパク質分解を介した品質管理の仕組みにも注目しています。
図5 生体膜とその機能
4) ユビキチンシステムを用いた標的タンパク質除去
ユビキチンを介したタンパク質分解系は選択性が非常に高く、かつ速やかな分解系として知られています。鐘巻、西村らは植物における植物ホルモン・オーキシン依存的なタンパク質分解系を植物以外の生物に導入し、オーキシン依存的な標的タンパク質分解系 (オーキシンデグロン法)を開発しました(図5)。この方法は出芽酵母から動物細胞に至るまで様々な真核生物において標的タンパク質を速やかに分解する系として用いられています。 私達はユーザーとして特定の因子の解析にオーキシンデグロン法を利用するだけではなく、タンパク質工学、化学的手法からこの方法の改良も行っています。
図6 植物ホルモン・オーキシンを用いたタンパク質分解システム(AID法)