はじめに
こどもの発達支援と馬介在療養について調べていたところインターネット上で、滝坂信一先生のお名前を知ってから 8年、いくつものご縁がつながり、今回直接お会いすることができました。 以前 先生が教鞭をとられていた 東京農業大学でインタビューを受けていただきました。まず、馬のいる施設 「バイオセラピーセンター」の施設をご案内いただき、その後お話を伺いました。今回のテーマは「ホースセラピー」です。
<滝坂信一先生について>
神奈川県横須賀市にある国立特別支援教育総合研究所で障害のある子ども の教育についての研究や教育相談に22年間携わられ、そのなかで勤務先の近くにあった乗馬クラブで初めて馬と出会ったそうです。その後ドイツで行われている馬を媒体とした医療的関わりを知り、障害のある子どもの教育、心理的な対応への導入に大きな可能性を感じ、実践や研究を開始。 その後、東京農業大学、帝京科学大学に移られ、馬をパートナーにした心理・教育への取組を学生と共に実践してこられました。
滝坂先生は、2006年4月、東京農業大学に新しい学科を設置されると同時に赴任され「動物介在療法学研究室」を立ち上げられるとともに、馬を中心とした動物介在療法・活動についての教育・研究を実践的に行う「バイオセラピーセンター(以下、セラピーセンター)」 の設立に関わられました。
<セラピーセンターについて>
広い馬場と車いすの方もそのまま入れる間口の広い1つ 3.6mx3.6mの馬房では、 最大10 頭を飼養することを想定して造られ、厩舎と馬場が見渡せるセミナールームと世話をする学生たちが仮眠をとることもできるスペースも備えていました。 緑に囲まれた恵まれた施設内では、子どもの様子を遊びながら心理観察ができるプレイルームや、高額な測定機器なども整備されていました。
セラピーセンターでは、滝坂先生の研究室一期生で、現在同センターの職員をされている 木本直樹さんからセンターを管理する現場責任者の一人としてご説明を受けました。
(木本氏) 「現在セラピーセンターでは外部の方を対象に馬を用いた活動を定期的に行っています。 活動への参加者は、小学生から高齢者までと幅広く、その状態も、不登校、 発達障害、脳性まひによる運動機能障害など様々です。また、学校からの依頼によって特別支援学校の子どもたちに活動を提供することもあります。これらの活動内容や結果は、主に学生たちの教育と卒業研究の課題への取組として取りまとめられています。 大学でこのような活動を行うことの意味としては、学生の実践的な学習、研究のフィールド、社会貢献活動の機会となり、学生にとって、「障がいのある人々、その家族」 に対する理解を深めることを挙げることができます。
滝坂先生は、「馬を学ぶだけではなく、まずは人を学ぶ」ことが重要である」 と強調され、私が学生の時には小学校、特別 支援学校、障害者施設での実習やガイドヘルパー養成研修などの体験から、「『障害』 とはなにか?」を学びました。 そして馬を知るためには、合宿を行ったり、軽乗などセラピーセンターでは体験できないことを学外の連携施設で行ったりしました。 保護者をはじめ家族の方々には、ここでの活動に参加することで、いろいろな人と出会い、安心して「障害のある子どもを他人に任せる」機会にしてほしいと願っています。 ここでは、周囲の人達に気を遣うことなく動物との触れ合うことができ、やってみたかったけどこれまでやったことのない体験を提供することができます。 子どもの興味を惹きつけ、非日常のコミュニケーションを体験することができます。 費用の負担なく活動に参加していただき、子どもたちに多くの学生スタッフが関わることができるのも、ここでの特徴といえるでしょう。学生にとっては、子どもたちやそのご家族たちと直接関わりを持つことのできるとても貴重な機会です。
課題としては、馬の数やサイズが限られていることからすべてのニーズに応えることが難しいこと、主に学生の教育研究を行う場での『アニマル・アシスティッド・アクティビティ(動物介在活動)』であることから、高度に専門的な対応を行うことは難しいという点を挙げることができます。 」
滝坂先生は、「<ホースセラピー>や<乗馬セラピー>など、『セラピー』という表現が安易に使われており、必ずしも質的な内容を伴っていないと感じることがある。セラピーは『療法』に対応する英語で、クライエント(患者)の 課題に関する状態像の改善を目的として行われ、改善度の評価を伴って行われる専門的な関与』を意味します。日本でいうと"理学療法","作業療法""心理療法"などがこれに該当します。 」 と説明してくださいました。
<アニマル・アシステッド・セラピー>という領域があり、「動物介在療法」と訳されています。これは、医療や心理のみならず、教育や福祉など、人の心身の健康に関わる専門領域において適切な動物を介在させて行われる対応です。
これに対し木本氏が用いていた <アニマル・アシスティッド・アクティビティ(動物介在活動>という領域があります。これは、<セラピー>(療法)の ようにクライエント個人に合わせた明確な目標や評価を条件として専門家によって行われるというものではなく、もっと自由に動物とともに行われる活動を広くさし、 生活の質の向上を目的にして行われるものです。そして、この二つの間には「上下」などはなく、双方が等しく重要な取り組みです。
また、滝坂先生から 「ドイツなどヨーロッパでは<ホースセラピー>が保険適応になっている、と書かれていると見聞きすることがあり懸念している。確かに、かつてドイツでは理学療法士が理学療法の一部として行う馬を用いた対応が保険対象として認められていました。しかし、もう 20 年近く前に保険法が改正され、それは廃止になっています。近年一部の作業療法における取り組みが適応される範囲です。 正しい情報を得ずに「又聞き情報」をそのまま信じていくことはとても危険であるし、 そのような現状があることを否定できません。 原典にあたるなど最新の正しい情報を得ていくことが大切で、本当なら専門家と言われる人たちが責任をもってそれをしなければならないと思います。 」と 厳しいご意見をいただきました。
馬とふれあう=癒し?「馬に乗ることはどのような効果があるのですか?」
滝坂先生はこのような質問をよく受けるそうです。 このアニマル・アシスティッド・アクティビティの基本は、「この方のこの状態に対し、馬をパートナーとした活動はどのように寄与できるか」という観点から活動プログラムをつくり実施するため、 「馬に乗ること」よりも効果的と思われる他のアプローチがよいと思われればそちらが選ばれます。 また同時に幾つかのアプローチを視野に入れます。そもそも馬に乗ることで得られる効果は人それぞれ違うということです。
問い :馬に乗る以外に どんなアプローチが馬介在活動で考えられるでしょうか?
「馬を介在させた活動には二つのルーツがあり、それはイギリス連邦を中心に広まった<障害者乗馬>としてドイツ語圏で広まった「治療的乗馬」です。
ヨーロッパの乗馬文化は古く、イギリスにあるチャリティの思想は、障害のある人々に社会参加の機会を提供する一環として馬に乗るという機会を提供する試みが行われてきました。 そこでは、ボランティアの人たちの活動参加がとても大切にされてきました。この活動は、オーストラリア・ニュージーランドなどイギリス連邦を中心に広がり定着してきました。
一方、ドイツ語圏では、医療、補償教育、精神分析に馬を利用できるのではないかという観点から試行と研究が行われてきました。どちらも第2次世界大戦後に理論的な検討が行われ、方法が開発され、広まってきたものです。 現在では、相互に影響し合ってこの領域全体を構成しています。
現在日本において、様々な立場の人々が、多様な考え方や手法で、また様々な呼び方で行っている馬を媒介とした活動については、特に1980年代半ばから少しずつ広がってきたものです。そろそろ、これまでの取組の全体を整理してみる時期に来ているように思います。 それをすることなく「資格制度」のようなものを作ろうとすることは、 とても安易で危険だと思います。」
ご説明の後、滝坂先生から「他の動物でも介在活動は行えるが、何故馬が良いと思うのか?」と、問われました。 馬の素人として、思い浮かぶことと言えば、「乗れる」「非日常」「大きい」「すべてをコントロールできない」「機微な感情を読み 取られる」など回答はいろいろ考えられました。確かに、どれも答えとしては当てはまります。 まとめて言えば、「馬は人との共有活動を行えるカードが多彩である」という回答に至りました。
それは、乗ることだけでない、馬と人との関わり方です。馬がいる場所づくりは町おこしとしても行われていることから考えてみると、人々が集える場所、コミュニティを形成する、言い換えれば人と人をつなげていく役割も馬は果たしてくれます。」
「馬に乗る」という場面での人と馬との関係性について尋ねてみました。
滝坂先生は<肩車>を例に挙げ、「大人の肩に乗った子どもは、大人に心と身体を任せていく。肩車をしている大人には、子どもが心を任せつつあるかどうかが子どもの身体の(緊張の)状態を通じて伝わってくる。また、肩車をしている大人が自分をどのように受け入れてくれているかは、大人が脚を保持している手を通じて、自分の身体の揺れに応じる大人の身体の動きなどを通じて子どもに伝わってくる」と説明させました。こうして相互の関係ができてくると、子どもの行きたい方向や求める速さが、子どもが自然に行う体重移動によって言葉を介さなくても肩車をするおとなには感じることができる。
馬に乗るとは、そういうことだと滝坂先生は考えられています。
馬という生き物は、草食動物(肉食動物に狩られる側)であるがゆえに、環境や群れにいる他の個体に生じる変化を敏感に察知する能力をもち、他の個体との共感性や高いコミュニケーション能力を備えています。人間はそのような特性に着目し、6000 年もの長い間、人間が求める存在として馬を「家畜」とし改良もしてきました。
馬には犬のような強い要求行動が少なく、乗りながら体と心を任せることができます。 また、これは馬に限らないことですが、人が信頼できる存在であるという付き合いをすることによって、人に危害となるような行為が生じる事態を避けることができます。さらに、馬たちは私たちと同様に生き物ですから、その時々の気分や体調があり、好き嫌いもあります。つまり、かかわる人の側の思い通りになるだけの存在ではありません。ですから、馬と付き合うということは、馬の気持ちを感じ、理解しようとし、また自分の気持ちや意向を伝えようとするという、関係をつくるため、コミュニケ-ションをする態度を形成する機会を得るということになるのではないでしょうか。
馬は「人の感情を映す鏡」とよく言われます。かつては、初めて会った馬といると「自分が緊張してドキドキしている」と感じていましたが、今は、「初めて会った私にドキドキしている馬の緊張が私に移っている」と考えるようになりました。」
最後に滝坂先生へ「先生が行ってきたことを他の人に伝えて、そのようなことができる場所作りを広げたら良いのではないか?」と質問したところ、滝坂先生は「それぞれの環境にあった馬のいる場所、活動作りをすればよい。 何がよいかを活動に関係する人々が皆で一生懸命考え工夫していけば大きな間違いはないし、他の意見も必ず取り入れたくなる。そして自然にネットワークができ、全体の質も向上する。私はそのように考えてやってきましたし、それぞれがそのように活動していくことが大切だと思います」と、コメントされました。
大震災の直後、セラピーセンターには学生や地域の人が馬場に放たれた馬をぼんやり見ている姿がいくつもあったそうです。人々は何かを求めて馬のいる場に来て、眺めていたのだろうとのことです。そして、そこに何を求めていたのか人々は自覚していなかったのかもしれないけれど、「馬」とは、そういう存在なのだという滝坂先生に共感を覚えました。
滝坂先生らが設立された特定非営利活動法人日本治療的乗馬協会が主催し、関係団体が共催している『治療的乗馬』研究集会は 2018年2月の開催で第13回を迎えます。この集会は、この領域に取り組んでいる人々や関心を寄せる人々が集まり、実践報告や調査研究の報告を行い、それをもとに話し合う機会なのだとのことです。保護者の方々の参加もあるとお聞きしました。この10年間での普及やネットワークの広がりを実感されているそうです。
今回のインタビューを通じて、馬との活動について改めて深く考えることができました。
まだ確立された分野ではなく、多くの模索を重ねながら、正しく馬と人との関係を築ける社会になることを願い、KAMAMMAの活動の場を広げていきたいです。
問い
:滝坂先生が取り組まれてきたアニマル・アシスティッド・アクティビティとは?
:馬に関わることについて、メリットや難しいこととは?
注:当会が使用している<障がい者ホースセラピー>という用語は、英語圏で理解される医療的な意味でのセラピーではなく、日本独特の<癒し>に相当する意味でのセラピーを採用しています。
編集(2023/12/23): 理工系の未来 かながわ ゆめ みらい用