私たちは、第一原理電子状態計算法によるコンピューターシミュレーションを用いて、地球や惑星内部の構造を解き明かす研究を行っています。地球内部構造の理解は、地球という惑星の進化過程を知る上で不可欠な情報です。地球は主にケイ酸塩鉱物からなるマントルと、鉄を主成分とする核から構成されていると考えられています。地球表層から核まで、温度300ケルビンから5000ケルビン、圧力1気圧から360万気圧という極端な条件変化が存在し、そのような環境下で複雑な組成を持つ地球構成物質の状態を調べることは非常に挑戦的な課題です。
第一原理電子状態計算法を用いたシミュレーションは、超高圧実験や地震波観測と並び、地球内部構造を理解する上で重要な手段のひとつとなりつつあります。私たちのグループでは、この手法を用いて高温高圧下における地球・惑星構成鉱物の構造や物性の予測を精力的に行っています。特に、地球深部へ水などの揮発性元素を運搬する鉱物や、地球深部で水を保持する鉱物の構造・物性の決定、さらには最下部マントルにおけるポストペロヴスカイト相平衡に対する不純物元素の影響など、地球という複雑系を扱うため研究対象は多岐に渡ります。量子力学に基づく原子レベルのシミュレーションにより、地球という巨大な系を扱える点も、この研究の大きな魅力です。
近年、計算機の演算能力は飛躍的に向上しており、第一原理電子状態計算は今後さらに、地球・惑星内部の理解において重要な役割を果たすと考えられます。私たちは、この能力を最大限活用し、極端条件下での鉱物シミュレーションを展開することで、実際には到達できない地球内部の姿を鮮明にイメージできる研究を進めたいと考えています。
大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻に研究拠点を置き、物理と地球惑星科学の境界領域における独自の研究分野を切り開いていきたいと考えています。
Research Highlights
1. 不純物として水を含む鉱物(NAMs)の構造と弾性
First principles investigation of the structural and elastic properties of hydrous wadsleyite under pressure, JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH, VOL. 114, B02206, doi:10.1029/2008JB005841, 2009
マントル遷移層主要構成鉱物であるワズレアイトやリングウッダイトは、大量の水を不純物として保持することができるということが、知られています。水が保持された岩石は地震波速度に大きな変化を及ぼし、また融点の低下、電気伝導度の増加等、様々な影響を及ぼす可能性が指摘されています。
私たちは第一原理電子状態計算法を用いてマントル遷移層上部主要構成鉱物であるワズレアイト中の安定水素位置と水素を含んだことによる弾性特性の変化について見積もりました。その結果、ワズレアイト相は3.3 重量パーセントの水を含むことにより15万気圧においてP波・S波それぞれ最大3.9%、および4.8%減少し、地震波速度へ与える水の影響は非常に大きいことを示しました。地球深部における地震波速度の低下は通常、温度の上昇によって引き起こされると考えられています。例えば、1パーセントの地震波速度の低下が200Kの温度上昇によって説明できます。今回の研究では、この1パーセントの地震波速度の低下はワズレアイトが 約0.7重量パーセントの水を含むことによっても説明できることを示しました。
図2 含水ワズレアイトの結晶構造
図1 地球内部の模式図
2. 含水鉱物の圧力誘起水素結合対称化
私たちは地球深部へ水を運ぶ役割を担うと考えられている含水鉱物d-AlOOHやphase D (MgSi2O6H2)の高圧下における構造や物性について研究を行ってきました。多くの含水鉱物は地球内部のような高温・高圧下で分解してしまいますが、これら含水鉱物は高圧下でも分解せず、プレートの沈み込みとともに地球内部へ運ばれていると考えられています。特に、このd-AlOOHはこれまで知られている最も高圧下(約150 万気圧)で安定が確認されている鉱物です。
私たちはd-AlOOHやphase Dの水素位置を精査した結果、水素結合の対称化という現象がそれぞれ約30万気圧、約40万気圧において起こりうることを理論的に予測しました。水素結合の対称化は、水素原子が隣接する複数の陰イオン(今回の場合は最近接の二つの酸素原子)のほぼ中心に移動するという現象です。圧力誘起水素結合対称化は、氷の高圧相転移(VII, VIII相からX相へ)においてよく知られています。この理論予測をうけて、最近d-AlOOHの中性子回折実験が行われ、この現象が高圧下で起こっている可能性があるという報告がなされています。
関連する論文:
J. Tsuchiya, T. Tsuchiya, S. Tsuneyuki and T. Yamanaka
2002 First principles calculation of a high-pressure hydrous phase, δ-AlOOH
Geophysical Research Letters, 29, 1909, doi:10.1029/2002GL015417.
J. Tsuchiya, T. Tsuchiya and S. Tsuneyuki
2005 First principles study of hydrogen bond symmetrization of phase D under high pressure
American Mineralogist, 90, 44-49 doi:10.2138/am.2005.1628.