研修会の概要をこのページにアップしています。
全体研修会① 10:00~11:00
被爆者の人生を支えたもの
講師:森田裕司 先生(比治山大学現代文化学部)
(概要)
被爆者の高齢化が進み,直接話を聴く機会もますます減ってきています。原爆被害に遭った方々は,これまでの長く苦難に満ちた人生を,何を支えにどのように生きてこられたのでしょうか。
2008年に広島市が実施したCAPSによる大規模実態調査において,広島県臨床心理士会は,独自の面接質問として,人生における「モットー」「座右の銘」「大切にしてきたもの」を全員に15分間尋ねるという機会を得ました。その後,データ分析のために「被爆者の心の調査プロジェクト」チームが発足しました。メンバー6名のうち男・女,広島県出身・県外出身が半数ずつ,幅広い年齢層,1名は被爆2世の精神科医という構成でした。チームのミーティングは2010~2019年まで77回行われ,以下のような2つの研究に取り組みました。
まず研究Ⅰとして,被爆者396名と非体験者116名の発言内容から,人生を支えたと考えられる言葉をできるだけそのまま選び出しました(キーワードの抽出)。選ばれたキーワードは,被爆者で535個(1人平均1.35個),非体験者群で120個(1人平均1.03個)でした。次に,被爆者と非体験者の各群別に,得られたキーワードすべてを1枚ずつカードに記入し,KJ法によって類似した意味内容のものをまとめました。そして,それらのまとまりが意味するふさわしいタイトルをつけました(小タイトル)。さらにこれらの小タイトルすべてを1枚ずつカードに記入し,同じように分類しふさわしいタイトルをつけました(大タイトル)。その結果,被爆者の方が非体験者よりも多様なタイトルを示すことがわかりました。被爆者のみに見られたのは,大タイトルが2個,小タイトルが17個ありました。当日はその内容を紹介し,それらが被爆者にとってどのような意味をもつのかを皆様と一緒に想像を巡らせ,被爆者のストレスやトラウマへの対処法,人間的成長について考えたいと思います。
さらに,そのような「人生を支えたもの」は,いつ,どのような過程を経て形成されたのでしょうか。研究Ⅱでは,被爆者の人生の支えの形成過程を検討するために,研究Ⅰの協力者のなかから19名に依頼し,一人約2時間のインタビューを2012年に実施しました。当日は承諾を得た2名(被爆時9歳の女性,比治山学園中・高卒後に百貨店勤務,被爆時15歳の女性,のちに生け花の師匠)を取り上げ,対話のやり取りをなるべくそのまま紹介したいと思います。そこから,被爆者や被害者支援において援助者ができる役割について考えます。また,研究によって私自身に生じた変化や教育の工夫についても触れたいと思います。
全体研修会② 11:00~12:00
性別違和/性別不合の実際とストレス研究
講師:安藤孟梓 先生(福山大学人間文化学部心理学科)
(概要)
多様性が重要視され始めた現代社会で,性的少数者やLGBTQという言葉が定着してきました。2023年には性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律,通称LGBT理解増進法が施行され,今後は具体的な対策の策定が進められていくことが想定されます。性的少数者に関連する用語は多く,セックス,性的指向,ジェンダーアイデンティティ,ジェンダーロールといったセクシャリティに含まれる言葉から男女二元論,同性婚といった法律に関連する内容まで非常に幅広く,多種多様です。そこで,今回は性的少数者のうち,性別違和/性別不合に焦点を当てていきます。
性別違和/性別不合とは,以前は性同一性障害と呼ばれていた精神医学用語に相当する言葉になります。性別違和(Gender Dysphoria)はDSM-5(American Psychiatric Association, 2013),性別不合(Gender incongruence)はICD-11(World Health Organization, 2018)から使用されています。おそらく多くの人は,性同一性障害/性別違和/性別不合,もしくはLGBTのTであるTransgenderについて,“体と心の性が一致しない人々”という説明を聞いたことがあると思いますし,そのように理解されている人も多いと思います。実際は,出生時に割り当てられた性を認識しながら,自分が体験し,表現するジェンダーと出生時に指摘されたジェンダーとの間に不一致がある状態を指します。この不一致,または不一致から派生する様々な生活上の困りごと,ストレスが当事者たちの健康に影響を及ぼしています。特に,精神疾患を併存した割合は71.0%,自殺念慮を持つ割合は62.0%,自殺未遂の経験は10.8%と報告されており(例えばGómez-Gil et al., 2009;針間・石丸,2010),当事者の健康が重要視されています。
では,性別違和/性別不合の当事者たちは現代社会でどのような困りごとやストレスを経験しているのでしょうか?トイレはよく耳にしますが,他にどんなことがあるのでしょうか?また,男女二元論に基づく社会の中で,どのように困りごとやストレスに対応しているのでしょうか?本講演は臨床心理学,ストレス科学の観点からとらえる性別違和/性別不合の当事者の実際と研究の紹介をします。
分科会 13:00~16:00
①動作法を用いたストレスマネジメント
講師:上手幸治 先生(広島経済大学学生相談室)
(概要)
私は大学院生の時に動作法を始めましたが、その当時は動作法をすることがストレスで仕方ありませんでした。新しい体験は慣れるまではストレスです。しかも言葉でうまく説明できない…(笑)。しかし月日は流れ、私の“からだ”に動作法が身についてしまった後、毎日の生活で動作法をしないことがストレスになりました。私自身の言葉で表現すると、毎日の“くらし”の中で生じるストレスによって反応した“からだ”の状態に気づき、主体的に“からだ”をコントロールできるようになったので、動作法をしないとストレス反応を効果的に減らすことができないのです。
不適応な“くらし”に反応した“からだ”をコントロールするためには、常日頃から自分の“からだ”や“くらし”を適応的な状態にするために“こころ”がけなければいけません。本分科会では、ストレスによって“からだ”と“くらし”が不適応に陥った時、どのように“こころ”がアプローチできるのかを、様々な動作法のワークを活用しながら学んでいきたいと思います。分科会に参加すること自体がストレスになるかもしれませんが(苦笑)、私の動作法体験と同じく、分科会後にはストレス反応によって緊張した“からだ”が弛んで楽になる体験をしていただけたらと考えています。
②抑うつに対する認知行動療法の基礎
講師:髙垣耕企 先生(広島大学保健管理センター)
(概要)
うつ病の基準に当てはまる人の割合は4.4%と推定され、男性よりも女性の方が多いことが報告されています(WHO, 2017)。また、うつ病の診断基準を満たさないが、抑うつ症状を有する状態として、閾値下うつも注目されています(Georgiades et al., 2010)。うつ病だけではなく、閾値下うつでも、日常生活におけるさまざまな機能障害をもたらすために、早期に治療していくことが必要です。
American Psychiatric Association(APA)の第12部会では、うつ病に対する有効な心理療法として、認知療法(Cognitive Therapy:CT)、行動活性化療法(Behavioral Activation:BA)、問題解決療法(Problem-Solving Therapy:PST)、アクセプタンス&コミットメントセラピー(Acceptance and Commitment Therapy:ACT)、などが挙げられています。以上のことから、うつ病に対する認知行動療法は、さまざまな技法で効果が示されています。
本研修の前半では、①うつ病の有病率や問題について、②認知行動療法に関する基本事項等、③うつ病の認知行動モデル、④うつ病の認知療法(CT)について、概説する予定です。
後半では、行動活性化療法(BA)について概説します。広島大学では、行動活性化プログラムを作成し、その効果を論文として報告してきました。まずは行動活性化療法(BA)の理論的背景について説明し、次に実践におけるポイントを解説する予定です。また、行動活性化療法(BA)で使用するワークなどを体験して、行動活性化療法(BA)を学んでいただくことを目的としています。なお、時間の関係上、本研修会では、快活動の増加を標的とした行動活性化療法(BA)を中心に説明する予定です。
以上のように、本研修会では基礎的な内容が中心となり、認知行動療法に馴染みのない人にも、抑うつ症状に対する認知行動療法の大枠を理解してもらえるように話を進める予定です。本研修会が、多くの支援者にとって抑うつ症状に対する認知行動療法の理解、抑うつ症状に対する介入への一助になれば幸いです。
③実践メンタルヘルスプロモーション:心の健康づくり行動変容を促す理論と実践
講師:島崎崇史 先生(東京慈恵会医科大学環境保健医学講座)
(概要)
うつをはじめとするメンタルヘルス問題は,年代を問わず公衆衛生上の大きな課題である。これまで,メンタルヘルス問題に対しては,ストレスチェックとハイリスク者への介入・治療といった二次予防(早期発見・早期治療)や復学・復職支援をはじめとする三次予防(リハビリテーション・再発予防)的なアプローチが重視されてきた。
一方,我が国では,不登校の子どもの数,強いストレスを感じながら働く労働者の割合が増加の一途をたどっていることや高齢者の孤立・孤独の問題をはじめ,メンタルヘルス問題に関する多くの課題を抱えており,その対策が十分とは言えない。このような社会情勢下において,メンタルヘルス問題を全て二次予防および三次予防的な取り組みにより臨床の現場で対応していくことは困難である。そのため,学校,職場,地域において,ポジティブ感情の増大,ウェルビーイングの向上,持続的幸福感に着目した一次予防(健康増進・発症予防)的な取り組みの充実が求められている。
一次予防的な立場を重視する心の健康増進に着目したアプローチは,メンタルヘルスプロモーションと呼ばれている。話題提供者は,これまでに心の健康増進に貢献する具体的な行動であるメンタルヘルスプロモーション行動(身体活動,文化的活動,コミュニケーション,リラクセーション,ボランティア活動,新規活動への興味と参加,および集団への所属)の実施による一次予防効果に関する基礎研究,評価尺度の開発,介入プログラムの開発と評価,学校・職域・地域における教育実践を行なってきた。
本研修会では,話題提供者が大学教育において取り組んできたウェルビーイングの実現に貢献するメンタルヘルスプロモーションに関する取り組みを体験し,心の健康増進の重要性について理解を深めることを目的とする。具体的には(1)メンタルヘルスプロモーションの学術的背景の紹介,(2)ストレスへの気づきを促すワークの体験,(3)メンタルヘルスプロモーション行動実施状況の自己分析,(4)心と身体への気づきを促し調整するワークの体験,(5)コミュニケーションワークを通じたメンタルヘルスプロモーションプログラムの体験,および(6)行動変容を促す支援のポイントの紹介,を予定している。