過去の研究会情報
過去の研究会・ワークショップなどの情報や活動記録などを掲載しています。
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研究法研究部会 第2回研究会
近年,統計的画像処理技術を活用した研究が活発になり,心理学および関連分野に新たな視座を与えるものとなっています。画像処理技術は,実験刺激として使用する画像の加工や作成にとどまらず,感覚・感性評価に影響する要因の分析,それらをもとにした認知モデルの提案にまで関わります。解析された画像情報を統計的な観点を通してみることは,それ自体が人間の認知モデルについての示唆を与えるとともに,認知メカニズムの解明のための新たなツールともなりえます。本研究会では,2名の先生方に話題提供をお願いし,(1)画像処理技術が広く心理学研究にもたらす可能性と(2)データ駆動型研究という画像処理技術に基づく新たなアプローチについてお話しいただきました。
日程:2021年 3月8日(月)〜4月7日(水) 4月14日(水) (動画の公開と質疑の掲示期間を延長しました!)(終了しました)
会場:オンライン開催
参加費:無料 (下記申込フォームより登録が必要です)
発表概要:
発表者:津田裕之(慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート)
画像処理は心理学分野の研究者には必ずしも馴染みのあるものではないかもしれませんが、画像刺激の生成や分析、知覚や認知のモデリング、印象の定量化など、心理学研究を支える技術基盤としての活用が多岐にわたり進んでいます。本講演では統計的画像解析手法を用いた心理学研究を概観し、心理学研究法としての画像処理技術の可能性について議論したいと思います。
発表者:中村航洋(ウィーン大学心理学部 [Faculty of Psychology, University of Vienna]・日本学術振興会海外特別研究員)
認知心理学の研究においては,事前に優れた研究仮説を設定し,統制された刺激を用いてそれを検証する仮説駆動型研究が王道のスタイルとなっています。しかしながら,発表者の専門とする顔の認知研究では,顔の印象や表情などの社会的情報とその手がかりとなる顔の物理特徴の関係について,事前に仮説を立てることが難しいケースも少なくありません。本発表では,顔研究を切り口として,事前の仮説に依存しないデータ駆動型研究の実践例を紹介し,仮説駆動型研究のオルタナティブとしての利用可能性と課題について議論します。
研究会の動画をご覧いただくためには,以下の参加申込フォームより参加登録してください。登録いただくと自動返信で配信動画のパスワードをお送りいたしますので,そのパスワードを動画画面に入力して視聴してください。日本認知心理学会および研究法研究部会の会員の方に限らず,どなたでもご参加いただけます。
参加者の皆さまは発表動画を期間中何度でも視聴することができます。ご質問やコメントがある場合には,本ページ最下部の質問フォームから受け付けております。動画の公開期間,およびご質問の受付と回答の掲示期間は以下の通りです。
動画公開期間:3月8日(月)〜4月7日(水) 4月14日(水)
質問受付期間:3月8日(月)〜3月27日(土)
回答掲示期間:4月1日(木)〜4月7日(水) 4月14日(水)
ご不明な点がございましたら,「お問い合わせ」よりご連絡ください。
〈研究会に寄せられたご質問と発表者からの回答〉
ご発表ありがとうございます。研究として画像を使用することは多くないのですが,趣味で写真を撮るので興味深く拝見しました。自然画像は統計的規則性があるとのことでしたが,構図や配置に関する統計量などの指標はあるでしょうか。写真・映像・絵画等では,構図で心理的表現をすることがありますが,それを統計的に抽出することが可能なのかどうかが気になりました。ご発表とは異なる部分もありますが,ご存知でしたらご教示お願いいたします。(津田先生への質問)
津田先生からのご回答
顕著性マップを用いて画像内の目立つ領域を計算し、その空間分布を構図の推定に利用した研究があります。
Abeln2016 顕著性マップを用いた写真のフレーミングの研究
https://doi.org/10.3389/fnhum.2015.00704
Amirshahi2014 顕著性マップを用いた写真の三分割構図の研究
https://doi.org/10.1163/22134913-00002024
Jahanian2015 顕著性マップを用いた写真の視覚的バランスの研究
https://doi.org/10.1117/12.2084548
他にも、絵画内の余白を扱った研究などがあります。
Fan2017 四分木分割アルゴリズムを用いた絵画の余白の研究
画像の比較的単純な特徴であっても,記憶や選好に影響するというデータをお示しいただき,大変興味深く拝見しました。一方で,人は無意味図形や無意味綴りに対しても何かしら理由をつけて判断をすることができるようですが,例えば何らかの画像特徴の変化と選好の変化が対応するというデータが得られたときに,それが「画像特徴が選好に影響している(選好を変えるような根源的な原因が画像にある)」のか,それとも単にトップダウン的に「画像特徴を手がかりとして選好判断をしている」だけなのか,切り分けることが可能なのでしょうか(あるいは,特に切り分けなくても良いのでしょうか)。いささか抽象的な質問で申し訳ありませんが,お考えをお聞かせいただければと思います。(津田先生への質問)
津田先生からのご回答
画像特徴は知覚への入力を決定し、その後の判断過程(これはトップダウン的なものである場合が多いだろうと思います)を経て、最終的な出力としての選好判断があるのだと思います。ある画像特徴とそれに対する選好判断(つまり入力と出力)に強い関連性が見られたとしても、途中の判断過程が関与していない(選好の根源的な原因が刺激の側にある)と考えるのは不自然なことだろうと思います。当該入力に対して多くの人が同じような判断過程を持っていた(shared taste)がために、選好の説明変数として画像特徴以外を含める必要が無かっただけと考えるのが妥当ではないでしょうか。もっとも、現実には対象への選好は刺激特性だけで決定されるわけではなく個人の気質や興味、文化などのトップダウン的な要素によって決定されることも多いので(最近のレビューとしてhttps://doi.org/10.1016/j.tics.2021.03.008)、刺激特性と個人特性の相対的な重要性がどう決まるのかという点が興味深い問いになるのだと思います。例えば、顔や自然風景の好みは人々の意見が一致しやすい(shared taste, 刺激特性依存的)のに対し、絵画や建築の好みは人によって意見が分かれやすい(private taste, 個人特性依存的)であることが報告されています(https://doi.org/10.3389/fnhum.2016.00155, https://doi.org/10.1016/j.cognition.2018.06.009)。
たいへん充実したご発表をありがとうございます。画像のさまざまな特徴について統計的性質を見出せることに興味をおぼえました。このような統計的表現が可能になるのは,自然の側にもともと統計的性質が備わっていることによるのでしょうか。それとも,人間の側がそのような枠組みで知覚するからなのでしょうか。お考えがありましたら,あるいは,理論的な背景などがありましたらご紹介いただけるとありがたいです。(津田先生への質問)
津田先生からのご回答
自然界が強い規則性を持っており、そのような世界に適応した結果として、外界の統計的規則性を反映した(統計的規則性を利用するような)知覚システムが獲得されたのだと考えられます。Efficient coding hypothesis(例えば、V1ニューロンがなぜ方位と周波数に選択性を持っているのかといえば、そうした情報表現を持つことで自然風景の効率的な情報処理が可能になるから; https://doi.org/10.1038/381607a0)などが代表的な理論であると思います。また、知覚というものを不良設定問題であると考えた時に、それを解くためのヒューリスティックな知覚手がかりとして画像統計が効果的に使えるのだ、という考え方もあります(例えば質感知覚を題材にそのような議論をしているレビューとしてhttp://dx.doi.org/10.1016/j.visres.2013.11.004, https://doi.org/10.1016/j.cobeha.2019.07.003など)。
逆相関法による実験をぜひ行ってみたいのですが,ご紹介いただいた方法は,顔刺激限定でしょうか。それとも,ノイズパターンで印象が変化するような刺激であれば,原理的には可能なのでしょうか?(中村先生への質問)
中村先生からのご回答
この度は本講演をご視聴頂き誠に有難うございました。この度の研究会では,聴講者の皆様に,画像処理を取り入れた認知心理学研究に取り組んでみようと思って頂くことを目標としておりましたので,逆相関法を用いた研究にご関心を寄せて頂き大変嬉しく思います。
今回ご紹介したノイズベースの逆相関法は,顔画像以外の実験刺激にも適用可能です。例えば,Lick et al. (2013)では,ヒトの身体画像を基準画像にした実験を行っています。
基準画像が高い輝度コントラストを持つ場合やエッジが強調されている場合,ノイズパターンで印象が変わりにくい場合がありますので,その場合は画像に対してブラーをかけてやることで印象が変化しやすくなることがあります。いくつかのパターンの基準画像を用意し,rcicrでノイズ付加を作成してみて頂くと良いかもしれません。
参考文献
Lick, D. J., Carpinella, C. M., Preciado, M. A., Spunt, R. P., & Johnson, K. L. (2013). Reverse-correlating mental representations of sex-typed bodies: the effect of number of trials on image quality. Frontiers in psychology, 4, 476. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2013.00476
rcicrパッケージによる実験,たいへん興味深く思いました。ご紹介いただいた実験では左右反転した画像を統制刺激として使用していたようですが,左右反転できない刺激の場合にはどのような統制刺激を用いることができるでしょうか。文字などの刺激を使って実験できないかと考えています。(中村先生への質問)
中村先生からのご回答
顔の実験では,左右対称化した平均顔画像を用いた実例をご紹介しましたが,ノイズベースの逆相関法は,左右対称でない画像にも適用可能です。例えば,Kontsevich & Tyler (2004)の研究では,正面を向いていないMona Lisaの肖像を基準画像として用いて,表情を変化させるノイズパターンを逆相関法で特定しています。私自身で試したことはありませんが,原理的には,文字刺激のように左右対称構造をもたない画像に対しても適用できるのではないかと考えています。
参考文献
Kontsevich, L. L., & Tyler, C. W. (2004). What makes Mona Lisa smile?. Vision Research, 44(13), 1493-1498. https://doi.org/10.1016/j.visres.2003.11.027