招待講演

■招待講演「3D世界を見る脳のカラクリと謎:両眼立体視の大脳生理学的基盤」


▼講演者 藤田 一郎(大阪大学大学院生命機能研究科)


▼司会者 森川 和則(大阪大学)


▼講演要旨

 多くの人にとって、両目で見る世界は、片目で見る世界とは質的に異なる3D

感を持っている。「個々の物体は立体的な形と容積を持ち、空間内の特定の奥行

き位置を占め、物体と物体の間には何もない空間が存在する」と感じる。この感

覚は、網膜に投影される外界像が左右の目で水平方向にわずかにずれていること

に起因する。その位置ずれ(両眼視差)の大きさと方向は物体の視覚特徴(面、

輪郭、模様、角など)の奥行き位置によって決まるため、このずれに基づき脳は

その奥行き位置を算出し、立体感覚を生み出している(両眼立体視)。

 両眼視差の検出は、左右眼からの視覚情報が単一細胞に初めて収斂する一次視

覚野(V1野)で行われるが、奥行きの知覚の成立には、さらに視覚連合野での情

報処理を必要とする。かつて、この機能には頭頂葉経路の領野が関わると考えら

れていたが、実は側頭葉経路と頭頂葉経路の両方がこの情報処理に関わる。側頭

葉経路は、相対視差の算出、細かい奥行き知覚、面や3D物体の認識に関わり、

頭頂葉経路は、絶対視差の伝達、粗い奥行き知覚、反射性輻輳開散運動の制御に

関与する。サルにおいては、側頭葉経路中段の視覚領野V4の細胞は、反応に時間

がかかるものの両眼対応問題を解決した信号を伝えており、頭頂葉経路中段の視

覚領野MTの細胞は、素早く反応するものの両眼対応問題を解決しておらず、偽の

両眼対応の信号も送っている。このように二つの経路は、両眼立体視において相

補的な役割を果たし、それぞれの相対的貢献度は、視覚環境や視覚刺激に依存し

て変化する。