Living Proof pt.1 - Borodino
Living Proof pt.1 - Borodino
隔絶された場所には、それらを貫く何かが存在している。
一見無機質とも思える世界は、ささやかな灯火を与えつづける希望にも見える。
そう信じ、これまで旅を続けてきた
日本の、もうひとつの果て。沖縄本島から、遠い海を越え、東へ360キロ。
日本最後の開拓地、南大東島。またの名を、うふあがり島-はるか東にある島-。
今から125年前、1900年より八丈島より開拓が始まって以降、製糖産業を中心に繁栄してきた。1967年以降、八丈や沖縄本島、台湾や韓国をはじめとして国内外から希望を求め、労務をこなし、富を築くべくこの地に降り立った。そして、こうした営みは現在に至っても、人々の様相を変えながら続いている。
目の前にいる、彼に問いたい。
あなたはどこから、どうしてここへやってきて、なぜいま、私にその表情を見せたのか。
私自身も、その問いの対象である。
他でもない「私」を通じて、光景を認めること。
そこにどんな意味付けも必要はない。
微かなせめぎ合いの渦中に立ち、焼き付けられた問いを元手に、私は歩き続ける。
様々なルーツを持った存在が、この孤島に降り立ち、絡まり、そして解ける。
この無限の連鎖が、少しずつ、人々と大地を変え、広がり、訪れた瞬間を駆け抜ける。
その光景は、荒削りながらも、しかしどこかフレームを超えた、人としての温かみを肌で感じられた。
絶海の孤島に立ち、過ぎゆく1秒1秒を噛み締める。
そんなまぼろしのような現実に、この島のルーツと、自身の目を通して見える光景を重ね合わせる。
時折見せる、人々の喜びや悲しみによって滴り落ちる汗と涙は、荒れ狂った海原をほとばしるうねりとなり、やがて明日を生き抜く糧となる。
ここに降り立ち、そして離れてゆくもの。
今も昔も、変わらずこの土地に根差し、息づくもの。
ずっと、ここで待ち続けている。
そして私自身も、呼吸をしている。
その波に揺られ、ゆっくりと漂い続ける。
「今日はじめて会った人間でも、ゆんたくすれば、皆、わーの友達だと思ってる。また、どこかで」
参考:
関わってくださった方々
勇 知之(1975), 南ボロヂノ島―南大東島の開拓と歴史, 葦書房
奥平 一(2003), 大東島の歩みと暮らし: 北大東島を中心に, ニライ社
菅原 至(2024), 南大東島の脱植民化 ―植民遺制と交渉する島民の実践―, 駿台史学