「少なさ」の果て:
「海の家」から仮設建築の可能性を考える
岩元真明
初出:建築と社会 vol.100 no.1169, August 2019
岩元真明
初出:建築と社会 vol.100 no.1169, August 2019
「海の家」の大衆化、若者化、ジェントリフィケーション
日本の浜辺は基本的に国有地であり(注1) 、「海の家」の多くは期間限定で占用権を得た土地に建てられる仮設建築物である。この占用権は海水浴場ごとに設けられた組合が管理するのが通例で、それゆえ既得権が強く、外部からの介入が少ない。このような中で、楽観的に見れば快楽的で野趣に溢れた、批判的に見れば安普請で適法性すら怪しげな「ひと夏の建築」が建てられ続けてきた。しかし、海の家が時代と無関係だったわけではない。畔柳昭雄によれば、「海の家」というビルディングタイプは療養目的の海水浴とともに19世紀末に登場し、大正・昭和と徐々に娯楽化・大衆化され、1950~60年代には大群衆が浜辺を訪れた。1970年代末にはマリンスポーツの流行に後押しされて若者文化と結びつき、1980年代に入ると企業とタイアップした宣伝塔的な海の家が増え始めたという。畔柳は、この1970~80年代における浜辺の変化を石原裕次郎的な海からサザンオールスターズ的な海へ、と巧みなレトリックを用いて説明している(注2)。しかし、若者文化との接合は「海の家のクラブ化」と揶揄される状況へと発展し、風紀の乱れ、騒音、ポイ捨てが問題視されるようになった。そして現在、浜辺には健全化の名の下でジェントリフィケーションの波が押し寄せているように思われる。騒音や花火、バーベキューの禁止。入れ墨、喫煙の制限。節度のあるアルコール摂取の指導、等々。鎌倉や逗子、館山や勝浦などで増え続ける迷惑防止条例は、浜辺の風景を更新しつつある(注3)。
軽やかで、廉価な建築を求めて:「TRIAXIS須磨海岸」(2018年)
2018年、神戸市の須磨海岸で海の家を設計する機会を得た(注4)。須磨海岸は健全化が進む浜辺の典型であり、2008年に「須磨海岸を守り育てる条例」を施行して海水浴客のマナーとモラルの向上に努め、2019年にはビーチとマリーナの国際環境認証「ブルーフラッグ」を関西で初めて取得した。この健全化の方針は建築、すなわち、海の家にも及ぶ。2015年、神戸市は行政主導による海の家の営業者公募を開始し、確認申請も「きっちりと」(注5)行われるようになった。2018年の営業者募集要項には次のように書かれていた-「市民の間にも『海の家』の存在が須磨海岸の治安の悪化を招き、健全化推進の妨げになっているとの認識が広まりつつあります。須磨海水浴場の『海の家』営業者は、このような危機的状況にあることを常に意識し、法令や許可条件等を遵守し、適正な営業を行うことが強く求められています」(注6)。
設計に取り組んだ「TRIAXIS須磨海岸」は、このような健全化時代の海の家、公募型の海の家であった。まず驚かされたのはタイトなスケジュールである。3 月末に公募の結果が出て、4 月上旬には建築確認申請のデッドラインがあった。建設工事が認められる期間は6 月後半の3 週間に限られ、7~8月の営業を終えた後には、5日以内に基礎を含めて解体・撤去を行わなければならない。過去には基礎の残置を黙認するといったルーズな運用もあったようだが、健全化時代にはそうはいかない。老舗の海の家は鉄骨造の躯体を使い回して工期を短縮しているが、これは新規参入者にはコスト面でハードルが高いオプションである。確認申請や工事の手間を考えると、構造は木造の一択であるように思われた。このような状況下で、必要最小限の材料を使い、徹底的にシンプルで、廉価で、軽量で、施工が容易な木造建築を設計してみるのも面白いのではないかと思った。
以前設計した住宅の経験から(注7) 、棟木・登り梁・垂木といった部材をすべて省略し、厚さ3 cmの木質パネルと引張材のみでスパン5 mの極薄の屋根を構成できることがわかっていた。そこで、CLT(直交集成版)の製造過程で生じる安価で巨大な集成単板(幅2 m、長さ4 m)を面材とし、荷締め作業用のポリエステル・ベルトを引張材として設計を進めた。ポリエステル・ベルトは梱包作業などで日常的に使用される、安価な既製品である。建築基準法の指定建築材料に該当しないため、一般的には構造材として認められない。しかし、2016年の建築基準法改正によって、仮設建築物では指定建築材料の条項が緩和されていた。そこで、材料の強度・変形を実験によって確認した後に使用を決めた。屋根を軽量化すれば、鉛直荷重も間柱程度の柱で支えることが可能となる。屋根パネルの間にスリットを設ければ、少しでも材料を減らし、コストをさらに下げることができるだろう。水平力に対しては適材適所を構造用合板と筋交いで固め、風圧力に対してもポリエステル・ベルトを使って抵抗すれば良い。基礎は撤去が必要なので、昔ながらの松杭を使ってみよう。仕上げ材は養生用のメッシュシートや波板、屋根の端材で十分であろう。トイレや厨房機器はレンタルすれば良い…。このように、建築要素を極限まで切り詰め、廉価な材料を駆使することによって、工期18日、坪18万円の軽やかな建築が実現した。
「少なさ」の果てに
19世紀末に日本で初めて建てられた海の家はきわめて簡素な建築であり、柱は掘っ建て、骨組みは丸太、外にはよしずが張られ、内部には縁台が設けられて赤い毛氈が敷かれていたという(注8)。須磨海岸に設計した海の家は、化学繊維やCLTなどの近代的材料と高度な構造解析技術の産物だが、どこか、この初期の海の家に似ているように思われた。近現代建築は軽く、薄く、透明になってゆく。これはフラーが「エフェメラリゼーション」、ポーゼナーが「非物質化」と呼んだ技術的な傾向である。その先にあるのは、意外にも、原初的な空間なのではないだろうか。ミースがLess is moreと言ったとき、彼は視覚的な「少なさ」を考えていた。フラーがMore with lessと言ったとき、彼は物理的な「少なさ」を考えていた。そこに経済的な「少なさ」を加えたとき、非物質化は新たなステージに達するのではないか。それは、あえて言えばPoor is moreと呼べるような状況であり、新たなプリミティブ・ハットなのではないだろうか。
ひと夏限りの仮設建築物である海の家は、これら視覚的・物理的・経済的な「少なさ」を要請する。雨、風、日射に耐える最低限のシェルターを考える機会は、現代社会では案外に稀有なものである。「健全化」は浜辺でのみ生じている現象ではない。現代社会では安全性やサステイナビリティがますます求められており、これらに対応すべく様々な要素が加算されて、建築は重厚な存在となってゆく。しかし、その結果には息苦しさ、不寛容さも感じられる。このような中で、海の家は仮設建築物としてコンプライアンスに「最低限」答えながら、現代建築の本質を模索する格好の実験場となるのではないだろうか。
P.S.
デザインの観点からみれば、仮設建築のもつ最大の可能性は実験性と予言性にあると考えられる。一つの寓話が思い起こされる。ミース・ファン・デル・ローエは26才のとき、シンケル的な新古典主義の住宅を設計し、帆布を材料として原寸大の模型をつくった。プロジェクトは未完に終わったが、レム・コールハースはこの原寸大模型にミースの原点を見た-「立方体のテントは、もともと目論まれていた陰気で古典的な建物よりも、はるかに軽量で示唆に富む。[…]。その白さ、そして重量の欠如は、彼がこのときまだ正しいと信じているに至っていなかったものすべてを、圧倒的なほど明快に表して見せたのではないか」(注9) 。ならば、近代建築は仮設建築から生まれた、ということもできるのではないか。
それでは、今日の建築は?
謝辞
須磨海岸で最古参の海の家「カッパ天国」の店主・幸内政年氏にご意見をいただいた。記して謝意を表す。カッパ天国は2019年の夏を最後に撤退を決めたという。70年以上に渡って須磨海岸を見守ってきた老舗の幕引きは残念である。老舗の知恵・経験と新しい時代の感性を結びつけることが、いま求められているように思われる。さもなくば、海の家の情緒は跡形もなく消え去るであろう。
注1 1875年の太政官布告により海岸は国有物であると宣言された。岸田弘之.「海岸管理の変遷から捉えた新しい海岸制度の実践と方向性」.国総研資料第619号, 2011.
注2 畔柳昭雄;渡邉裕之;日本大学畔柳研究室(編).『海の家スタディーズ』.東京:鹿島出版会,2005, p.22.
注3 近年の例としては「鎌倉市海水浴場のマナーの向上に関する条例」(2014年)、「安全で快適な逗子海水浴場の確保に関する条例」(2014年)、「安
心・安全な館山の海水浴場の確保に関する条例」(2015年)、「勝浦市安全・安心な海水浴場の確保に関する条例」(2018年)等が挙げられる。
注4 TRIAXIS須磨海岸、2018年。設計:ICADA/岩元真明+千種成顕、構造:佐藤淳構造設計事務所(担当:荒木美香)、施工:黒土建設。営業者は、近畿圏でプールとフィットネスクラブを運営するTRIAXISであり、「子どもと楽しむ海の家」というコンセプトを掲げ、子ども用の浅いコンテナプールが併設された。
注5 大井としひろ.「神戸市会決算特別委員会(みなと総局)で、須磨海岸の健全化について質疑を行いました。2015.9.30」.神戸市会議員(須磨区)大井としひろのおーいブログ.https://blog.goo.ne.jp/kobeooi/e/4def8634b2f2123af137b53596a73523
注6 「 平成30年度須磨海水浴場「海の家」営業者募
集要項」.神戸市みなと総局技術部海岸防災課, 2018.
注7 ICADA/岩元真明+千種成顕.「節穴の家」.新建築住宅特集,No.381, 2018, pp.128-133.
注8 『海の家スタディーズ』,p.39.
注9 レム・コールハース;太田佳代子(訳);渡辺佐智江(訳)『S,M,L,XL+』.東京:筑摩書房,2015, pp.117-118.