和解協議に関する考え方

令和3年4月28日
福岡高等裁判所第2民事部

1 平成9年4月に諫早湾干拓地潮受堤防の各排水門が締め切られて,ほぼ四半世紀が経過しようとしている。また,佐賀地方裁判所に堤防工事差止請求訴訟(本件確定判決の第一審)が提訴されてからも既に18年が経過した。 この間,各排水門の開門等を巡る紛争については,各裁判所から本件確定判決等を含め複数の判断が示されており,これらによって,控訴人は,実質的には相反する義務を負うかの如き事態が長期にわたり継続して,問題を複雑かつ深刻化している状況下にある。

2 当裁判所は,1年余りにわたる本件訴訟の審理の中で,その経過はもちろんのこと,上記のような各種紛争の状況及び有明海沿岸地域の社会的・経済的現状等にかんがみ,狭く本件訴訟のみの解決に限らない,これを含む広い意味での紛争全体の,統一的・総合的・抜本的解決及び将来に向けての確固とした方策の必要性と可能性を意識するとともに,本件訴訟を担当する裁判体として,これに何らかの方向性を作り出す機会を設定できないか,検討を続けてきたところである。また,その間を含め,当事者双方におかれても,諫早湾を含む有明海及びそれを取り巻く地域の更なる再生・発展に向けて,長期間にわたり様々な取組を継続していることは改めていうまでもなく,当事者双方の目指すところは,その範囲では完全に一致しているといえる。 本件訴訟自体は,当庁が平成22年12月6日に言い渡した,控訴人に各排水門の開放を命ずる本件確定判決等につき,控訴人が異議事由を主張して執行を許さない旨を求めた請求異議訴訟であり,したがって,これについての判断を判決という形で示すことが,最終的な当裁判所の職責であることはいうまでもない。だが,他方で,その判決は,当然ながらそれに止まらざるを得ないものでもあるゆえ,残念ながら,本件の判決だけでは,それがどのような結論となろうとも,上記のような紛争の統一的,総合的かつ抜本的な解決には寄与することができないこともまた明らかである。 このような中,当裁判所は,現時点では,上記のような広い意味での紛争及びその一部としての本件請求を統一的,総合的かつ抜本的に解決するためには,話合いによる解決の外に方法はないと確信している。また,この問題に関する社会的要請等のほか,当事者や関係者からの話合い解決への期待などを含め,現在,和解解決の前提となる素地も,これまでの経緯の中で最も高まった状況にあると考える。

3 そこで,当裁判所は,本件訴訟の審理が大詰めを迎えているこの機会を捉えて,柔軟かつ創造性の高い解決策を模索するため,本件訴訟を担当する裁判所の果たすべき役割の一つとして,和解協議の場を設けることとしたい。各排水門の開門を巡る紛争においては,これまで幾度となく話合いによる解決に向けた協議が行われてきたところではあるが,この際,改めて紛争の統一的・総合的・抜本的解決に向け,互いの接点を見いだせるよう,当事者双方に限らず,必要に応じて利害関係のある者の声にも配慮しつつ(その手法に拘るものではないが,いわゆる「基金案」を基にするにしても,利害の対立する漁業者・農業者・周辺住民の各団体,各地方自治体等の利害調整と,これに向けた相応の「手順」が求められていることには疑いがない。),その上で当事者双方が腹蔵なく協議・調整・譲歩することが必要であると考える。そのためには,本件訴訟に直接関わる当事者双方の努力と協力とが重要であることはいうまでもない。とりわけ,本件確定判決等の敗訴当事者という側面からではなく,国民の利害調整を総合的・発展的観点から行う広い権能と職責とを有する控訴人の,これまで以上の尽力が不可欠であり,まさにその過程自体が今後の施策の効果的な実現に寄与するものと理解している。当裁判所としては,その意味でも,本和解協議における控訴人の主体的かつ積極的な関与を強く期待するものである。

4 有明海は,国民にとって貴重な自然環境及び水産資源の宝庫としてその恵沢を国民が等しく享受し後代の国民に継承すべきものとされ,国民的資産というべきものである(有明海及び八代海等を再生するための特別措置に関する法律1条参照)。 また,本件各確定判決に基づく間接強制事件に関する平成27年1月22日の最高裁決定(平成26年(許)第17号,同第26号)は,上記のように,控訴人が実質的に相反する実体的な義務を負うかの如き事態に至っている状況を踏まえ,「そのような事態を解消し,全体的に紛争を解決するための十分な努力が期待されるところである。」と説示しており,当裁判所もその想いは同じである。 当裁判所は,本訴訟の審理の状況のみならず,各排水門の開門を巡る一連の紛争経過を踏まえ,その根本的な解決を図るため,当事者双方に対して,和解協議の場についた上で,合理的な期間内に集中的に協議を重ねることを求める。そして,国民的資産である有明海の周辺に居住し,あるいは同地域と関連を有する全ての人々のために,地域の対立や分断を解消して将来にわたるより良き方向性を得るべく,本和解協議の過程と内容がその一助となることを希望する。