日室千尋(岐阜大学・応用生物科学部)
2026年9月18日(金)13:15~
京都大学農学部総合館5階W-502号室
「不妊虫放飼法(Sterile Insect Technique: SIT)」をご存知でしょうか。対象害虫を大量増殖し、放射線などで不妊化した後に野外へ放飼することで、野生虫同士の交尾を阻害し、個体群密度を低下させ、最終的には根絶を目指す害虫防除技術です。農薬散布に比べて環境負荷が極めて小さいことから、ミバエ類などの農業害虫やネッタイシマカなどの衛生害虫を対象として世界各地で実施されています。この技術は、キュラソー島やフロリダ半島におけるラセンウジバエの根絶をはじめ、日本では 1993 年の琉球列島におけるウリミバエの根絶など、数々の成功例を生み出してきました。さらに 2012 年には、世界で初めて甲虫類であるアリモドキゾウムシの根絶が沖縄県久米島で達成されました。沖縄県は、環境に優しい害虫防除技術の実践において世界をリードしている地域の一つと言えるでしょう。
私たちは 2007 年から、津堅島においてサツマイモの重要外来害虫であるイモゾウムシを対象に、不妊虫放飼法による根絶事業に取り組んできました。防除開始後、野生個体群は大きく減少しましたが、近年は密度の低下が頭打ちとなっています。つまり、「不妊虫を放すだけ」では根絶は達成できません。その原因を解き明かし、より効率的な根絶技術を開発することが求められています。本講演では、イモゾウムシの繁殖生態や行動生態をはじめとする基礎研究から得られた知見をもとに、昆虫生態学と数理学を融合させた根絶技術の研究開発について紹介します。特に、近年明らかになった射精物が雌雄の繁殖行動に果たす役割や、その知見をどのように不妊虫放飼法の改良へ結び付けているのかをお話しします。
害虫を根絶するためには、最先端の防除技術だけではなく、「昆虫はなぜそのように行動するのか」「なぜそのように繁殖するのか」を理解する基礎研究が欠かせません。一見、実用から遠回りに見える基礎研究こそが、革新的な防除技術を生み出す原動力です。イモゾウムシとの長年の戦いを通して見えてきた「基礎こそ最も重要である」というメッセージを、研究者としての「ちむどんどん」とともにお伝えしたいと思います。