今田弓女(京都大学理学部・動物生態学教室 助教)
2023年6月30日 13:30~
京都大学農学部1階E-103号室
被子植物を食べる昆虫は、陸生生物の種多様性の大きな割合を占めています。一方、コケやシダを食べる昆虫が非常に少ないということは、しばしば指摘されてきましたが(Ehrlich & Raven 1964)、その実態は明らかになっていません。また、Thienemann (1919)は、林床に広がるコケの絨毯を、鳥などの多くの動物が見られない天敵不在空間であると評しました。このように過去の研究では、コケと動物との相互作用に関する知見は少なく、また、そもそもそうした相互作用は顕著には生じていないと考えられてきました。
私は、コケを食べる多様な昆虫の自然史を研究してきました。とくに、コケへの巧妙な隠蔽型擬態として知られる「シリブトガガンボ亜科」の昆虫の幼虫形態について、エコモルフォロジーの観点から研究しています(Imada 2021)。コケに似た幼虫形態の進化は、コケの絨毯を狩場として昆虫を捕食する視覚的な動物の存在を示唆していますが、そうした天敵は未だ特定されていません。
そこで当研究室では、近年、コケの繁殖に寄与する節足動物、採餌・営巣にコケを用いる鳥など、多様な分類群を対象としたコケと動物との相互作用研究を展開しています。いくつもの栄養段階と空間スケールをまたぐ知見を繋ぎ合わせることで、「森林生態系において、コケがいかに多様な動物の生活を支えており、また、コケの適応進化にいかに動物が寄与してきたか」を解き明かしていきたいと考えています。
本講演では、森林生態系の様相を知る一つの"窓"となるコケと動物との関係について、私の研究室で得られた知見と今後の展望をお話しします。