昆虫学土曜セミナー(略称)土ゼミ。
現在、昆虫学・生態学分野またはその関連分野の第一線で活躍中の研究者をお招きして、3時間に渡ってディープに講演していただきます。1985年に始まり、おかげさまで回も414回を越え、関係者の間では誰もが知る名物ゼミとなりました。講演者の方々をはじめ、関係者全員に感謝いたします。
2025年8月22日 アップデート
次回の昆虫学土曜セミナー
第415回 10月18日 小島 渉 (山口大学 理学部)
タイトル『カブトムシの進化生態学』
日時:2025年10月18日 (土曜日)14時ー17時
開催方法:対面のみ
場所:岡山大学農学部講義室1号館1階、第2講義室
要旨:カブトムシは日本で最も身近で有名な昆虫だが、その生態には分かっていないことがまだたくさんある。オスの巨大な角の進化は確かに興味深いが、魅力はそれだけにとどまらない。幼虫と蛹は振動を介してコミュニケーションを行い、オスは交尾の前に独特の求愛歌を奏でる。さらに、昆虫としては珍しく、メスはいかなる条件でも生涯に一度しか交尾をしない。また、成虫の活動時間はオオスズメバチとの競争排除によって制約を受けていることも明らかになってきた。加えて、成虫の寿命と資源投資戦略、卵サイズ、幼虫の成長速度や免疫能といったさまざまな生活史形質に地理的な変異が存在することも分かりつつある。本講演では、これらの最新の研究成果を紹介し、進化生態学の視点からカブトムシの魅力を改めて浮き彫りにしたい。
13時30分から13時55分まで農学部一号館正面玄関で鍵を持つ者が待機しています。マンパワー事情により、ハイブリッドでの開催は行いません。悪しからずご了承ください。
2025年度のセミナースケジュール
第416回 11月29日 松浦輝尚(岡山大学大学院環境生命自然科学研究科)
タイトル『ジャイアントミールワームの脚嚙み闘争における適応的意義』
第417回 2026年3月6日(金曜日です) 丸山宗利(九州大学)
『TBA』
2026年度のセミナースケジュール
第418回 2026年4月18日 保坂哲朗 (広島大学 大学院先進理工系科学研究科)
『TBA』
第419回 2026年5月23日 千田喜博 (岡山市)
『TBA』
第420回 2026年6月20日 中野 亮 (農研機構・海外飛来性害虫・先端防除技術グループ)
『TBA』
第421回 2026年7月25日 Shine Shane Naing(岡山大学大学院環境生命自然科学研究科)
タイトル『Effects of caffeine on insect life history』
第422回 2026年10月17日
調整中
第423回 2026年11月21日 曽根蒼太 (岡山大学大学院環境生命自然科学研究科)
タイトル 『TBA』
■開催日: 通常は毎月1回第四または第三土曜日 (原則)
■場所: 岡山大学農学部Ⅰ号館1階 2番講義室 交通案内 (場所を変更することもあります)
■時間:午後2時~5時
*土曜日には農学部の建物入り口に鍵がかかっております。1時半から農学部の南中央入口(正面玄関に向かって左側壁の中央あたり)に係の者が立っておりますので、そこからお入り下さい。
■土曜セミナーお知らせメール: 毎月次回の講演をお知らせするメールをご希望の方にお送りいたしております。ご希望の方はスタッフまでEメールでお知らせ下さい。
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過去の昆虫学土曜セミナー
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第414回 2025年7月26日
講演者:古賀 隆一 (独立行政法人産業技術総合研究所 )
タイトル『昆虫共生細菌の進化過程を観察し、再現する 』
日時:2025年7月26日 (土曜日)14時ー17時
開催方法:対面のみ
場所:岡山大学農学部講義室1号館1階、第2講義室
要旨:昆虫に必須の共生細菌は、もともと自由生活を送る細菌から進化したと考えられています。この洞察に富む仮説は、共生研究の黎明期に提唱され、分子系統学や比較ゲノム解析といった現代的手法により補強されることで、現在では広く受け入れられるようになりました。しかしながら、この仮説を支持する具体的な実証研究は依然として限られており、特に自由生活から必須共生へのライフスタイル転換を引き起こした要因については、未解明の謎が残されています。
本講演では、カメムシ-大腸菌人工共生系を用いた進化実験を出発点とし、土壌中の潜在的共生細菌や本来の共生細菌に焦点を当てた研究展開についてお話しします。特に、アミノ酸代謝系における一遺伝子の欠損が、昆虫共生細菌進化の入口となった可能性を検討します。また、比較ゲノム解析や生理学的解析の成果から明らかになった、自由生活細菌が必須共生細菌へと漸進的に進化する過程についてもご紹介します。このような研究により、共生進化の初期段階を解明する手がかりが得られることを目指します。
第413回 2025年6月28日
講演者:田中雅也 (兵庫県立農林水産技術総合センター)
タイトル『UV-Bによる施設イチゴの病害虫防除体系の構築 ~理論と実証の交響~ 』
日時:2025年6月28日 (土曜日)14時ー17時
開催方法:対面のみ
場所:岡山大学農学部講義室1号館1階、第2講義室
要旨:紫外線(UV-B)がハダニに致死的影響を与えることを背景に、イチゴうどんこ病の抑制用に普及しているUV-Bランプを用いてハダニが防除できないか、2012年から施設イチゴにおける圃場実証試験を実施してきた。葉裏に生息するハダニにUV-Bを当てるためイチゴ株元に光反射シートを設置し、夜間3時間、UV-Bを照射すること(UV法)で、イチゴ栽培施設におけるハダニが抑制できた。当時、京都大学の刑部先生と学生さんによるUV法の条件を基とした室内試験により、UV-Bがハダニに及ぼす現象が明らかになったおかげで、UV法の作用機構が判明した。しかし、春に株が繁茂すると、UV法によるハダニ抑制効果は低下する。そこで、この弱点を補うため、天敵カブリダニとの併用による圃場実証を始めた。ここでも、刑部先生たちが導き出した理論が、圃場での結果と合致した。カブリダニに影響がありそうなUV-Bだが、UV法の環境下ではカブリダニによるハダニ抑制効果を高め(相乗効果)、UV法とカブリダニの併用によりハダニ抑制効果は安定することが理論と実証の両面から明らかにできた。
演者は、害虫と天敵の個体数を追いかけただけかもしれない。しかし、地道な調査の積み重ねが生態解明につながり、やがて防除体系の構築に貢献すると信じている。思えば、岡山大学の学生時代に取り組んだジュンサイハムシの個体群動態の研究と同じことをしてきたのだと感じる。発表では、これまで取り組んだ他の研究にも触れ、総合的病害虫管理(IPM)体系の確立に何が求められるかについても、議論したい。
第412回 2025年5月24日 後藤 寛貴 (静岡大学 理学部)
『クワガタムシの生物学 』
要旨:クワガタムシは一般にも馴染み深い昆虫種であるとともに、極端な性的二型、栄養依存的な高い表現型可塑性、単独性昆虫としては長い寿命、個体群間の大きな形態バリエーションなど、生物学的に興味深い特徴を多く併せ持つ生物種でもある。演者は大学院入学後以来、20年近くクワガタムシを材料に研究を行ってきた。本セミナーでは、長らく扱ってきた、大顎の性的二型形成機構と栄養依存的発達の発生機構について紹介する。また、それに加えて、静岡大で研究室をスタート後に開始した様々な「クワガタムシの生物学」ともいえるクワガタにまつわる研究テーマの数々についても話題を提供する。
第411回 2025年4月19日 今田 弓女 (京都大学大学院 理学研究科)
『コケと動物の、繁殖と散布を巡る関係の進化 』
要旨:動物が植物の散布体を運搬する”zoochory”は、被子植物の種子・果実や花粉を中心に多くの研究が行われてきた。近年では、さまざまな陸上植物(および一部の藻類)の散布体と、多様な動物による運搬の知見が集まりつつある。私は、コケと動物の関係を調べるうちに、小さくて運びやすく、あらゆる断片から再生できる、といったコケの性質は、動物運搬に好都合な特徴ではないかと思うようになった。そこで近年は、コケと動物の繁殖と散布を巡る系、とくに「コケの胞子繁殖・散布に寄与する動物」と「鳥の巣に利用されるコケ」などに注目した研究を進めている。これらの研究から得られた知見をお見せするとともに、今後、コケを主とした胞子繁殖型植物の繁殖や分散に関する未解決の問題にいかに取り組んでいくか、今後の展望を議論したい。
第410回 12月7日
加藤三歩(環境省中国四国地方環境事務所)
『シロオビアゲハの進化生態』
要旨 :無害な生物が、捕食者に忌避される有害な生物に似ることによって、捕食を免れる現象をベイツ型擬態という。ベイツ型擬態は、生物の進化を説明する教科書的事例として古くから注目されてきた。一方で、擬態に伴う相互作用の実態と進化背景には不可解な部分が多く、古典的進化論を是とする循環論法で研究が展開されてきたことを指摘する声もある。ヒトが「擬態している」と信じる生物は本当に擬態しているのか。擬態的な形質は捕食選択と遺伝を繰り返した結果の産物であるのか。根本にあるこれらの課題を検証し、擬態的形質の成り立ちをより正しく理解するための研究を行ってきた。本講演では、南西諸島に生息する擬態種シロオビアゲハの“リアルタイム”な観測から見えてきた進化の道筋を紹介する。
澤志泰正(環境省中国四国地方環境事務所)
『昭和末から平成初期に南の島のアユを覗いてみた(付 その後、流れに身を任せ)』
要旨:友釣り(摂餌なわばり習性を利用)や塩焼きで有名な我が国の重要な内水面魚種アユ。そのアユのなかまが琉球列島中部(奄美大島及び沖縄島)にも分布するのをご存じだろうか。琉球のアユはなわばりが曖昧で、少しずんぐりとした体型はしているものの、その姿は[味も]アユそのもの。しかし遺伝的には数百万年前には本土産アユと分化したとされ、昭和 63 年に琉球列島固有亜種リュウキュウアユとして記載された(Nishida, 1988)。しかし、沖縄島のリュウキュウアユは沖縄が日本復帰した昭和 47 年からほどなくして姿を消し、奄美大島でも絶滅が危惧される状況にある。現在、沖縄島北部のダム湖で見られるアユは奄美大島から再導入したものである。昭和末から平成初期にかけて、奄美大島でのリュウキュウアユやその他島嶼域のアユの分布や生息状況確認、今では古典的な分析手法であるアイソザイム分析等により地域集団の遺伝的多様性や特異性の把握、地域との関わり等保全上必要な情報収集を行って来た。今回、様々な壁にぶつかりながら進めた研究と保全活動の一端をお伝えする。ところで、私は流れに身を任せて[縁あって]環境庁(現環境省)職員となり、野生生物の保全にかかる業務を行ってきた。最後にこれまで関わってきた野生生物関連業務のほんの一部を紹介し、研究職ではなく行政官として取ってきた立ち位置を示したい。
・第409回 11月9日 大久保 祐作(岡山大学)
『系統比較法の概要と応用』
要旨:さまざまな生物種を比較し現在の多様性がなぜ・どのように進化してきたか理解することは、生命科学の最も根源的な目標の一つである。しかしながら、過去の生物進化を直接観測することはほとんどの場合不可能だ。このように直接観測のできない現象に対して、どのような科学的方法論を考えることができるだろうか。
そこで本発表では、種間系統比較法(phylogenetic comparative method; PCM)と呼ばれる統計的方法を導入しその応用例を紹介する。PCMは生物形質のマクロ進化を分析する統計的手法の総称であり、(Felsenstein 1985)で提案されて以来祖先種の状態や進化速度などのパラメータ推定、回帰分析における相関補正などの目的で広く応用されてきた。本発表では特に連続形質を対象としたPCMに焦点を絞り、ガウス過程によるモデリングと近似ベイズ計算によるシミュレーションモデリングという2つのアプローチを紹介する。また、発表者が提案している“枝特異的方向性淘汰モデル(branch-specific directional selection; BSDS)モデル”を紹介し、このモデルが2つのアプローチの”よいとこどり”であることを議論する
・第408回 10月19日 山道 真人(遺伝研)
『迅速な進化で「プランクトンのパラドックス」を解く』
近年、昆虫を含むさまざまな生物において、環境変動に応じた迅速な進化(小進化)が起きていることが明らかになってきた。迅速な進化は、個体数の減少を食い止め、個体群の絶滅を回避しうる(進化的救助)。しかし、そのような単一種の個体群レベルのプロセスが、多種からなる群集レベルの動態にどのように影響するのかについては十分にわかっていない。本講演では、資源をめぐって競争する種がなぜ共存できるのか、という「プランクトンのパラドックス」を解くために、迅速な進化が果たす役割について数理モデル解析を行った一連の結果を紹介する。さらに、プランクトンの培養実験や野外観測によって共存メカニズムを解明する試みについての今後の展望を議論する。
・第407回 9月21日 本間 淳(沖縄病害虫防除セ/琉球産経(株)/琉球大学農学部)
『変化を迫られる特殊害虫対策ー新たな防除技術の開発にむけて』
不妊虫放飼法によるウリミバエの根絶は、個体群生態学の理論を応用することで害虫を抑圧・根絶することに成功した数少ない事例であり、いわば、応用昆虫生態学の金字塔である。演者の学生時代にも、ウリミバエのプロジェクトは、大成功に終わった「過去の話」として授業で紹介されていた。しかし、ミバエを含む特殊害虫対策の現場では終わりのない闘いが続いている。
ウリミバエ、ミカンコミバエなどのミバエ類は根絶に成功したが、それで終わりではなく、根絶状態の維持のために膨大な労力がかけられている。それだけでなく、近年は侵入事例の急増や新たな害虫種の侵入など、これまで行ってきた侵入対策だけでは、将来にわたって根絶状態を維持するのが難しい状況になってきている。一方で、ミバエ類根絶後に新たな特殊害虫根絶プロジェクトのターゲットとなったアリモドキゾウムシとイモゾウムシは、ミバエ類で培った技術だけでは根絶を達成できないことが明らかになってきた。
本講演では、近年急速に変化が起きている特殊害虫を巡る状況を紹介するとともに、演者が進めている、繁殖干渉を組み込んだ不妊虫放飼法の開発をはじめとした、研究・技術開発について紹介する。
・第406回 7月27日 水野 理央(OIST)
『軍隊アリに近縁なクビレハリアリ類の比較研究』
要旨:アリ科サスライアリ亜科の軍隊アリ類は,極端に巨大なコロニーサイズ,多数の働きアリによる集団採餌,女王アリの形態の顕著な特殊化,社会性昆虫を専門的に捕食する習性など,他のアリには見られない極めて特異的な生活史を示す。一方で,同亜科には軍隊アリに近縁な非軍隊アリグループ・通称クビレハリアリ類も含まれる。このクビレハリアリ類の生活史は,軍隊アリの進化を理解する上で重要であるが,その多くはごく稀にしか採集されず,詳しくわかっているものはわずかであった。発表者らは,主に東南アジア熱帯地域を中心として,これらクビレハリアリ類の生活史の比較研究を実施してきた。その過程で,コロニーサイズの拡大,女王アリの形態的特殊化,特徴的な集団行動など,軍隊アリ的な生活史形質の進化の異なる中間段階を示す種を発見し,同亜科内に軍隊アリ進化のグラデーションがあることを見出した。また本講演では,これらの種の女王アリの特殊な摂食行動や,アリを捕食するアリに特異的な餌保存行動など,クビレハリアリ類のこれまで知られていなかった自然史も紹介する。これらを通して,なぜ本亜科で軍隊アリが進化したのかという疑問を議論する。
・第405回 7月6日(土) 前野ウルド浩太郎(国際農林水産業研究センター )
「バッタを話すぜ オカヤマで」
『砂漠を生き抜くバッタの生態』
要旨:砂漠は極端な高温や乾燥、不定期に激変する過酷な環境に特徴づけられる。そのような厳しい地でサバクトビバッタは生存し、ときに大発生する。このバッタがどのような生態学的特徴を秘め、砂漠環境に適応しているのか、サハラ砂漠での野外調査の模様も交え、紹介する。
・第404回 6月15日 阿部 真人 (同志社大学 文化情報学部/ 理研AIP)
『 行動の複雑システム科学:知性創発への統合的アプローチ』
要旨:昆虫から魚類、鳥類、さらにヒトを含む哺乳類といった動物は、複雑な変動環境下においても適切に振る舞うことができる能力、すなわち知性を持つ。そのような知性は多数のニューロンで構成される脳のシステムに限らず、複数の個体から構成される集団や社会など、異なる要素や階層においても見られる。しかし、それらの個体レベルから集団レベルまで、動物が持つ知性がいかにして実現されているのか、さらにどのような進化プロセスを経て獲得されるのかについては十分に理解されていない。本講演では、動物行動学と複雑システム科学を統合したアプローチや文化進化、さらに近年の人工知能との関連も含めて、普遍的な知性創発のメカニズムを解明する試みについて解説し、議論する。
・第403回 5月25日 佐賀 達矢 (神戸大学・院人間発達環境)
『 スズメバチ類の行動・生態と人間社会との関わり』
スズメバチ亜科の蜂、特にスズメバチやクロスズメバチは、日本の多くの地域に生息している。これらの蜂は秋に次世代の女王蜂とオスを生産し、その時期には人の刺傷被害が増加し、時には死に至らしめることもあるため、メディアでは「殺人蜂」とも報じられる。他方で、多くの自治体では農業害虫や衛生害虫を駆除する益虫であるとも広報されている。このようにスズメバチは人々からよく知られている一方で、その行動や生態、巣に関してはわかっていないことがまだまだある。本セミナーでは、スズメバチ亜科の蜂の基本的な行動や生態についての研究成果を紹介する。まず、クロスズメバチの繁殖生態と巣作りに焦点を当てる。ハチ目の祖先種は一夫一妻であると考えられるのに対し、クロスズメバチ属の女王蜂は複数のオスと交尾をする一妻多夫であり、その利益について考察する。また、クロスズメバチは女王蜂と働き蜂の幼虫を育てる部屋の大きさが異なり、これらの部屋を規則正しく並べるための巣作りの進化を紹介する。次に、スズメバチの餌に関する研究を報告する。本州では6種のスズメバチが同所的に生息する地域があるが、これらがどのように食資源を分け合っているのか、都市部と非都市部での餌種の違いにも触れる。最後に、スズメバチ類と人間との関係についての話題を提供する。スズメバチ類は駆除の対象とされることが多い一方で、幼虫や蛹は高級食材として利用されている。神戸市での土地利用と駆除件数の関係についての調査結果と、蜂の子の食文化についても紹介する。
・第402回 4月27日 宮崎智史 (玉川大学・農学部)
『 女王アリのコロニー創設戦略の至近機構とその進化』
要旨:ハチ目では多数の種が家族単位を基本とするコロニーを作り、社会生活を営む。それらのコロニーを新しく創設する際、交尾後の新女王が単独で営巣、産卵し、女王自らが巣外に出て餌を集めることで孵化した幼虫をワーカーに育て上げる。一方で、ハチ目アリ科に属する種の多くは、女王が巣に籠ったまま、自ら餌を食べることなく自身の貯蔵栄養を餌に転用して育児に用いる(蟄居型創設)。この蟄居型創設の獲得は、餌集め中の新女王が捕食されるなどの死亡リスクを激減させ、アリの多様化や生態学的成功に寄与したと考えられる。我々の研究室では、交尾を終えたばかりの女王が、絶食条件下でもワーカーを育てられることを複数種で確かめた。そして、その過程でトビイロケアリ女王の体内で、不要になった飛翔筋が分解されること、本来は細い管状である食道が嚢状に膨らむこと、そしてその中に液状の餌が貯蔵されることを明らかにした。現在は、それらのイベントに伴うトランスクリプトームの変化なども調べている。また、女王が複数のワーカーとともにコロニーを創設する分巣という戦略が、アリの進化史において50回以上も独立に進化したことに注目し、分巣をする女王に特異的にみられる形態的特徴やそれらが発達する過程、ゲノムの特徴などを調べてきた。本セミナーでは、このようなアリ類の繁殖戦略の多様化とそれらを司る至近機構、それらに伴う女王形態の進化などについて議論したい。
・第401回 11月25日 里見大輔(兵庫県庁)
『フタイロカミキリモドキにおける性的二型形質の進化と多様化 』
昆虫には、性的二型を示す種が数多く見られる。雌雄間の形質の違いは、性淘汰の結果生じたものと考えられており、性淘汰の一般的理解は行動生態学における重要な課題の一つである。性的形質の発達は、繁殖利益を最大にし、生存コストを最小にする進化的選択にさらされ、その両方が環境要因によって影響を受けうる。緯度は気温、降水量、季節性などと相関し、空間的な環境変動の主な原因となっており、体サイズの緯度クラインのように、性的形質に対しても影響を及ぼす可能性が考えられる。しかし、性的形質や性的対立の程度と緯度との関係を明らかにした研究例は少ない。甲虫目カミキリモドキ科Oedemera属は、オスでのみ後脚が発達・肥大する種を多数含んでいる。本属に含まれるフタイロカミキリモドキも後脚に顕著な性的二型が見られ、オスは配偶時に発達した後脚で抵抗するメスを把握し強制的に交尾にいたる。一方メスは、もがきや腹を曲げるといった拒否行動に加えて後脚を用いた抵抗を示す。さらに、後脚を用いたオス間闘争が観察されていないことから、雌雄の交尾頻度をめぐる性的対立により、オスの操作とメスの抵抗との間で拮抗的共進化が生じた可能性が考えられる。発表者は、本種を対象に形態測定による性的二形性の定量化、形態の大きく異なる個体群を入れ替えた配偶実験、性的形質の個体群間比較と緯度との関連を調査し、「性的対立による進化が自然淘汰の影響を受け、それが性的形質の多様化につながる」という仮説を検討してきた。本セミナーでは、これらの研究結果とマイナーな昆虫であるカミキリモドキの魅力について紹介したい。
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・第400回 10月21日 栗和田隆(鹿児島大学教育学部)
「昆虫の柔軟な行動変化 自身の影響と他者の影響」
行動形質は形態形質などに比べて、状況や経験に応じて素早く柔軟に変化できる。昆虫も様々な要因によって行動を大きく変化させる。このような変化は、各個体が適応的に振る舞っていると解釈できることもあれば、一見適応的とは考えられないこともあり、行動生態学的に興味深い現象である。行動の変化をもたらす要因として、加齢などの個体内の生理状態の変化や、他個体との相互作用が挙げられる。他個体との相互作用はさらに、闘争や交尾などの同種との関係と、捕食や競争などの他種との関係に大別される。本講演では、これら内的、外的要因がコオロギやゾウムシの交尾行動や死にまね行動にどう影響するのかについて紹介する。さらに、都市化というヒトの影響によって、コオロギの一種マダラスズの交尾行動や生活史がどう変化するのかもあわせて報告する。本講演で、身近な存在でありながら、日本ではあまり生態学的な研究がおこなわれてこなかったコオロギ類の面白さも紹介したい。
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・第399回 9月22日 後藤慎介(大阪公立大学)
『季節を生き抜く昆虫たちの生理学:温帯、都市、南極での休眠 』
「休眠」とは不適な環境の到来よりも前に自発的に発育や繁殖を停止させることをいい、自身の生活史を季節に合わせる。代謝を抑えて厳しい季節をやりすごす、個体群内で発育や生殖の時期をそろえる、という点で役立つ。休眠は何度も進化してきたと考えられており、そのしくみもさまざまである。しかしながら「概日時計を用いて季節を知る」という点においては共通性がありそうだ。本講演では「休眠」をテーマとして、昆虫が季節を知るしくみ、異なる緯度で異なる季節に休眠に入るしくみ、都市の明るさに惑わされて休眠に入れなくなるしくみ、極限環境とも言える南極の季節に適応するしくみを概説する。
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・第398回 7月22日 井戸川 直人(東京都立大学、学振PD)
『単為生殖性ヒメアリ類の繁殖生態と社会構造』
多くの動物は雌雄の配偶子を接合させる有性生殖により繁殖している。増殖に直接貢献しないオスの生産はコストであるにもかかわらず、メスのみで繁殖する単為生殖を行なう種は少ない。とりわけ社会性昆虫において、単為生殖は家族集団の血縁度を高めるため、包括適応度の観点から高い利益をもたらしうる。しかし、代表的な社会性昆虫であるアリ類において、オスをともなわない絶対産雌性単為生殖が報告されている種は0.1%に満たない。そのような種の生活史の解明は、生物の社会における繁殖システムの多様性と進化の理解に貢献しうる。発表者は、社会性昆虫の古典的モデル生物であるヒメアリ類を用いて、個体レベルと巣レベルにおける繁殖システムと、その帰結としてもたらされる社会構造の解明に取り組んでいる。発表では、ヒメアリ類の単為生殖様式の多角的な検証と集団遺伝解析の結果を紹介し、アリの社会構造の進化シナリオについて議論したい。
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・第397回 6月24日 大崎 晴菜(都立大学、学振PD)
『植物間相互作用から考えるコガタルリハムシの資源利用と分布様式』
生物の分布が如何にして決定されるか?は生態学における最も根本的な問いのひとつである。局所スケールにおける生物の分布について、古典的には、「資源の多いところに分布する」と考えられてきた。植食性動物の場合もまた、その生育密度が餌植物の密度と正に相関することが知られ、複数の種によって実証されてきた。一方、餌植物の密度と負の相関を示す種や相関を示さない種など、餌資源の効率的な獲得という側面からでは説明できない例も数多く発見されている。
近年、植物は周囲の近隣植物の存在や種の違いに応じて、葉の化学的形質を可塑的に変化させることが明らかになってきた。このような植物間相互作用の違いに基づく葉の成分の変化は、葉を利用する植食者の資源利用にも影響を与えると考えられる。発表者はこの点に注目し、「植物の生育密度の違いは、植物の相互作用環境を変え、葉の化学的形質を変化させる。その結果、植食者の資源利用や分布に影響を与える。」という仮説を立て、これまで研究を行ってきた。本セミナーでは、タデ科多年草のエゾノギシギシとその植食者であるコガタルリハムシで行ってきた研究を中心に紹介し、植物間相互作用と植物―植食者相互作用の統合的な理解に向けて議論したい。
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・第396回 5月27日 大崎遥花 (京都大学、学振CPD)
『クチキゴキブリの雌雄が配偶時に行う翅の食い合い:ゴキブリの世界を覗いて見えてきたもの』
配偶相手の一部や全体を食う行動は以前から研究者の注目を集め、性的共食いや婚姻贈呈と名付けられている。これまでも見つかった性的共食いや婚姻贈呈ではどれも、一方の性のみが配偶相手を食べる例であった。しかし唯一の例外が発表者の発見したクチキゴキブリの雌雄による翅の食い合いである。本種は朽木を食べるゴキブリで朽木内部にトンネルを作り両親と子で構成されたコロニーで暮らす亜社会性昆虫である。新成虫は長い翅を持ち、繁殖時期には飛翔して分散するが、異性個体に出会うと配偶相手の翅を付け根近くまで互いに食い合うのだ。これは雌雄が配偶時に互いを食べ合う初の例である。ペアはその後両親で子を育て、同じ相手数年に渡って繁殖を繰り返す。翅の食い合いは両性が食べ合うこと、そして食べあった個体同士でペアとなり子育てを行うという他に例のない特徴がある。このためベネフィットが未知であるばかりか、飛翔可能な翅を永久に失う・翅を食べきるのに時間がかかるという明確なコストがあり、謎に満ちた行動であった。本講演ではまず翅の食い合いがどのように行われるのか実際の映像とともに説明し、そして翅を食うことができない・食われない場合にはどのような影響があるのか調べた結果を発表する。どんな行動生態学の研究でもそうであるように、翅の食い合いも生活史におけるその前後の生態の理解なくして意義を考察することは不可能である。今回は翅の食い合いの前後で起こるイベントであるクチキゴキブリの配偶者探索、交尾行動、そして生態科学研究室対の背景となる血縁構造などようやく分かってきたクチキゴキブリの事実も聴衆と共有し、翅の食い合いの意義、さらにはクチキゴキブリの今後の可能性について議論したい。
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・第395回 4月22日 Adam Khalife (香川大学、学振PD)
『Small ants have big secrets: skeletomuscular adaptations at the millimeter scale』
Life history traits of organisms change with body size. Even though body size range is limited by the ancestral body plan, the evolution of extremely large (gigantism) and extremely small (miniaturization) body size are two major trends observed in animal evolution. Both require trade-offs and innovations to overcome strong size-dependent constraints.
Ants are a diverse group (~15,000 species) that shows a trend towards miniaturization. Ant eusociality, characterized by strong polymorphism and division of labor, provides a unique background to challenge the limits of miniaturization.
Using a functional morphology approach based on 3D modeling and behavioral observations, I will present you the adaptation of miniature ants, developing two examples. First, Melissotarsus has a unique lifestyle, in symbiosis with scale insects below the bark of trees, and became 2.5mm wood-tunneling specialists. Second, the genus Carebara includes some of the smallest ants in the world and is a great candidate to determine what are the limits to ant miniaturization.
We will discuss how eusociality and flight loss shifted the limits of miniaturization compared to other Hymenoptera.
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・第394回 12月10日 中田兼介(京都女子大学)
『どこにでもいる「珍しい」クモ、ギンメッキゴミグモの行動のすべて』
生物は多様であり、特に動物の行動的特徴については、身近で普通に見られる種であっても、わかっていないことがまだまだたくさんある。今回はそのような例の一つとして、都市近郊でも多くみることのできる円網性クモの一種であるギンメッキゴミグモの造網行動と交接行動について主に紹介する。円網の形状はクモの意思決定の産物であり、定期的に張り替えられることから、さまざまな状況に置かれた動物がどのような意思決定を行うかについての研究が、クモではとてもやりやすい。このことを、ギンメッキゴミグモを対象にした演者の四半世紀にわたる研究結果の紹介を(ギンメッキ以外の種のものも)交えながらお話ししたい。また、網の形と網の中心でエサを待つ姿勢、円網の装飾物である白帯やクモの体色が種間コミュニケーションにおいて果たす機能、交尾器破壊といった点で、ギンメッキゴミグモが一般的な円網性のクモとは大きく違った特徴を示す、「珍しい」クモであることもお話ししたい。そのことで、遠くに行かなくても(さらに言えばあまりお金がなくても)、面白い研究ができる余地が行動学にはまだまだあることを示すことができればと思っている。
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・第393回 11月12日 西海 望(自然科学研究機構基礎生物学研究所)
『動物の餌追跡/捕食者回避におけるナビゲーション戦略 〜捕食者と被食者の動きの合理性を探る〜』
餌を食べること、そして捕食者に食べられないことは、どちらも生存する上で極めて重要な要素となります。捕食者と被食者は、これら二つの要素がぶつかり合う関係にあり、互いに相手に打ち勝つように戦略を構築し、長い共進化の道を歩んできました。私は、捕食者と被食者の攻防の中でも特に移動における駆け引きに着目して、様々な分類群を対象に両者のナビゲーションにおける戦術の有効性や使い分けの検証を行っています。そして、個々の戦術の理解をもとに、複数の戦術を統べる戦略全体の構成の解明を目指しています。 本講演の前半では、トノサマガエルの捕食回避行動やキクガシラコウモリの餌追跡行動を題材に、状況に応じた戦術選択や複数戦術の同時展開といった戦略構成に踏み込む形で、捕食者と被食者におけるナビゲーションの合理性と精緻さを紹介します。講演の後半では、両者の戦略のさらなる探究に向けた技術開発の取り組みを紹介します。全体を通して、捕食者と被食者のナビゲーション戦略の研究が、生物学をはじめ工学や心理学など幅広い学問領域を舞台に、今後一層発展していくものであることをお伝えできれば幸いです。
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・第391回 10月29日 新屋良治(明治大学農学部)
『線虫における生活史の多様性と進化:性の両賭け戦略と極限環境適応』
線虫は昆虫と双璧をなすほど多様な動物だと考えられているが、一部の医学・農学研究上重要な線虫種を除いて、その生活史はあまり理解されていない。演者は多様な線虫種を研究対象とし、主に性決定・繁殖機構の多様性や環境適応機構のプロセスについて研究を行っている。線虫の性決定は、染色体(XX/XO型)による性決定機構が基本型であると長年考えられてきた。しかし、演者らがモデル線虫Caenorhabditis elegansとは遠縁のオキナワザイセンチュウを用いた遺伝学実験系を新たに構築し、その性決定様式を詳細に調べたところ、オキナワザイセンチュウの性は遺伝的・環境依存的には決まっておらず、発生ノイズを主因としてランダム(確率論的)に性が決まることが示された。また、同線虫種における性決定遺伝子を探索し、モデル生物である線虫Caenorhabditis elegansの性決定カスケードと比較したところ、オキナワザイセンチュウではtra-1を含む一部の下流遺伝子のみが保存されていた。この結果から線虫内における性決定機構の多様化が明らかになるとともに、線虫性決定カスケードはtra-1を起点としてボトムアップで順に形成されたことが示唆された。性決定研究に加えて、演者は近年線虫の環境適応に関する研究も行っており、2019年には猛毒のヒ素に耐性を持つ線虫Tokorhabditis tufaeを米国カリフォルニア州のモノ湖から発見し報告した。モノ湖はアルカリ性で塩分濃度が海水の約3倍ほど高い塩湖で、通常生物にとって有毒であるヒ素を豊富に含む極限環境湖として知られている。T. tufaeにおけるヒ素耐性能力を調べた結果、モノ湖の線虫は人間の約500倍に相当する高いヒ素耐性を持っていることが明らかになり、この高度ヒ素耐性能は前適応的に獲得されていることが示唆された。T. tufaeは高度ヒ素耐性の他にも、線虫では極めて珍しい胎生の繁殖形態も有しているため、現在胎生化と環境適応との関係性についても研究を進めている。本講演では、上述の線虫の性決定と極限環境適応を中心に、関連する研究成果を時間の許す限り紹介したい。線虫と昆虫は縁が深い生物である。この機会にぜひ線虫の魅力についても知っていただきたい。
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・第391回 9月17日 田﨑 英祐(新潟大学理学部 助教)
『シロアリにおける繁殖個体の多産と長寿を支える分子基盤』
多様で複雑な寿命の仕組みを紐解くことは、生物学における重要課題の一つである。寿命研究には短命なモデル生物を用いるのが一般的であるが、本質的に短命の生物から得られる情報には限界があり、圧倒的な長寿を実現するメカニズムについては理解の空白を生んでいる。一方で、繁殖分業の進化を遂げた社会性昆虫のシロアリには、自然選択の結果、王と女王の寿命が単独性昆虫の数百倍以上にもなった種が存在する。さらに、彼らは生物一般に見られる繁殖と寿命のトレードオフを打破しており、巣の中で最も繁殖活性が高い個体でありながら最も長命である。他に類を見ない彼らの「活動的長寿」を実現する分子基盤を明らかにすることで、従来の短命なモデル生物の研究では到達しえない寿命研究の新しい領域を開拓することが可能である。本講演では、シロアリの繁殖個体である女王(と王)の活動的長寿を支える抗酸化機構と代謝機構について最新の知見を紹介するとともに、未だ謎の多い彼らの巣内行動の一部も紹介し、議論していきたい。
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・第390回 7月23日 藤岡春菜(岡山大学)
『生物リズムからみるアリの社会:リズム消失の意義とは?』
ほとんどの生物は、昼夜のサイクルに適応した約24時間周期の概日リズムを持つ。野外や、実験室内であっても動物の振る舞いが昼と夜でまったく異なることは、生態学者にとっては当たり前かもしれない。しかし、アリの集団下における行動観察によって、概日リズムが消失し、常時活動性を示す状況があることが分かってきた。本講演では、社会的環境に応じたアリ類の柔軟な活動リズムの変化に関する私の研究を紹介し、社会性昆虫の特徴である分業が常時活動性へ関与する可能性について、議論したい。
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・第389回 6月25日 三村真紀子(岡山大学)
『種の境界では:植物の種間交雑による浸透交雑と種分化』
要旨:種の境界とは何か、種の概念は古くから議論されてきました。現在では、自然条件下での生殖隔離を前提とする生物学的概念が理論的な支柱となっていますが、植物において自然条件下で種間交雑が観察されることは少なくありません。種間交雑はしばしば雑種後代の適応度の低下を招きますが、他種がもつ新規の対立遺伝子やその組み合わせによる膨大な集団内多様性のブーストも起こします。私たちは、こうした遺伝子流動が変動する環境下において植物の生物多様性に寄与する背景について研究しています。本講演では、1)種の分布域境界における適応的浸透交雑および2)親種との生殖隔離が論点になる同倍数性交雑種分化について、これまで行ってきたキイチゴ属と岡山大学に赴任してから開始したイカリソウ属を題材とした研究を紹介します。
異なる気象環境に多様化するキイチゴ属では寒冷な気象帯から温暖な気象帯への種分化がみられます。その背景にある過去と現在の浸透交雑と形態的な種の境界について最近の結果も含めて紹介します。また、属の発生が約200万年前と比較的若いイカリソウ属の同倍数性交雑種分化について、これまで進めてきた研究結果を議論する予定です。
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・第388回 末次健司(神戸大学大学院理学研究科)
『光合成をやめた植物「従属栄養植物」の不思議な生活』
サイト: オンライン(Zoom)一択
日時:2022年5月28日(土)14時~17時
皆さんは「植物の特徴は?」と聞かれた場合、どのように答えるでしょうか。多くの人が「葉緑素を持ち、光合成を行うこと」を挙げるのではないでしょうか。しかし、植物の中には光合成をやめ、キノコの菌糸を消化して生きているものが存在します。この菌従属栄養植物と呼ばれる植物の生き様の解明が、私の研究テーマです。しかしこうした光合成をやめた植物の研究は困難を極めます。光合成をやめた植物は、葉を展開する必要がないので、開花、結実期以外は地上に姿を現しません。また彼らは小型で地上に現れていたとしても発見困難です。そのため、私は、山中で地を這いつくばりながら何日も過ごすといったこともしばしばです。そうして野外観察を行う過程で、光合成をやめた植物は、花粉を運ぶ昆虫や種子を運ぶ動物といった他の生物との共生関係を変化させ「驚くべき生活」をしていることがわかってきました。さらに最近では肉眼では見ることができない菌類の関わりについても、精力的に研究を進めています。特に安定同位体や放射性同位体を用いた研究を行うことで、菌従属栄養植物が独立栄養植物や菌根菌と織りなす共生ネットワークについて理解が深まってきました。本講演では、上述の「光合成をやめた植物の不思議な生活」を紹介するとともに、今後の研究展開について議論したいと思います。
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第387回
話題提供者:森井悠太(京都大学)
話題:『貝食性オサムシが駆動するカタツムリの多様化』
日時:4月23日 14時ー17時(ハイブリッド=Zoom & 対面) 実施
【要旨】
生物の表現型の多様化や種分化を引き起こす最も一般的な生物相互作用は集団間の「資源をめぐる競争(資源競争)」であるという説が長らく支持されている。すなわち,資源競争によって集団間のニッチ分化や形質置換が促進され,表現型や種の分化が起こるというメカニズムで説明される。一方で,資源競争以上に生物相互作用の中で最も普遍的である「捕食者–被食者間相互作用(食う食われるの関係)」はその潜在的な可能性は指摘されているものの十分に研究がなされていない。例えば捕食者は被食者の多様化を促すのか,それとも妨げるのかといった基本的な疑問にさえ,我々は未だに満足に答えられずにいる。実証研究に至っては特に,ほとんどなされていないのが現状と言える。
演者は,東北アジア(北海道,およびロシア極東域)に生息する近縁なカタツムリ種群とそれを専門に捕食するオサムシを用いて,捕食者による被食者の多様化仮説の検証に取り組んでいる。対象のカタツムリ種群では複数種が同所的に生息することが知られており,資源競争や繁殖干渉などの負の相互作用が同所的な種間に見られない。一方で,カタツムリは種によって異なる対オサムシ戦略を採用していることが明らかになり,捕食者が被食者の種分化/表現型多様化を引き起こすという仮説を強く支持する実証研究となった。本セミナーでは,関連する最近の成果についてもいくつか紹介したい。
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第386回 12月25日(土)午後2時~5時 場所:Zoom
話題提供者:河田雅圭(東北大学大学院生命科学研究科)
話題:「人間の精神的特性の進化: 現代人・古代人ゲノム解析および実験的解析などからの統合的アプローチ」
要旨
ヒトの感情、性格、気質といった精神的特性(psychiatric traits)は、過去の様々な環境変化(森林からサバンナへ変化、数万年前までの狩猟採集生活、農耕牧畜の開始による定住生活、数千年前からの人口の急激な変化など)の影響を受け、進化してきたと考えられる。 これまで、ヒトの感情や認知の進化については進化心理学という分野があり、ヒトの心理が過去の環境(主に狩猟採集生活をしていたとき)に適応進化したと仮定した研究が行われてきた。しかし、この仮定は正しいとは限らない。
現在、大量のヒトゲノムが解読され、ヒトの精神的特性に関わる遺伝的変異が検出されるようになってきた。そのなかで、精神的特性に関わる候補遺伝子の検出、ゲノム関連解析(GWAS)による精神的特性に関わる変異の検出と多遺伝子変異による効果量(polygenic scoreなど)の推定、候補遺伝子の変異をマウスに導入する研究などが実施されている。また、ゲノム配列を用いた様々な手法による数万年前から数千年前に働いた自然選択の検出、古代人ゲノムをつかった精神的特性の数万年前からの変化などが推定されるようになってきた。このようなゲノム解析を用いた様々なアプローチにより、精神的特性の進化の実証的研究が可能になりつつある。
そこで、本セミナーでは、精神疾患を含めたヒトの精神的特性の進化について近年実施された重要な研究を紹介すると同時に、私たちの研究室で実施してきた脳サイズに関わる遺伝子の進化、候補遺伝子変異と精神的特性の進化、GWAS解析による精神的個性の変異検出および縄文人ゲノムをもちいたに精神的個性の変化などの研究結果について紹介する予定である。
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第385回 11月27日(土)午後2時~5時
石原 凌(岡山大学大学院環境生命科学研究科)
「シリアゲムシからみたオスのモテ戦略~ヤマトシリアゲを用いた行動研究のこれまでとこれから~」
オンライン(Zoom)
要旨:雄に作用する性選択において、体サイズや闘争形質、交尾戦術など性的形質をより発達させている雄が雌に選好されやすいと考えられてきた。一方、広い動物分類群で、個体群内で性的形質の発現に大きな個体差が確認されている。近年の研究では、性的形質に見られる個体差は、生息環境の環境要因 (個体群密度や栄養状態、捕食圧など)に影響されることが明らかになっている。性的形質の個体差と環境要因の比較を行うことは性選択研究にとって重要である。シリアゲムシ(Panorpidae)の雄は雌に、餌をプレゼントとして贈り、雌がプレゼントを食べている間に交尾する婚姻贈呈を行う。その交尾行動(婚姻贈呈)の観察の容易さから、配偶システム及び性的対立の研究検証に理想的な昆虫として多く用いられてきた。しかしながら、その基本的な生態や配偶行動はまだまだ未知な部分が多い。
発表者は、日本に生息するヤマトシリアゲPanorpa japonicaを用いて、雄が選択する代替交尾戦術と前翅の左右対称性のゆらぎ(Fluctuating Asymmetry, FA)の関係や、雄間闘争や代替交尾戦術を行う際のディスプレイ行動、そして雄の代替交尾戦術の地域間比較について研究してきた。これらの研究について、先行研究を交えて紹介しつつ、なぜシリアゲムシのオスはユニークかつ多彩な交尾戦術を取るのか?という観点から考察を進めるとともに、シリアゲムシの研究の今後の展望についても語りたい。