試し読み

竜影の墓守詩

← 作品紹介へ戻る

第一章:終わりと希望》

 あまりにも無残な光景を見ても涙を流さなくなったのはいつからだろう。この任務をこなすことが増えていくうちに、一つひとつの行動は仕事として行うようにしていった。抵抗することも出来ずに、朽ち荒れ果てた村。そこには幸せな家庭を築いていたであろうコトが容易に想像できる、家だったもの。そして、幾重もの人だった物の数々……。
 もちろん、この仕事が大切な物で、これによって救われている人という者が居ることも知っている。しかし、中には私たちのことを死体にたかるウジと何が違うのかと揶揄する者もいる。そのたびに私は……苦く笑うだけ。私自身のことをとやかく言われるのはいいのだが、仲間のことをどうこうと言われたくはない。だが、うまく言い返すだけの材料を私は持ち合わせていたなかった。
「隊長、B班、処理を終えました」
「了解です。B班のメンバーに怪我などはありませんか?」
「はい、無事に終了しています」
「そうですか、よかったです。ではこれより、鎮魂を行います」
 私は敷かれた魔法陣の中央に立つ。報告をしてくれた隊士は一礼をして持ち場へと戻っていった。
 パタパタとなびくマントを押さえつけながら、胸に空気を吸い込み、魔力と織り交ぜる。
 ――――ここに眠る、人々よ。その思いを私たちは必ず世界へ届けよう。恨みや辛み、悔恨、その全てを忘れ、眠ることをここに願う
 スッとまた新しい空気を一気に吸い込む。肺がはち切れんばかりの痛みを発する。こればかりはどうしてもなれることが出来ず、顔が歪んでしまう自覚がある。それでも、私はこの痛みが必要不可欠な物だと思う。
 この土地に神聖なる思いよ。悲しき思いを持つ人々に安らぎを。
 祈りを込めて、私は歌う。
 ――――ともらいの詩。




 
 駅からは大量の人が吐き出される。その大量の人々の中の一人として私も帽子を目深にかぶって一緒に歩き出す。帰ったらまず何をしようか。
 いや、まず第一番の行動は確定。今回の任務の達成報告を行うことだ。私は隊長権限、もとい使命で他の従者には赦されていない方法での帰還方法を行っている以上、自分の任務は完全に成し遂げなければ本任務についてきてくれた皆に示しがつかない。
 重い足取りをなんとか動かしながら、人混みをかき分けていく。この街に来る理由は様々だなと話し声を耳にしていると伝わる。ただ観光に来た人、仕事と思われる風貌の人、久しぶりの再会に喜ぶ人……。理由はそれぞれだがどれこもこれもが嬉しさというものが題材になっているように感じる。
 石畳を進みながら大通りを二本ほど外した場所に目的の地がある。元は大聖堂だったこともあり、見た目は豪奢で厳かである。また、リニューアルしたとはいえやや古めかしい姿形には時代も感じられる。
 ギーと重い扉を開ける。個人的にこの扉を開けるのがしんどくなったときが引退をするときだと思っている。執行部になることは誘われたとしても御免被るつもりだ。
 わいわいと賑やかな食堂側には行かずにギルド長が居る部屋へ赴く。
「失礼します。アリス・シール、任務を終え報告のために来ました」
「えぇ、ごくろうさまです。入ってください」
 観音開きの扉を開けて室内へと踏み居る。白を基調とし、机もかなり大きく豪奢な物である。そこに座る妙齢の女性、その人こそがここのギルド長、エラ=セス=フリード様。部屋と同じく白い服を身にまとい、ゆったりとしたしぐさで私の方を見定める。やはり、空気感とピリリとした威圧感は異常で、一歩部屋に踏み行っただけの私も緊張の嵐が訪れる。
 軽く、口内の唾液を嚥下し膝をつく。
「紫竜について、報告です。死者はおよそ250人、怪我人は重軽傷者併せて400人、うち治療可能な者については医療班と連絡、付近の医療ギルドに渡しております」
「そうですか、鎮魂、あなたは“詩”でしたね。そちらの方は問題ないのですね?」
「はい。滞りなく行えました」
「メンバー達の体調はいかほどですか?」
「今のところ異常を感じている等、問題は特別聞いておりません。しかし、今回のドラゴンが紫竜だったこともあり、何かあった際は付近の医療機関へ駆け込むように指示は出しております」
「わかりました、任務、ご苦労様です」
 私は今一度頭を下げてから立ち上がる。慈愛に満ちた笑みを浮かべるエラ様。気がつけば祈りの手つきとなっており、今回の死者達を改めて慰めているであろうことがよく理解できる。
「あなたは本当に優秀ですね。素晴らしいです」
「そんなことないです。ただ、人よりも内包している魔力が強く、鎮魂の才があっただけです」
「その魔力を正義のために使えるのは難しいものですよ。特にこの時代においては」
 それは、確かにそうだと思う。特急電車の中で読んだ新聞記事では、ドラゴンの情報と共に、魔法を悪事として使った事件が片隅に載っていたほどだ。一面に載るレベルなら、久々におきたのか、と思えるのに、もはや目新しさもない事件となっているのが嘆かわしい。
 もちろん、私もこの力を持っていることで魔が差さないわけではない。一大事件を巻き起こすこともやろうと思えば出来ると思う。ただ、こうしてエラ様含め、トップクラスの魔力を目の前にすると、そんな考えを持つことがどれだけ愚かなことなのかが分かるため、実行に移す気力が全くわかなくなるのだ。そう考えると悪事を働くというコトがどれだけ自惚れているのかと思ってしまう。井の中の蛙という言葉があるが、私たち人間は周りを見る力がある。にもかかわらず悪事を働くことにメリットを感じるのかと不思議に思う。
 閑話休題。疲れの残った身体でこれ以上ここに居て倒れてしまっても申し訳ない。倒れるのであれば、早くベッドに倒れ込みたい。いや、その前にまず熱いシャワーを浴びるのもいいかもしれない。食事は……起きたときにとることとしよう。
「それでは、失礼いたします。また、命令がありましたらお呼び出し下さいませ」
 クルリと回転してその場を後にする。扉はひとりでに閉まっていく。最初見たときは驚いたが魔力と電力をうまく使い合わせただけで単純な仕組みだった。
 そのままギルドメンバーに見つかり色々とお節介をかけられても面倒なので足早に去り、大通りを跨ぎ反対側の路地を一つ、二つと抜けていく。
 やや小さめの、それでいて古びた石造りの家。それが私の家だ。
 周りからは隊長クラスなんだからもっといい家に住めばいいと言われるが、任務で遠出することも多く、かつ寝泊まりできればそれでいいという思いの私にとっては、ここで十分すぎるのだ。もちろん、私がこんなのだから、ほかの皆様がいい夢を見られないじゃないかというクレームも分かるが、その分奢ることもあるしそこで手打ちにしておもらいたい。それに、この家は私にとってどれだけ魅惑あふれる家であり、変えることの出来ない思い出という付加価値が刻まれているのだから。
「ただいま戻りました」
 家の扉を開けて声をかける。
 スッスッとあたりを見渡す。姿は、見えない。音も聞こえない。
 ――――となると、本当に居ない?
 私はゆったりと、慎重に歩みを進めながら自室への扉を出来るだけ音を出さないように開ける。それでもキィーという古ぼけた音が小さく鳴る。もうそろそろ油を差した方がいいだろうか、と思考が一瞬流れながらも慎重にベッドまでたどり着きポスッと座る。
「はぁ」
 いや、なぜ自分の家でこんなに緊張をしなくてはならないのだと改めて思うが、これも私の心臓のため――――。
「おかえりなさーい!!!!」
「きゃあぁぁ!!??!?」
 バサッと自分の足下、ベッド下から出てきた声に驚きの声を上げてしまう。
 最近知ったことなのだが、この私の叫び声がご近所様では《詩巫女の帰還声》と呼ばれているらしい……ただの悲鳴をそこまで仰々しく言われると恥ずかしくて死に絶えてしまいそうだ。
「えへっ」
 ニコニコと笑みを浮かべる彼女にプルプルと拳を振るわせながら、ズイッと顔を寄せる。
「グレーテル」
「あ、あれ? 怒った?」
「前回のときもいいましたよね? それに前々回も。私の帰りを喜んでくれるのはありがたいです。しかし、そのたびに脅かすのを、やめてと言っていいましたよね」
「と、とりあえずベッドからおりよぉ」
 冷汗を垂らしているグレーテルに言われ、コホンと咳払いをして、ベッドから降りる。確かに、こんな姿を見せては人々の助けを与える存在として情けないにもほどがある。だが、それとこれとは別。人々を導くのもまた、私たちの仕事である。その一つに幼き児童の指導も含まれているはずだ。
 うん、大義名分はそれで充分である。というよりそれ以外にも、グレーテルに関しては、教育を行う義務が私にはあるのだ。
「アリス姉ちゃん」
「なんですか?」
「その、頭グリグリように丸めた手をほどいてほしいなぁって」
「えぇ、すぐパーにしますよ。お仕置きを終えたら」
「あ゛あ゛あぁぁぁ!?」
 後ずさりをしながら逃げようとするグレーテルを捕まえ、膝に乗せる。主にこめかみのあたりを重点的に狙いながら、マザー譲りの教育的指導を行う。いや、これを繰り返しても何度も同じことをするのだから本当に教育的指導を行えているのかは、はなはだ疑問であるが、何はともあれこれをすることで私の心が晴れるのでよしとする。
「いだだ、やーめーてー」
「やめません。だって、貴女も私がやめてと言っていることをやるんだから。やめる義理はないでしょう?」
「ごめん、ごめんなさいー!!」
「はぁ、もう」
 彼女を解放してやる。グレーテルはズキズキと痛むであろう頭を抱えて、涙目で私を見上げていた。
「うぅ……痛い」
「えぇ、そうでしょう。その痛みを忘れてはいけませんよ。東洋の方には『のど元過ぎれば熱さ忘れる』なんて言葉がありますし」
「どういう意味?」
「熱い食べ物を食べて苦しんでも、喉を過ぎれば忘れてまた食べてしまう、という意味。今のその痛みを忘れるからこそグレーテルは何度も私を脅かすのでしょう。だからこそ痛みは覚え続けておかなければならないんです」
「じゃあ、アリス姉ちゃんが毎回びっくりするのもこれ?」
「ほぉ、まだ仕置きが足りないと?」
 生意気な口をたたく彼女に次は魔力をまとい、白くもやのかけた拳を見せてみる。ヒッと小さく声を上げてグレーテルは後ずさりをして「嘘です、ごめんなさい、許して!!」と叫ぶ。
 まるで、これでは私が彼女をいたずらになぶっているように感じられてしまう。いい週刊誌の餌食だ。まぁ、そのような記事を出そうものなら、その週刊誌は秘密裏に抹殺されることとなるだろうが。
 さっと、魔力を解きベッドに座り直す。
「とにかく、これに懲りましたらもう馬鹿な真似はしないこと。というか、本当にこれ以上やるようでしたらマザーの元に――――」
「それはやだ!」
 と、まだ言い切る前に遮られる。目をうるうるとさせながら両手を胸の前に押し当てるグレーテル。
 またしても私はこのけなげな姿に負けてしまうようだ。
「まったく……わかりましたよ」
「えへへ、ありがとう」
「ふぅ……まぁいいです」
 コホンと1つ咳払いをして私もしかめっ面をやめることにする。死線をくぐり抜けてきて緊張も解かれる。今まで見せていた作り物の笑顔ではなく、素の柔らかな笑みが出来たことを自覚する。
「ただいま戻りました、グレーテル」
「おかえり! アリス姉ちゃん!」



 音量を絞ったテレビから流れる映画を、ぼんやりと見やる。もはや古典とも感じられる、この世界に厄災がいなかった時代の話。私は教科書の中でしかその存在を知らないが、この世界の国々の多くが参加をしたという戦争の話だった。
 元々恋仲だった二人だが、戦争が始まり敵国出身だった彼女はスパイの容疑で捕虜となり、主人公もまた徴兵をされ戦場に駆り出される。そして、彼女は彼の身を案じながら、彼はスパイの容疑が晴れることを祈りながら……供に互いの出身国で命を落とす、そんな悲劇の話。
「人は、悲劇を繰り返すものですね」
 冷めたコーヒーを飲み干しながら私は呟く。これだけ戦争というのは悲しいものであるとうたっているのにも関わらず、表面上はおとなしくしつつも小競り合いは行っている。もちろん大きな国はそのような競り合いに関わることはないが、それはどちらかと言えば平和を求めてというよりは強大なドラゴンという敵を前に、それに拘っている暇はない、ということであろう。その証左に『共和国』である我が国の主権を握り合いながら、出資額でけん制を掛け合う国が多く存在する。
 まぁ、私としてはどこの国の所属になろうが自分のやるべき仕事をこなすつもりだ。ただ、どこかの誰かの思惑に勝手にはめられるのは嫌だ。それは今隣の部屋で寝息を立てているグレーテルの為にもならないだろう。
 映画のエンドロールが流れ始めたのを見て私は立ち上がる。グレーテルが帰還祝いに買ってくれていたシュークリームが入っていたお皿を洗って自身の歯磨きも終える。清廉潔白を求められているわけではないが、いざとい言うときに虫歯で痛がっている隊長というのも嫌だろうし、何よりそんな存在に慰められる死者の魂も不憫に思うので自分を律するのもまた、自分の仕事だ。
 洗面台を出てリビングに戻る。つけっぱなしにしていたテレビはニュースへと変わっていた。
『続いてのニュースです。黄竜がまた動き出しました。今回動きを発見したのは偵察ギルドの――――』
 プツンと音を立てテレビを消す。黄竜……か。生息地である砂漠地帯から抜け出した可能性もあるが……そこまでのダメージはないはずだ。もちろん、迷惑を被ることになるし、場合によっては私たちの出番が回ってくるだろう。しかし、先日の紫竜をはじめとした他のドラゴンらに比べればマシであろう。
 眠る前にと壁に貼られた世界地図を見る。そこには私がつけた7体のドラゴン達のイラスト。彼らはこの地球上に突如現れ、我が物顔で縄張りを主張し始めた。
 赤道直下、大蛇の赤竜。
 北欧地帯、凶鳥の橙竜。
 砂漠地帯、不眠光虫の黄竜。
 アマゾン地域、乱岩の緑竜。
 海域、魚流の青竜。
 山岳地域、獣速虎の藍竜。
 空域、菌忌蝙の紫竜。
 彼らがひとたび気まぐれを起こせば世界は多大なダメージを受ける。それを止める手段など存在はしない。いや、あくまで今のところというべきだろうか。しかし、世界は実質的な敗北宣言をしているのに等しく、私たちが行っているのは後処理のみだ。
 そっと、扉を開ける。そこはグレーテルに用意した部屋。くぴぴと気持ちよさげに眠っている。彼女が大人になるまでの間にこの狂気的災害を終わらせることは出来ればと思う。
 ――――そういえば、マザーの元に連れられたときも、同じことを誰かが言っていましたね。
 苦しみ、怒り、そして疲れ切っていた幼き頃の私に、誰かも又そんな言葉を送ってくれていた。結局約束は守られることなく、むしろ半ば諦めるかのように、後処理の仕事が増えて行くのみ。
 ――――こんなこと、私が考えても仕方ないですね。
 自己嫌悪に陥りそうな思考を振り切る。私は残念なことにあのドラゴンたちと真っ向から向き合えるほどの力は備わっていない。しかし、恵まれた魔力があるのも事実だ。私なりにやれることをやろう。たとえそれが自分自身をただ、騙している行為だとしても。
「おか……えり、アリスねえ……ちゃん」
 ムニャムニャと寝言を告げるグレーテル。そうだ、私がしっかりしないといけない、未来の為にも。
 少しだけ魔力をまとわせた拳を、音を立てないように藍竜のイラストに当ててから、自身の寝室へと戻った。

試し読みはここまでです。

← 作品紹介へ戻る