築70年以上になる建物。国登録有形文化財や恵那市景観重要建造物に指定されています。
構造は木造モルタルタイル張り桟瓦葺2階建てで、左右対称のデザインが特徴的です。
玄関ポーチの左側には江戸時代から使われてきた唐臼(からうす)を展示しています。
川の近くでは水車で精米や製粉を行いますが、飯地町は比較的川が少なく、このような唐臼が多く使用されていました。
※唐臼:シーソー状の杵(きね)を足で踏んで使用する道具
外観には10種類以上の多治見笠原産のモザイクタイルが貼られています。
懐かしのダイヤル式ピンク電話
昔の脱穀機や、唐箕(とうみ:風の力でもみ殻やゴミなどを選別する道具)など、時代とともに変化してきた様々な農機具が展示されてます。
手前から藁をいれて、足でペダルを交互に踏んで縄を綯う、現役の機械式縄ない機。
藁を入れすぎるとすぐに詰まってしまうのでコツがいります。
動力を取り付けて自動で動かすこともできます。
糸紬の糸巻きなど。
飯地町は比較的田んぼが少なく、畑が多い土地柄です。
そのため収入を得る手段として養蚕(ようさん)が盛んに行われてきました。
お蚕(おかいこ)は非常に重要な副収入源であったため、「お蚕さま」と「さま」をつけて読んでいました。
各家庭で養蚕業を営んでいる家が多くあり、このような道具がたくさんあります。
可愛らしい木造の階段を上がって2階へ行きます。
一角がたたみコーナーになっており、昔の土雛(つちびな)などがたくさん展示してあります。
一般的にひな祭りは3月3日ですが、私たちの地域では4月3日にひな祭りを行います。
ひな祭りの日、「がんどうち(漢字では”強盗打ち”)」という行事が行われていました。
この日は飾られた土雛のそばに菓子が置かれ、子供たちが自由に持っていくことができました。
古い足踏みミシン。おしゃれです。
飯地町では古くから地歌舞伎が盛んで、近くにある歌舞伎小屋「五毛座(ごもうざ)」で行われた昔の芝居のポスターなどが貼ってあります。
かつての飯地には、鳥屋(カスミ網で渡り鳥を獲る猟場)が数多くありました。
現在は法律で禁止されているカスミ網猟ですが、昭和中期ごろまでは民の生活の一部として猟が行われていました。
おとりにするツグミやアトリは一年をかけて育てます(ツグミ:大きな鳥を獲るためのおとり、アトリ:小さな鳥を獲るためのおとり)。10~12月ごろ、おとりの鳥の鳴き声で渡り鳥をおびき寄せ、カスミ網と呼ばれる視認性の低い網を山の中に張り、小鳥を捕えます。鳥をタレ壺に浸して焼いたものは、秋から冬にかけてのごちそうとして重宝されていました。
民俗資料館には、当時使用されていた鳥かごなどの器具を展示しています。
真空管ラジオ。
何の変哲もない将棋盤かとおもいきや、西山地区の岡田神社の近くに昔あった杉の大木の"枝"を切り出して作られたもの。
そのほか懐かしい日用雑貨などもたくさんあります。
壁掛けの古時計や、囲炉裏の自在鉤。
木製ガラス戸は、一見上げ下げ窓に見えますが、左右の引き違い窓です。
歴代の村長さんの肖像画がずらりと並び、飯地の人たちにとって懐かしい小学校時代の詩集や校旗などがかかっています。
大工道具や木桶などの日用品のほか、タイプライターや機械式計算機など懐かしい道具を多数展示しています。
登録有形文化財に指定されているサイレン塔。
高さ10mの鉄筋構造で、昔は時報サイレンと半鐘が取り付けられていました。