五毛座は、地芝居(歌舞伎)が行われる建物で、国の重要有形文化財に登録されています。
ご希望に応じて、民俗資料館と一緒に見学することができます。
岐阜県は古くから地芝居(歌舞伎)が盛んに行われており、数多くの芝居小屋があります。特に東濃地方は盛んで、各地で地芝居が行われてきました。飯地町もその一つです。
飯地には天保年間まで遡る地芝居の歴史があります。飯地には六つの集落(五明、福原尾、沢尻、杉之沢、南、西山)があり、明治期には各集落のそれぞれの神社に拝殿型の舞台があり、地芝居が上演されてきました。
やがて第2次世界大戦となり、地芝居はいったん下火となります。しかし、戦後の復興による地芝居復活の機運と、昭和20年代に各地で起こった公民館運動を背景に、住民の強い希望により1951年(昭和26年)に飯地公民館兼地芝居小屋として現在の『五毛座』が建築されました。
同年の10月23日には落成式及び杮落し歌舞伎、翌24日には牛岡三太夫一座による歌舞伎が行われ、当時の一大イベントであったようです。
1952年(昭和27年)には現在の飯地五毛座歌舞伎保存会につながる「歌舞伎同好会」が結成されました。
その後、公民館は地元の青年の教育の場、保育園、また結婚式場としても使用されてきましたが、1983年(昭和58年)に別の場所に飯地公民館が新築されたため、旧公民館はその所在する自治会が「五毛(ごもう)」(地名は五明)という名であることから「五毛座」(ごもうざ)と命名され、歌舞伎(地芝居)専用の施設となりました。
2003年(平成15年) には、老朽化に伴う改修工事が行われました。
2010年(平成22年) には、「旧飯地公民館」として国登録有形文化財に指定されます。
2024年(令和6年)4月 大規模改修により、外壁、床、天井、音響設備、照明のLED化や、楽屋の増築が行われました。同年の4月12日には、記念式典と中村屋一座による杮落とし公演が行われました。(出演者:中村勘九郎、中村七之助、中村鶴松、中村いてう 他)
地元の集会などにも使用され、今なお民俗文化の伝承と交流の場であり続けています。建物には厨房が併設され、この地域の特産物加工場や朝市にも利用されています。
最近では、音楽ライブや落語・講談のイベントのほか、2025年(令和7年)5月にはポーランドのジャズグループ「レマンチク ゴリツキ サルネツキ トリオ」による公演などが開催され、様々な活用が進められています。
・1951年(昭和26年) 飯地公民館兼地芝居小屋として落成
・1983年(昭和58年) 飯地公民館(現・飯地コミュニティセンター)の新築に伴い、『五毛座』に改称し、地歌舞伎公演専用の施設となる
・2003年(平成15年) 老朽化に伴い改修工事が行われる
・2010年(平成22年) 『旧飯地公民館』として国登録有形文化財に指定
・2015年(平成27年) 恵那市景観重要建造物に指定
・2024年(令和6年)4月 大規模改修と楽屋の増築、中村屋一座による杮落とし公演が行われる
構造形式は木造桟瓦葺き地上2階地下1階、南面玄関ポーチ付きです。
外部正面は、外壁を南京下見板張りとして、切妻屋根の棟端を小さく寄棟とした屋根や玄関ポーチの円盤型柱頭つきの円柱、当地方で「霧除け」と呼ばれる小庇につく軒天井など、随所に洋風の要素が見ることができます。
内部構造は小屋組を洋小屋(キングポストトラフ)で組み、桟敷席の床を鉄パイプの支柱に洋風の繰型をつけた肘木で受けています。
建物内部には両花道を備えた舞台や、約200名を収容するための客席として平土間、1階・2階桟敷席を設けています。建築当時に公民館機能を併せ持っていた特徴として2階南面客席背後を集会所の和室とし、3室合計32畳からなる床・棚付きの大広間としています。
この建物の主要な柱材は、村有林の中から選りすぐりの桧材(東濃桧)を使用してあり、建物は堅固を誇り今日まで勇姿を残しています。
また、名古屋の御園座(戦後の火災で消失前)をモデルに設計してあると言われ、本格的な「地芝居」の芝居小屋であると評価されています。
地下床面積 118.41㎡
1階床面積 466.18㎡
2階床面積 192.11㎡
延べ床面積 776.70㎡
建築面積 476.28㎡