私たちは“ストレス”をどう認識し、適応するのか?
私たちは常に環境の変化に適応して生活しています。
外的ストレスを受けると、脳のストレス中枢(視床下部・室傍核)がストレスホルモンを出し、並行して自律神経活動を調整することで、呼吸、心拍、代謝、免疫を一過性に促進します。
このように身体機能を変化させてストレスから脱し、その後亢進した機能を抑制して元の状態に戻ります。この一連の防御反応はストレス応答と呼ばれ、ストレス応答の異常は免疫や心血管、精神疾患を招くことが知られています。
このストレス応答においては、室傍核の神経内分泌細胞と身体(末梢臓器)が緻密に連絡を取り合っていますが、その連絡様式が未だ調べられていません。
私たちの研究では、最先端の技術を駆使し、脳の電気活動、ストレスホルモン量の変化、そして身体から脳への信号を同時に読み解きます。そして、新しい技術の開発と応用により、これまでブラックボックスだったストレス応答の神経基盤を明らかにします。
私たちの体と脳は、「迷走神経」という特別な神経を通じて常に会話しています。
この研究では、迷走神経から脳へ情報が伝わる道筋を光らせて見えるような技術を使いました。これにより、体の状態が脳に伝わる「上り道」を初めて地図にすることができます。この道筋を辿ると、男女差があることがわかりました。特に、脳のストレス中枢(視床下部・室傍核)への神経投射に違いが見られました。
この研究は、なぜ男性と女性でストレスの感じ方や反応が違うのかを説明するヒントになるかもしれません。女性の方がうつ病や不安障害にかかりやすいという事実も、この神経回路の違いと関係している可能性があります。
展望
この研究を通して、脳と身体のコミュニケーション方法の男女差を理解したいと考えています。ここから得られる知見が、新しい薬の作用点の発見につながることを期待します。
私たちは日々、さまざまなストレスに直面しています。突然感じる痛みや、身動きが取れない状況など、これらの「危機」に私たちはどう対応しているのでしょうか?
私たちは、ストレスを感じた瞬間の脳内変化をリアルタイムで観察することに成功しました。この観察には特殊な光センサーを使って、ストレスを感じた瞬間に脳内で起こる神経伝達物質の変化を動物モデルで可視化しました。
特に注目したのは「ノルアドレナリン」という物質です。これは私たちが緊張したり、危険を感じたりしたときに分泌される物質として知られています。
この研究で初めて明らかになったのは、ストレスの種類によって、ノルアドレナリンの放出パターンが異なるということです。これは、私たちの脳が異なるタイプの危機に対して、それぞれ最適な対応をしていることを示しています。すなわち、私たちの脳は、危機に対して単に「反応」しているだけではなく、状況に応じた精密な「対応プログラム」を実行していることが示唆されます。
展望
異なるストレスに対して脳と身体がどう反応するかを知ることで、ストレス感受性の決定因子や、ストレス関連疾患の発症機序と治療法の開発が進むと期待しています。
ストレス応答に関する研究は、これまで特定の臓器に焦点を当てて進められてきました。脳全体、そして身体全体を俯瞰することができれば、多臓器連関から見た「全身」のストレス応答を捉えることができるはずです。そこで、私たちは全身を流れる血流に着目しました。
視床下部・室傍核は、脳脊髄液が流れる脳室を挟んで左右に局在し、血管が密に走行しています。この血流が運ぶ情報が一体どのようなものなのか、そして時間とともにどのような変化を示すのかは未だわかっていません。
血流を介したストレス生理学を新しく開拓するため、東北大学医工学研究科・石井琢郎先生と連携し、超音波を使った脳血流のリアルタイム計測に挑戦しています。