「認知科学」の立場から、集合知と行動経済学の交差点を研究しています。
大人数の意見を集めたものは、一般に個人の意見よりも極めて正確になります(集合知)。しかし、一部の問題に対しては、むしろ個人よりも不正確になってしまうことが知られてきました(いわば集合愚)。それでは、集合愚を減らし、集合知の効果をさらに高めるにはどうすればいいでしょうか。本研究では、人の"推論のしかた"に着目しました。
(A-1)認知心理学ではこれまで、人は①直感・ヒューリスティックと②熟慮というように、複数の推論プロセスを使いうることを明らかにしてきました。そこで、この研究では個人の推論に関するデータをもとに、どの推論が高い正答率をもたらすか、計算機シミュレーションを通じて検討しました。
その結果、個人レベルでは正確性が比較的低かった①直感が、高い集合知効果をもたらすことが明らかになりました。具体的には全員が熟慮を使う集団よりも、全員が直感を用いる集団の方が、正答率が高かったです。
(A-2)ここでは①を使う人も②を使う人もいる、多様性がある集団を検討しました。その結果、この多様性が集合知効果を高めることが明らかになった。具体的には、全員が直感、熟慮のみを使うどちらの集団よりも、多様性が高い集団の方が、正答率が高いことが判明しましたつまり、"多様性"が"集合知"の鍵と言えるのです。。
(A-1) 藤崎樹・本田秀仁・植田一博. (2017). ヒューリスティックの集合知:集団意思決定の視点に基づく適応性の理論的分析. 認知科学, 24(3), 284-299.
(A-2) Fujisaki, I., Honda, H., & Ueda, K. (2018). Diversity of inference strategies can enhance the wisdom-of-crowds effect. Humanities and Social Sciences Communications, 4, 107.
研究Bでは、個人内で集合知を生み出す手法を提案しました(図5)。その手法とは、問題に対し、まず自身の推定を回答させた上で、「別人のような回答」をさせることで、擬似的に複数人分(2人分)の意見を生み出すというものです。具体的には、自身とは異なる思考の発生が知られている「世間一般」はどう思うか推測をさせることで、「別人のような回答」の生成を狙いました。
(B-1)まず、推論課題(正解がある)に対して本手法を適用した。結果、2つの推論の平均値が自身の推定値のみよりも正確になりました。よって、個人内で集合知を生み出せたと捉えられます。
(B-2)続いて、選好課題(正解が人によって異なる)を題材としました。具体的には、絵画などに対して本手法を適用し、計算機シミュレーションを通じて相手自身の選好を当てられるか分析しました。その結果、2つの評価の平均値が、自身の評価のみよりも正確になることが明らかになりました。つまり好みに関する問題(例:相手は近所のレストランを気にいるか)において、本手法を用いることで、一種の集合知のように予測精度を上げることができるといえます。
(B-3)ここでは、推論課題1問に対し、5回推定させる手法を提案しました。具体的には、(B-1)の手法に加え、「自分と逆の意見の人」を想像させる、などの手法を追加しました。その結果、平均値の正確性が(B-1)よりも高まった。個人内で集合知を生み出す、より強力な手法を提案できたと捉えられます。
(B-1) Fujisaki, I., Honda, H., & Ueda, K. (2022). A simple cognitive method to improve the prediction of matters of taste by exploiting the within-person wisdom-of-crowd effect. Scientific Reports, 12:12413.
(B-2) Fujisaki, I., Yang, K., & Ueda, K. (2023). On an effective and efficient method for exploiting the wisdom of the inner crowd. Scientific Reports, 13:3618.
(B-3) Fujisaki, I., Yu, L., Tsukamura, Y., Yang, K., & Ueda, K. (2025). An ensemble method utilising multiple thinking styles that boosts the wisdom-of inner-crowd effect. Scientific Reports, 15:30727.
この研究では、集合知の一種として、レビューサイトのレイティング情報を扱いました。そして、この捉え方を左右する認知心理学的な要因を特定する形で進めました。具体的には、評価の平均は近いが分散が大きく異なるレイティングの二択を実験課題とし、そこでの認知的な要因の影響を検証しました。
(C-1)まず、購買目的の影響を検討した。購買は、自分のためだけでなく、相手(他人)のために行うこともあるでしょう。そこで実験では、購買目的(自分/他人のための購買)を教示した上で、選択課題を実施しました。その結果、他人のための購買の場合、高分散が避けられることが判明しました。つまり、他人のための購買では、より「保守的」になると捉えられます。
(C-2)次に、購買動機の影響を検討しました。商品には、楽しさの消費を促すものと、実用性が重視されるものがあることが知られています。実験では、商品(楽しさ購買/実用性購買を促しやすい)を教示した上で、商品の選択課題を実施しました。その結果、実用性を重視した購買が促されやすい商品では、高分散が避けられることが判明しました。
(C-1) 藤崎樹・楊鯤昊・植田一博. (2022). 人は他者の意見をどう活用しているか:商品の購買相手に関する詳細な検討. 日本認知科学会第39回大会発表, P1-001A.
(C-2) 藤崎樹・本田秀仁・植田一博. (2019). 人は他者の意見をどう活用しているか:商品の性質に関する検討. 人工知能学会第33回全国大会発表, 1G3-OS-13a-03.