ICETセミナーは、文化とその進化について関心があり、数理によって仕組みを明らかにすることを目指す研究会です。参加者のバックグラウンドは生物学、物理学、情報学、心理学、経済学など、方法もシミュレーション、機械学習、実験などに渡りますが、「文化・進化・数理」をキーワードに、異分野での交流を行います。セミナーでは、質疑を含めて2時間弱の講演で、その分野の基礎的な問題意識や研究の数理的な前提から始めて、最先端の成果を紹介していただき、学際的な議論の場を提供します。
定例セミナーはオンライン (Zoom) で開催します。参加希望者は、ICETセミナーのメーリングリストにご登録ください。毎回セミナーの当日までにZoomのリンクなどをご案内します。登録には icet-seminar+subscribe@googlegroups.com に空メールをご送付ください。
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第十四回
開催日:2025/9/11(木)19:00-21:00
講演者:中田星矢(東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構)
タイトル:名声バイアスの計算論モデリング:手がかりの違いが文化進化に与える効果の検討
講演概要:
人々は有用な行動を獲得するために、特定の特徴をもつ他者の行動を優先的に社会学習する。なかでも、多くの敬意を集める高名な他者を選択的に模倣する傾向は「名声バイアス」と呼ばれ、累積的文化進化や非適応的文化進化など、人類における文化進化を説明する重要な要因として注目されてきた。しかし、名声バイアスの定義は必ずしも明確ではなく、他の社会的学習バイアスに比べて定式化が進んでいない。
本講演では、名声バイアス研究の展開を概観した上で、その定義を一次的な手がかり(外見や職位など)に基づくものと、二次的な手がかり(多くの人々から注目を集めていることなど)に基づくものの二つに整理する。そして、この二つの定義に基づいて計算モデルを構築し、それぞれが生み出す文化進化ダイナミクスを比較する。さらに、突然変異率やバイアスの強さを操作した一連のシミュレーションを通じて、条件に応じて両モデルにおける文化進化進化ダイナミクスが異なることを示す。
本研究を基盤として、名声バイアスに関する理論的検討が今後さらに発展していくことが期待される。
第十三回
開催日:2025/7/10(木)19:00-21:00
講演者:舘石和香葉(北海道武蔵女子大学経営学部)
タイトル:集団を超えた協力の数理モデル解析および実験的検討
講演概要:
自分が所属している集団の枠を超えて外集団と協力することを、「集団を越えた協力」と呼ぶ。ヒトには、外集団よりも内集団に対して協力的にふるまう内集団ひいき傾向があることが知られており、こうした傾向を踏まえた上で、いかにして集団を越えた協力を促進できるのかという問いが立てられてきた。 本発表では、この問いに基づいて発表者が行った (i) 集団を越えた協力に関する進化ゲーム理論に基づく数理モデル研究、(ii) 集団を越えた協力を抑制しうる評判メカニズムに関する実験研究を紹介する。(i) の数理モデル研究では、外集団に対しては協力しない内集団ひいき戦略と、外集団に対しても協力する普遍主義戦略の両方が存在する集団において、普遍主義均衡の維持に影響を与える条件を解析した。(ii) の実験研究では、集団を越えた協力行動が集団内でどのように評価されるか、特にそれが肯定的に受け入れられるのか、あるいは否定的に受け取られるのかを検討した。その中で、内集団ひいき戦略、普遍主義戦略を採用する内集団メンバーがどのように評価されるのかを明らかにした。 最後に時間が許せば、現在取り組んでいる研究についても中間報告として紹介したい。発表全体を通し、集団を越えた協力というテーマについて、数理的・実証的両面から議論を深められれば幸いである。
参考文献:
Tateishi, W., Hashimoto, H., & Takahashi, N. (2021). Reputation of Those Who Cooperate Beyond Group Boundaries: A Comparison of Universalistic and In-Group Favoring Strategies. Letters on Evolutionary Behavioral Science, 12(2), 46-53.
Tateishi, W., & Takahashi, N. (2025). Cooperation beyond group boundaries is evaluated differently depending on the existence of intergroup competition. Frontiers in Behavioral Economics, 4, 1493427.
第十二回
開催日:2025/6/12(木)19:00-21:00
講演者:田中琢真(滋賀大学大学院データサイエンス研究科)
タイトル:マタイ効果と拡散と古典〜ニューラル言語モデルによる和歌の文化系統解析〜
講演概要:
文化は模倣や試行錯誤で進化する。文化の進化については、
(1)ある時代の文化はその前後の時代の中間か、あるいは全く別か?
(2)将来の文化は予測できるか?
(3)文化の発展の時系列は逆回しと区別できるか?
(4)文化の産物の後世への影響力の判定は時代を通じて一貫しているか?
(5)文化の産物の影響力は偶然に左右されるか?
(6)文化の変化を決定するのは何か?
などの問いが浮かぶ。これらの問いにニューラル言語モデルと古典和歌データベースで答えることを試みた。BERTで歌をベクトル化し、それぞれの歌についてそれよりも古い歌の中で一番近いものを親だとして歌の家系図(系統樹)を作った。この系統樹は本歌取りと有意な一致を示した。
(1)は、歌が最初の勅撰集『古今和歌集』と最後の勅撰集『新続古今和歌集』のどちらに近いか判定する分類器を作ることで調べた。すると,間の勅撰集はなめらかに移り変わっており、ある時点の文化はその前後の文化の中間だといえた。他方、最初の勅撰集『古今和歌集』と8番目の勅撰集『新古今和歌集』の分類器を作り,9番目以降の勅撰集を判定したところ、外挿はできず、(2)は否定された。系統樹の形から定義できるある量によって正しい時間順序と逆順を区別できるため、(3)は肯定された。この量は歌の作風の多様化・画一化を判別でき、歌は時とともに多様化したことがわかる。(4)に答えるため、系統樹で子が多い歌を影響力が強い歌と判定することにした。ある時代までの歌だけで訓練したニューラル言語モデルによる系統樹と、すべての歌で訓練したニューラル言語モデルによる系統樹を比較すると、この二つの系統樹の歌の子の数には弱い正の相関があることがわかった。(5)はマタイ効果の問題である。勅撰集に選ばれることで,ますます有利になる(名作だとみなされて本歌取りされるようになる)かを調べるため、ある勅撰集に選ばれた歌で、初出は古い歌集であるものを、初出は同じ歌集だがこの勅撰集には選ばれていない歌と比較した。すると、勅撰集以降の子の数は勅撰集に選ばれたものの方が多いことがわかった。(6)に答えるためモデルを構築し、ランダムウォークと自己励起で以上の結果を再現できることを示した。
本発表はTakuma Tanaka "Mean-reverting self-excitation drives evolution:
phylogenetic analysis of a literary genre, waka, with a neural language
model" Humanities and Social Sciences Communications 12, 394 (2025)
(https://doi.org/10.1057/s41599-025-04714-1 )に基づく。
発表では歴史的経緯・後付けの正当化としての古典についても議論する。
第十一回
開催日:2025/5/8(木)19:00-21:00
講演者 :持橋大地 (統計数理研究所/国立国語研究所)
タイトル:言葉の意味変化をとらえる
講演概要:
言葉(ここでは単純化して単語を考える)の意味が時間的に変化することはよく
知られている。たとえば、以前は “mouse” にはネズミという意味しかなかった
し、「微妙」はわずかという意味でしか使われていなかった。
こうした意味変化を統計的に扱うために、講演者がこれまでに行った二つの研
究について紹介する。
一つは、各単語がもつ上記のような「意味」の数とその変化を同時に推定する
ベイズ統計モデルで、ディリクレ過程とガウス過程を組み合わせることで、単
語の周辺に現れるほかの単語の分布から、「意味」の数とその割合の変化を同
時に推定し、追跡することができる。
二つ目は深層学習でも使われている単語の埋め込みベクトルを用いたもので、
BERTによる単語の埋め込みベクトルは潜在空間で複雑な分布をなし、それらが
時間的に変化している。こうした複雑な密度の変化を扱うために、ガウス過程
を周波数空間で表すことでコンパクトな表現と、その変化の追跡を可能にした。
こうした研究は、言語だけでなく文化現象一般にも広く適用可能な統計モデル
だと考えている。
参考文献:
第十回
日時:2025/4/24(木)19:00-21:00
講演者:須山巨基(安田女子大学)
タイトル: 累積的文化進化における「累積」とは:Buskell (2022)を使った累積的文化進化研究の再解釈
講演概要:
人間は多種多様な生態環境で生息している。これを可能としている要因の1つは自ら作成した文化を継承・改良し、より生存しやすい環境を構築してきたからだとされる。世代を通した文化の改良を累積的文化進化と呼び、これまで文化進化論の研究者は様々なモデルや実験を通して、その機序を理解しようと努めてきた。しかし、これまで操作的に定義されてきた累積的文化進化の定義に従うと、人間しか持っていないとされる累積的文化進化が他の動物でも持ちうることが実験的に例証されはじめ、なにをもって「累積 (improvement/accumulation)」と呼ぶのかに関する議論を巻き起こしている。本発表では、Buskell (2022)が提唱している累積性の4つのタイプについて解説し、いままで曖昧に捉えられてきた「累積」を整理する。その上で従来の実験がどのタイプに属するのか再解釈を加えていく。最後に、人間とそれ以外の動物に観察されている累積性にどのような違いがあるのかについて考察していきたい。
第九回
開催日:2025/3/13(木)19:00-21:00
講演者:中丸麻由子(東京科学大学)
タイトル: ネットワーク上の分業における協力の進化について
講演概要:分業は人間社会にとって重要であり協力が欠かせない。ある目的のために様々な役割があり、各プレイヤーがコストをかけてその役割を果たすことで目的が達成される。目的のために役割を果たす、つまり目的に対して協力をすることが求められる。そう考えることで、協力の進化の枠組みで分業を捉えることが可能になる。一方、ある役割のプレイヤーが役割を適切に果さない場合、途中で工程が止まってしまい目的の達成が難しくなったために分業に関連するプレイヤー全員にダメージが生じることがある。このとき条件によっては社会的ジレンマとなる。このような状況下で役割分担者が協力し目的を達成するための条件について進化ゲーム理論を用いて探る。
まずは線形ネットワーク上の分業の例として日本の産業廃棄物処理工程と不法投棄の問題を取り上げる[1]。処理工程は5つに分かれており、処理工程毎にさまざまな業者がいる。各工程の業者は適正処理か不法投棄のいずれかを選択するが、一度不法投棄が生じると工程は途中で終了し、環境負荷がかかり全員が悪影響を被るため、社会的ジレンマとなっている。適正処理を協力、不法投棄を非協力行動とみなし、協力の進化の観点からモデルを構築し、レプリケーター方程式によって罰則の効果の解析を行った。環境省のデータによると新たに罰則制度が導入されたあたりで産業廃棄物の不法投棄量が一度増えて減ることが示されているが、このシンプルな進化ゲームモデルでもこの時間変化を説明できることを示した[1]。
次に、[1]の研究の拡張として線形ネットワーク上の分業を一般化したモデルや、一般的なtree構造に拡張して進化ゲーム理論解析を行った[2,3]。このとき、ある役割が非協力的なプレイヤーであると目的を達成しないまま工程が終わるため、仕事をこなせなかったという悪い評判を全員が被るとする。レプリケーター方程式で解析すると、仕事を次の役割に回す際に渡す利益は進化ゲーム動態に全く影響せず、目的を遂行するためにかかるコストと非協力による悪影響、非協力者への罰が協力の進化に影響を及ぼすことがわかった。また、非協力者への罰則がある場合において、下流になるほどコストが高い場合に協力者集団と非協力者集団が共存することも示した。 一般的なtree構造においては、線形ネットワークの時とは協力的なプレイヤーの集団と非協力者の集団の共存条件が異なることもしめした。
参考文献
[1] Nakamaru, M. Shimura, H., Kitakaji, Y. and Ohnuma, S. (2018) The effect of sanctions on the evolution of cooperation in linear division of labor. Journal of theoretical biology 437, 79-91.
[2] Nirjhor, Md Sams Afif and Nakamaru, M. (2023a) The evolution of cooperation in the unidirectional linear division of labour of finite roles, Royal Society Open Science, 10, 220856.
[3] Nirjhor, Md Sams Afif and Nakamaru, M. (2023b) The evolution of cooperation in the unidirectional division of labor on a tree network, Royal Society Open Science, 10, 230830.
第八回
開催日:2025/1/16(木)19:00-21:00
講演者:村瀬洋介(理化学研究所)
タイトル: 間接互恵性による協力の進化
講演概要:ヒトが持つ最も際立った特徴の一つは協力行動である。ヒトは直接的な血縁関係を持たない多様な相手とも協力し合えるという点において傑出しているが、このような非血縁者への協力行動を説明する重要な仕組みの一つに「間接互恵性」がある。間接互恵性は、評判を介して協力行動を維持する仕組みである。「良いことをする→周りに良い人だと思われる→のちに第三者から協力してもらえる」ということが起きる社会では、自分が短期的にコストを払ってでも他者に協力することで、長期的に自分の利得を最大化することができる。結果として、協力行動が合理的な行動として安定に維持されることになる。
間接互恵性を数理的に理解するために、進化ゲーム理論の枠組みがよく用いられる。本講演では、まず既存の理論研究のレビューを行いたい。その後、私が最近行った研究を2件紹介する。[1]の論文では、間接互恵性において「意見の同期」が本質的に重要であることを議論する。[2]の論文では、協力のない状態から開始して、協力を生み出す規範がどのように現れるのかを研究した。最後に、本分野の理論研究で何が大きな課題として残っているのかを議論したい。
本講演は、数理的な内容であるが、前提知識のない人でも大まかな概要を掴めるように話したいと思っている。
[1] Y. Murase, C. Hilbe “Indirect reciprocity under opinion synchronization” PNAS (2024)
日本語プレスリリース: https://www.riken.jp/press/2024/20241127_2/index.html
[2] Y. Murase, C. Hilbe “Computational evolution of social norms in well-mixed and group-structured populations” PNAS (2024)
日本語プレスリリース: https://www.riken.jp/press/2024/20240820_1/index.html
第七回
開催日:2024/12/12(木)19:00-21:00
講演者:新井さくら(日本学術振興会、東京大学)
タイトル:互酬的協力における評判管理メカニズム:罰行使評判の機能とトレードオフに着目して
講演概要:二者間の互酬的協力はあらゆる社会の基盤であるが、この達成には自らが協力するだけでなく、相手からも協力を引き出す必要がある。この適応課題は、いかに協力してくれる相手を選ぶかというパートナー選択(間接互恵性)と、いかに既存の関係において協力を引き出すかというパートナー制御(直接互恵性)という、二つの異なる課題に分けて検討されてきた。パートナー制御については、相手の協力には協力による報酬を、非協力には非協力による罰を与えるシンプルな”応報戦略(Tit For Tat)”による解決が、協力研究の黎明期から確立されている。他方のパートナー選択についても、近年、他個体の持つ心的表象としての自身の評判を管理することで望ましい協力相手を得る心的メカニズムの働きが解明されつつある。しかし、互酬的協力においてパートナーの選択と制御がいかに両立されているかについては、理論的・実証的に未だ整理されていない。特に罰は、パートナー制御では必要な一方、パートナー選択では不要な上に有害でさえあるが、こうしたトレードオフがいかに対処されているかは未解明である。講演では、協力者および罰行使者としての評判の機能と、これら二種類の評判がいかに並行して管理されているかに関する実験的知見を整理し、メカニズムの入出力について議論したい。
第六回
開催日:2024/11/14(木)19:00-21:00
講演者:豊川航(理化学研究所)
タイトル:多本腕バンディット問題を使った社会的学習、集合知、文化進化の研究
講演概要:不確実な環境下で繰り返し意思決定をしなければならない動物は、情報の探索(exploration)と知識利用(exploitation)とを上手くバランスさせる課題に直面している。多本腕バンディット問題は、探索と知識利用とのトレードオフを捉える単純な模型の一つで、機械学習や認知科学、経済学などの領域で広く用いられてきた。これをマルチエージェントのシステム、すなわち社会的学習が可能な状況へと拡張することで、集団意思決定や文化進化の研究へつなげることができる。セミナーでは、この文脈で演者らが過去に行なった集合知の研究を概観した上で、最近の研究および現在進行中の研究について紹介する。1つ目の話題は、「社会的相関のある多本腕バンディット課題」を用いて、目的が完全には一致しない(つまり、バンディットの報酬地形の異なる)個人間で、いつ・どのように社会的学習は役に立つかを調べたもの。2つ目の話題は、「イノベーション可能な多本腕バンディット課題」を用いて技術効率と技術リスクとがどのように文化共進化するかを調べる現在進行中のテーマについてである。いずれも、多本腕バンディット問題へ関心を絞ることで、計算論的モデルのシミュレーションや実験データの定量的分析が容易になる。この方法論的強みと、その限界について、文化進化研究の広い文脈に照らして議論できれば幸いである。
第五回
開催日:2024/10/17(木)19:00-21:00
講演者:久野遼平(東京大学)
タイトル:法ナレッジグラフと規範の進化過程
講演概要:法構造は論理的なルールとして機能することで社会の実態を映し出す一方で、各国が捉える法規範や一般社会の価値観をも色濃く反映したものである。このような法構造を法ナレッジグラフとして整理し、分析体系を構築することは、大規模自然言語処理モデルなどリーガルテックや人工知能の文脈で法体系の知識構造を有効活用することに繋がるだけではなく、数量比較法学や規範の進化過程に関する新たな法学的・社会科学的な洞察を生み出すことにもつながる。そこで本発表では、まず法構造をどのように整理するか、またその整理がどのように役立つかについて解説する。次に法構造の進化に焦点を当てた研究成果について紹介し、最後に今後の展望についても簡単に触れる。
第四回
開催日:2024/8/8(木)19:00-21:00
講演者:藤本悠雅(サイバーエージェント AI Lab)
タイトル:大規模社会で協力を維持できる規範とは?〜私的評価下の間接互恵による分析〜
講演概要:間接互恵は人間社会のような大規模社会における協力を説明するメカニズムである。そこでは、個人が相手の評判に基づいて他者に協力するかどうかを選択し、自身はその行動の善し悪し(good, bad)を他者に評価される。どのような評価ルール(social normと呼ばれる)の下で協力が維持できるかが、分野の中心的な問題である。各個人の評価を全員で共有できる公的評価(= public reputation)の状況では、leading eightと呼ばれる8つのsocial normが協力を維持可能であることが知られている。
一方、現実社会では、個人の評価を共有できない私的評価(= private assessment)の状況が見られうる。このとき、他者に対する評価の食い違いが拡散することにより、集団内で正しい評価ができなくなってしまう。ゆえに、私的評価でも協力が維持できるかについては疑問が残る。我々はこの問題に対し、私的評価の下での集団における評判構造を分析する新しい方法を構築する。具体的には、各個人をgoodness(集団の何割がその個人をgoodと考えるか)とself-reputation(個人が自身をgoodと考えるかbadと考えるか)という2つの変数で特徴付け、この2つの変数が時間とともにどのように変化するかの確率過程を分析する。さらに、無条件に協力する者や無条件に裏切る者の侵入に対する頑健性に基づいてleading eightの社会規範の進化的安定性を議論する。面白いことに、公的評価では同じ性能を発揮するleading eightは、その協力率や進化的安定性により、私的評価では3つのクラスに分かれることが明らかになった。さらに、私的評価の中で高い協力率を維持するためには、他者の評価についてのコンセンサスを個人間で維持するために、normがある種の寛容性を持っている必要があることが明らかになった。
参考文献:
Fujimoto, Y., & Ohtsuki, H. (2024). Who is a Leader in the Leading Eight? Indirect Reciprocity under Private Assessment. PRX Life, 2(2), 023009.
Fujimoto, Y., & Ohtsuki, H. (2023). Evolutionary stability of cooperation in indirect reciprocity under noisy and private assessment. Proceedings of the National Academy of Sciences, 120(20), e2300544120.
Fujimoto, Y., & Ohtsuki, H. (2022). Reputation structure in indirect reciprocity under noisy and private assessment. Scientific Reports, 12(1), 10500.
第三回
開催日:2024/7/11(木)19:00-21:00
講演者:西川有理(東海大学)
タイトル:文化形質の地理的な多様性に関する実証研究
講演概要:文化は、集団の分岐に伴う垂直伝達や文化的接触による水平伝達によって集団間で伝達される。本発表では、文化形質の地理的な多様性が形成されるうえで集団間の文化伝達がどのように起きているかについて、二つの実証研究を例に考察したい。1)琉球列島では海で隔てられた島ごとに多様な文化が発展している。我々は民謡の音楽的特徴に基づいた定量的解析を行い、島間の多様性の形成において水平伝達が大きく寄与していることを示した。さらに、仕事の場面で歌われる民謡は地域間の差異が大きかった。2)人類は古くから植物を様々な用途で利用し、その生息域の変化にも大きな影響を与えてきた。我々は、名称の類似性がその植物の伝播ルートを反映しているという仮説のもと、大規模なデータセットを用いて言語間の類似性を分析し、原産地と拡散時期の違いによる特徴的なパターンを発見した。
第二回
開催日:2024/6/13(木)19:00-21:00
講演者:中分遥(北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科)
タイトル:信念体系と技術の文化進化、およびその共創的関係の理解に向けた試み
講演概要:文化の中でも特に人類の繁栄に寄与したと考えられる信念体系と技術について講演者がこれまで行ってきた研究を紹介する。信念体系として、宗教・民話・俗信などに焦点を当て、これらが集団の協力に寄与するのみならず、自然に対する知識を伝承する機能を持つことを示す研究を紹介する。そして、信念体系は我々の認知基盤に適合するように文化進化してきた可能性について議論する。技術については、社会的伝播の過程に焦点を当て、技術の伝承において介在する認知バイアスについて紹介する。また、現代の技術として、人工知能やロボットが倫理的問題や科学的革新に及ぼす影響について議論する。最後に、信念体系と技術の両者の関係について考察を試みる。
第一回
開催日:2024/5/9 (木)19:00~21:00
講演者:板尾健司(理化学研究所 基礎科学特別研究員)
タイトル:人間社会の多様な構造の生成原理
講演概要;人類学者はこれまでに遠く離れた地域の社会の間に構造的な類型性を見出してきた。本講演ではそうした類型性の由来を明らかにするための方法として、諸地域で一般的に観察された人々の相互作用を単純な数理モデルで表現し、シミュレーションによりそこから帰結する社会構造を調べるアプローチを提案する。前半では、贈与による社会組織の遷移を扱う。儀式的な場で贈与を行うことで、贈与者が名声を獲得し、被贈者がお返しの義務を負う相互作用をモデル化する。贈与の規模と頻度に応じて、社会組織が血縁関係に基づくバンド、同胞意識で連帯する部族、階層的に組織化された首長制社会、安定した王室を戴く王国の間を遷移することを示す。後半では、人口転換における二つの普遍的な経路を扱う。近年の出生率低下に関して、国連データを用いた統計解析により、出生率と寿命の間に、国や年代を問わず成立する二つの普遍的な関係があることを示す。また、親の投資について、出産と教育のトレードオフを考慮したモデルを構築して、ここで示された普遍性の由来を明らかにする。