みずすまし「街の助産師のひとりごと」より
『過ぎ去れるを追うことなかれ…ただ今日、まさに作すべきことを熱心になせ。たれか明日の死のあることを知らんや』という一説が五十路を迎えた私に大きな変化をもたらしました。
今、私は赤ちゃん訪問を2つの市から委託を受けて月に12件ほどの訪問と看護学校の非常勤講師、また、助産師学生の実習のサポートをしたり、時には、小中学校へ「いのち」についてお話に行ったりとフリー助産師として充実した日々を送らせていただいています。
しかし、以前は違いました。子育てがひと段落し、義父を看取ったころから、何かわからない焦りや、心がざわめく感じがあり、自分に何かしなければならないことがあるのではないかと思いながらも怠惰な時間を過ごしていました。
そんな時に『…作すべきことを熱心になせ…』の言葉を読み目が離れず、すぐに書き写し、いつも読み返していました。ちょうどその頃、助産師会で参加したS市の育児相談でうつ状態になった母親に出会いました。「どこに相談しても、産後はみんなあなたみたいになるよと真剣に話を聞いてもらえなかった」と涙ながらに話す母親。一緒に参加した助産師と支援してもらう道筋をたて一安心しましたが、私が住んでいる街でも困っている母親がいるかもしれないと思うとじっとしておられず、まずは主人に相談しました。そして、友人の保健師に助産師として何か手伝いたい、無償でもいいから何かさせてほしいと申し出ました。友人は「次年度養育支援事業を始めるから是非お願いしたい」と、私の思いと市の事業がタイミングよく一致し、訪問がスタート。その翌年には、別の市の助産師から赤ちゃん訪問を引き継いでほしいと依頼があり、現在2つの市で訪問をすることになりました。
『作すべきを熱心になせ』あの言葉があったおかげで、微力ながらでも助産師として誰かの役に立てる、何より母児の幸せな笑顔で私自身が癒される。本当に感謝しかありません。
その後、訪問する中で、今の子育て世代の苦労を知ることになったのですが、それは次にお話ししようと思います。
先日、先輩助産師から、「元保育士の方から、『最近の母親にいろいろと支援しすぎ、私たちの頃は自分で何とかしてきた』と言われびっくりした。でも、支援が必要な母親を育ててきたのは、私たち世代なのよね…」と聞きました。『支援しすぎ』果たして、そうなのでしょうか?
「子どもは抱き癖がつくから、必要以上に抱かないようにしましょう」「ミルクは栄養満点、ミルクで育った子は丈夫で頭のいい子が育つ」「添い寝は子どもの自立を妨げるからベビーベッドに寝せましょう」昭和時代に提唱された子育て論です。いい子に育てたいと願う母親はそれを実行してきました。
でも、今は真逆の子育て論。「抱き癖はつかないから家族みんなでいっぱい抱っこしましょう」「母乳は身体と心の栄養源です。できるだけ母乳で育てましょう」「添い寝OK、愛情いっぱいで育った子どもが上手に自立します」世代のギャップで実母にさえ相談しなくなった母親が増えていることをご存知でしょうか?相談する人がいない母親は、ネットにあふれている子育て情報を読み漁る。しまいには、何が本当なのかわからなくなってしまう。母子訪問すると、「聞きたいことがたくさんあって、お待ちしていました」とびっしり書かれたメモを見せられたこともありました。
少子化・核家族化の影響を受けて、一度も赤ちゃんに接することなくわが子を産む母親も増えてきました。初めてわが子を抱く瞬間は緊張し身体がこわばり、何と話しかけていいかわからず、じっとこどもを見つめている母親。子どもを産んだら母親になれる。そう信じている人たちがほとんどでしょうが、なかなかそう簡単ではありません。一つずつ経験しながら、悩みながら、喜びを感じながら母親になっていくのです。
そんな時に、そばで見守ってくれる人が必要なのですが、家には母と子ふたりきり。
母親はただ話を聞いてくれて、「子育てって大変よね」と同調してくれる、一緒に悩んでくれる人がほしいだけ。そんな今どきの母親に、支援のし過ぎはないよなと思ったのでした。
妊娠・出産は家族にとって人生の一大イベントです。最近は父親の立ち合い分娩も多くなりました。遠方からの里帰りで父親が立ち会えなくても、生まれたばかりのわが子を携帯のテレビ電話に映し、すぐそばでわが子の存在を感じることができます。
この一大イベントは赤ちゃんが生まれたことでひと段落しますが、母親はこの瞬間から赤ちゃんとの格闘が始まります。昼夜を問わず泣く我が子、おっぱいは痛いし、産後の傷が痛みます。初めての子どもの時など、赤ちゃんの首がぐらつき上手く抱くことさえできません。産院にいる間は、助産師・看護師が手伝ってくれますが、あっという間に退院です。それから約1ヶ月間はホルモンの影響もありますが、落ち込んだり不安になったり、多くの母親が経験するマタニティーブルーです。
私が母子訪問する時期は産後2カ月頃なので、ほとんどの母親はマタニティーブルーから抜け出し、育児にも慣れ、落ち着いている方が多いのですが、中には気になる方もいらっしゃいます。そんな母親の様子を把握するためにエジンバラ産後うつ評価票(EPDS)というものを使います。回答を点数化し合計9点以上を「産後うつ疑い」で、さらに詳しく状況を聞き、場合によってはフォローアップしていきます。
9点未満の方にも、様子が気になる方は、注意して話を聞いていくのですが、明らかに元気で子育てに悩んでいる様子でもないのに点数が高めの母親がいます。よくよく話を聞いていくと「夫の子どもに対する気持ちが分からず,不安」「夫は仕事が忙しく、帰りも遅い、母子家庭状態です」「言えば手伝ってくれるが、言わなくても手を貸してほしい」「父親としての自覚がない、自分の趣味を優先する」「上の子の面倒にも追われ、自由に出かける夫にイラつく」など多くの母親が「夫への不満」を吐露されます。
一方、父親も最近は変則勤務や週末出勤、夜勤や当直など、育児に協力したくても時間が合わない方も多いようです。夫婦の話し合いと、相互のいたわりがあれば上手くいくと思うのですが、育児と一緒で一つ一つ経験しながら乗り越えていかなければならない問題です。あるお母さんは「夫に期待するのはあきらめました」と言われ、この先の夫婦の危機を感じた方もいます。
でも、赤ちゃんの時期はあっという間に過ぎてしまいます。子どもの成長を楽しみながら夫婦仲良く子育てをしてほしいなと願うばかりです。
待機児童問題が世間で話題になっていますが、母子訪問をするまで、都会の話だろうと思っていました。ところが、地方でも待機児童問題は切実なものであることを知りました。特に、0歳児を預ける時の母親の話を聞くたびにびっくりするものでした。
「妊娠した時に、上の子を預けている保育園に予約を入れました」「入園できなくなるので、4月から預けるために育児休業を短縮して産後6カ月で職場復帰します」「母乳が十分に出ているけれど、保育園に預けるために生まれた時からミルクを飲ませる練習をしています」など
子どもは3歳くらいまで母親が家庭で愛情かけて育てるべき、そんなに早く働かなくてもいいじゃないかと言う声が聞こえてきそうですが、子育て世帯のほとんどは経済的理由から共働きが当たり前の時代です。3年も仕事を休んでいたら失職すると思う母親もいます。仕事によっては育児休業さえないところもあります。祖父母に預かってもらいたくても、遠方であったり、祖父母自身も働いていたりと思うようにはなりません。ちなみに、育児休業は父親も取得可能ですが、日本の父親の取得率は0.5%未満という現状です。
一方、保育園の事情も難しいものでした。0歳児保育の場合、0歳児3人に保育士1人、1~2歳児6人に保育士1人という配置基準があり保育士不足といわれ人材不足も問題です。国の試算では、0歳児保育1人に対して毎月50~60万円の公的コストがかかるそうです。単純に保育園や保育士を増やしても解決できるのだろうかと思ってしまいます。
そういう双方の事情を少しでも改善できるように、地域の子育て支援センターが各地に設置され、各自治体で活動されています。学童保育や子育てサポーター育成などもこの活動の一環です。0~3歳未満を対象にした小規模保育園設置も始まりました。
子育てを母親だけ、家庭内だけの問題にとどまらず地域の中で子育てをするためにはマンパワーが不可欠です。もしかしたら、みなさんの「力」が子育て支援につながるかもしれません。お住いの地域でどんな子育て支援が実施されているのか?少しだけでも興味を持っていただけたらいいなと思います。
ほとんどの母子訪問は初対面で1回きり。母子の名前と出産日、そして連絡先だけしか知りません。短時間で妊娠・出産・産後・子どもの成長経過などの情報を得るために一番役に立つのが『母子健康手帳』です。この手帳に記録されている内容から、母子の状態を把握できますし、不足していることは、直接母親から聞くことができます。
実は、この母子手帳は、母親と子どもを1冊の手帳で管理し、また、この手帳を母親自身が携帯できるという世界で初めて日本が作った画期的なものです。
昭和17年、戦時中の日本の妊産婦死亡率や乳児死亡率があまりにも高く、当時まさに「お産は命がけ」だった頃、妊産婦登録と妊婦健診の習慣化、そして物資の配給を目的に「妊産婦手帳」発行され、そして、昭和22年に児童福祉法が制定され、妊産婦手帳に子どもの記録が加わり、「母子手帳」が始まりました。この母子手帳のおかげ妊婦健診の習慣化、そして、医師や助産師による母子の管理ができるようになり、妊産婦死亡率はもとより、乳児死亡率も激減しました。
現在、世界の発展途上国では、昔の日本と同じように、「約20人に1人の子どもが5歳まで生きられない」「2分に1人、女性が妊娠出産で亡くなる」状況で、国際協力隊の方が母子手帳を紹介されたことがきっかけとなり、今では世界約40か国の国で母子手帳が活用されるようになったそうです。
日本では、妊娠すると持つのが当たり前で、その重要性を日本人自身はあまり認識していないかもしれませんが、世界で注目されている先進の母子管理ができる、とても大切なわが子との絆にもなる手帳です。
最近では、『20年母子手帳』『親子母子手帳』などもあります。『母子手帳アプリ』も登場しました。子どもの記録はあとで思い出して書こうと思ってもなかなか書けません。身近にある母子手帳を大いに利用して、大切なわが子の記録をぜひ残してほしいなと思います。
赤ちゃん訪問の時期が生後2カ月頃なので、訪問時に予防接種について説明をします。
最近は生後2カ月からたくさんの予防接種が始まり、生後6カ月頃まで毎月医療機関に行かなければならず、母親は大変です。全部を母親が管理するのは大変なので、受診した医療機関でスケジュールを立ててもらいます。
一般的に定期接種と言われるもので、国が定めているので無料で受けられます。その他にも任意接種がありこちらは料金がかかります。
結構高額です。そして、接種期間も決まっていてそれが過ぎると、料金がかかるようになります。乳幼児期を過ぎ、小学校、中学校、高校にいっても何らかの予防接種が続きますが、ほとんどの母親は何の疑問もなく国が定めた接種方法について受け入れていきます。
その中で、はじめて予防接種を拒否する母親と出会いました。拒否する理由は、「ある医師の講演会を聞いてよく考えた上で決めた」ということでした。強制することもできないので今後の注意点だけ話しました。また、赤ちゃんの体重の増えも悪く、ミルクの追乳が必要だと思われましたがミルクも拒否でした。仕方がないので、体重の増えが悪いことを伝え母乳回数を増やすように話しました。
よく言えば自然派の子育てを目ざしておられるかもしれません。
育児をする中で、周りの考えに振り回されずに自分で考えていくことは大切なことですが、「子どもを守る」という観点から、予防接種拒否やミルク拒否というのは、どうしても納得がいかないことでした。しかし、私一人では対処できない問題なので、地域の保健師さんに申し送り、引き続き経過をみてもらうことにしました。今後、この赤ちゃんが順調に成長することを願うばかりです。
今、私が大切にしている仕事に子どもたちへの「性教育」があります。以前は小学校が多かったのですが、最近は中学校・高校、そして保護者向けの性教育の依頼が入るようになりました。
「性」は「心」と「生」で成り立っています。男性も女性も生きているすべての人にとって「性」はとても大切なことで、「性教育」は「生き方の教育」だと言われる所以です。
しかし、学校の教科書には「性教育」という教科はありません。保健体育、理科、家庭科、総合学習の中で学ぶようになっています。本当は家庭の中できちんと話すことができたらいいのですが、子どもたちから「どうやってうまれてきたの?」「どこからうまれてきたの?」と尋ねられて、「お互いのことが大好きで愛し合って、あなたが生まれてきたのよ」とそこまでは、なんとか答えられても「どこから…」という答えはしどろもどろ。 聞いても答えてもらえないことを知っている子どもたちは、ネットやアニメ、アダルトビデオで偏った知識を得ています。そして、予期せぬ妊娠や性感染症、そして、犯罪に巻き込まれたりしているのが今の子どもたちの現状です。
最近、東京都足立区で性教育について話題になりました。いろいろな立場の方の様々な考え方があることは理解できますが、「無知」であること故に危険を予測できず、予防もできず、色々な被害に遭っている子どもたちがいることも事実です。「性」についての正しい知識を持つということは、自分の身体を守ることにつながります。
では、家庭で何ができるのか?それは、生まれたときの話や赤ちゃんの時の話を是非してほしいなと思います。「愛情」を知っている子どもは、自分を大切にすることができます。そして、周りの人を大切に思うことができるのです。
初めての子育てや、出産直後は、「何がなんだかわからない」と戸惑う母親が多いものです。「なぜ泣くの?」「なぜ寝ないの?」「うんちが出ない!」「おっぱいで眠れない~」と日々子どもの世話で追われて、ゆっくり食事も睡眠もとれない。特に授乳が軌道に乗らない母親のストレスは本当に深刻です。
実は私も第1子の時は大変でした。未熟児で生まれ、母乳で頑張りたいのに乳腺炎を繰り返し、母乳マッサージに通う日が続く。夜の9時頃になると何をしても延々と泣き続け、1時間ほど経ちやっと寝てくれる。助産師だけど出産後の経験は初めてで、「どうして上手くいかないの~」と夜中におっぱいの手当をしながら泣いていました。
子どもを産むと誰でも母乳が出ると信じていませんか?実は母乳育児を達成するためには、専門的な知識と手当が必要なのです。妊娠中から乳頭や乳房の状態に応じて手当をし、出産後は赤ちゃんの抱き方、乳頭の含ませ方、授乳の間隔も考え、乳頭・乳房の大きさや形も考慮します。母乳育児を推進する施設では専門スキルを持つ助産師が対応します。
もちろん、まったく手当なしでも母乳育児が順調にいく方もいます。一番大変だなと感じる方はアドバイスを受けたことをまじめに実行しなければと、タイマーを使って授乳時間を計り、何時に飲ませたかをメモし、3時間後の飲ませなければと常に時間を気にして、一日中、授乳のことを考え、睡眠も十分とれていない方です。頑張りすぎる性格、責任感の強い方、まじめな方は要注意です。
授乳に限らず、子育ては四角四面にはいかないことばかりです。1回くらい授乳時間を飛ばしたって問題なし!母乳が出なけりゃミルクがあるさぐらいの気持ちでゆったりと子育てをしてください。そして、困ったときは保健センターでも育児支援センターでもどこでもいいから「教えて!」と助けを求めてください。ひとりで頑張りすぎないでくださいね。