食と健康

No.1 異所性脂肪蓄積

 皆さんは「脂肪」という言葉でどんなイメージを連想されるでしょうか?スーパーのお肉の脂身(あぶらみ)、皮下脂肪、CTスキャンで見るお腹のなかの脂肪、いろいろなイメージがあります。しかし、細胞のなかにある脂肪滴をイメージされた方は少ないでしょう。実は、細胞のなかの脂肪滴こそが色々な病気と関係する重要な脂肪と考えられるのです。

 写真の培養細胞のなかで白く光る丸いものが脂肪滴です。脂肪細胞は大きな脂肪滴をたくさん蓄えられる例外的な細胞ですが、その他の細胞は通常は小さな脂肪滴を少量しか蓄えません。ところが、肥満やメタボリックシンドロームのある方では、脂肪細胞以外の細胞にも脂肪滴が増加してきます。そのような脂肪滴を「異所性脂肪」と呼びます。英語ではEctopic fatです。

 異所性脂肪は、細胞の機能を障害し、細胞死、組織の炎症と線維化、まれには「がん」を生じます。そのような状態をまとめて「異所性脂肪蓄積症」と呼びます。脂肪肝、脂肪筋、脂肪心筋、脂肪膵、脂肪血管などがこれに含まれます。世界的な肥満の増加に伴い、異所性脂肪蓄積症も急増していますが、正確な実状はよく分かりません。なぜなら、異所性脂肪蓄積症の診断技術はまだまだ未発達だからです。例えば、脂肪肝が進展したNASH(非アルコール性脂肪肝炎)という病気の診断法は、肝臓に針を刺して組織の一部を取ってきて顕微鏡で診断する方法(針生検)しかありません。高度脂質分析ラボの研究開発目標の一つは、細胞のなかの脂肪滴の検査法を開発し、病気との関わりを調べること、そして、食事や運動による予防・改善法を提案することです。

 写真は、培養細胞にガラスの細い針(写真の右側から中央に向かう、くさび形の像がガラス針です)を刺して、脂肪滴を吸引するところです。吸引した脂肪滴はただちに高分解能質量分析計(Orbitrap)に注入されます。この方法により、生きた1個の細胞の、1個の脂肪滴の成分を調べられます。細胞培養液のなかに調べたい食品成分を加えておけば、脂肪滴の変化を観察することもできます。将来は、脂肪滴の数を減らしたり、脂肪滴が細胞に及ぼす悪い影響を抑える食品が開発されるといいですね。

2016年8月22日

千葉仁志

No.2 慢性腎臓病と脂質

 慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease, CKD)という言葉を聞いた方も多いと思います。CKDの定義は以下のようです。

 下記の1,2のいずれか、または両方が3か月以上持続する。

1.腎障害の存在が明らか

(1)蛋白尿の存在、または

(2)蛋白尿以外の異常

病理、画像診断、検査(検尿/血液)などで腎障害の存在が明らか

2.GFR<60(ml/分/1.73m2)

*GFR: 糸球体濾過率(腎臓の老廃物をろ過する能力ことです)

 我が国の20歳以上の成人において、GFR 60未満の人が19%(約2000万人)います。これは糖尿病の頻度とほぼ同じです。CKDは透析や腎移植を必要とする末期腎不全の予備軍であり、腎不全以外の合併症(虚血性心疾患など)のリスクともなります。CKDのハイリスク群として、糖尿病、高血圧、メタボリック症候群などが挙げられます。したがって、CKDを代謝学的な観点から理解することが検査法や予防法、治療法を見つけるために必要です。しかし、腎臓の代謝は不明の点が多かったのです。


 ごく最近、糖尿病性腎症の患者さんの腎臓で、脂肪滴の蓄積が糸球体上皮細胞、糸球体間質細胞、近位尿細管上皮細胞などで確認されました。また、脂質代謝関連遺伝子の異常も同時に認められました(Herman-Edelstain M et al. J Lipid Res 55:561-72, 2014)。肝臓や骨格筋の脂肪滴研究と比べると遅れましたが、腎臓の脂肪滴研究もこれから活発化するかもしれません。高度脂質分析ラボでは、CKDの患者さんの尿に混じっている脂肪滴を持った細胞に注目して分析を進めています(図)。CKDを予防する食品が見つかれば、多くのCKD予備軍の方が救われ、医療費も抑えられます。その日を夢見て研究を続けています。

2016年8月16日

千葉仁志

No.3 マガキと抗酸化物質

 マガキにはグリコーゲンやタンパク質のほか、カリウム、亜鉛、セリウム、銅、マンガンなどのミネラルを多量に含んでいることが知られていますが、抗酸化物質の報告はほとんどありませんでした。そこで、我々は活性酸素消去能力(ORAC)法を指標にマガキの抽出物から液液抽出やHPLCなどを用いて、分画・精製を行った結果、上記のようなフェノール性の新規の抗酸化物質を発見しました。次に既存の抗酸化物質と比較しながら、マガキ由来の抗酸化物質の性状を観察しました。


 試験管内での物質の抗酸化能は通常、ORAC法で測定されます。ガキ由来の抗酸化物質におけるORAC値は1.47(μmol TE/μmol)と既存の代表液な抗酸化物質であるクロロゲン酸の約1/3と低い値でした。測定後、心底がっかりしたことを覚えています。そこで、気を取り直し、細胞を使った抗酸化能の測定を行いました。この方法は酸化すると蛍光を発する試薬(DPPP)を使い、細胞に添加して標識します。細胞には抗酸化物質を加えた後、細胞をDPPPで標識し、酸化剤を使って酸化しました。その結果、マガキ由来の抗酸化物質を加えた細胞では、濃度依存的に酸化が抑制されることが観察されました。しかもクロロゲン酸と比較して、高い酸化抑制能を有していることが判明しました。これは予想外の結果で、マウスを用いた実験(「マガキとNASHモデルマウス」参照)の原点となっています。

2016年8月16日

布田博敏

No.4 マガキとNASHモデルマウス

 近年、日本でも肝臓に脂肪(滴)が蓄積する疾患が増えてきました。この疾患は肝臓に脂肪沈着のみを認める単純性脂肪肝と肝臓に壊死・炎症や線維化を伴う脂肪性肝炎に大きく分かれます。非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は肝障害を惹起する程度のアルコール摂取歴がなく、肝炎ウィルス感染もなく、肝臓の組織で壊死・炎症や線維化を伴う脂肪性肝炎を認める疾患です。NASH患者の25-33%がより深刻な肝硬変へと進行します。


 我々はマガキ抽出物から新規の抗酸化物質を発見しました(「マガキと抗酸化物質」参照)。この新規の抗酸化物質を高濃度含むマガキ抽出物をヒトのNASHの疾患によく似ているモデルマウス(NASHモデルマウス)に与え、その影響を観察しました。


 まず肝臓における脂肪(滴)の蓄積量を測定したところ、通常のマウスの肝臓とほぼ同じ脂肪(滴)量であることがわかりました。このほかに予想外の結果も得られました。上記の写真のようにNASHモデルマウスが丸々と太っていたのに対し、マガキ抽出物を与えたNASHモデルマウスはほっそりとした形態になりました。毎週1回体重測定を行っていたのですが、マガキ抽出物を与えたNASHモデルマウスは摂餌6週目よりみるみる体重の減少が見られました。体重減少のみならず、インスリン抵抗性の改善も観察されました。体重減少とインスリン抵抗性の改善は本当に予想外でした。

2016年8月16日

布田博敏

No.5 LDLの酸化

 低比重リポ蛋白質(LDL)はコレステロールなどを組織に運搬している. LDLは狭心症、脳血管障害、心筋梗塞、動脈疾患のリスクファクターとなっているが,特にそれが変性して生じる変性LDLが高いリスクを有している.LDLの変性で最も多いのは酸化であり,酸化LDL(ox-LDL)はマクロファージにより貪食され、マクロファージの胞沫化を誘導し炎症の惹起や動脈の平滑筋増殖を引き起こすことで動脈硬化が進展する.LDLは活性酸素をはじめ、ラジカルなど種々の刺激で容易に酸化される物質である.LDL酸化のプロセスの概略を図に示した. LDLに含まれるリノール酸など不飽和脂肪酸がラジカルなどにより水素ラジカルを引き抜かれることにより酸化され共役ジエン体が形成される. そこに酸素が反応してヒドロキシラジカルが生成するが、他の不飽和脂肪酸から水素ラジカルを引き抜き、ラジカルより安定な過酸化脂質(ROOH)になる(脂質の自動酸化). ROOHはマロンジアルデヒド(MDA)などのアルデヒドに分解され最終的には非常に多くの物質が生成される. また、apoB100に多く存在するリジン残基がこれらのアルデヒドなどにより修飾されることが知られている. 先進国では冠動脈疾患が死因の上位にきているため,その原因となるox-LDLや過酸化脂質を測定することは冠動脈疾患を未然に防ぐという意味で非常に有効である.

 酸化LDLまたは過酸化脂質の検出方法としては、共役ジエン法、MDAおよびその修飾体(TBARS)の検出(TBA法)、質量分析法を用いた過酸化脂質の定性および定量方法、抗原抗体反応を利用した方法、電極法など、さまざま方法が報告されている. それぞれ、利点、欠点があり、どれかの方法が万能というわけではない. 例えば、質量分析法は非常に高感度で定量測定が可能であるが、測定、解析には経験が必要で装置の維持、管理にコストもかかる. 共役ジエン法は分光計で簡易に測定可能であるが他の物質の影響も受けやすい. 最も利用されている方法のひとつがTBA法である.

 高度脂質分析ラボラトリーでは、多くの方法で脂質の酸化状態を測定で可能であるが、これらの方法の中でも質量分析法、カーボンナノチューブ(CNT)電極などの開発を行っている. CNT電極を用いた酸化還元物質の測定に関して多くの報告がされている. CNT電極は未酸化LDLでは応答を示さないが、酸化LDLに応答を示すことを報告している. 現在、LDLの酸化状態を簡便に評価する測定系について開発を行っている. また、この性質を利用し、さらに装置が比較的小型化できることを利用して、脂質の酸化を抑制する物質をスクリーニングする装置としての開発も行っている. 現在、デモ測定器があり貸し出しを行っているので、興味のあるかたはご連絡をお待ちしております.

2016年8月16日

武田晴治

No.6 LDLの酸化; 平均的な情報? 個々の情報

 今回は高度脂質分析ラボで開発中の低比重リポ蛋白質(LDL)の酸化状態の評価方法についてお話しをします. LDLの分子量は約230万、大きさが約23nmのほぼ球状の物質です.LDL表面にはリポ蛋白質の一つであるapolipoprotein B100 (apoB100)というリポ蛋白質が表面に吸着しており、内部にはコレステロール、コレステロールエステル、トリアシルグリセライドが含まれています. LDLは活性酸素をはじめ、ラジカルなど種々の刺激で容易に酸化され、酸化LDL(ox-LDL)が生成します. これらは動脈硬化が進展することが知られています. これら酸化LDLには非常に多くの分子が混在しており、apoB100も脂質分解産物であるアルデヒドなどで修飾されます. 従って、サンプル内の個々のLDL粒子の酸化状態が必ずしも同じものではないと考えらます. 以前にも話題にしましたが、LDLの酸化状態を評価するにはLDLに含まれる過酸化脂質など酸化により生成する特定の物質を検出する方法(TBA法、共役ジエン法など)が用いられます. しかし、これらの方法ではサンプル中の平均化された情報しか得ることができせん.

 原子間力顕微鏡(AFM)という装置があり、近年は生物関係の研究でも広く利用されています. AFMについては多くの文献、本が出版されていますので、興味があるかたはそれらを参考にしてください. AFMは顕微鏡という名前のつくように表面形状を測定(分解能はサブナノメートルからナノメートルオーダー)するのにも用いられますが、表面電位や硬さなどの情報を得ることができます. 当ラボではLDL粒子の硬さが酸化によりどのような変化するのかということについて検討を行っています. 硬さの計測の原理を簡単に説明すると、カンチレバーという板バネでLDLを一定の力で少し押してみて、変形する量を測定しています(図左).

 図右にはLDLを平坦な基板に吸着させたときの表面形状をAFMで観察したときの一例を示しました. 吸着したLDL粒子が観察されています. 吸着したLDLの硬さを測定すると酸化時間がながくなるにつれて、硬さが変化(柔らかくなっていく)していくことが判明しました. 今後は測定条件などを最適化してより正確に個々のLDLの硬さを評価することも可能と考えられます. 高度脂質分析ラボでは新しい視点で測定方法や評価基準の開発なども行っております. 興味がある方はご連絡をお待ちしております.

2016年8月23日

武田晴治

No.7 イメージング質量分析

 研究の世界では様々な分析手法が用いられています。近年になって開発された手法の一つにイメージング質量分析があります。既存の手法である質量分析法では試料をすり潰し、分析対象を抽出・精製した上で分析することによって、その分析対象がどういった分子であるか、そしてどのくらいの量が含まれているかを明らかにすることができました。イメージング質量分析では、試料の分布まで明らかにすることができます。分析に用いられる試料は組織のままで、すり潰す必要はありません。その試料上に対してレーザーを一点一点照射していき、検出されたシグナルがどういった分子であるのか、どこにどれくらいの量が含まれるのかをソフトウェアを用いて画像情報として提示することができます。イメージング質量分析が注目される一つの理由として、代謝物や脂質といった低分子化合物も解析できることが挙げられます。これまでの研究は遺伝子やたんぱく質を中心に進められ、近年になって代謝物や脂質との関連が調べられるようになってきました。ちょうど時代にマッチした手法なのだと思います。また分析対象に標識する必要がないことから一度の分析で数百から数千種類を分析対象とすることも可能ですし、分析までの煩雑な操作を必要としないことも分析する側としては非常に取り組みやすい手法といえます。最近ではイメージング質量分析法によってヒトのがん組織において特異的に増減する分子が明らかにされ、データベースが構築されてきています。分子分布の画像情報を取得する手法は、PET(陽電子放出断層撮影)、NMR(核磁気共鳴)、そしてCT(コンピューター断層撮影法)などがあり、病院での診断に使われています。イメージング質量分析も将来的には研究分野だけでなく画像診断のツールとして活用される日が来るかもしれません。

イメージング質量分析によるヒト大腸がん肝転移組織の分析結果。がん部位でm/z 725.5の分子が増加し、逆に正常部位ではm/z 616.1の分子が減少していることが明らかにされた(Shimma et al., 2007 JChromatogrB)

2016年8月16日

早坂孝宏

No.8 化学合成と健康科学

 脂質は三大栄養素の一つに数えられているほど重要な生体関連物質ですが、その中には様々なタイプの分子を含んでいます。言わずとしれたビタミンDも脂質の一つですし、中性脂肪(トリグリセリド)やリン脂質・糖脂質なども良く知られた分子です。わたしたちは脂質の量と疾患の関係(診断法への応用)や脂質の新たな機能の解明(創薬への展開)を目指し、化学合成を基盤技術として研究を行っています。

 一例としては、病気になったときに脂質の量がどのように変化するのかを精密に調べるためには、天然には存在しない形の標準物質が必要です。しかし、そのような物質は市販されていないため、自分たちで合成し調製するしかありません。

 また、非天然型の分子は思いがけない生理活性を示すこともあります。そのような類縁体(似ているけれど天然型とは違う)をたくさん用意することが出来れば、お薬としての可能性のみならず新たな生物学的な知見を得られる可能性もあります。

 化学合成は日本のお家芸で多くのノーベル賞学者を輩出してきた分野です。長きにわたって蓄積されてきたノウハウを生かして、健康に寄与する新たな分子を作り、探し続けています。

2016年8月16日

古川貴之

No.9 二つの抗酸化

 酸素を利用して生きる私たちの体内では、日々、老化や疾患の原因となる酸化ストレスが生じています。生体内には酸化ストレスを軽減させる抗酸化酵素がありますが、年齢とともに低下していきます。そこで、食品中の抗酸化物質を摂取し、酸化ストレスを軽減させることが健康維持や疾患予防に必要であると考えられています。最近、抗酸化物質を作用の仕組みから二つに分ける考え方が出てきましたのでご紹介します。

 抗酸化物質を、直接的抗酸化物質(direct antioxidants)と間接的抗酸化物質(indirect antioxidants)の二つのグループに分ける考えが、最近、Talalayらによって提案されています。直接的抗酸化物質は酸化ストレスに直接作用して抗酸化を発揮する物質です。例えばローズマリー酸やアスコルビン酸(ビタミンC)など、従来からラジカル吸収能のある物質として知られているものがここに分類されます。一方、indirect antioxidantsは、私たちの細胞内にもともと存在するKeap1-Nrf2経路を活発化させることにより抗酸化酵素や毒物代謝酵素の遺伝子群を発現させて間接的に酸化ストレスを減少させます。このような抗酸化物質の例としては、最近、テレビで話題になることが増えたスルフォラファンがあげられます。クルクミン(ウコン)も後者の性質が強い抗酸化物質です。私たちのこれまでの研究では、直接的よりも間接的な抗酸化物質のほうが細胞を酸化ストレスから保護する性質が強いことが分かりました。しかし、間接的抗酸化物質はしばしば細胞毒性が強いことも見いだしていますから注意する必要があります。

 私たちの研究室では、マガキ(オイスター)の抽出物から新しい抗酸化物質としてDHMBAを見いだしています。肝培養細胞を用いた研究で、DHMBAには直接的抗酸化物質としての作用のほか、Keap1-Nrf2経路も活性化する作用もあり、細胞を酸化ストレスからよく守ります。幸いなことにDHMBAは高濃度でも細胞毒性がなく、非常に使い易い物質であることも確認しました。DHMBAだけでなく、他の食品成分のなかにもそのような優れた性質のある抗酸化物質があるかもしれません。それを探す研究を私たちは進めています。もし、そのような研究に関心のあるかたがいらしたら、どうぞお声掛けください。

2016年8月16日

上甲紗愛、布田博敏

No.10 脳と肥満

 メタボリックシンドロームいわゆるメタボという言葉が世の中で認知されるようになりました。メタボは高血圧、高血糖、高脂血症など、末梢での代謝異常が問題となりますが、うつ病や統合失調症、アルツハイマー病などの脳疾患の危険因子となることが分かってきています。脳疾患と栄養に関する研究では、ω3系脂肪酸やアミノ酸を中心とした研究が多くなされていますが、今回は神経の発達・分化に重要な脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor; BDNF)とその受容体(TrkB)に関連する栄養素について触れたいと思います。油の多い食事が肥満につながることは想像できるかと思いますが、こういった食事を実験動物(マウス)に摂取させ続けると、大脳皮質や海馬などの領域で、BDNF量が減少し、うつ様や不安様の行動を示すようになります。精神衛生面から考えても、適度な食事を心がけた方が良いかもしれません。最近、ある種のフラボノイドや亜鉛がTrkBを活性化するということが報告され、うつ様症状を改善する働きが見出されてきています。こういったBDNF低下の悪影響を改善する栄養素が、肥満による脳機能悪化を防ぐことに役立つのではないかと期待しております。

 参考文献:Numakawa T, Richards M, Nakajima S, et al. Front Psychiatry. 2014, 5, 136

2016年8月16日

中島進吾

No.11 非メチレン系脂肪酸

 本コラムでは天然に存在する特殊な多価不飽和脂肪酸、非メチレン系脂肪酸について紹介します。

 天然に存在する多価不飽和脂肪酸の多くは二重結合間にメチレン基 (-CH2-) を1つだけ挟む1,4-ペンタジエン構造を規則的に有しています。その一方で、共役二重結合を持つ脂肪酸 (共役脂肪酸) や、二重結合間にメチレン基が2つ以上挟まれている脂肪酸 (非メチレン系脂肪酸) など、不規則的な化学構造を有する脂肪酸も存在しています。このような脂肪酸は主要な多価不飽和脂肪酸とは異なる特徴的な化学構造を有することから、生体に対しても異なる生理活性を示すのではないかと考えられています。

 今回紹介する非メチレン系脂肪酸はマツやカヤなど、裸子植物の種子に多く含まれています。また、近年では腹足類などの一部の貝類にも極微量ですが含まれていることが報告されています。非メチレン系脂肪酸の一例としてピノレン酸 (図1上) やシアドン酸 (図2)などが挙げられます。

ピノレン酸は炭素数18、二重結合数3の脂肪酸であり、γ-リノレン酸 (図1下) に類似した構造をしており、マツの実 (図3左) の脂質中に10~15%含まれています。マツの実が広く食されていることもあり、その生理機能に関する研究も多数なされています。その一例として、γ-リノレン酸と同様に血中コレステロールの低下作用の他、腸内ホルモンの分泌を介した食欲調節作用など、γ-リノレン酸と異なる生理機能も示すといった報告が挙げられています。

 また、シアドン酸はカヤの実 (図3右) の脂質中に5~10%程含まれています。近年、カヤの実から得られるカヤ油がラット肝臓中の中性脂肪を低下させることが報告されていることから、シアドン酸には脂肪肝を予防する効果があると考えられています。

 今後、このような生理機能を有する特殊な脂肪酸を多く含む天然物が見つかれば、その生理機能に関する研究もどんどん発展していくかもしれません。

2016年8月16日

津久井 隆行

No.12 酸化LDLから飛び出す物質

 低比重リポタンパク質(LDL)は様々な酸化ストレスにより酸化変性を受けやすい物質です。酸化LDL はマクロファージを活性化し、マクロファージに貪食され、マクロファージを泡沫化(脂肪滴が細胞に蓄積)します。これが粥状動脈硬化巣の始まりと考えられています。未酸化LDLにはマクロファージを活性化する能力はありません。一方の酸化LDLは、動脈硬化に関係するだけでなく、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や慢性腎臓病(CKD)などの生活習慣病などにも関係するという報告があります。

 私たちは、試験管内でLDLを酸化すると、その過程でごく小さな物質がLDLから飛び出してくることを見出しました。この物質の発見には、私たちの研究室で完成したカーボンナノチューブが活躍しました。この様な物質に関する報告は過去になく、この新規性物質に関して私たちは様々な研究を行ってきました。これまでにその化学組成を明らかにし、細胞への影響も分かってきています。将来は、動脈硬化症を新しい視点から理解し、新しい検査法や治療・予防法につなげたいと期待しています。

2016年8月16日

寺嶋 駿、武田 晴治

No.13 質量分析に必要な二つの物質

 脂質には非常に多様な種類の分子が存在しており、私たちの生命や健康に対して担う役割については大部分が解明されていません。近年、液体クロマトグラフィー/質量分析(LC/MS)法の著しい進歩とともに多様な脂質分子を定量することができるようになりました。今回は質量分析で信頼性の高い定量を行うために欠かせない二つの物質についてご紹介します。

 一つ目は標準物質です。標準物質は測定したい物質そのもので、高純度なものを使用するほど正確な定量となります。LC/MSでは溶液中の測定物質をイオン化し、その濃度を面積値として検出しています。そこで標準物質を溶解して希釈系列をつくり測定することで、あらかじめ既知の濃度での面積値を求めておきます。各濃度の面積値をプロットすることで検量線が求められます。未知試料を測定したときに検出された面積値を計算し、検量線から測定物質を定量することができます。このように、標準物質は目的の物質を定量するための「ものさし」となっています。

 二つ目は内標準物質です。内標準物質には測定したい物質と化学的性質や構造が類似した物質が選択され、重水素標識体が一般的に使用されます。内標準物質は測定物質のイオン化が妨げられた場合に、面積値のばらつきを補正する役割があります。例えば、血液や食品の抽出物などを試料として測定するとき、試料の中には目的の定量物質以外にも多くの成分が存在します。その夾雑成分がイオン化に影響を及ぼし、正確な測定が難しくなります。この問題を解決するために、標準物質の希釈系列に一定量の内標準物質を加えて、面積の比率から検量線を求めます。未知試料の測定にも常に一定量の内標準物質を加え、面積の比率から定量することでイオン化の影響を回避できます。これは測定物質と内標準物質の性質が似ており、イオン化の影響を同じように受けることでその比率が変化しないためです。

 市販されていない標準物質や内標準物質も化学合成で入手することが可能です。脂質の場合、市販品は、化合物の種類が少ない、非常に高価である、純度が低いなど様々な問題がある場合も少なくありません。私たちは、自ら合成した標準品や内標準物質を用いて脂質を定量分析することで、疾患や病態と脂質分子の関連性を正確に理解したいと考えています。

2017年1月11日

三浦佑介

No.14 健常者血中の中鎖脂肪酸濃度

 脂肪酸には、炭素数の違いにより、炭素数6以下の短鎖脂肪酸、8-10の中鎖脂肪酸、 12-20の長鎖脂肪酸、炭素数22以上の極長鎖脂肪酸に分類されます。中鎖脂肪酸(Medium chain fatty acid;MCFA)は動物油脂にはほとんど含まれず、ココナッツオイルや母乳、牛乳、チーズなど乳製品に含まれています。

 中鎖脂肪酸は通常の長鎖脂肪酸と異なり、エネルギー産生に利用されやすく、体脂肪として蓄積しにくいと考えられています。中鎖脂肪酸は、アメリカでは1950年から、日本では1960年代から栄養補給などの医療用途に活用されてきました。一方、食用油として中鎖脂肪酸を含む脂肪(中鎖脂肪酸トリグリセリド、或いは中鎖中性脂肪、MCT)が登場したのは2003年頃からです。最近ではMCTがダイエットや認知症予防によい油として急速に普及しています。

 中鎖脂肪酸は揮発性が比較的高いために正確な測定が困難でしたが、高度脂質分析ラボラトリーではその方法を確立しました(特願2013-224897)。本法を利用し、絶食した健常者グループ(n=5、 男性/女性=3/2、 年齢 31±9.3歳)、 および絶食しなかった健常者グループ (n=106、男性/女性=44/62、年齢21.9±3.2 歳)の血中総カプリン酸濃度(FA 10:0)を測定しました。結果として、カプリン酸は絶食したグループでは検出限界以下(0.1 ㎛ol/L)でした。一方、絶食しなかったグループでは、カプリン酸は106人中50人が検出限界以下でしたが、検出された56人のカプリン酸濃度は0.62±0.3 ㎛ol/Lでした(Shrestha R. et al. Ann Clin Biochem, 52:588-596, 2015)。ヒト血中中鎖脂肪酸の一種であるカプリン酸の濃度を明らかにしたのは今回が初めてと思われます。今後も「食と健康の情報」で中鎖脂肪酸の研究成果を報告したいと思います。

2017年4月25日

惠 淑萍