ブログタイトル「瞳と視線」の内容は、日本人として、世界と日本社会の日々の事変や革変について思う処をメモ的の文量で公表しようと言う個人発信、発言と記録の場としても受けました。よる年波で、記憶力も落ち、熱の上がった思いも、日が過ぎてしまえば、直ぐに忘却のカスミと化す情けない頭脳になりました。物言う分野は広範囲であり、認識の不足のままの物言いも有ろうかと自信なく恐々の物言いの程度にして、でも、そう言う資格の低さでも、先ずは物言いが大事。たじろぐ言葉は「素人は黙って、玄人に従え」でしたが、今時代はAI時代です。情報は誰にも平等に取れる時代。それと知識を詰め込み過ぎると知識に拘束されて、発想力が落ちてAI以上の発想が出来なくなる恐れもある。知識の深さが劣る素人考察で有りながらも、だからこその発想力に期待も持てる。この観点から素人でも物言いが出来る、モデル作りにもなろうかと思う。
「スタート」&「プログレ」しつつ、世の推移、変遷へシンクロを目指したいと思っています。調査と認識の足り無い物言いも有ろうとは、思いますが、でもこれが一般市民の感覚で、一般市民は与えられるものとの感覚ですが、その多くの中から、日本人の「瞳と視線」から真偽選択し未来に向けて奥の名か情報を数多い中から選択し、研ぎすまして行く事がこれからの課題。間違いは、即、改変できないとSNS時代に大きな遅れになる。訪れた皆様方には、SNSグロース・その様な「場処」にもなれば幸いです。AI時代と言うけれど、世界では、誠実な国と国民が居て、息をするように嘘を言うコックと国民が居ある。この中でAIの普及って信頼でき得るか?今までも、様々な時代で欠如して来たもの「民意」。他人任せでは、再び「民意無視」の状況になり得てしまう。幸いにネット時代は、世界の一人一人の声が届けられる時代。この声もAIに拾われるようにしないと、「民意はアイマスク、耳栓・・命令時代になってしまう」AIは前進にも後退にも利用されてしまうから、庶民は、いつも「意」を表さないといけない。その為の新たなスタート。庶民は情報の末端民とも言える。意欲だけで何が成せるか?ただ今、意欲が高騰した理由は、政治もマスコミも有知識者も誠を変える現実が熱量と言える。つまり未だ情報に難民でない以上は、真実判定が「刃」になる。もっと具体的に辛辣に言えば、「嘘を真刃で切る」だ。情報端末民と言う民だから、間違いも起こすだろうが、その場合も謝罪をばねに力にして行く。そして、本当に民主主義の庶民になる為に引かない事を貫いて行く。
もう一つ前提を書き記します。専門性を持たない素人でも、行政や国の姿勢に「物申す」事の出来る事の記例と共に、年齢が若くても忌憚なき声を伝える目的を果たす為、記し方を中学生でも理解できるように難解な言葉を使わないように心掛けて行く事、ここに承服を願いたいと思います。ただ感化する意図は無いので「史実と筋論」で受読して頂くと幸いです。