ごあいさつ
ごあいさつ
ご来訪、有難う御座います。ここ「瞳と視線」より心からお礼申し上げます。
上表題写真、アオバズクの眼の意味は、「Ninox japonica」の学名を持つ鳥で、「日本の」「瞳は心」「視線は未来思考」と言う意味と思いを込めて命名しました。
俺流 考え方のストック
瞳と視線・20世紀に民主主義が広まって、そのルーツから主導は当然、西洋先進国として普及と展開しながらも21世紀に入って、民主主義の崩壊への由良語が見え始めている。民主主義を何故か?守って維持する完璧統制手法と神が如くに擁護してしまっている。その結果が崩壊の揺らぎとなると。民主の考え直しの時代到来と考えた場合に、素人で、何を考えて、何が言えるか?このテーマを一介の日本人市民の一人が情報弱者をそのままに、「民主の立て直し」を素養感覚のみで考えて見た、そのストック集として創設したブログです。日本の一般人の「瞳と視線」が元ですので、拙く思われて当然、読み居る価値無しも当然でしょうし、認識間違いもある。でも、書いて自分で読まないと始まらない、そんな思いと内容の俺流に、成長を見て、万が一にも貴方様の参考に成ったとしたら誠に幸甚に存じます。
静かな刻に・喧騒生活で空いた穴を埋めよう!
令和8 26年01月24日
ヘッドライン オールドマスメディアよ、選挙終るまで中道左派を応援報道して
今やメディアは偏向報道を飛び越えて、褒め殺し作用しか果たせない。惨めなオオカミ少年たちだ。滑稽なのは、彼等の言う優しい政党「中革連」「共産党」「令和新」国民民主」等が異議を唱えない事。まさか?褒めてもらっれいると勘違いしているのか?この二つの組織ものどもは小学生よりも判断力も基点も無い連中だね。こんな人たちに日本の未来は任せられない。オールドメディアとあだ名を貰ってからは、、もう、誰もメディアの言う事を信じていないし、信じないばかりか、メディアの言った事の反対が正しいと反応するまでになっているのに、この二つ組織は、如何に日本平民の感覚と遊離していたか?を表す様な無知、無脳な人間達か?自分達を客観視さえできない。この能力は?と言えば、独裁政権下の広報やら議員やラの言う言葉にそっくりで、「100回言えば真実になる」を信じての事だろうがもっと共通項がある、人を道上げつつ、その実見下しが激しい事。人種差別も男女平等も言うだけは言っても、それは下々の生活権の生活かであって、そもそも独裁構成員の立場を揺るがすようなスターは出さないのが基本だ。独裁では「出る釘は打たれる」どころではなくて「出る釘は切られる」だから今でも理不尽を解って居て、それを続けられている。これから選挙戦に入って増々の偏向も捏造のばら撒かれるであろうが、オールドメディアが偏向応援するなら、彼等の言う「優しい政党はボロ負けでもない「ボロボロ負けの結果に成る」だろう。そうなると反日政党とメディアにはスパイ法と本格的な日本倫理で新待遇が下されるだろう、でも大丈夫、そのままの思考力を保てば、中国、ロシアに再雇用されるでしょうから、ただし下々の下々として、私は笑顔の無い国は嫌だけど、でも元々働く事が好きでは無いようだから彼らのレベルでは理想の国家でしょう。おめでとう、めでたし!めでたし!
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 1民主社会なら、学は人と成り、でなくてはならないのに
今、令和7年・学歴評価の人は地に落ちた。は言い過ぎだろうか?我らは幼き頃より学は苦学の果てに人を作って学問と同時に人間を作るものと信じ込んできた。これ、学のロマンでしかなかったか?現代の学に、いや現代の学卒の何に、嫌気が生まれるか? 民主は民衆が主権を持つ、その民衆が汚れてはいけない。何に?真実以外の「嘘」にである。嘘が生きる世界は「学の世界とは言えない」 学と言うのは、哲則は、別名「真実追求に有る」だから本来、嘘を信じ、活用しる人間などは踏み入ってはいけない聖域が学の世界で有り入り口を学問と言う。少なくとも、我ら日本古来の民主主義は、聖学で有り、聖人を輩出して来た、我らその伝説を学の神聖逸話にして来た。青臭くも「立派な人の成る道筋上に学問が有った訳だ。それがどうだ。学問に金の色がついて、楽な暮らしの芳香を話し始めた。戦後の西洋から輸入の民主主義。実質はもっともっと昔の維新後だったかも知れぬ。我ら子供が知らなかっただけで、子供は綺麗なロマンスの花学の中で押し込められていただけかも知れない。だが、いずれにしても同じ呼び名、「学問」も古来の日本では「人材そのもの」だった。特に人を救う人物造りで存在してきた学問だった。しかるに、西洋の同じ名の学問は、「自分の身を助ける」苦学に他ならない。兎にも角にも「学と言う門を潜って、明かし証を小脇に抱えて門を出れば暮らしが一段も二段も上位に上がる。その為に、贈賄行為まで創り出して来た西洋民主の学問。だが、学問は罪の主役ではない。教育の発生当時は西洋も、日本も聖学であった。教養の主体であった。一体誰が、聖学をこんな奈落に貶めたのか?
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 2拝金主義者の愚考愚人は、全てを地に落とす。
真面だった、皆で苦しい生活を乗り越えよう!だが、学を身に付けて「他人よりも上の生活」欲にも個人主義導入とは?真面ではない、が現代ではこれも許されたシステム化して来て近年では、金銭裕福を目指さぬ者、骨董品扱いだ。ヨーロッパ諸国や中国ならば、いざ知らず、日本国主、日本人ならば、「皆で裕福に成ろうとは、何故しない?」、この際、他国事は、さて置いて、この日本は、???どうなってしまったのか?何事にも進歩発展は大事で生活向上も、教育向上も言わば、競争原理に放り込まれてその大事を為そうとする。その意味合いも理解すれば、全員が高度に成ろうとする意識向上も理解する。けれども、人はそんな努力でトコロテンの様な成果が出てその成果に乗れるほど、人生も社会も甘くなく、努力で希望を叶えた人が居る一方で、その努力で逆に奈落に落ちてしまう人も多い、のが現実。人々が希望を失わないように成功例は後世に繫ぎ、奈落落ちなどは、社会の季節風で吹き飛ばし、心に傷を持ちつつも再度に挑む、これ、正直な現実と思う。賭け事のように、当選くじと同様に、当り額が多ければ、極小が豊かで、大勢が金に追い駆けられる生活。そんな背筋の仕組みにも文句を言わないのは、結果はどうあれ、チャンスだけは全員に平等が有るからだ。これが戦後持ち込まれた民主社会とその教育だった。これを嘆いてまた古来日本の制度に立ち返る?そんな事は思わないし立ち返えろうとしてももう立ち返れないのが社会と言う生き物成長体。それを皆解って見詰めれば、この拝金主義の効率を意識で変える必要がある。根本的に、社会とは?その中の個々とは?自分だけが凸すれば、社会は不安定にグラ付く、社会を凸すれば、競争の強靭を忘れ脆弱しか残さない。
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 3形式は同じでも、問題は立ち位置と目標と意思だ。
不んの少し俯瞰してみれば、「人よりも上に立って自分の独裁王に成って人を顎の下で使いたい」足りない頭脳ではこのような発想しかしない、足りた頭脳で溢れ切った発想で描く事は、「社会は自分一人では運営できない、社会の為に人の生活を格上げに知恵を使う」に成る。民所の競争の目的が地位向上や金稼ぎでも、単純な事に目線の違いで向かう世界観が変わる。今、どちらが正しい優れて居るは、控えるが、日本は後者だ。日本人で日本びいき、そう言う判断で済ませないで欲しい。美的に盛って飾った美談でも無い。日本に続いて来た、男の力社会歴史を掻い潜って来た古くも民主主義論理でもある。こう考えると1945以降の民主主義に、日本の継続して来た古来民主主義が西洋民主主義に浸食された、と考えるか?の分岐時代かも知れない。我らは戦後民主主義の子らだ。だが今、その戦後民主主義に原点的な違いと比較の選別可否が出来る、数少ない「子ら」でもある訳だ。最初の例えのように西洋民主主義、戦後民主主義には深みが無い、要は、裕福層と貧困層の闘争の結果を未だに引きずった統制制度で、根本的に述べれば、貧困層の下克上のアイテムから成長が無い。止まったままだ。ただその裕福層は盛者必衰で入れ替わりも有れば続いても居る。こんな恨み辛みをの籠った統制民主主義に未来は有るのか?。片や対極の社会主義の独裁から見れば、貧困層が唱える事は、社会主義独裁の前段階にも見えてくる。がしかし一つの大きな違いがある。社会主義の独裁政治下では、貧困層は無知識無教養でなければならない。使用人主主義の平民以下、貧困層を含めて、知識も有れば教養もある。ただそこには妙な共通項を言うと拝金が社会主義の独裁者と考えは一致。この場合、一緒の仲間となり得るか?成り得ない。かつての彼らが行った廃除儀式そのままの「知識層撲滅の運動」を独裁者はするだろう。考えて見れば、この辺、西洋民主主義は全くと言って良い程、進化しない進歩しない事がタブーの如く動かせなかった。けど、グローバル時代、具体的には、移民時代、基本人権が基調に成って更に民主は進化進歩が阻まれる時代と言う負い込まれ方をしている。西洋民主は一時しのぎの統制度だったと言う事なのか?
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 4民主主義出直しは、教材と教育再び
個人的な感覚で戦後西洋民主主義は、日本に限らず全世界的に「そのままに、そのままにのパンドラボックスのように開ける事をタブーにして居た感がある。どうしてそうなってしまったか?これも別の機会に紐解き挑戦してみたいと思うが、民主主義発足としては歴史的に議会政治と被って長い歴史ともつ、と思われているようだが、実質は、第二大戦後で最も先進して来たのは、王の居なかったアメリカ。厳密にはフランスからアメリカ。そのアメリカでさえ、民主を進化進歩させる事を憚って来た感がある。これは恐らくは、宗教の教義が原理的に作用していると言うのが自分の考えなのだが、今、そんな理由はどうでも良いくらいに民主主義統制が危機だ。ことわざの如く「変わらぬ者は腐る」「川流れの如く流れを忘れると澱む」そのままに買われていない事が原因だ。民主主義は変わる必要があったか?。時代と言う流れに同流しないから「今は房利しか見えてこない」そして対抗の社会独裁の腐敗チョッカイに直接作腐してしまう。で戦後80年~この危機的機会変らないと不穏な腐敗の暴力に立ち返ってしまいそうなのだ。その因子が、一言で教養、「学と言うよりは教養違い摩擦が起こっている危機だ。 ここでは教材を日本古来として置いて、現教育の実態をして行こう。想像力、想構力、想像力、読解力、考解力、全体視考、対面視考、上下思考、横拡思考、思い遣り思考、個人幸福思考、全体幸福思考、そして総合した未来思考の構築思考。一方で、合格、昇進、卒業、資格試験などを突破するだけの学もある。暗記の彼方で形としても学歴を掴み取る事に特化したような暗記学問で卒業証書を撮って学歴誇示する人間、近年はこの手の人間が同じ学問の器から生まれ増え続けている、今まで小さな側面だったものが、次第に大きな側面として、今や対壁に成って何が起きているか?金が全て拝金社会の台頭で、この雰囲気と言うものは、まるで社会主義独裁社会の影と臭いの濃いもので、この濃さが、社会主義独裁主人と使用人の関係を近づけているから危険を危惧する。そのような心配よりも先に、暗記学問、暗記学歴の特徴を上げて置こうか?と思う。この人達、暗記が戦闘力か?と思いきや、そうではない。暗記の目的達成が第一優先で目的を達成すると暗記した者は簡単に忘却する、出来てしまう。大特徴は、その場、その時の突破が大事で、過ぎれば自分が言い放った事も忘れる事が出来る徳体質。例えば論戦が始まって、勝つ為に通常論材料から極論から極論左右上下どこからでも勝つ為の材料を持って来る。普通の人は「自分の筋論を大切にして勝つにしても筋論を維持する」が暗記学問の人等は、そんな事には頓着しない、目の前の人間に勝つのみ、が当面目標。こんな勝つと金になるか?の価値感だけだから、人間的にもハッキリした特徴が身から醸し出している。 本当の実力が無い事を自分が知ってるから、「虚勢を張る」常にに比較して「自分の上下を探る」学歴は「頭の良さの証明書」自分よりも上と感じた者の「劣を探して詰る」勝てば良い論法は材料を持ち出し過ぎて、「自分が言った事を覚えていない、言った事の矛盾もどうでも良い」人が言わないマナー違反を「付け付けと堂々と言って反撃を防ぐ」暗記は内容の薄い卑怯者部類だから「自分を犠牲者、被害者にして置く」これは暗記実力のハンディの反面癖で、「勝てる話は暗記で留め、同じ話を呆れるほど繰り返す」伴なって「勝てた話は、絶対に改訂しない」口先で負けない事が前提だから、「口に自信を持つ一方で人間の頻度を上げられない。このように、この手の人間は、「成る、を知らないから思考分類は出来ない。ただただ負けが嫌で勝つと言う絶対実力を持とうとしない。他人の落ち度だけに眼を注ぐ姑息な馬鹿。「負けて勉強するは、実は賢い人の遣れる特技。これすら遣れないのが暗記学力持ちの連中。言い切って良いか?迷いも有るが、第一の特徴は、自慢する学歴の割に「新たな勉強をしない、自己成長を拒む」成長する人間を攻撃する器の小ささ。こう言う人達を民主主義の中にシェアを与えては民主を滅ぼしてしまうだけとなるから、この教育改革は早急に為さないといけない。
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 5現代に蔓延った暗記学歴?保持者たち
今や、ピンキリ、広範囲な社会機構の隅々に至るまで、でも安心は、見分けが付く事だけが救いだ。先ほど言った、言った蔓延りの浸透度を考えると、その判定を誰に託すか?これは先ず以って国民一人一人のアンケート集合を第一資料として司法権成り行政権に続いて託し最後は警察権に終託す。何故の判断方法か?って言うと、本来はこの責務はマスメディアの役割であるが、今、世界中でマスメディアがヨロめきが見られ、平等感は、マスメディアもよろめきが見られ、この種族の浸透度が激しい、と見るからだ。つまりは学歴だけがエリートでも思考はコンプレックスから偏向を放つ、極めて人間欲的な起源、恨み行動、妬み行動、僻み行動だがいみじくも民主主義人民に成る為には、こんな起源の行動は抑えないと民主が腐る。同時にこの根源に頓着した行動は「個人主義にも似た我儘の横暴であり、一番の非点は、この種の人間は、自らは勉強せず、スキルアップもしないから、いずれ後々から、コンプレックスだけを拡大した「時代の落ち零れに成る運命」を持つ。民主主義の人民の資格とは?沢山は有るが、民主そのものの特徴から言えば「進歩、進化して時代に迎合して行く事。暗記学歴で体面を繕っても、運命として時代に裁かれる、のである。民主主義、民主主義と喜び勇んで、システム造りまでしても「魂が込めれていない」これが今、世界に現存の民主主義なのである。法律を作って行政して、崩れないように裁きも設置。日本には「魂入れず」の言葉が、世界では一番の民主主義も先進と言える。これまでは、「日本は社会主義民主主義のようだ」と揶揄もされて来たが、先進で異常に見えたのである。とは言え、日本にも、この種族は、政治家にも居る、司法にも居る、高級役人にも居る、学術界にも居る、弁護士会にも居る、マスメディアにはもっと居る、教師に至っても、大学教授にも、有知識者なんてもっと危なく居る。上げたらピンキリ、しかし彼らも解っている、まともな努力者には勝てない事、ここまでシステムを蝕んでも、勝てない事を。何故か?その種族の形は寄生虫そのものだからだ。寄生虫は大きくなると、母体を喰って自分の命を無くしてしまう事を、感覚で知っているからだ。どちらにしても自分代で金を以て、権威を以て威嚇現存来ても、滅びるのに、そうは時間が掛からない。悠久な時代の流れは別にあるのだ。時代錯誤で裁かれると言う事だ。
令和8 26年01月14日
ヘッドライン
6合理主義は金裕福に近づき、不合理な精神性を降車、民主民は浅はかに
「学問に王道なし!」は有名な格言だが、教養としての学問は時間も掛かって苦痛も感じる作業である。ここに「試験だけ突破すれば」と特化合理化すれば、それは「暗記憶学習に成る、記述の問題だって暗記で何とかなる」合理な考え方からは、暗記は次々と忘れ、次々と覚えれば言い訳で、それが金と言う力を呼び寄せる、その考えが、また人を寄せてくれる、人は寄っても、相手も合理だから合理な自分に寄って来るのではなくて「金の気配」に寄って来るだけ。「通じ合う心と心、心豊かなんて、そこには無い」 合理主義をこう、扱き下ろして悪の権化にしようとの事では無い。合理主義と言うもの、「合理主義は行き当たりバッタリ、合理主義者は拙速馬鹿の側面有り」を先立って言いたいだけで不要とは言うつもつも無い。ただ民主が民衆に降りて来た時には、金も民主も「合理主義の同格を示して、民衆が喜び勇んで有頂天になって、ここまで繋いでしまった。暗記学歴者には、「自分達の時代が来たかのようで喜びしか無かった」けど一方で今後は、金で奴隷化できる、と思った人種も同時に発生。なんせ、不合理な精神論が消えた訳だから「この世が春」と思い込んだ人が大勢だっただろう。精神論者はどう?実を隠したか?昔の教訓を言う人間を、時代遅れ人間として息を潜め古い価値世界で弾きながら同居して来た。民主主義の成り立ちと言うのは。それまでの貧困層が掴み取った新時代、世界の多くの国は貧困層を苛めて国を成り立たせていたから、その事情から言えば新時代の夜明け、だが、そこから民主体形を無視した「金、金、有頂天で発足して今、そのツケが来た、2020年代。本当の賢さって何だ?。本当の利発な頭脳で何だ?2020年代もう、学歴など地に落ちた。汚す輩が増えたからだが、学歴はもう、利発や優秀性の証書ではない。学歴を見ても再検証する時代と言う事だが、こうして学歴人でも、二通り、暗記学歴など排除して行く事が学歴の再構築には成るが、評価として視点は何か?それは古臭くも永遠な「温故知新を持った人間だ。」これはある意味、教育の歴史の長い日本人だけと言って良い。もちろん全員を言う事ではなくて、強い傾向を言う。他国は何故に選漏れなのか?それは余りに不遇な身分からの立ち上がりが歴史上遅くて積んだものが無いから、と尊敬する人物を上げられない人物h足に有る。歴史上に尊敬できる人物は居ても、身近に居ない、有るのは学を積んで裕福になると言う使命だけ。これを言うと、日本でも増殖中、は言えるのだが、テレビ雑誌を見ても解るように、学の目的を裕福出世や、拝金を叶えようとする者には、社会的な貢献が無いからる叶えられないだろうし、出来ても1代限りで、悲運で崩壊しるだろう?何故?温故知新の進歩が出来ない能力だからだ。
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 7学歴に関係しない賢い人物は?
近年で良い例人と言えば、「田中角栄氏」その人。それに比べてダメな人は多いけれども、誹謗中傷に成るから、名を上げられない。だから、遠巻きの団体人で例えれるか?暗記実力者たちは、「寄らば大樹、が好む人間が多い」から、話として理解も容易いだろう。 先ずは、田中角栄氏だが、彼の経歴の特筆は、やはり中卒で、最高学府の学歴を持ち合わせない事、そこに併せ持つ苦労の数々。もう一つは、誰もが下を撒く記憶力の良さ、そして誰もが考え得ない奇想天外の発想力。その発想も自分の為の発送では無く人の苦難を開放する発想やら、日本が独自で考えて遂行する独立性の実施。たったのこれだけの印象を以てして、賢い頭も善良の頭も想像できるが、そこは政治家、良さと善良では人の上に立つ力にはならない。その力の為に金権などと言う名も貰ってはいたが、実情では出金が有っても入金が無い、自前損を隠すような記憶の誇示と気遣いと人を発想を使い切る人情を裏付けた上手さの際立ち。考えようでは、人たらしなのだが、長く繋げた裏付けでは人の垂らし込みも否定される。結局は政治家と言う賢さの表現に優れていた、知っていたと言う事で、ご本人的に大事にして来たのは、日本の心、日本の平民、日本の故郷、日本の将来、未来。このブレの無さから、筋のある賢さを通した人物と言え、学歴を劣等ともしなかったし、その身分に於いて学歴者を使った力は?賢さの評価にして良いと思う。頭脳は社会の為に、人のために使って評価される壇上に上がる。そんな評価も、良くも悪くも「中国国交開始を実現して、アメリカからも国内からも親中宰相のように思われて来た」けれども、米国だけでなく国内および、自派閥の身内内からも、親中のボス的地位のように思われてるようだが、この氏の学歴、努力、創発想、行動から垣間見れるのは、「中国は信用しない」「信用したいが、」のタイプなのである。理由、第一に拝金主義では無い事。第二に記憶と発想を持つ人間は中国の一番の要人物に成るから。第三に、中国が手の平で転がせるのは、野心の強い頭脳。この野心と言うものは、頭が良くても悪くても中国戦術では恰好の餌人物に他ならない、第四は、煽てる人間の素性を知ってる人物だから、縁切りも知っている。だから一度、犯罪者となり、失脚した人間は基本、レッテル張りをして中国は使用しない。ただロシアよりは、民主主義への近付きが近いと彼は考えて、願っては居たかも知れない。彼程の明晰頭脳ならば、独裁者の性癖も解っていたと思う。独裁者は自分より頭脳明晰な良識を持った人間と恐怖で共存は出来ないもの。頭脳の質が有っても洗脳できるか?出来ないか?で配下人を決め、性格的には「世間の評価と自己評価が合わずに、(自分はもっと評価されるべき)と不満持ちの人間が洗脳対象に成る。境遇不満タラタラ人間は学歴を持っても人としても頭脳としても下級だ。だからこの選定でも真の賢者で素養を以て筋通し人間は洗脳対象から外される、と言う事だ。事実に近い例を言うと、「金は出しても、貰って高笑いするタイプでは無いし出した金を事業で取り返すタイプ。ロッキードも米国の捏造と考えるのが証拠から見える事。もっと言えば、人間は大雑把に二通り、一つは与える人間と一つは貰う人間だ、角栄氏は与える人物としても、田中派の大多数は貰い側人物、これを皮肉と見るか?こんなもの、と見るか?でも派内から受け継ぐ人は出なくとも、ライバルや反目した人物たちに受け継がれて行く、これも世の中なのだ。もっと皮肉なのは本当に角栄を評価したのは多派閥人間で、軽かったのは自派閥の人間たち、この事実は私利私欲を否定している。田中派ってのは、角栄有って、正常な派活動で扇の要が消えた時、花と散った、が残した物は多かった。親中ボスって言われても、時代は恩を着せても返せない中国が相手では、何も語れないだろうに。ただ先見の明、人の賢さ評価の中で自分の利益野心か?人の為への野心か?その一点で賢さが際立ち、自分の利益の野心は、言う事が左右上下にブレ捲る、浅墓こそが暗記学歴者の特徴で、この特徴を生かす職業がある。弁護士だ、このどっちで有っても弁護士と言う職業を遂行できる。自分の学の無さを自覚して、しかし高学歴者に基本経緯持つ、と言う人間が沢山居るようで実はいない、のは世の中。しかも亡くなって見て、残した遺産を見れば、自分の為の政治家を遣ってこなかったが言えるのでなかろうか?賢さの頭脳の優秀さ。野心の向きによって、善悪に振り分けられる。本人も解っていなくて、この世を去ってから、言い伝えられる評だ。去って、かつ浮上してくる人物には信用評が与えられる、と定義をしている。何度も何度も再評価される田中角栄氏は政治の賢者なら、ビジネス界の無学は、松下幸之助氏、だけどこの二人を手本に、敢えて無学に学び活躍を夢見る者は殆どの皆無だ。民主主義社会では、排他されるからだ。
令和8 26年01月14日
ヘッドライン
8人の素養から成功、進化は、真実基調進み、嘘は消滅の一里塚
温故知新、頭が動くと言う言葉には、「これで?」と思ってしまうが、考えが動くってどういう事か?考えが動かないってどういう事か?温故知新って、言うなれば頭脳の究極、過去から現代、未来へ思慮がワープすると言う事だ。ただ、昔の事ばかり言えば、動かない事だし、現代にケチばかり付ければ迷子だし、未来を解った風に言えば妄想癖と言われる。思慮の固定は病気まがいに言われてしまい、それでも「ボケた」と言う頭でも藻を考えない訳ではない、動く幅がせまいだけ、でいよいよ動かない思慮は、身体の機能さえ止める、そこから腐敗へ向かう。人の考える事の大事を知って、行き着く果てはいつも腐敗だ。これ個々の身体だけでなく、ここが集まった組織体でも言える。人の頭って、常に新しさを求めて「生きている」を証明している。良く居る「自分は大丈夫だ!」も何時も何度も言えば、使わないと一緒。人間が作る組織もステン組織とステンレス組織が対局に有る。ステン組織とは、配下の人に物を考えさせない組織で、ステンレス組織は配下の人が物を考えて上へ上申する組織である。では、ここでテーマの暗記学歴者とはどう言う頭なのか?実は暗記学歴者には大きな特徴がある。それは何でしょう?「何時でも何処でも何度でもどんな状況でも口先三寸で取り直しが出来ると言う自信の持ち主」である事。これが一見に於いて論客者の賢者と思われて、本人も巣の気成る根深い病気。病気と言い切るのは、自分で気付く事が無くて自分でも治す気も全く無いからである。この定義からすると日本人は、本当に賢い人ばかりと思う。何故そう思うか?嘘を嫌い嘘を付かない、嘘を利用しない。民主主義で反する人も増えたけ、言わば日本人は、ほぼ全員が、学者肌で、職人肌、嘘は身を亡ぼすを知った国民なのだ。しかるにどうだろう?近年に眼にするマスメディア登場の人達、違い人種で、暗記学歴者で、社会の寄生虫っぽいよ?、現在は腐りの時代から再生へ、社会主義、独裁は腐り果てるのは当然の道筋として、当の民主主義の腐敗進度に気付かないといけない。そこに重大貢献したのはネット界だ、それもそもそも広がりを始めたのは、業務PR+顕示欲+独占欲から広まった筈が、思わぬ展開、これまでの民主の嘘部分が続々と暴かれ始めて、終には、スタ誕を成すようになった、と成ればもう、後戻りはしないと言う事。皮肉と言うのか?腐旧交代を促す責務まで受け負って信頼を得てしまう。皮肉?と言うのはここ、本来ならば、メディアこそ、この責務を請け負って期待されて来たものを、ミイラ取りがミイラに成った格好のところ。併せて暴露されて来た事は「この人、本当に〇〇大卒?」と言う嫌疑。どう考えても世間ズレしていて教養も察知できない。マスコミ出演者の肩書を見る度の人種不信感にまで至り、更には、政治家、警察、司法界の人間まで、その眼がフィルタを発揮する。喜んで良いやら、疑い深さを卑しんで良いやら。でもでも、専門道で他の世界を知らないだけかも? そこへ持って来て、眼に造反日輩の症候群ら、これらがどうも、一致な同芳香を嗅いでしまうんだよなあ?この妙な学歴者、肩書者には、二つ特徴が有るんです。一つは、話には自分が頂上、頂上を崩されない為に他人へ気遣いを示さない。一つは、他人の失敗を見ると嬉しい顔をして、見下しが激しい上、また繰り返す。この態度と言うもの、この章のテーマである暗記学歴者その人たちとも、同じ芳香を放つ、これはあくまで感が分類する匂いなのだが、もう一つ決定づける特徴を言って置くと、得てして自分の立ち位置を考えないで、口では負けない執念深さを持つ。これらの人々がどうして?民主の教育から生まれ出て来たのか?その問題を言うのも言いたいのだが、実はそう言う人間が出た時点で民主の腐りが深く進んでいる事後の状態を嘆き、早急な改定を急がないといけない。実は日本だけなんです。これほど嘘を嫌うのは。他国では自分を守る為の嘘は権利で肩を並べている。まあその日本に、これだけの嘘を言う人間がテレビ画面などに居るのも嘆きだけど、増やし続ける民主の教育からシステムの改革が避けられない位置に来ている、と思う。
令和8 26年01月14日
ヘッドライン 9一里塚を超えて腐り続ける国連。
そもそも民主と独裁は同居できない筈 民主主義社会は教育が全て、その教育は何を教えるか?「自由経済で自分の財産形成が出来る社会だからこその拝金主義の抑制」本来はこれが一番重要な筈が「手え抜かれた」手抜かれた、と言う意味は、確信犯である。自由経済の下では独裁者の道がある。これを知った者が、敢えて手を抜いた、だが民主で学術を与えないと高度な儲けを追えない、と言うジレンマ。この中途半端が2020年に社会主義独裁にむしり食われる形で表れて来た。そもそも民主を作った種族(西洋白人国)が何故?拝金主義を抑制しなかったのか?これは、その民族が、貧富の差と身分の差で固定された生活観歴史のDNAが生きている、と考える。こうした歴史で培った被害者意識の卑屈性分が拝金主義を手放さない。どの国が?どうか?は、そう、植民地時代の植民の扱い方がどの国も奴隷扱いしていた事を見れば、世界のどの国も拝金主義と言える。日本は、その境遇から逃れている事も有って本来、拝金主義すら知らなかった民族で、民族が憧れて、恩義に感じて目指して来たのは、天皇家への感謝と清廉潔白の姿勢。他国の歴史は身分の不遇、稼ぎの不遇でも金の力で貴族身分が買える拝金とシンデレラストーリーの憧れ、だけが信用出来た生活。だけど、民主主義の施行に当たっては、本当は、これすらも超えなければいけなかった課題を変えられずのここまで来てしまった。そのせいで現代が揺らいでいると言う訳だ。日本を美化ばかりもしていられない。江戸の時代は、汚職は切腹、家系の断絶と厳しい掟でも、明治以降、特には、昭和の民主からは民主意識と共に汚職も増え続けた。それはそうだろう、江戸では、どんな貧困も村で助け保護して来て、明治以降からは貧困貧乏は自己責任で借金に追われる社会に成った。それでも、皆が苦しい生活なら多勢家愛が出来ていたが、少し裕福を知ると自我流生活をする、自我流を通せば助け合いが廃る。日本がそれでも身を崩さなかったのは、拝金ではない助け合いの社会をDNAで持って居たからだろうし、これ、日本特有の民族財産と言える。こんな特有財産ですら、民主の競争と、自由経済の金、金で人の心は腐り続ける。けれども日本人はこの腐敗に遭遇して身を汚しても、帰る所を持つ国民と言える。国と言うアイデンティティは強い弱いは有っても帰るべき拠り所である訳だが、この帰るところを持たない、歯止めが無い典型集団が有る。それは国際連合その存在だ。ここもまた民主主義同様に進化進歩を放棄した腐敗菌一杯の統制組織で、しかも顔面は国際の最高置に有って、法は作れても精神の洗練が無い場所でもある。前述で民主の大木とそれに虫食う寄生虫、この構成では全ての事は形骸あ、で前進できる要素はない。変われない組織は腐る運命、が如くに、今や人類の醜い形態の坩堝にしか見えない。人類の頂上で汚職腐敗の展覧会場で有り、もう直ぐ博物館に成ろうとしている。驚き?呆れは、この組織の中から問題も出てこないし、要改革の声さえも出ないから腐敗の多い国よりも重症、末期と言えるのだ。彼らは理想理念よりも金、金の拝金習慣の輩。結局のところ、拝金を抹消する精神性を持たないものを国連に送る、選ばれる、もう、そこからの資質無能だから、解体しかないのだろう。国際法は作っても法威力も制裁威力も無いから、無責任集団にしか成れない、これは弁護ではない不手際、問題の提起だ。総じて、暗記し実力のまやかし学問とまやかし学歴に似て口先だが仕事の結果、強いプライドと洗脳されるその隙ある性分。、それによく似た結果と見る事が出来る国連組織である。
令和8 26年01月09
ヘッドライン 米国のベネゼエラ攻撃は民主主義の進歩先送りのツケ?1
不思議で、不思議でたまらなかった事が有る。民主主義を作って本気で貫こうとした場合にこの制度を腐らせない為にも、完璧扱いはするべきでは無かった。むしろ幼くて拙い制度と言う認識で、民主主義各国は対峙していくべきと考えて来て、ここのブログコーナーでも、機会あるごとに、その事を表明して来た。民主主義制度を信頼してか?運営をただただ慣例が如くなぞって変えるのは立法が精一杯とばかりに改革改訂をタブーにして来た。この状態で一番困るのは、民主主義主導国、現状で言えば、アメリカ合衆国に成る。民主のトップに立って何をやろうにも悪名ばかりの名札を頂く札付きに成る。世界の警察役とアメリカ合衆国を擁護しようと思ってる訳ではない。改札は何処の国にも必要不可欠は理解していても、威圧されると反抗心が出る。反抗心が出てもそれを理解を与えないと放棄される、困るのは我話絵と社会全体で、取分け社会は無法の乱痴気に成ってしまう。民主主義のリーダー、とか民主の総取締役等と任されても悪名しか頂けなくて、おまけに陰口ばかり叩かれ、善意行動は返ってこない出費で自沈の危機の直面する。こうした側面を考慮すると、皆で平和を守る、なんて言いながら、「煽て豚」を使うやり方は狡猾で無責任の国が実の処の世の乱し家今の言い方で、一体誰が、煽て豚?で誰が狡猾無責任か?一度考えて頂きたいもの。それに民主主義が未熟不完全な統制制度をちっとも変えないで、一番のお金持ち国家に全責任と統制役を押し付ける。押し付けられる。これを変えないと下心満載の民主主義は、いずれ壊れる。アメリカも、もう嘗ての金持ち国家ではない。警察役を貰って報酬をつらないと壊れそうな国なの。民主を未熟と言い、そのままにしている、そのツケ。とこの場で言うのは、泥縄の言い方で。この場に相応しくないかもなのだが、アメリカは何時もこの遣るり方でリーダーを示す。その遣り方を直そうともしないアメリカ。根本的に何が変なのか?
令和8 26年01月09
ヘッドライン 米国のベネゼエラ攻撃は民主主義の進歩先送りのツケ?2
「平和と戦争」と言う感覚で世界を考え得る事が既に変で有ってここに馴染んでいる世界がおかしい?。「平和と破壊」あるいは「平和主義者と破壊主義者」と考えると視えなかったものが見えて来る。これは、20世紀の大戦が余りに大きくて悲惨で裕福を灰にした事からの生まれた「戦争と平和」だと思うけれど、その結果、言い換えた「平和主義国、破壊主義国」の二つが共存して国際連合に居る事事態が理に適っていないし、いずれは破壊勢力に翻弄される事、想像出来ていた筈だ。その危険因と紛争をいつもいつも、アメリカ合衆国に依存して委託して、後の結果を非難して、力持ちを悪扱いして蔑む、それに乗っ取って動くアメリカは採算が合わないと、紛争経費を分捕る。本来なら、アメリカの貢献を国連が対価を払うのが筋。だけれども紛争チョッカイしては搾取、アメリカはこれを搾取ビジネスにしてしまった性癖もある。そこが反米の根本かも?だが、民主の当初は裕福国家はアメリカ一国だったから、雰囲気的のも避けられなかった。アメリカ擁護的解釈をしても、現トランプ政権がトランプ大統領個人の考え方が社会主義の独裁のように見える部分が有って、見極められない状況には、困惑しかない。これは歴史に成るくらいの時間を経てからしか何人も判定できないのではないだろうか?現状のアメリカ行動、言動が困惑でも、民主主義発足100年、その100年から物申したい事が有る。戦争の悲惨を避けるべく、新しく国連を作って運営して、またしても国際連盟と同じ運命をたどる国際連合。いまやこれこそが民主主義が壊れる象徴を表し示し、改革も廃棄も出来ない、同じく民主主義も改革も代替えも出来ない先行きも塞がれた状況に論議の先を向けない無責任な加入各国。今や不正汚職の坩堝に近い。そもそもが民主主義国と社会独裁主義国が論議の場に居る事が大きな間違いで、民主は法制国家、社会独裁は暴力と脅しの国家 法を作って守らせる賞罰ある国と、法を作って人民に守らせても自分は守らないチンピラ統制国。先ほどの言い方をすれば、民主が平和主義、話し合って殆どが解決。社会独裁は破壊主義、話は無用の脅しと暴力が解決策。民主主義は大樹に育てる統制なら、社会独裁主義は育ち大きく育った樹に虫食う寄生虫で生きる搾取経済統制。現実、社会独裁国家は民主主義の国が無いと生きて行けない、繁栄など夢だから、必要悪のように立ちまわる国。こんな二つの主義が議論して平和?も有り得ないし、「平和と戦争」感覚では論議は進まない。論議なら「平和と破壊」で行うべきである。以前、日本人は劣等民族と言った者が居たが、劣等民族と言う連中は強欲でしか動かない。優等民族とは、損をしても与え続ける大樹の国の事。優等を劣等に見えるのは、自分が欲望一杯生きてズルで生きて来た事の意味する。つまり日本が劣等民族に見えると言うのは、その人間が日本の寄生虫だったと言う事だ。
令和8 26年01月06
ヘッドライン 嘘か?本当か?創技術開発の見解からは真実希望
嘘を統制手腕に使う国の兵器などはポンコツ極まりないレベル。一つのの証明をウクライナのロシヤ防衛から反撃にも見られて証明をしてくれた。これは学問やら、技術、創作意欲等新開発づつの鉄則と論理図蹴る自分にとって正しかったの証明にも成って嬉しい事だった。そこに今般、中国の台湾周辺軍事演習 12月29日、30日約二日間の演習に於いて、日本語の出来る中国婦人が中国軍兵の証言としてユーチューブ報告してくれた。訓練開始して直ぐに軍船2艇が自沈してしまったそうだ。次には、戦闘機5機も墜落して、戦闘もせずに約船員00名、パイロット5名、この場合、何と言うのだろう?訓練事故死してしまったとの事。4日その投稿を探しても見つからないので消された?かも知れない。フェイクだから消された?本当だから消された?どうなんでしょうか?真偽は?物の技術って、食べるだけの貧しい思いをしていたら継承も向上も果たせません。物造りには、そこから旅立たせる土台、定盤が必要だし心だって冷静沈着、胆力が必要。開発者の資質も人と人の繋がりから継承されるもの。正直、独裁国家の虐げ貧民にこれが出来る訳が無い。誠実正直国民にしか出来ない事が持論でした。国家民の能力では無い、隣の人間を信用できない関係では無理。それが社会主義独裁の全ての力だ。この報告では、中国の言う、「中国軍機が、台北101に接近飛行した」は嘘とも言っていた。ロケット技術も高度では有るが、ジェットエンジンほどハードルは高くない。技術の低さは、飛行時間に比例。もあるが、そもそもジェットエンジン、高速タービンを作れる技術国は日本以外では3カ国。米、独、英だけ。+日本。EV自動車も日本のコントロールASSが有って作れているだけで、自前技術は無。エンジンが作れないからEV自動車製造からしても中国製武器は機関銃迄ポンコツ。これは皆、知っている事で、中国がこれを自覚しても技術向上は「成らぬ」はどうにもならない。ロシアもどうにもならない。自画自賛で凄い、すごいを言っても黙って指摘しないのは、一種の軍事作戦。だからだ。先進国は物量少なく効果大の芳香だから、物量に対しては、少しの怖さを持つが、ロシア、ウクライナでも見えたし中国軍演習でも、カチカチ山空母、怒鳴るクジラ潜水艦、そのままで、来るなら来い、が米、台湾、日本 オーストラリアの周辺列国だ。とは言、覇とは相手を侮る事は「愚」の何物でもない。勝てば終わりの軽薄さなら「愚」と同等になる。先の先を読んで、相手が覚醒しようが、改心しようが、愚と侮りが齎す追い付けない差を理解させて対する事が本当の策士。ここまで解らせる事が本当の勝利。何故でしょう?理由は、嘘と嘘の勝負、真実と真実の勝負ではなくて、嘘と真実の勝負は雲泥の差を作らないと、「また?」が有るから、です。 考えて見て下さい、「嘘つきが作った自動車」「嘘つきが作った船」「嘘つきが作った飛行機」私は乗機を拒否するが、親中、親露、親共産主義国の人達は、どうぞ!どうぞ!乗機されて、技術に粛清されて下さい。
YOUTUBE 消されていませんでした。「月刊中国」】お粗末!中国・台湾軍事演習で戦闘機が墜落!」のタイトルでした。どうぞご参考に!
令和7 25年12月31日
ヘッドライン 高市首相へお願い!イチローさんへ国民栄誉賞を!
何時か、お願いしようと、頭でストックして置いて、とうとうの大御しかにまでなってしまった。イチローさんは今年、アメリカ野球殿堂入りされました。年間最多安打の記録時は、まだ現役で「その時ではない」と国民栄誉賞を断ったと記憶しています。現在は日米の野球界の為に尽力されている立ち場なら、きっと快諾してくれると思いますし、お考えも行動もアクティブな高市首相ならば、「受けない理由が無い」と言ってくれそうに思うし、高市首相とイチローさんのユニットは、お似合いと、いや他の首相は考えたくないから、お願い致します。、、、、思っているだけで忘れてしまいそうなので、ここに記しておきます。気運が湧かない様なら、またお願い掲載をします。
令和7 25年12月18日
ヘッドライン 合衆国と日本との絆は、この人マーシャルD・M
人が人を好きになるって事は、話が通じる、が一番でしょう。中には外見重視と言う人も、財産持ち重視と言う人も居るでしょうが、人と人を考えた場合に価値感が、と言う前に「話が出来る」から始まる。では日本人はどうなのか?レベルが高度で均一な「正直と伴う人格」を旨として持っている国民と思っている。だから「嘘を言う国民、国は嫌いだし、嘘を言うように育った人民を哀れにも思うけれども、対応には距離を取る。これが中国やら、韓国一部に持つ底に有る感情だ。こうした清廉潔白を律義に通すと、当然に付き合える国民も国すらも選んでしまう結果になり、付き合いが狭く成り果てるが、日本人は線引きや、素養で寛容も持ち、区別を持って差別なく付き合い切る、その能力を持つうのが日本人。そうすると日本人が心から気を許せる国と国民は、この地球に居ないと言う事にもなるが、これを言うと「島国根性」とも揶揄される処だが、世界を眺めてどうだろうか?唯一に近しい存在に成れているのが、「アメリカ合衆国と国民」あの第二大戦で日本を降伏せしめ、原爆迄落として殺戮した国に対して尚且つ親しみとは?どんな因果なのだろうか?子供の頃より、薄っすらと、でもハッキリさせようとも真摯に考えて来た。 個々の好き嫌いも有ろうけれども、日本人にとって合衆国は信頼に値するのか?損得において、武強においても、日本に益を齎したのか?一つ言えるのはアメリカ合衆国と言う国の成り立ちが唯一無二、と言う事。日本も皇国として世界唯一無二、同士の絆かなあ?なんて思って見たりした。確かにその他の国は特に先進国と言われる国々も、王国と貴族と貧民で構成されて来て、現在はその貧民が民主と言う主人だ。独裁国家に至っては、基本独裁と貧民で構成してもっと格差を付けて維持したい、とする国家だ。そうした中で合衆国は、基本、上位中間層が新しい民主国家のパイオニアを目指して新大陸で建国した国。今は人種差別の象徴的な国のような言われ方でも、実際は、人種が上下の壁を突き破って発生した生活権の奪い合いの闘争で、単に人道徳で解決出来る問題で無く、根本的に新しい価値観と倫理、素養が一致しないと解決の門は開かれない問題で、でも微速でも難しい解決の道は歩みつつ、とも思ってい見ている。日本と合衆国、言うなれば、本当の人民層のレベル合致で繋がっているのか?と思う事しばしば。つまり日本にも縄文時代の過去まで遡れば、同じ状況をの経験値が有るとか?。これは塑像に過ぎないが、何やら人民レベルで同等感は感じてしまうのだ。実際に戦後に限っても、合衆国は日本に対して至れり尽くせりだった訳でも無く、経済と闘争、理不尽を押し付けても来た。でも日本人は、第一に合衆国を崩さない。経済力が、武力が怖いから?何時もそれに威圧されて来た?それならば、バブル時代にもっともっと積年の恨みを仕返ししていただろう?何故?西洋先進国に親しみを変えなかったか?彼らの民主は極めて感情的な不安定さで信用が成らない面を持つ。これが嘘や騙しの入り口を感じるから、アメリカの人物を考えて見よう。一番印象深い人って、恩義を感じる人物って?誰だ?日本人が誰も知っている名言と偉人らは沢山居る。合衆国もそうだろうが、時の政府でその国は語れない。すれば、とすると平民がお互い親しみを持った?そんな接点は考え難い。合衆国民は日本を下見していただろうからだ。日本人は、どのアメリカ合衆国人を見て信頼して来たか?一つ思い当たるものがある。日本が東南アジアの植民地解放のために進攻して、解放を果たした各国は、令和の今でも日本国に親しみを持ってくれている事実。それを成してくれたのは、日本帝国では無くて一介の日本帝国軍の一兵卒の親しみ行動だと言える。返す刀で日本とアメリカ合衆国を考えた時、その時のアメリカ軍と一兵卒。そして指令マッカーサー元帥その人だと思う。マッカーサーは合衆国政府と敗戦日本国との間に入り時に削って主体を守った。本土命令そのままならば、日本の主体は消えたに違いない。もちろんマッカーサー元帥が行った事、全部が正しい事とは言い難いが、憲法の押し付け?世界の注目下で致し方ないだろうし、教育に日教組を用いた事、封建制度是正でのいろんな改革、自身が言う様に「日本は防衛の戦争をした」認識を示して外交交渉に於いて中学生」とも言って庇った、庇った結果、自分の大統領目指しを折ってしまう結果を作ってしまった。「老編はタダ去るのみ」。戦後の日米をの関係を見る時、日本はタダ合衆国を怖がっただけか?違うと思う、いざこざも有りつつ、保って来たのは、誰ぞの恩義に寄る。その人の名は「ダグラス・マッカーサー」日本人は肌で感じて撮っている。この人以外の人物だったら、日本は国体を守れなかった、と。その恩義で今の合衆国の親しみも維持しつつも恩返しのその時を待っている。 実際を眺めても、合衆国は西洋先進国の中では同じ白人社会でも「成り上がりの傲慢」と心底には思っているし、見下しと強者従事のジレンマで装っている。実は合衆国民も「嫌われは重々解っている」その為に共産独裁ともパイプは持ち続けて、しかし西洋各国、大筋合意ででは従いを見せるだけの事。嫌われ者合衆国国民は親しみを持って接する日本国民を概ね「偉大な合衆国に平伏している」と思っているだろうと思うし、何よりこの事実、不思議さを持って日本を見つめていた筈だ。けど少なくとも心情は違います。日本人は、「マーシャル・マッカーサーは身を挺して日本国体を守ってくれた」、と受け取っている。マーシャルからすれば、元々、F・ルーズベルト大統領に批判的だった事の事情も有るのだけれども、敗戦した日本の統制から垣間見た日本は「悪の枢軸からは掛離れていて、従属に置くよりも、協調、協力関係を目的に、日本を出来得る限り変えないで守って将来に繫いだ。日本にとっては大きな恩義に成り、その恩義でアメリカの配下に存した。この日本がいなかったら、アメリカはもっともっと世界から嫌われていただろう。白人世界からは僻みでアジアからは恐れで、中東からは経済圧で、でもアメリカが許されて来たのも日本の存在で武力で恐れられ、嫌われる役回りの国である威力国から、善良国家のイメージも薄っすらついて来た。これらは日本の貢献。そして、これは日本の一つの恩返し。アメリカ合衆国に恩を返し切る、返し切る、それまでは日本人、合衆国従順だ。いや、日本人はこれを基礎として継続していくだろうな?ここで日米の関係を振り返って見て欲しい。アメリカはこれまで経済大国で技術大国だった、そこに敬意を持っても日本人が敬意を持つのは、定番が有る。それは行動と真実に殉じて嘘をつかない品位だ。この定番基準を見せつけた人物っていただろうか?アメリカ政治家?偉人伝説人は多く聞くけれども、日本と言う国と日本人と接して人は少ない。有名どころで、ペリーか?ダグラス・マッカーサーしかいないのである。とは言っても、我もペリーも知らないしマッカーサーも日本に居た話しか知らない。例えば、この二人を信頼したのは、その後のに日本に遣って来た、エンターテーメントかもしれない。ディズニーからハリウッドに私は、「行動と真実に殉じて嘘をつかない品位」を感じ取った。そこから遡及して日本人が畏敬を持つ人物は誰?と言った時にはD・マッカーサーしか現れないのである。今アメリカは、いろんな側面を日本人にも見せている。決して善の面だけではない、狡い面も見てしまっている。それでもあれから80年、日本と日本人は世界の中では、先ずアメリカ合衆国を心に描き抱いている。今、日本も成長して来てアメリカ人自身が片隅に思うだろう事「何故?日本人は、合衆国を大事に思ってくれるのだろうか?」これをもし尋ねられたなら、言いたい「D・マッカーサーへの恩義とその信用だ」と。逆に「日本人は、何故?アメリカが信頼して好きなんだろうか?」こんな置き土産頂いた日米国民。蛇足の一言、「だからアメリカ国民よ、D・マッカーサーを邪険に扱ったら日本人は、アメリカは変り果てた、と断定して親国返上するだろう。80年後の今のこの日米関係をマーシャル・D・Mはどんな思いで見つめているだろうか? このマッカーサーと言う人物の存在についてはいずれ「心理の湧き水」記すつもりなので、今回は、一先ずここでジ・エンドだ。
令和7 25年12月08日
ヘッドライン *SNS隆盛で、日本感覚的に不合致な品なきCMが
日本人が一番嫌いなものと人とは?「嘘と嘘つき」だから戦略以外の騙し以外は、身の毛立つ程の大嫌い民族なのである。建国以来、嘘無しで貫ぬく事を道筋に立国、発展して来た、その結果が「日本人品位」なのである。だから嘘を生業にして崩壊防ぎに捏造で誤魔化し暴力で脅す、国と民とは「気も合わず、肌も合わず、話も合わず、未来も合わない」何処の国とまで言う必要のないだろう?、ランキングで言えば、日本近隣に多く有ると言うのも皮肉だが、独裁のチンピラ統制国家がランキング上位、ランキングだから次につ図く続く国には西洋先進国も入って来る。でもその国はいわゆる民主主義発生国でもあるから、皮肉と言うのか?ご都合建前主義と言うのか?言葉も無い訳で、その後の民主主義も言葉遊びに翻弄されるばかり。 かつては日本人は「本音と建前が違う」等と世界に類伏されて迷惑したが、本当は、彼等が本音を隠して民主を汚して来ていた訳だ。その表れが、賄賂汚職の量と質。日本にも有るが、これも厳密に言うと明治の民主議会が始まっての事。これ以前は、「発覚後は切腹と家系断絶」この厳しさで極少に抑えて来た、事を思えば、日本こそ民主主義ランキング上位と言えるかも、だ。けど日本も健全か?の問いには?「オオカミ少年が増えて来た」(マスコミ等)に留めて置こうか? 好き嫌いは差別の原点かも知れないけど、嘘や、嘘つきを嫌うのも差別なのでしょうかね?自分は、善良の知恵と思っているんだが、差別と言う線引きだけ行って、後は放治も嘘に等しい事だ。 さて、今回は、せっかくのSNSと言う民主のアイテムが庶民の元に降りて、それを胸糞の悪い気分にさせるSNSのコマーシャルについて言いたい、と同時に、出来れば潰して置きたいと言う話だ。嫌なモノその1、迷惑メール その2、架空の研究と架空の開発者、画期的開発と唯一無二、大評判と言いながら、数に限りあり、日にちが限定、速く買わない人はおろか?返金も返品も可、研究の結果?と思いきや世界の山奥に有った成分?薬品か?サプリか?解からない? 大企業と共同研究?製品?「偉い人VS愚かな人」の差別感がプンプン臭うCM。昔々のタレントが推奨のTV夜中の通販、にも似たCM。これ、厳密に精査したなら、効果と根拠の不明からの購入誘いCMは、現在では商法違反の筈なのだが?堂々とこれでもか?これでもか?と次々と制作登場させてくる。こうなると「事態は、日本で営業している中国資本、韓国資本のCM制作会社を疑わざるを得ない。特徴的には廉価で口先三寸」言っちゃあなんだけど、メールの迷惑メールと同じ匂いがするし、誘い方だし、迷惑量だし、SNSのCMも粗製乱造で、一見は、朗報ぶって、親切ぶって、常識の外からの画期的を言い、これを知らない人は愚か者、買わない人は愚か者、本当は効果だけど今だけ値引き、これでも買わないものはもっと愚か、一流企業、一流大学、第一人者との共同開?・・・そんな訳ないだろうに?迷惑メールと同じ手法だ、と言うのは、「同じパターンを飽きても使う」考える元締めは、まあまあでもそれ以後の作り手、波及屋は考える力も無い馬鹿ばっか!こんなバカ汚れ流で日本の清心流を汚さないで貰いたい。騙す騙される嘘か?本当か?、よりこの言い方自体、不快でしょうがない。
令和7 25年11月27日
ヘッドライン *「中国圧力の損計算」オールドメディアの余裕なのか?
自分達は必死過ぎて気付いていないのだろうが、オールドメディアの次から次のアクションは、まるで中国チンピラ行動のコピーに見える。しかも次の行動が読めるから、もう、威嚇したって本物弱が見えていて壊れかけのオモチャの床御行動にしか見えない。「新しい捏造を持って来ては、SNSでバラされて、失墜も見事で哀れにさえなる。何故こうなったのだろう?、社会風の方向が変わったとかネタバレが通用しなくなった。こう言う根本も有るが、もっと言えば、「嘘をついて通用すると、噓つきは傲慢のさらに上を行く」、このレールに従うしか無く、気の弱さが脱輪させて出直す勇気を押さえて、レールにだけしがみついて食らい付いて離れられない哀れも感じる。そんな必死でも、会社にしても、上層幹部はまだまだ余裕が有るようで、まだまだ頼れる存在が有るのか?資金的に、地位的に助ける存在は、我らも早く見たい処である。まあ、一応は、「野垂れ死には聞こえてこないから資金的には安心が見えて従属、パシリをしているのだろう。」話を大きくすると文も長くなるので高市首相→台湾発言→対中国関係悪化? 悪化なんか何も無いのに、計算して捏造する。中国が減れば、他国が利益を持って来るだけで、中国迷惑が減って、観光信頼が上がる分だけ利益と言うもの。ヘンテコな計算を持って来るよね? そんな中国政府の日本観光禁止、の日本不利益計算を出すなんて、オールドマスメディアは余裕なのか?必死なのか?どちらなのでしょう? こうしたハイテク時代、IT時代、AI時代が世間に波立てて訪れて来て、それを報道して来ても、一番遅れて、身に付いていない人達も判明、それらもオールドメディア。日本の失われた30?でも国民は時代に合致成長して来たが、取り残されて、更にアホ化していたのは、オールドメディア関係者全員、と言って置こう。努力なしの金の成る木を持つと人間はいつでも浦島太郎に成れる。アホ化したと言ったけど、着いた能力も言って置くと「苛めと脅しと捏造と生き方の嘘」フッと見据えれば、これも中国独裁そっくりだ。自身等は気付いていないだろうけど。ここまでの時代錯誤を食らったら、こんな中国離れで損計算するよりも、自分達の職存続の心配やラ、会社存続、自分達の処遇も損勘定して見ては?同だろう。テレビも新聞も無くなる、刊行誌も無くなる、拡大心配すれば、テレビ製造業、印刷業も、AV機器製造業も、オールドメディア関係者OOO人の失業も、こちらの方が数字がデカいのではなかろうか?まだ有った、下請け業者、芸能事務所、コマーシャル業。ざっと探してもこの量。金額にして?員数にして?株価、負債?もっと身近なスポンサー離れ?株主離れ?考えない神経は、やはりアホ化としか言いようがない。中国資本や韓国資本が救ってくれる?それはないだろう? 「ここまでの事が起これば、こう成る」経営者はもちろん従業員だって想像は付く、日本人なら特に簡単にね、判断素養を持っていますから。それでも命令遵守の人筋は中国独裁政府の親分、子分の日本のオールドマスメディア、契りが固いようで、行動がそっくりで恐れ入っているよ。それが時代進歩不要のオールドマスメディア等の余裕なのか?
令和7 25年11月17日
ヘッドライン *これから始まる、国内の「反日」分子の「魔女狩り」
の場合の「魔女とは、平和寄生虫」世界各地に存在するが、日本の場合は、日本スキル崩しの言わば「反日的平和寄生虫」と呼ぼうか?もちろん日本国体にとって非常な害虫では有るが、日本独自の歴史に育まれた「寛容」で対処されて来て、その寄生虫は随分と増やしてしまった令和の時代。元々は、古い資本論からの虫の卵が、日本の成長した身体を蝕みつつ共に増やしてしまう結果が今に有って、その今が撲滅のチャンス、魔女狩りのチャンス到来となった。先ほど寄生虫と比喩したけれども実際は寄生虫よりも、もっと悪質、だって人間の考えからの行動だから、虫よりも悪質は当然でしょうね。寄生虫だって、共に生きる心部分は持っている。反日の彼らの共通項「自分をさて置いて、自分たち以外には、不敬で攻撃する。この国に住みながら、感謝もしない、もっと言えば反省もしないし謝罪もしない。この共通港で生きて仲間意識も無い。自分達の気に入る国に移り住もうともしないし、自分の国を創ろうともしない。ひたすらの「繁栄搾取だけが趣味の分際で、何が正義?正義が通せないと被害者ぶり、して、人を悪と言う。悪徳の金に魂を売り、一般の善人の知恵を奪い取り、覇者気分になって、もっとの悪党に潰されて終る。ここは日本、足元の地面に感謝してから、悪党国へ移住せよ。早くしないと、魔女として狩られてしまうぞ。自分のした事を忘れれる特技は、悪党国でこそ発揮できる。さて何処の国でしょう? さてと話を戻して、、、日本の良さを食い潰す反日輩を平和寄生虫と呼ぶ事とする。と平和寄生虫の駆除はどのように為すか?高市早苗氏が総裁になったら、耐え忍んだ保守思考が醸し出す雰囲気的には、スパイ防止法の制定発布前夜のような雰囲気から魔女狩り的暴きが流行るだろう。、最大の魔女らはオールドメディに成るのだろうが、果たして聖女マドンナは、どれだけ残るのか?出来れば下克上で入れ替わって欲しいと願ってる。と言うのも、人の社会輩出、進出、出世コースにはこれらメディアの広報力の恩恵もあったからだ。その力を自分が自分の力で一人SNSで行う事は、非常な労力不効率で才能を削る思いでPRせねばならない。これ、一つの大損失だから、「代替えよ、早く現れて!」と心配している。しかも近未来的には、出版業者さえ時代的な低迷期で悲惨な状況、タレント排出の為のアイテムが現れる様に心配と期待が交差する。とは言えオールドメディアではその力が今も有るか?って言われると、既に放棄して受け売り広報、自分たち有利、利益の作り替えしかしていないけど。もう通用しない事も解らず浦の太郎を遣ってる。ある意味、自然消滅の期待種なのだが、あえて魔女に成って貰い狩られていただきたいと、思う。だって日本人は、嘘が嫌いなんだもん。嘘が魔女なんだもん。その魔は、日本の何を欠損させるか?命より大切な自己発展の礎、素直と正直と努力、これを欠損させて、嘘と、裏切りと、怠けの馬鹿化の企て、これだけで恐怖社会なのだから、魔女様は静かに消えて貰うべし!と。日本には「獅子身中の虫」の言葉も有るが、この言葉さえもったいない魔女。明確に「自由平等平和の寄生虫」が最も似つかわしい適語だ。寄生虫駆除には、個人それぞれの健康意識から健康害の知識を持つ事から、それは、健康情報と食材選択、衛生観念から始まり、駆除薬で達成した。反日もSNS情報から駆除の行程に乗るか?。
令和7 25年11月16日
ヘッドライン *平和と戦争?対義語としてふさわしくない1
人間は根っから、勧善懲悪を生きるようDNAを持っていると思う。ドラマで扱われる勧善懲悪、善が有って悪がある。同時に人は素直も居れば狡賢い物も居る。これまで勧善懲悪自身この二つを渡って歩いて混乱を起こして治政社会を2500年経ても、未だどっちつかずの迷いから抜け切れていない。もし本当に地上平和を望むならば、この平和の対義語として「戦争」は妥当ではなくて違うレベルの語意である。平和党いのは、別の意味で「努力」です。戦争と言うのは、良くも悪くもストレス。平和と言う努力の無き事でも、また有っても変える手段としてストレスを包んで突進するもの。戦争と言う戦い中に意図はない。結果と感情と現象。先ほどの勧善懲悪のどの部分に配置されるのか?場所も見つからない。だが人間の生物も時として「戦争しないといけない」道を見付ける為に。つまり戦争で出来る事は、良き事も悪しき事も、壊す事。壊す必然の時が社会に来たら、「戦わされるのである」ある時は平和の構築のために。ある時は平和が腐った時に。社会と言う棲み家の為に、自分の居心地の為に。戦争も戦いも歴史と共にある。そして社会の邪悪とを切り取って来た戦争の歴史に進歩を見るとするなら、後退が敵になる。邪悪になる。その意味で未だ一言で示し切れない歴史の浅さは有る、けれども直近の改革、個の利、個の弾圧、欲のツッパリから解放されたばかりだから、これらの容認は歴史の逆行の筈。これらを現平和の破壊者と名付け、破壊の邪心と言い、欲の悪野望と指名しなければならない。そして平和の為と言うより歴史の逆行をさせない為に、進歩を守る為に「戦い」と言う手段を手に取る。求める内容は時代と共に、あるいは進歩内容で変わって来ると思う。結局、時代を前に進める為の戦い、嘘と真の戦い、正直と狡の戦い、この解決の暴力は用いないと言う、それも有る意味偽善。皆々並べ比較すれば、世に強欲が育ってしまったら破壊とい手段しかスタートラインは作れない。スタートラインと言うのは勧善懲悪だ。今時代の様な競争社会でなくても欲が育ったら積む手段が戦争だった。故に平和の対義語に相応しいのは破壊、になって来る。平和心 X 破壊心 平和民 X 破壊民 平和国家 X 破壊国家 この方が心に於いて解り易い。
令和7 25年11月16日
ヘッドライン *平和と戦争?対義語としてふさわしくない2
一体、何時の頃から、「戦争と平和」が対義語の成ったのだろう?気付いて見れば、かつて疑問も持たなかった「戦争と平和」も、1980年頃には、民主主義が対抗する社会主義が使う、民主主義攻撃か?民主主義の現実論理の柱に打たれる楔外しに使われて、「戦争と平和」感からは、魂抜きに使われて、心の保ちでも不穏な1石投じ、矛盾平和の煽りに使われる始末だ。世には「戦争意識を持つ人が、本当の平和主義者」と言う評価も、有りは有ったが、戦争と平和を対義語にした場合に、どうにも論破に分が薄い。更には、社会主義、独裁国家からの洗脳やら、体制、論理揺さぶりに善意の罪懺悔にまで利用されるとあらば、これを変えないといけない。 やはり第二戦後の暫くは、平和意識も高くて豊かな市民生活の中で過ごして、戦いに行け、と言われても、「違う解決法をを使え!」と思うのは人情と言うもの。まして自分の国の危機ならともかくも遠い他国ともなれば、同盟国にも命捧げるには命も有る分では足りない。何故もこの「戦争と言う言葉に心が動かないか?」人は解っているからだろう。戦争は、大事の手段、平和は小さい事の積重ね構築。この点でも対義語として不一致だ。戦争と言う言葉、平和の構築にも参加、破壊を止めるにも参加。その手段を使う事をタブーとしたら、対義語として、現在、一番、相応しいのは「破壊」になる。ただイメージ的には、「悪質さ」は特別感が薄いから低いのみ。これは机上で考える分では「悪質」は何時でも薄い訳で、現代の嘘を絡めた巧妙さを思えば、人の善意を、被害者を装いながら「悪だ、悪だ」を言い善意の内側を壊す事以上の「悪質」をこれ以上、蔓延らせる事は、善意破壊そのもので、平和破壊そのものでも有る。善意社会そのもので、あるはずの平和を、「差別」と不公平で切り裂き社会倫理が無い、言い方で囁くのは「悪魔のささやき」と言う。善意と言えども平和と言えども、完璧でも無ければ、未完欠陥の錯誤に付け込んで、挙句、壊して、自己顕示して利を得よう、と言う狡猾輩は、そもそもが、寄生虫部族だから、ハッキリとした論破で排除すべきも皆解ってはいる。出来ないのは、「善意」と言う「外され、から悪質の流れ」に痛みを覚えるのが善意だから。ここは、「善意を手玉に取る悪質、絶対許さず」を固めて、新たな倫理造り、この時代に成せ!と言う時代形而のように思う。逃げてはいけない事だとも言って置く。世には、平和、幸福を作り上げようとする人々、対して平和、人の幸福を壊して取って代わろうとする狡破壊者がいる、どの時代にもだ。この図式を「平和と戦争」の対比表現するのは、論点ずらしにも等しい。これを表現するに近いのは、「平和の発展と破壊の後退」が一番の、らしい表現になる。端的に、平和国家、平和主義者と破壊国家、破壊主義者、これなら子供にも良く解かる言葉に成る。戦争って、この二つの主義が精神的にも、武力を通しても戦う事と備えの事になる。もっと解るのは、平和を作るにも平和を守るにも戦争の果てに出来る事、これは破壊が有る以上、必然。ドラマでも漫画でもアニメでも、小説でも、映画でも、これで違和無く平素の素養として振れあう事が出来る。最後に、日本には「獅子身中の虫」の言葉も有るが、この言葉さえもったいない魔女。明確信に「自由平等平和の寄生虫」が最も似つかわしい適語だ。
令和7 25年11月15日
ヘッドライン *先駆と後進 先輩と後輩
立場の窮地が訪れると、人はやたらと攻撃性を目覚めさすもの。あの、今や差別の象徴となってしまったUSAの黒人差別も本格的には、ここから始まった。USAの南部は当時は農業地域でそこでの黒人は、労働者として貴重で、大切にされて、経営者と従業員、主人と使用人と言う様な、社会への入り込みは、奴隷でも大切にされた使用人家族のような関係で成り立っていた。ここには、差別は有っても経年ごとに改善して行く関係しか無かったが、USA北部では人口増加した黒人子孫が工場従業員から、弁護士、医師、教師と言ったエリート職業にまで進出して来た事から、これまでの白人職業だったものを奪い始めて、問答無用の黒人差別に変遷して来たと言う史実。南北戦争は北部の勝利で幕を閉じて、そこから高度発展へ向かう合衆国だが、事、黒人差別は北と南のどちらが理想的に解決で来たか?それは解る由も無いが、そこで解決出来ずに現代まで続いたとなれば、南に期待も傾倒する。今日の本題はそこではなくて、自分の立場を侵す事態と言うのは、単純に先輩後輩の関係性でも、結構な根深さで、現状形態を蝕む者で有るのだ。この未だ事前に対処できそうなものに、今の、SNS社会がある。このSNSは、社会の中で個々が意見を言えて、個が生きれる時代を作れる体制に期待が掛かるものだが、その歴史ももう20年にも成って動画時代に入ってからは、対抗馬がマスメディアが対象となって作る方も旧のマスメディア特にテレビの姿勢正しに意識が注がれて、今では旧の垢をを削ぎ取っている状況だ。これもある意味、先輩後輩関係と言えばそれに当たる。やはり、人間の本性を自覚しないと、高座に上がった時には、多くが「守って腐る」腐らない為に、腐らない人は、どの行動が出来るか?それは謝罪だ。「組織として高い地位につても、「間違いを侵したら謝罪」これが正しい人間の行動だ。誠心誠意の謝罪を先ず身に着けて高みに上る。スレが出来なくなる人間。昔も今も、この程度の覇権りが、大きく燃えて戦にも成っている事を解っておく必要がある。そして今回の先輩、後輩の覇権争いの勃発しそうなのが、まだまだ歴の浅いSNS社会の先輩、後輩への懸念だ。浅いと言っても、掲示板やらメル友ブームから数えて幾多の変遷を経て、動画時代で少しの落ち着きが出て、今は旧の情報メディア、新の個人発信との対峙の時代。この歴代の変遷を経験して来ると、先輩後輩の世界も目立って来る。こうして自分の意見を言う媒体に乗る事は、「自分が一番」の意識を持たないと言続けられない程の強さを持てないと居続けられない。最近チラホラ見る光景に、ネット界の先駆の先輩が、なんか新しさを持った後輩に苛めっぽく詰る発信者も眼にする。成行きとしての風景だとは思うのだけど、事は個人発信同士で、、つまり先輩風や大御所風は、このSNS界では、無しにして欲しくてこれを書く。悪口を並べれば、オールドメディアの組織体って、ほぼ社会主義独裁だと推測できる。一般の会社員とは違う、年々、組織馬鹿人に成って個の考えを言わなくなる。ゴマすり、狡はみだし人間ばかりに成る。おそらくは組織の中でも、誹謗中傷合戦やら苛め合戦を遣っている事だろう。もう、それぞれ各自の学歴も人格も有った物では無い。そこで地位を保って生きるには、深い考えは命取りだから。 SNSでも誹謗中傷は多いが、喧嘩で留まって魂の売りは未だ無いと、軽症程度と思っているから、オールトメディアと入れ替わる、今の機会で、SNS参加者自らが、ルールを作って健全化して壊れる事の無いように基礎地を均して行って欲しく願う。インターネットで活躍するにも、知らず知らずの内に、俺様傲慢になるのが常、良き傲慢を持てないと、力の不足に反映するのも事実。マスメディアと距離の有る身分でどうしてそう言い切るか?それは彼らの仕事、報道発信の指向性の無さで判断する、自分達の一貫性の無さをさて置いて尚も自分達の思い上がり秀逸自尊を持ち続ける事は、人格的変態としか思えない程、筋が無い。つまり厚顔無恥。これはマスメディアがそもそも持つ土壌にも有る。思い上がらないと続けられない土壌。だからこその初心回帰が必要とも思う訳だ。これ、実は、失敗経験者の警鐘と思ってくれたら有り難い。願いは、時代の新進SNSは自分で自浄できる世界に成って欲しいと言う事。
令和7 25年10月28日
ヘッドライン *陰謀論に嵌ると理念理想を失う。日本では
みんな大好き陰謀論、何やら書籍も有るようだが、本当に皆、好きだよね~?そこには、「他人の不幸は蜜の味」も有るだろうけれど、無手勝流の爽快感も含まれるだろうか?そんな大好き陰謀論も、実は大きな大きな副産が有る。それは、正しさを追求するために陰謀論の中に飛び込んで、陰謀吟味を成そうにも、その時点で、人間不信に自分の生き方までも疑心と信用の往復から飛び出せなくなる。当然に自分の望みだった、理念、理想の実現なんかを目指す余裕も無くなってしまう。そんな中で自分が彷徨い人化して、理想に向けても数取りに成ってしまって本末を失う。それでも「理想と理念を保てる人間が、出ては来るが、それは窮地を経て世が輩出して来る。これが有る意味の出の男社会が繰り返してきた歴史でもある訳だが、世が輩出してくれない時代が続きもする。 こうした性も無い、事態に陥った時、と言うのも歴史が有る以上、見えて承知の事実と規制に事実。 こう言う人の心が作る陰謀の成りに果て蟻地獄のようなトラップに回帰方法の一手として、ある方法を考えた国が有った。言わずと知れた「日本国」本国だ。日本と言う国は一言でいうなら「積み重ねの国」天皇の国家統制が2600年も続き、統制が変わらなかった事で「失敗も成功もより良くの意図を持って、その全部を積み重ねて来た国、積み重ねを発掘すれば、未来への道も迷いなく進む哲学を引き出す事が出来る。今回の日本治政額を考える時に、支配のいざこざの解決は「力」これは世界のどの国も経緯的に同じだ。だがその結果、荒れ果てた社会の解決のための最後の砦が、日本に用意されていた。端的にそれは「女、子供は天下国家(治政)に関わるんじゃない」の言葉に有る。幼い頃、この言葉は「未熟の指摘と女子供を守る為の道囲い」と思って来たが、この歳になって、どうも意味が違う気がして来ている。「男どもは力に集って陰謀の中で争い合って右往左往、浮沈を極めてながら生きる道を探る。一方で男どもはどんなに教養を積んでも「陰謀、疑心に毒されて、理想や理念を手放す」そうした時に指導を戻す良心に包まれた理想、理念を持つ者を世に遺して置く、それが「女、子供」、。母親の心が腐れば子供も腐る、その為に国家、治政から遠ざけて来た。日本女性は、能力が決して低くは無い、男どもと同等以上だ。男どもが陰謀治政で荒れ果ててしまった時に守るべきものとして、正視の理想理念を持ち、それを子供に繫ぐ、恨みつらみの荒れた心で世を荒れさせない砦とした、その意を持たせた「女、子供は天下国家(治政)に関わるな!」の教えに成って来た、そう解釈しるようになった。子供の考え「父よりも賢い母が、なぜ?天下国家(治政)を語ってはいけないのか?」の疑問。そこ答えは、勝手解釈の域だとはおもうが、「陰謀論に浸食されると理想、思念を失う」、この定義を強く思えば思う程、日本の家族関係の知恵構成もフッと現れて来るのだ。どんな時も国全体が陰謀論で汚れなかった事から、日本では、誠実、真摯が何時も値が張って居て、芸術や学問をも汚す事も無かった、それもこれも女性、子供が純粋を保ってきたお陰だ。 この見解が正しいとすると、その視線で現代民主主義化し、男女同権、同等の日本女性は、変わり果てたのか? いや、変わったとも言えるし、変わっていないとも言える。何故ならば、むしろ生き場を無くして浮遊して力を出せないでいるのは、日本男性に様に思えるからだ。確かに男どもは、群れたがり未だボス探しの傾向が強く、そこに立つ女性は、気遣いの対象で、でも男の発送から「眼鱗視線が語られる」今の処は、日本女性は、西洋かぶれに落ちる事もなさそうだし、何故?そうなのかは?日本女性は海外からの畏敬の念が、特に変わる必然が無い程の賞賛下に有るから時代変化に連変も、今の処は無用な程なのだ。ただ家庭持ちが遠くなりつつある今後は、少々の懸念は持ってしまうけれど、でも現代、男性よりも早く世界進出して、先駆を買ってる姿を見ると日本女性は、未だ純粋の鏡とも植える。褒めすぎかな?社会進出は白人系社会が先達してるけど、考えの特徴は良くも悪くも陰謀下の男性社会のそのもの、ただの多勢無勢の種を出ていないように思えてならない。心の色分けが感じない社会進出がヨーロッパ諸国。ただ立派も多く居て、日本にも西洋被り女性も多々いる。これから時代がどう分けて行くか?こればかりは図れない。 いみじくも今、日本憲政下で、初めての女性総理大臣が誕生した。その事実だけで、何やら陰謀塗れの憲政が洗われるかのように感受しているのは自分だけだろうか?しかも、この高市氏はこれまでの様な、派閥の後だけが無い人と聞くと、それだけで、多数決から離れた純粋さを期待せずにいられないし、当然に思いと考えを具現してくれるかのように神がかりまで期待を込めてしまう。それほどに陰謀論と言う蛇で絡まった時代を解きに舞い降りて来た浄化人と思えてしまうのも、ジャストなタイミングからかな? 日本女性の比喩を使ったついでに一言加えます。日本女性は支えられる存在のみ、ではなく「いざと言う時に世に出る時を図っている存在」。臥龍鳳雛と言えば大袈裟ですが、その覚悟を持って伏し、その時は表に立ち引率する存在で、もちろん日本男児は、表には出さないようにする努力人。これが日本男女の構図。現代は日に日に色薄くなりつつあるが、何時の世も、世の濁りを見て、純連を取り戻す時、浄化する時に現れる、のが女頭なのである。
令和7 25年10月24日
ッドライン *日本笑顔が遠くに成りにけり!
江戸庶民文化の中心は、もちろん庶民だし、この時代に庶民が創り出した芸事も多いし、相撲にしたって神事から、庶民に広まった事を思えば、生活の余裕と共に日本中に笑顔が一杯だった。それを作った江戸幕府と庶民の統制、この笑顔の量は世界的に見ても誇れるほどの立派な事だ。と、言うのもこの笑顔を含めて、喜怒哀楽と言うもの、一つ間違えば、争い事にまで上り詰めるデリケートなもの冗談にしても、比喩慰めにしても、激励にしても、お悔みにしても、TPOが有って言えばいいと言うものではなくて知的レベルや、価値感レベルが違った中では、使えない冗談、使えない比喩、、、有るのである。そんな中で出来上がった江戸庶民のエンターテーメントは日本人は誇るべき文化だと思う。この当たり前を馬鹿にせず聞いて欲しい。たかが笑いと言っても、「一人では笑えない」一人で笑えば馬鹿の称号。「笑い」にだって知的にも価値感的にも共有が要るのである。日本人の笑い一つ取っても、底に平等感も有れば、平衡レベルも持っているから笑えたのである。そして日本エンターも発展させて来た。片や世界はどうか?笑いと余裕は向上は貴族以上たちもの。中国に於いてエンターは、下位層を含めて「騙し」に使われて来て、近代は特に酷い。そして世界の波及させようともしている。ここで何を指摘したいか?を言えば、それは、世界を含めてでは有るが、笑顔が増えるか?では無くて、減る傾向の風波が来ていると言う事。「遠くに成りにける」は、弱者擁護の社会に変化して来てからである。社会の勢いとは?見えていなくて実は有ると言う幻のようで、かつて男社会だった頃は、女性は、常に男補佐側に居た。それは、俗に言う「働き手」と言う尊重からだ。いろんな勢力主役と言うのが有って、強い者が主役で、弱者は助演者、まるでドラマの様な配役が社会には有ったものだ。ドラマの秩序と同様に、役をこなす事で皆、平等で、人生も喜怒哀楽も協和もそこに有った。社会に更なる平等が進んで、行くのは時代の流れだけど、、でも此処からが迷境地に成った。主役を沢山作るものだから、役割が軽くて責任も軽くて、是正も改善も効かない。と全に人と人との繋がり糸も細くなって心の通じない世に代わってしまっている。(まだ途中かもだが}世のキャスティングは、その社会が人を選んで主役の座を作って、人々は座を目指した。これは「暗黙のルーチン」だった。まあ抽象的でピンとこないでしょうが、人種にしても、素養にしても、育ち方にしても、もっと言えば価値観に於いて「様々な種とレベルの昆同した社会では「冗談も無ければ、皮肉も言えない和ゴミも無ければ互いの笑顔も無いと言う事。そして今、世界のブローバル趨勢の世に於いて、犠牲に成っているのは笑顔やエンターです。気楽に物が言えない様は、「何でも言える仲」がドンドン崩れて、特に日本の様な単独民族が作って来た笑い、エンターは、ドンドン使えなくなっている。漫才も、落語も、ギャグ、コントも、ハラスメントだ、ヘイトだと吊るし上げられる。これで良い物なのか?日本ほど能力の均等が成っている国は無い。その証明は教育だ、素養だ、育て方、からも言えるけれど、要は言いたい事を言い合って、言い合うと言い過ぎ部分をどう?心で補うか?それが有って初めて笑える、「そう、俺を傷付けるなョ」と笑う。「鍛えないとネ」とまた笑う。ね~、今、TVコマーシャルだって笑いが無い。皆、何処かで、昭和笑いを懐かしく思ってる。気付いている人は、多いと思うけど、日本の笑いは日本特有でした。世界の多くは、その殆どが身分制度の過去を持っている為に、人の上下比較からの嘲笑い、が圧倒的に多い。裕福だとか?成りあがっただけだとか?もっと絶望的なのは、貧乏を下見で笑う、低能力を下見で笑う、更には生活の低さを人間を下級として苛めて笑う。日本にも無い訳では無いが、有っても是正が効く状況で戒めて、笑いや笑顔を無くす事には至らなかった。笑顔が作れる社会とは?色んな笑いが生まれる事。それはある意味、人間が熟成しないと出来ない笑顔と新しい笑い。が」モノですよね?「笑い」です。その側面を見ると、笑顔を作れる事は、笑える人物になる事は、人としても包容力、その裏に潜む気遣い。気遣いが無いと笑顔も笑いも成り立たない。樋地が熟成するともっと高度な笑いを手にして結高菜笑いを掴む。反して今はどうだろう?「人を傷付けてはいけない」それは同意でも、小さな事に傷付く人、そのまま弱いままで良いのか?そのままの延長上を考えを伸ばすと、弱い人は殿様?で強い人は家来?一個の人間、切ってわれるほど単純では無い事も解かるが、では笑顔と笑いで関係を作って笑い合うか?弱い人、傷付く人と、強くて傷つける人、の隔離関係で人と人の関係が行く成って行くか? 私は、日本人の笑顔、笑いの参加にこそ、今、学びが含まれている事を言いたいし、お互いに成長しつつ解決する要素が含まれていると思う。ダメダメと隔離した関係造りでは、「弱く、傷つく人を装った人が得」になり、被害妄想だらけの社会に成ってしまう。その社会が何を生むか?それはここでは言わない。それに似た主義国が有るとだけ言って置く。
令和7 25年09月03日
ヘッドライン *日本人違反、日本人失格者 の増加*
令和も7年になって、日本にも「日本人ファースト」の言葉が発生して内々心で喜んでいる。数年も前から街で見た「自衛隊反対!憲法改正反対!反対!」市民団体とその後の「迷惑居座りやら、マナー」やらで、抱いた言葉が「てめ~ら日本人違反」日本人失格」の対抗言葉。なかなか対抗力ある言葉、だと自画自賛の気に入りでも有り、彼等の他人に対して正義、善意を言いながら、一つのマナーも守れない未熟か?横柄か?の人間資質に対して立派な対抗言葉として威力も有る。 そうこうしている内に、選挙で「日本人ファースト」が流行出し、誠意の無いつまりは偽善論、ただの自分勝手の正義に対抗できる時代に、この二つの言葉にも時代が来た!そんなタイムリーな「軽薄善意と正義に勝つ為のモード突入」ここで生かさなきゃあ、何処で生かす? さて、相手はどう言って来るか、その言葉、差別だ!時代逆行だ!と攻撃してくるだろう。確かに精度を切り詰めれば、排外でも有り差別要素みあるだろう。けど、もう「相手にしていられないと避けて礼節を守り品位を守る時期は過ぎ去った。グローバル時代に合わせるのが日本人か?違うでしょう。民主の法国家は、法を守る事で法の下の個人が守られる。つまり、法を守れない素養の無い者は民主主義国民では無い、資格すら持っていないと言う事。民主国国民の素養レベルはそれなりに高いから。(まあ、こんな偽善、偽正義、欺瞞を言う正体は、拝金主義者だけなんだけどネ)、 これだけ論理的を通しても。神聖な「善」に対して気高い「正義」を悪辣に汚して、「嫌がらせて勝てば良い」の材料にする偽善分子、偽正義分子の社会主義独裁の下僕たちは、言って来るだろう。排外主義、排他主義、理想破壊と。更にヒートアップも次の言葉を用意しておこう。筋論壊しの「地球人失格、人間違反」と。 ここでちょっとクールダウンして、何を基準にして「日本人違反、日本人失格と反転するか?」だが、それは今や日本人にとって道徳と言って良い程に、生まれたばかりの新生児の心にまで宿っているもの、心の底に敷かれているもの、それは「十七条の憲法」だ。この先、戦後憲法が改正されても、代わりの新憲法が制定されても、そんなものよりも、心の底の鏡に何時も写っている「十七条の憲法」。この違反者が、「日本人違反、日本人失格者」と言う訳だ。言い得て妙、では無くて、こんな輩の増えた訳は、民主主義ともう一つの自由経済の絡みで拝金主義者が増えた事と比例はするが、最も強力な拝金主義達は、言わずと知れたロシア、中国、イランの独裁国家。この配下の流れは、「すれ違いの偽善、偽正義などでは無くて、彼等の呼吸が「嘘呼吸」で決して直らない「呼吸するように嘘を言う」なのだから、反論も品位を保つようなべデートは通用しない事を知れ!とも言って置きたい。
令和7 25年10月08日
ヘッドライン *「嘘つきは政治家の始まり」は、今も昔も
子供の頃の話で、もう忘れたが、全日本国の流行言葉だったか?子供世界の流行語だったか?確か当時、総理大臣の「私は嘘は申しません」の最初は物まねだった。覚えだけど、それから、少し間を置いて、傍目には、真摯の評価だったこの言葉は、高度成長時代を懐かしむ言葉で使われ、そこからまた間を置いてから、今度は反対の「嘘つきは政治家の始まり」などの政治家の揶揄に使われ始めた。あの高度成長で、国が豊かになれて、出て来た言葉は真逆の「嘘をつかない政治家が、嘘つきが政治家」に成ってしまった訳だ。、、、これ以降と言うのは、どんなに政治家が信念真摯を貫こうが、悪口しか言われない職業に成った。全くの処、国のふくよかな財政を吸い取るのが役職、の政治家、の言われ様で有ったが、実際、豊かになってからは、政治家仕事に重目標が無くなってこの体たらく。実際多くの職を汚すような事件も多かった。、この様子を前にしても、「選挙では投票を!」と促して「一票は、国政参加の一票だ」「清き一票を我に!」でも一度汚れたものは、どう言葉で繕っても汚さは消えない。清くするにはどうするか?この頃と言うのは、我も、屁理屈盛りの、中、高生時代方んって「清き一票、誰にもやらぬ!」って冗談返ししていた。次いで「清き一票、投票しようにも清き人居らず」こう切り返して更な風潮は「政治は綺麗ごとでは済まない」の肯定きり返しを食らう。政治を知ると皆、悪になる?「清き一票は嘘?」にまで遡及する。このまま月日も経っても。昔も今も変わり映えしないが、今度は「本当に汚れて汚いと、今度はきれいに掃除がしたくなる」のが心理。 でも此処は、短編意見の場、だから先を急ぐと「我ら有権者を、有権放棄者のように下見をする、行政、政治家、メディア、そんなに我らは下見される体たらく者か?「違うでしょう?」「選挙で選ぼうにも、選ぶ人材ではない」「政治理念は立派でも経歴は立派でも、何も自分に有利な事は無い、百歩譲って社会の為に?選ぼうにも紐付き、後継ぎ人材ばかリ、投票したところで言う事はタダの台詞に過ぎない」「良い事?は、選挙の無い国よりも有った方が良い」だけ。庶民の声?と言っても、我らの声ではない。だって我らが望む人材がどれだけ待っても出でる事の無い候補者システム。先に「政党、その配下の候補者?人物は、心持つ人格さえ党では、消さないと党員にではない」総じて、投票に価する有言が無い、志ある人間も一年生から修行ともなれば、選べ!投票せよ!、空しくて空しくて有権者は溜ま乱のゼよ!改革を言うなら先ずこれを改革しせよ!この主張は、「、有権者を投票しないと揶揄する前に、政党利、政治家個人利が基本行動と見えている事の助長にしか見えない、欲のツッパリにしか見えない事の改善をしないと、(嘘つきは政治家の始まり)を拭えない。有権者は、「政治家が政党が、高額報酬を頂いて、尚且つ、もっと頂く権利が有る」現、与野党全議員にそんな雰囲気を有権者は感じ取っているのに、何時まで待っても、欲のツッパリは止めないのか?止められないのか?選挙を民主の基本と言うなら、改革の一番は、候補者じゃあないのか?昔「おらが先生と言われた代議士も、今じゃあ、困った時の便利屋で使いッパシリ」 何が言いたいか?って言うと、実は代議士全員ではなくて、その他大勢に入った代議士らのレベルが落ちっぱなしで、それが大勢化に進んでいる、底下げ状況と言う事、と成れば、候補者選びの「出たい人より出したい人」さえ叶わないと言う事だ。現実、庶民は口にはしないが、代議士を煽てりゃあ踊る普通人、としか認識していない。まだ続きが有って、この世間ズレした代議士が、以上にマスメディアを恐れ怖がる事によって、逆に対比を間違えて、勘違いで、自分の力を過信して、代議士と政治家の上身分と舞い上がり、思い上がったのが、現代のマスメディア達の仲良しこよし達」これら達の態度は特権貴族の振る舞いをするようになって来た、たかがカワラ版屋がだ。この驕りは。SNSでもう終焉した事にも気付かない独裁国家のチンピラ風情だ。思い返せば、第二戦前も政治行政が実力不足から、行き詰って、代わりに台頭して来たのは軍部だった。平成、令和に政治家代議士界隈の能力が落ちて、調子者で台頭して来たのがマスメディア。世は弱きが現れると成り上がり強きが現れるもの。まあ、現代は、真情報はSNSで確認できるから、これ以上の暴走には至らないと信じるけれども、、もっともっと政治家レベルを上げないと、マスコミに馬鹿にされ、省庁に馬鹿にされ、庶民レベルに馬鹿にされる、もっともっと人間力を上げて行かないと、ゴミ以下の生ごみで腐る。 腐るって言えば、ついでににもう一つ言って置こうか? 補助金と言う名の付くところに群がる代議士たちは、悉く腐る。補助金が無くなっても腐った文化として残る、これも大問題だ。
令和7 25年10月04日
ヘッドライン *至急セキュリティ
ん~、毎日、毎日、毎日、迷惑メールの仕分けと削除。SNS社会の危機なんて大袈裟を訴える子は無いけど、ただただ悔しい、買ったばかりの家が、白蟻が住み着いていた。そんな感じが今のSNSネットも少し前までは、安全便利のネットアイテムだったが、今は、毎日の毎日の仕分け削除の無駄作業。「誰か、この状態を何とかしてくれ~!」皆々思い願っている事だろう。そう言えば、今、捏造、偏向報道と悪名高い「オールドメディア」も昔は、今よりも信頼に足るものだった。隠され続けただけだったのかも知れないが、「知らぬが仏」のことわざ通り、知らない方が善人で居られた?かも知れない。民主主義は生善説で回る機構だと言うのは、子供の頃の教育で授与されたもので疑いはしないが、この社会で金を得た者達を眺めると、生悪者の持つ、嘘、捏造、裏切りなど使い熟した方が身が立って、経済も立つ。この狡さを使うも使わないも本人次第と言ったら次第なのだけれど、ここにはリスクが有る。その罪は償わないと戻れないと言う事だ。でもここに「逃げ得」を持って誘って来る輩も多くなった。多くは、社会主義の覇の手法と社会そのものが「薄で回っている」から平然、でその平然が、「罪に当たらず、逃げ切れ得が出来る」を暗示する。いずれにしても民主社会の敵の嘘、捏造、詐欺目的の多い事がSNS世界にも増加の増加だ。 日本人はその道徳観から嘘を嫌う。一方の社会主義、特に独裁者社会下は嘘で社会も周り口も周り、対応も回る。ロシアの嘘は、洗脳は一応にはエリート知識層をターゲットにするが、中国は、低知識層が得意ターゲット。社会そのものが嘘と対策だから、拙僧が無い日常姿でもある。ロシアは、それでもバレないようにやる。中国はバレても嘘で返して無に返す。ところで世界の一般向けメール詐欺、ハニトラ、マネトラ、それら殆どが、中国発である事が言われるが、それは中国国内から解る。中国発の詐欺に一番に被害を出しているのは、中国人。根深さは世界一。発生数も世界一。被害者も世界一。何故に解る?言い回しが「起承転結パターン全部が一緒」損得、早い者勝ち、現状馬鹿、成功者が出るとカラスのように群かって食い尽くす。多勢無勢で対策が取り難い。このままメールが使われるとメールは使用不可迄、と限度無しで遣り尽くす。メールシステムはそれでも残らなきゃあ、いけないので、負けない程の対応策を作らないといけないのだが、民主の「纏まりの悪さ」そこをキチンと押さえているのも中国製だが、そうそう負けても居られないのだが、、、。この意味では、中国は、世界を制覇して、変えてきた存在と言えるが、我らには、分厚い騙しの警戒心を!しかしながら自分の国も国民も相も変わらず「騙し騙され」から抜け出せない。そりゃあ、騙した人間の数を武勇でにしたら、目指すは詐欺師。これ古くから華僑によって世界波及したが、影響を受けた国と、受けない国が有る。真っ先に影響を受けるのは、貧しかった国と心貧しい民の国。日本?昔の日本は富裕と幸せ感は違っていて、影響は受けなかった。民主で西洋文化がこういう賄賂文化を連れて来て、それが中国発、と思わずに現代では、日本も、思いっきり、どっぷりと、賄賂文化を吸収して、詐欺商法にも手を汚すようになってしまっている。グローバルで、世界各国から輸入されている感は有るが、元を質せば、政治家から庶民をも腐らせるこれは、中国ただ一国からだ。今日もまた盛んだ、SNSの中のCM、新アプリ、新薬、新製品の過大誇張CM。内容は「今だけ、早く買わないと損、二度と無い、古臭い物を選ぶは馬鹿、有名人が、これを選んで賢い人、損得ハッキリ、損を選ぶは馬鹿な人」この雰囲気が盛り込まれていたら、そのCMは中国制作だ。そう言えば、TVでもSNSでも、本当の意味で「クスッ」と笑え、涙も誘う日本製作はで出会えなくなってしまったなあ?有っても、殆どが、お笑い芸人の嫌味CMだけだ。昭和CMが懐かしい、のも懐かしいが、あの、人を疑わないで良い健話な世界、が、尚も懐かしい。
令和7 25年09月03日
ヘッドライン *人間社会で同情心は基幹、被害者ぶる輩は、
人間が社会を営む事が出来るのは慈しみ合う同情心。ルールを億万造っても同情心が無ければ、ルールを悪利用されるだけ。慈愛だ、公平だ、自由だと言っても同情心が人と人を結ぶ。だけれどもこの同情心を利用して自分の利、自分達の利を目論む輩が、多く生まれているのも事実と史実。同情心は社会において人と人を硬く結ぶ心とすれば蔑ろに壊そうとする者どもは、社会の悪鬼そのもの。で有り卑怯そのもの。それはいつも「被害者ぶる事で、人の同情心にまで疑念を持たせ内部崩壊させてくる。社会の悪鬼と言ったが悪鬼と言うより、人間として腐っていて、腐敗菌をバラ蒔く、心を破壊、社会を破壊する程の極悪だ。本来ならば、社会に居てはいけない寄生菌も、この現実社会では、「被害者です」と名乗り歩くから更の「腐敗神」と言って良い。この人種の発生は、真実の処、貧困の多さと富裕の少なさの、貧困格差から生まれる事も解っているから、ついつい同情心も働き「甘い処遇」をしてしまうが、これを使った時点で「腐敗した者は同情心を戻せない」、重く思った方が良い。もう、文化として残してしまった、中国や韓国はこれが生きる糧、ビジネスにも形どる。 今、民主を破壊しようと台頭して来て、正論ぶって主役に居るが、見誤りは民主の崩壊、善意の崩壊を招く。見破りは簡単だ、「実生活を見れば良い、強烈な富裕と威厳の志向と仲間作りが有る」 「輩たちは、悲惨な被害者に寄り添う事は、決してしない」
令和7 25年09月20日
ヘッドライン *この世界、正しい事も、正解も無い。
有るのは、「正しいらしい」、と「嘘と捏造が闇の如く深く有る」だけ。これは我が、哲学にしている一つだが、何故?「正しいも正解も無い」と言うか?と言えば、例えば歴史と言う過去、書籍に遺されようが、言い伝えがあろうが、真実は解からないと言う事。数学、物理のように法則発見で、かつ積み重ね学問になる分野も有るが、伝えられる史実は「また聞き情報」に過ぎず、正しいと信じるに値しない。大事な事は、我ら現代に生きる者達は、流動の中で生きて居て、平和感覚で見つめる歴史、物事の正しさ、戦時下の生死感覚で見つめる正しさ、違う筈だし、見つめられるとしても時代が下った誰かが記録と生きる時代と対比して遡及ストーリーの流れとを照合して理解したり、仮想してみたりし、結果現代と言う結論で「正しいらしい、正解らしい」を見付けるのが精一杯。正しさ、正解に、近いかも知れないまだ遠いかも知れない、この世界はこんな足元地盤の無い処に居て、正論ぶって突き進んでは改稿して、また歩む人間。人間は正しいとか正解を歩んで、この世を造った訳ではない。嘘に塗れ乍ら、この世と言う現実社会に生を宿す。現在は歴史の結果なのである。 その結果が自由やら平等やら権利公平社会までに辿りついた、とすれば、歴史上どの心で勝ち取って来たか?一つの判断式が歴史には含まれていると言う事。この点を論の発生とすれば、社会への物言いも、学者、研究者、いわゆる玄人、素人、均等に物を言う事が出来る免罪符と言えまいか?何処まで解明しようとも、「正しいらしい」「正解らしい」止まりなのだから、知ろうと言う事なんかに価値が無い、このような事は言えない筈なのだ。自信を持って言い、現在社会と整合しない時は「間違えました」で本来は、良い筈なのだ。正しい、正解と言う事も、思慮の構築で正解は未来人が不変に取り入れたものが、最も正しいらしい、正解らしいだ。そう思った方が、「正しい?」ではなくて「間違いが小さい」これを考え方にしている。有るのは、「不穏な正しさ、正解から生まれた、嘘と捏造の方が遥かに遥かに多くて、不穏な社会を造っている、とも言える」 けど、その中で「正しいらしい、と正解らしい」を選んで、現代社会が造られているとしたら、まだまだ未熟とは言え、この社会は、嘘や捏造に負けて居ない「人々の良心の結晶」善良の輝き」と評する事が出来る。 だから、何をすべきか?「正しいらしい、正解らしい」を追求して、良心、善良を磨き込むしかない。と思っている。逆の「これが正しい、これが正解」を声高に言う人間は、魂胆を探ると悪鬼でしかない。事、物書き人、言論人に近付こうとする人は、決め付けは、成さぬように、心掛けた方が良い。これで正しいは頭退くのか?正解は遠退くのか?いいえ、思考変遷が善良の正しさの世界に留まらせてくれる。まあ、こう思わないと進めない、が本音だけど。善良の中に居れる事。例え。間違い情報を食らって、一刻、逸脱しても戻れる事、喜びにしないとね。 AIが発達して来ても、所詮、人間が作ったもの、真偽不明をどう処理してくるのか?可害と、被虐で見解も異なる、またイデオロギーで国見解も違う。空極、統一出来たら、同じ価値観共有で平和、と言えるのだが?現在地は、未だ一歩二歩の途中に過ぎない。
令和7 25年09月10日
ヘッドライン *日本の若い才能、子供の才能が、今、世界へ飛翔
飛翔して行く姿も誇れるが、もっと前から、日本の音楽ファンの慧眼が世界の音楽を支えている、それに近い優秀性を言いたい。音楽なのに音楽関係者の慧眼が落ちてきた?。この話は、ポップスの話だが、昔の流行歌も青春歌謡もしっかりした作詞作曲家が時代も見極めてつつ、ソングの魅力を造って世に出してきた。もちろんエンターとして大きな金額も動いた事だし、でもその前に時代と歌謡のマッチングも慧眼の一つで、そこには今の人達の喜びが解らないと押し出せないものがあったと思う。つまり皆々真面目に楽曲づくりを果たして、GS時代、フォーク時代、ニューミュージック時代そこからは、音楽も時代を先駆ける難しい時代に成って来た。これは世界の風だ。そうなった時に何処の国が先駆けるか?それぞれの国の音楽ファンの持つ慧眼の優劣だと思って来た。そこに優秀性を保って来たのは、アメリカと言う国と日本だろう。先駆けるミュージシャンにファンが付いて行く国と行けない国、が出てしまって、没落分野も出してしまう始末。ソールロックなどは底支えがあるとはいえ、比較では下降一方だった。ミュージックエンターが変わったのは、楽曲だけでなくて、レコード、CD,ダウンロードと言うメディアの変遷も有るが、1曲1曲が浅い流行で稼ぎも小さくて金額を求める音楽企画をスタッフの質が落ちてしまった事が一番。純粋に音を楽しんではいないのだ、音を楽しんでいる人達が、ランキングに成っている。アメリカ、日本、、、、イギリス、、日本の音楽ファンは本当に優秀だと思う。芸術素が違う。アメリカで受けたら一流!が、今、日本のファイに師事されたら実力保証書付き、くらいの評価になる。今世界に飛び出しているミュージックタレントたちの力もファンが作ったものなら、世界行き、切符もファンが与えたものでは無いかと思っている。 私は常々、その国から才能人が次々と輩出する国が、実質、本当の、民主国家を営んでいると思っている訳だが、民主主義国家ならば、その自由の教養と慧眼で上へ押し上げれなければ、嘘の民主主義国と思ってる。だって民主って自分達が表立って活躍する訳で、代議士選挙も自分たちから出でる訳で、その中で人物を選ぶと言う慧眼が、民主市民の資格と言って良いくらいだ。で、無ければ民主選挙が成り立たない。我々は全てを時代の推移に合わせて慧眼を進化させて「民主市民」それが嫌なら社会主義独裁国に行くべき。今の話は、小さなスケールのポップスの話だが、慧眼の意味は、これは何もポップスだけではなくて、クラシックでもその他の芸術でもスポーツでも学術でも治政でもスポーツでもそうだ。そうは言っても国が金を注ぎ込んで人材輩出も出来るが、縛られた人間は低能で、世に影響を与えて、世を動かす人材には成らない。これ一つを見ても日本は、立派な先進の民主国家を営んでいると言える。反日国、反日分子は「日本は遅れていると言うが、」反日らの足りない頭脳の愚かは、人物を見る慧眼より、金の輝きしか見え無い眼しか持っていない。口は、その為に働く速射ロボットマウスだ。
令和7 25年09月06日
ヘッドライン *ウクライナが戦争勝利で終えたら、工業先進国に*
ロシア侵攻戦争をウクライナは、勝利で終える可能性がを高くした現在。その戦争の仕方や戦略、物と物量、人間の配置や対応、何より圧に押されない精神力は、世界の過去の戦争でも特筆されるほど、と思う。ウクライナと言う国は、弱小、弱小と言われるけど、また、旧ソ連の属国として下げた見られ方をしているけれど、旧ソ連連邦の中では、工場として、加工技術を背景に高度工業生産を受け持って来た国である。なのに、なぜか?評価の低い差別的評価しかされてこなかった。この事は、今になって解る事として、モノづくり精神の中で必要な謙虚な心根で、低い評価が解る。旧ソの様な腕力とハッタリ社会では、謙虚は負け組にしか思えないし、浅はかな眼では従順馬鹿の国にしか映らなかったのだろう。この点は、開国前の日本の評価にも似て、理屈を貫くもの造りでは、必要不可欠の資質であったものを、見逃してきた世界。改めて旧ソで行って来た製造物を見て見ると原発、大型ジェットアントノフ、造船から、ミサイル、銃火器。旧ソの重要かつ高度な技術工業品を造って来た国であった訳で、ここに低評価はあり得ない。国民の力、頭脳の凄さ、今この戦争でまざまざと見せつけらるに至っては、侮っただけで戦争には負ける。そして今その結果が近づいて来ている。 侵略戦争に勝つとは?どう言う事か?これは守っただけですでに勝ち。だって力で勝っても、征服には成らないのだから。もっと西洋リアルな話は、仲介と言う漁夫の利を得ようとして曖昧結果の線引きが、これまでの歴史だが、このまま、ロシアが意地だけの無謀を続ければ、ロシアと言う国は、世紀末世界迄、落とされた浮上を図らないといけない。ある意味、こうした輩には手加減しない徹底敗北の方がロシア国のためかもしれない。 当然ウクライナは世界の評価と自国自尊が高まり高いプライドを持つようになる訳だが、そこに関しては、余りにおだてて搾取を目論む者と付き合わない事だけが注意点になろうかと思うが、その懸念は、この戦争で見せた技術と開発力の裏に見る国民の「素直さ、正直さ、実直さと助け合いの精神」による。これは、物量で敵わなくても頭脳で勝った、唯一の戦争になるかも知れない。それを実現した、ウクライナの人民と性格はこの勝利を呼び寄せた。これが出来た国は歴史上も稀だ。そして実現した工業頭脳、技術の資質は実に立派で気高い。一般に西洋人は力のみを頼って諦めが速い傾向を持つ。けれども、この戦争で見せて貰ったものは、かつての日ロの戦争よりも偉業と言える。それを造った工業頭脳、技術の尊厳は、ウクライナは農業国?いやいや、立派な工業立国になり得る。農業にしても工業、それらの技術は、人の正直さが無いと空回りする。素直な追求心だけが栄養素だから、この戦争が終わって落ち着いたなら、直ぐに西洋先進国、英、仏、伊、独を越えてしまう国になるだろう。課題が無くもないが、ただ技術進歩発展は先歩の述べたように正直が全て、しかもこれまで、アントノフや、空母艦を、現発迄設計施工している、こうした自信と自意識とで、技術発展は、ドイツを抜く勢いを見せるかも知れない。世界で高難度のジェットエンジン、大型タービンを造れる国は、独、英、米、日の4カ国のみ。戦争に勝った自信と勝てた理由を自分らの「正直さ」と理解したなら、一気に駆け上がって5カ国目になるかも知れない。技術畑に居られた人、学術の向上に携わった方なら解かると思うが、高度な工業技術の発展の裏は、その人々の真摯、探求、理念、嘘を嫌う正直さの結果と言える。ウクライナは基本正直人間の集まりなのだろう、その証明の戦時中の兵器開発、見せて貰ったコザック魂、嘘つきで、ポンコツ兵器の、ロシアを凌駕、独裁を粉砕せよ!
令和7 25年08月31日
ヘッドライン *慶長・キリシタン禁令 令和・媚中信仰禁令*
SNSが日本人ファーストから、「日本人違反・日本人違反」を、日毎に暴き出してくれて、政治の裏を知るにつけ、今までの不納得の理由が解った、と言う人が増えている状況。もうネットを人は手放さないだろう!。でも願わくば、SNSはこの時期に、誹謗中傷など悪質を自浄できるシステムと清廉潔白イズムの場所に、と大勢を造って行きたいもの。 例え、玉石混同のネットとは言え、所詮は、人間社会か?と、がっかりする。それは理知で優劣を付けてしまう社会感覚。私自身は、余り固定感を抱えないように知識を最低限にしか普段は取り入れないスタイルを取る。あらすじ概念で普段は結構とのスタイルを取っている。特に歴史の話と言うもの、何が正しいか?本来的に解るものでは有りません。伝えた所が、意図した捏造かもしれない?熱烈ファン心理でその人を記したかも知れない。自分の成長でも解釈は変わる。子供のころ信長和怖いと思い、この歳で今は優しいと思う。こんな事はいとまなく変化変遷するのが話であり記録書でも有る。では、どうやって真実を近くに呼ぶか?私の感覚では史実に近付く為に、資料知識を入れれば入れる程、自分に固定感が出来て迷宮で踊らされる。と言う考えで、史実、記録はそう、重要視はしない。あくまでも歴史が残した物、心から紐解こうと思って来た。日本人は「思いやり」。習慣付いた気持ちや行動は、折々に出てしまうもの。ん~歴史で何か例を挙げると、「島原の乱」。中国はもう直ぐ経済破綻でしょうから。反日思想も消失するとは思うけれども、、「令和 島原の乱」を避ける対策行動を早めに着手して置かないと。
令和7 25年08月30日
ヘッドライン *「戦争と平和」反対語関係を改訂論*
トルストイの作品、「戦争と平和」のタイトルが、この時代、対義語として使われ対峙論戦にもテーマ的に登場させられる。けれども、これは、ただ有名知名度で用いられて、もっと言えば、言葉のゴロの良さで、今では一般化して来たに過ぎないのではないか?「平和と言う言葉は包み込むような大きな言葉で有り。理想の概念から求める現実に使われる。理想概念語とするなら、一方の「戦争と言う言葉は現実の土に生えた具体語で有り、名詞言葉である。言葉上でこの格差をの有る状況は使われ方にも、とても違和が有って、同じ土俵に上げても前進に繋がらないどころか、沼に嵌って足掻く姿っしか得られない、罪の深い対義語と思って来た。それと明確なところ、「戦争」を対義語にしてしまうと限定固有名詞っぽくてその人その人の立場や思いを分断しかしない事も問題だ。全部を言うと紙面積が足りな過ぎだから一つを言えば、「個人の戦争感覚」と「国過繁栄の立場の戦争感覚」は余りの解離に話を避けたくなる。もっと大事な、事の理(あや)は、平和と言う言葉の下支えは「争い」が有ると言う事。つまり、平和を造る、も「争い」の結果、平和が遠のく世界もまた、「争い」からだと言う事。この状態で何を言っても、時に名を借りたまやかししか結果が無いし、当然、平和と言う「大きくて広い理想などに近づける事も無い。結局、「平和と戦争」と言う言葉に遊ばれて来た、民主主義とも言える訳だ。「平和を創るにも力であれ心で有れ闘争の後だ」この念頭がズレると、偽善者の思うつぼで国も個も乗っ取られる。単に言葉では有るがこれを変えない事には全員で平和に近づく、これさえ出来ないままになる。そしてこれが新民主主義の第一歩になる筈だ。もう80年から100年に近い歴史で、成し得たものは、近代技術による文化生活。社会では、これまでより増して、不調和、闘抗争がメガ大きな火種で存在している。さて平和の敗退後、研究されても来たようだが、未だ適当語が見つからないみたいだ。まあ、「平和」は確定語として、戦争に代えられる言葉「破壊」。自棄の心、破壊の利得心が平和を消す。悪しき蛇の力と武には対抗の刃を持たないと平和が消える。全ては利己の心が平和を消す。平和も一人一人を達観訓で覆う事が平和を維持する心になる。平たい認識を表せば、「国家は100年の体系と国民の安全、国民は、その日その日の安寧」そりゃあ、平和感も違うよね?
令和7 25年08月28日
ヘッドライン *筋が通る話は、小学生でも分かる話
このブログは筋論運営と言う事で、、 小学生低学年だって、アニメや、特殊撮影勇者ドラマを見ているから、そのセリフスタイルでさえも「良い者・悪者」を判断している。事実、拙者でさえ小2,3年生で辞書を片手に新聞を読んで、「変?」とは良く出会って来た。その「変?や違うんでは無いか?」を言えるだけの知識が無いだけで、でも判断的には着けている。子供がそれでも騙されやすいのは、それこそ「勧善懲悪の結末が、今、自分が育っている社会だと、信じたり信じたいからだ。子供は騙し易いと言っても、実社会では、大人、年寄りの方が多く騙さているのが本当の社会。我が子供の4年生時だって「民主主義や、個人主義や利己主義を日常に話して来た。子供の為の政治だとか社会だとか、反日プロパの自然環境、ヘイト、ジェノサイドの方々、子供とて、舐めてはいけません。皆、子供さえ解っています。声が大きいのが悪い人、減らず口数が多いのが悪い人。人の話を聞けないのが悪い人。ただ例外が居ます。貴方方のお子さん達は恐怖で従っています。小学高学年以上は、全マスメディアが中国や韓国の反日の手下って事は、解っている。ただ、やはり律義に証拠が無いから言わないだけ、中には天邪鬼の賛同子も居るだろうけど。その天邪鬼の成長大人が貴方たちですが。、
令和7 25年08月28日
ヘッドライン *失われた30年の「ロシア」
「失われた30年」はズーと言われ続けた日本経済の代名詞でした。そこから、漸く「抜けれたかな?の2020年代。落ち着いた平常心と均等な眼で世界を眺めれば、日本は「失った30年で、何を失ったのかな?今となっては、日本経済の物価を押さえ込んで、不況トンネルを向かえ打つ実績づくり、を果たした、大きな遣り遂げ実績。これにより、日本は産業構造を大きく変えずに、力を持つ続ける事が出来た。この事が、25年以降の世界経済下で主導権迄取れて主役的地位も摂れそうな勢いを持つに至った。片や他の先進国はどうか?皆々、失われた30年の間、自国の産業構造を大きく変えて、サプライヤーを失って、移民を増やして国力を落としていた。アメリカもヨーロッパも。中国に至っては、バブル経済との崩壊に直面。バブルの財産は。何一つ残せない奴貧民経済が直前に迫っている。結局の処、日本は失った20年に失ったものは然程も無くて、結果論で以外の国は、これから降遺産を払う事になりそうだ。一言、世界が失った30年の蟻地獄に嵌っている。今回、良いたき事は、全部が、30年間を総括してみて、一番の愚かな国に「ロシア」を上げて見解を申し上げたい。庶民感覚で高収入程、幸せ感充福になろうかと思うけども、国民庶民が豊かが過ぎると「国の100年」が心もとなくくなる。大和の政治は昔から、そこを微妙に潜って来た。一つの理由は、日本にはいつ起こるか解からない大災害が有ったからだ。西洋はどうか?農奴制度で国を保ってきた。フランス革命までは、だ。人類が民主主義を造ってからは発展と繁栄を叶えこれで旧強化?って言えば、送に有らずで、社会主義独裁と解れてしまって、冷戦を経て、決着がついたかに見えた。そう、その主人公がロシアだ。独裁者社会主義の行き着く先は、言う事とは真逆の農奴制度を更に色濃くする事。つまり時代逆行!。その機会が1988に来た訳だが、その3年後に日本のバブル経済の崩壊と言う経済難。日本、ロシアともほぼ同時に経済奈落に落ちたと言う事だ。今事実を世界覇なのも見て居ないし、日本界隈でコザかく叫ぶ反日連中こそも何も見ない。日本は経済大国を守りロシアは、88年が再出発で来たのに、また独裁を選んで、ウクライナに叩き潰されようとしている。何を言わんやである。日本は大国を維持しつつ、技術は世界を引っ張る技術大々国酷化した。一方のロシアは、破綻の上の破綻、同じ事を繰り返す事を「馬鹿」て子供も言う。負けても崩壊しても破綻しても、認めない頭は又おマジ轍を踏む。それほどまでに独裁と農奴を好むなら、もうこの世では遣らずに、あの世、仏教の閻魔大王の前で行ってくれ!犠牲が余りに大き過ぎだろうに!
令和7 25年08月28日
ヘッドライン *江戸の「士農工商」の意味合い
GHQが持ち出して来て拡散した。この「士農工商」前々時代の封建社会の身分制度として「象徴」的に使われて来たけど、こんな丁寧な言葉は世界には無い。そして、上から順番と言うなら、何より無い物がある「それは宗教(神)だ。身分だと言うなら日本だと「天皇が位置される筈が無い?」これは、身分制度ではない。GHQは戦勝国として統制する進国家を演出し威厳を保つ為に色々に劣に、利用できそうな事を穿っては利用して来た。正直、GHQ自身も自国への報告書と施行、各国への報告と施行、この大役を果たさんが為、、穿っても「疑問の方が膨らんだと思う。そうした事例は、この「士農工商」以外にも沢山ある。でも最終的に事を鎮静、落ち着かせる為、これらを使ってプロパもして来た。さて、「士農工商」に戻ろう。じっと見続けて拙者の考える処、これは、国家(当時、江戸初期)の、国家大切の順位であり、宣言に思えてきた。これ、天皇と幕府を除いて、第一に国と言うもの法の警備と防衛が大事と言う「武士の士」第二に国は、職の安定が大事の「農業」第3は国や民の進歩を伺える職工のもの造りからエンタメ迄、の職人芸の極みを見せる「工」最後4番目は、働きの報酬、幸せ競争、欲求を満たして自分達へご褒美をくれる「商」言葉で行ってみよう。安心して、、不足なく食べて、、自分らの成長を見て楽しめて、、自部の労働の証に欲しい物が買える鎖国日本を個の様の経済回転して行く、と言う事。立派な経済論だ。同時代に、このような経済の回し方をした国は世界に無かったのではないか?これを庶民文化の開花と言う。この言い方ででもおそらくは世界唯一の筈。更によくよく眺めれば、これは当時の稼ぎの少ない順でも有る。{武士は実は貧しい」農業漁業は、民への食を安価安定の為に敢えて収入を押さえ、「職工」は積み重ねた技術継承の為と技術保全の為に高額収入、日本の商いも他国の商いも基本、物欲、購入欲の本質から、そもそもが儲かってしまう性質の「商い」が竿後と言う訳だ。注目は「武士が本当に慎ましい収入で頑張ってくれて江戸幕府が続いたと言う事、それを解って武士を尊敬して大事に讃え、支えた庶民。その尊敬の表れか?百姓も職人も商人も、「丁髷と言う頭を成し、奥方の振る舞いを賢母とした。と言う事だろう。
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プロシード研究所 山岸 の趣味HP2です。
当初は、視力の維持と体力維持を目的に歩き、鳥たちの囀りからレンズを向けたのが始まり。毎日、鳥たちのフィールドに入り、歓迎されるように出会った写真も増えて参りましたので、ここに日誌ホームページとして発足した趣味、経緯です。
鳥の存在は、花と同様の「癒し」ですし、その土地の自然環境の良さ証明でもある。鳥の「生き生き」は町の「生き生き」住民の「生き生き」ご来訪の皆さまには、近くを通った際、鳥フィールドに立ち寄って頂けたら幸いに存じます。あのジュラ紀の恐竜のDNAを受け継いでいると言われる鳥類、鳥を観察して特徴的なのは「汚れた、汚い鳥が居ない事」「皆々、清潔で美しい事」・・ほんの少しでも、皆さまの御身多忙と眼の保養に成れば幸いです。
住所・新潟県上越市大潟区九戸浜492-12
TEL・080-9101-6273 (迷惑電話の多い時節柄、通話の前にSMSにてご連絡願います)
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