平井数馬は、明治11(1878)年8月13日に熊本県下益城郡松橋村(現宇城市松橋町)に生まれました。幼少期から飛び級を繰り返し濟々黌を16歳で卒業した伝説的な秀才です。
明治28年(1895年)の日清戦争の勝利に伴い我が国の台湾統治が始まり、「教育を最優先すべし」として選び抜かれた6人の教師が台湾に送り込まれました。
平井数馬は、その6人に最年少で選ばれ、台北郊外の士林に設けられた「芝山巌学堂」で心血を注いで台湾人子弟の教育に当たりました。
しかしながら、翌明治29年の元日、匪賊に襲撃され、派遣された6人全員が志半ばで落命しました。このとき平井数馬は弱冠17歳でした。
今日では台湾企業の進出もあり、観光や仕事で数多くの台湾の人々が熊本を訪れています。また台湾との定期便就航もあり、熊本の人々も台湾を訪れる機会が増えており、年ごとに日台両国は親交を深めつつあります。
その始まりに、平井数馬をはじめとした多くの先人の努力と犠牲があったことを忘れてはなりません。
平井数馬肖像画(C)増田理子