私たちは周囲の世界をどのように知覚し,理解し,行動しているのでしょうか.ヒトの視覚は,外界から情報を受動的に受け取るだけではありません.私たちは,目や頭を動かし,物体に近づき,時には手に取って観察することで,必要な視覚情報を能動的に獲得しています.このように視覚と行動は互いに密接に関係していると考えられています.
本研究室では,心理物理学(Psychophysics)を中心とした実験的・定量的アプローチによって,ヒトの知覚・認知・行動のメカニズムを明らかにすることを目指しています.心理物理学は,刺激の物理的な特性とヒトの主観的な知覚との関係を定量的に調べる研究手法です.実験条件を精密に制御し,参加者の判断や行動を計測することで,普段は意識されない知覚の特性やバイアスを明らかにできます.
従来の心理物理実験では,モニタに呈示された刺激を決められた位置から観察する手法が広く用いられてきました.本研究室では,こうした実験に加え,バーチャルリアリティ(VR)や実機ロボットを活用し,参加者が自由に観察・移動できる環境での実験を積極的に行っています.加えて,主観的な判断だけでなく,眼球運動,瞳孔反応,身体運動,生理反応なども計測し,統計解析や計算モデルを通じて知覚と行動の関係を多角的に検証しています.
この共通した研究アプローチのもと,以下の3つの研究領域を中心に,ヒトの知覚・認知・行動の基礎的な理解から,その知見を活用した技術開発・社会実装まで幅広く研究を展開しています.
私たちは物体を見ただけで,金属の光沢,ガラスの透明感,表面の色や明るさなど,多様な視覚的性質を知覚できます.しかし,目に入る画像は物体の材質だけでなく,形状,照明,観察する方向によっても大きく変化します.それにもかかわらず,私たちが比較的容易に物体の材質を識別できるのはなぜでしょうか.このような問いは,ヒトの視覚情報処理を理解するうえで重要な研究課題です.
本研究室では,特に物体の反射・透過特性に由来する質感知覚と,観察行動との関係に着目しています.例えば,よく磨かれた金属に見られる鏡のような材質と,光が透過・屈折するガラス材質は,いずれも周囲の環境が物体表面の見えに強く影響するため,画像だけからその材質を識別することは必ずしも容易ではありません.私たちは,ヒトが鏡とガラスを取り違える特徴的な画像を分析し,その判断傾向を再現するニューラルネットワークモデルを構築しました(Tamura et al., 2022).さらに,VR環境で参加者が自由に頭や手を動かしながら材質を識別する実験を行い,識別が難しい状況ほど観察行動が増加することや,頭部運動と物体操作の有効性が観察条件によって異なることを明らかにしました(Nomachi et al., 2026).これらの研究は,材質知覚が静止画像の受動的な処理だけでなく,情報を獲得するための能動的な行動にも支えられていることを示しています.
また,知覚された質感と生理反応の関係も研究しています.同じ物理的な明るさであっても,物体をより光沢が強いと知覚するほど瞳孔が収縮することを示しました(Tamura et al., 2024).さらに,同一の物体画像について光沢感と魅力度をそれぞれ評価させると,光沢感の高さは比較的早い時間帯の瞳孔収縮と,魅力度の高さは遅い時間帯の瞳孔散大と関連することを明らかにしました(Tamura et al., 2026).
色や明るさの知覚についても,視覚的な情報と主観的な見えの関係を検討しています.例えば,グレア錯視によって生じる明るさの知覚と瞳孔反応が,画像のぼけや刺激サイズによって異なる影響を受けること(Wu et al., 2026),中心視野であっても色情報の空間配置によって色領域の大きさの知覚が変化すること(Okawa et al., 2026)を報告しています.
こうした研究を通じて,物体の視覚的な性質がどのように知覚され,観察行動や生理反応とどのように結びついているのかを明らかにすることを目指しています.
Tamura, H., Prokott, K. E., & Fleming, R. W. (2022). Distinguishing mirror from glass: A "big data" approach to material perception. Journal of Vision, 22(4), 4, 1–22. https://doi.org/10.1167/jov.22.4.4
Nomachi, R., Tamura, H., Helgeland, K. A., Morimoto, T., Nakauchi, S., & Minami, T. (2026). Material discrimination relies on context-dependent active sensing strategies. Journal of Vision, 26(6), 4, 1–24. https://doi.org/10.1167/jov.26.6.4
Tamura, H., Nakauchi, S., & Minami, T. (2024). Glossiness perception and its pupillary response. Vision Research, 219, 108393. https://doi.org/10.1016/j.visres.2024.108393
Tamura, H., Nakauchi, S., & Minami, T. (2026). Task-dependent pupillary responses to glossiness and attractiveness judgments. Journal of Vision, 26(9), 1–18. https://doi.org/10.1167/jov.26.9.1
Wu, S., Kinzuka, Y., Tamura, H., Nakauchi, S., & Minami, T. (2026). Modulation of glare illusion perception and pupillary responses with visual clarity and stimulus size. Perception. https://doi.org/10.1177/03010066261490418
Okawa, T., Martinsen, M. M., Tamura, H., Nakauchi, S., Nascimento, S. M. C., & Minami, T. (2026). Vertical asymmetry in central color evaluation: How spatial position and scene structure modulate the perceived size of colored regions. Journal of Vision, 26(10), 1–18. https://doi.org/10.1167/jov.26.10.16
ヒトは他者の感情や意図を,どのような情報から読み取っているのか?
他者の顔や表情,身体の動きは,円滑な社会生活を送るうえで重要な情報源です.私たちは相手の表情から感情を推測し,身体の動きから次の行動を予測しています.しかし,こうした判断は顔の形状や表情そのものだけで決まるのでしょうか.実際には,顔の色,周囲の状況,相手との距離,観察者自身の行動など,さまざまな要因が他者の知覚に影響すると考えられます.
本研究室では,顔表情の知覚が視覚的な特徴と観察者を取り巻く状況によってどのように変化するのかを研究しています.例えば,顔の赤みは怒りの表情と結びついており,顔の色が赤いほど怒っていると判断されやすくなります.私たちは,顔色が時間的に変化する場合と変化しない場合を比較し,表情の判断には顔色が変化すること自体よりも,最終的に観察される顔色が強く影響することを明らかにしました(Shibusawa et al., 2025).また,複数の人物の表情を同時に観察するときには,個々の表情だけでなく,集団内の表情のばらつきも視覚的に処理され,その知覚が順応によって変化することが示されています(Kudaka et al., 2026).
さらに,VRを活用することで,従来のモニタ実験では再現が難しかった対人場面の研究にも取り組んでいます.私たちは,自分が相手に近づくのか,あるいは相手から離れるのかという接近・回避行動によって,同じ顔表情の見え方が変化することを明らかにしました(Kobayashi et al., 2025).また,自分の背後にいる人物の顔は,正面にいる場合よりも怒りや恐怖の表情が強く知覚されることを発見しました(Tamura et al., 2026).特に興味深いことに,怒りの表情では実際に振り返らず鏡を介して観察した場合でもこの効果が生じた一方,喜びの表情では振り返って観察した場合にのみ同様の効果が認められました.これらの研究は,表情の知覚が顔画像の特徴だけではなく,観察者と他者の空間的な位置関係や観察者自身の行動にも依存し,その影響が感情の種類によって異なることを示しています.
このように,ヒトは他者の感情や意図を,顔や身体から得られる視覚情報と,自分自身の置かれた状況を組み合わせて判断していると考えられます.私たちは,現実の対人場面に近い環境で知覚と行動を定量化することによって,社会的知覚の仕組みを解き明かすことを目指しています.
Shibusawa, M., Hasegawa, Y., Tamura, H., Nakauchi, S., & Minami, T. (2025). Dynamic versus static facial color changes: Evidence for terminal color dominance in expression recognition. Journal of Vision, 25(12), 8, 1–16. https://doi.org/10.1167/jov.25.12.8
Kudaka, M., Ueda, S., Tamura, H., Minami, T., & Nakauchi, S. (2026). Aftereffects of variance in the perception of facial expressions in crowds. Vision Research, 239, 108730. https://doi.org/10.1016/j.visres.2025.108730
Kobayashi, Y., Tamura, H., Nakauchi, S., & Minami, T. (2025). Facial expression recognition is modulated by approach–avoidance behavior. International Journal of Affective Engineering. https://doi.org/10.5057/ijae.IJAE-D-24-00049
Tamura, H., Kobayashi, Y., Nakauchi, S., & Minami, T. (2026). Enhanced emotion perception for faces behind the observer. Cognition, 273, 106532. https://doi.org/10.1016/j.cognition.2026.106532
ヒトにとって安全で快適なロボットの行動とは何か?
自律移動ロボットの活用が進むことで,私たちは日常生活や職場において,ロボットと同じ空間を共有する機会が増えていくと考えられます.その際にロボットが物理的な衝突を回避できるだけで十分でしょうか.たとえ衝突の危険性が低くても,ロボットの動きが予測しにくかったり,必要以上に速く感じられたりすれば,ヒトは不安や不快感を抱くかもしれません.物理的な安全性だけでなく,ヒトの知覚・認知特性を踏まえたロボットの行動設計が求められます.
本研究室では,心理物理学や行動計測を活用し,ヒトとロボットが相互作用する際の知覚・行動特性を研究しています.例えば,ヒトと自律移動ロボットが正面からすれ違う場面では,歩行者が進行方向を変える前に腰の回旋が生じ,その変化から回避方向を予測できることを示しました.さらに,歩行者の動きを予測してロボットが早期に回避することで,ヒトの快適性が向上することを明らかにしました(Yamauchi et al., 2025).
一方,ロボットの動きがヒトにどのように知覚されるかについても研究を進めています.実機ロボットとVRを用いた一連の実験から,同じ物理速度であっても,ロボットが背後から接近する場合には,正面から接近する場合よりも速く知覚されることを発見しました(Yamauchi et al., 2026).また,VR環境でのすれ違い実験では,ロボットの動作が予測しにくくなると,ヒトの主観的な不快感や皮膚電気反応が増大することを明らかにしました(Matsubara et al., 2026).これらの知見は,ロボットの移動速度や軌道を物理量だけで設計するのではなく,ヒトがその動きをどのように感じ,予測するかを考慮する必要性を示しています.
さらに,ロボットとの荷物の受け渡し場面にも着目しています.荷物を運ぶヒトにロボットが近づいてくると,その接近距離や速度によってヒトの歩行速度やためらい行動が変化し,快適性の評価にも影響することを明らかにしました(Tamura et al., 2025).このことは,ロボットの適切な振る舞いが,単純な対人距離だけではなく,ヒトとロボットが共同で行う作業の目的にも依存する可能性を示唆しています.
本研究室では,こうした基礎的な知見をロボットの制御技術に反映し,農業や物流などの実環境で検証する研究も進めています.ヒトの知覚・認知・行動を理解し,その特性に寄り添って行動できるロボットを実現することが,私たちの目指す方向性です.
Yamauchi, T., Tamura, H., Minami, T., & Nakauchi, S. (2025). Waist rotation angle as indicator of probable human collision-avoidance direction for autonomous mobile robots. PLOS ONE, 20(5), e0323632. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0323632
Yamauchi, T., Minami, T., Nakauchi, S., & Tamura, H. (2026). Speed Perception Bias for Objects Approaching From Behind and Its Implications for Robot Motion Design. IEEE Robotics and Automation Letters. https://doi.org/10.1109/LRA.2026.3732839
Matsubara, Y., Tamura, H., Minami, T., & Nakauchi, S. (2026). Subjective emotions and physiological responses during collision avoidance with a virtual autonomous mobile robot. International Journal of Social Robotics, 18(1), 5. https://doi.org/10.1007/s12369-025-01341-3
Tamura, H., Konno, T., Ito, K., Matsubara, Y., Martinsen, M. M., Nakauchi, S., & Minami, T. (2025). Human Behavior and Comfort During Load Carrying to Autonomous Mobile Robot. International Journal of Social Robotics, 17, 2559–2577. https://doi.org/10.1007/s12369-025-01329-z
最終更新 2026年10月