八草庵は、終戦の次の年に建てられました。
竣工当時は、たくさんの人が見に来たものだと、隣の畑のおばあさんが生前話してくれました。
その後、縁あって管理人が引き継ぐことになり、建築設計士の父が監修し、家族で8年かけてリノベしました。
父は当時、すでに病に冒されており、私たちは建築が大好きな父の最後のプロジェクトだと思い、取り組みました。
父は茶室が大好きで、茶室を自宅につくってしまったほど。和の建築のなかでも数寄屋造りに造形が深く、博覧強記でした。
一方で、長年鹿児島県の歴史風土を知り尽くし、民家を実測しデータベース化するなど、鹿児島の建築をこよなく愛する人でした。
父も私も、お互い忙しかったけれど、お弁当を持ってったり、カセットコンロで簡単なお昼をつくったり、お茶を飲んだりして、のんびりリノベしました。
ケンカもしましたが、わたしの突拍子もない要求も否定せず、「うんうん」と受け入れて、いろんな選択肢を提示してくれました。
こんな感じで、誰も工期は気にせず、時は経ちました。予算だけはシビアでしたが笑
残念なことに、リノベ6年目に父は完成を見ることなく天に召されました。
悲しみでなにもやる気がおこらない時期を経て、残った家族で旧知の大工さんや佐官さんの助けも借り、父が遺した図面を見ながらなんとか完成させました。
八草庵という名前は初期に家族で決めていました。とてもここらしいね、と満場一致の採択でした。
リノベ開始当時はシロアリ、雨漏り、残置物、ヤブに飲み込まれそう、など古民家あるあるがもれなく全部ありましたが、素性がとてもよかった。
古民家だから残したかったのではなく、むしろ、この家を「すごくよくできた家」だと思ったから改修したかったのです。
鹿児島の暑い夏をしのぐために高く設けられた床。
台風にびくともしない、家を床下で支える大床(うどこ)造り。
調湿にすぐれた土や木材や漆喰。
風を迎え入れ、風とともに暮らすための間取り。
外では大気が膨張し、雨の気配が伝わります。
光の角度で時刻や季節が移ろうことを知ります。
一方で、私たちは昔の暮らしや不便さを美化したいわけでもありません。
この家に残された知恵と、現代の私たちが求める快適さをどう結び直せるのか。できればローテク・ローコスト・循環する素材を用いて。
八草庵は、その適正な着地点を考えるための実験の場所です。ふふふ‥
どうぞ、この家で暮らすように過ごしてみてください。
お住まいの選択肢が広がるかもしれません。