社会貢献の本質は「世のため人のために生きる」こと
多くの企業の経営理念に「・・・社会に貢献する」のくだりがある。利益を出して納税しこれが国家や地方自治体の事業計画予算となり社会消費として社会が回る。仮に利益を出さず欠損でも消費税を納める。従業員は企業と共に所得税や社会保険料、厚生年金を納める。スタートアップ企業が歓迎されるのも税金納入先が担保されたということ。事業活動をしている限り「納税」活動を伴うことで社会の役に立っている。典型が納税金を使う立場の国や地方公共団体です。職員の給与から各種納税で社会が回り、事業実施体・企業も物やソフトを作ったりして社会が回りだす。従ってそこに存在している以上何らかの生産活動や消費活動をしている。病気で入院している患者とて、医師や看護師の治療を受け施薬をされていることも社会に貢献していることになる。つまり生きている以上何らかの消費をする。飲食しかり。これとて社会に貢献している。食料品を供給している農魚業者のおかげであり、またその代金で新たな消費が発生する。まさに循環社会そのもの。これは人間だけに限られたことではない。
動植物とて生きている以上はそれなりに必要なものを消費している。動物は今や家族と同様な飼い方を当たり前と思う社会。犬猫だけでも六千万匹という。猫は家に就き、犬は人に就くという。人間のように話ができるようになると、可愛くて手放せないだろう。躾の上手な人は「お手」に始まり、ボールを拾ってきたりということを聞けばなおさらのこと。買主の言うことが分かり、従順にです。人間に限りなく近い動物以上に素直に答えてくれる。筆者も幼少のころ犬猫や小鳥を買っていた経験から、可愛さはほほ刷りしたくなるもの。えさを与えると社会消費である。経済活動に参加しているわけだ。散歩すると首輪に紐が必要になる。糞とて持ち帰りそれ相当の処理をする。下水処理にせよ、廃物処理にせよそれまでも、それからも対応してくれる団体なり企業があり。処分活動に貢献している。俗にいう「お陰」にかかわることそのものが社会を回している。生存から死亡までは社会と直接間接つながっている貢献活動であろう。迷惑をかけることも、お手伝いお役立てもしかり。動物は増加傾向も人は少子高齢化で減少は続く。人間の社会貢献のウェートより動物の社会貢献率は高くなっていく。本来この世は誰のためと言うより人間の為であるはず。しかしそうばかりともいえない社会に向いている。価値ある面白い現象です。植物とて植木屋さんや関係者が多忙なのも、必要性を心の豊かさと共に求め続ける人の性でしょうか。花や植木を育てることも、育成管理にまつわる消費活動が伴い貢献活動の実践でしょう。
社会貢献の本質は「生きる」こと。だから人間のあらゆる生成活動が社会貢献に繋がっている。究極人として「世のため人のため」が真の生き方・姿になるのだろう。