講 演 会
2026年6月20日(土)
2026年6月20日(土)
早稲田大学 名誉教授 大和田秀二
略 歴
早稲田大学理工学研究科博士課程修了
早稲田大学産学官研究推進センター長
環境資源工学会会長 他多々
早稲田大学での50年: 講師は18歳で早稲田大学に入学して以来、学生・研究者(ドクター、教員)としておよそ50年間、同大学に身を置いてきました。
物理的なアプローチ: 専門とする「資源循環」が真の意味で成立するのかどうかを、物理的な立場から一貫して研究してきました。
賢く壊して、賢く分ける: 研究室の表記(モットー)となるのがこの言葉です。「分ければゴミ、分ければ資源」という言葉がある通り、いるものといらないものを適切に分別するためには、その前にまず「壊す(破砕する)」プロセスが必要であり、この一連の技術開発が重要性を持ちます。
講師が高校生の時に読み、資源循環の研究を志す決定的なきっかけとなったのが、星新一のショートショート『おーい、でてこーい』です。
謎の穴の発見: 若者たちが何もない場所に深い穴を見つけ、「おーい、でてこーい」と叫び、石を投げ込みますが、底に達した音は聞こえませんでした。
人類の身勝手な廃棄: どんなものでも消し去ってくれる便利な穴として有名になると、世界中から大量の一般ゴミ、企業の機密書類、身元不明の死体、そして核廃棄物(放射性廃棄物)にいたるまで、ありとあらゆる「目障りで消えてほしいもの」が投げ込まれました。
見せかけのクリーンと結末: 嫌なものをすべて捨て去ったことで地球は一見綺麗になりましたが、ある日突然、空から「おーい、でてこーい」という声が響き、最初に投げ込まれたはずの「一つの石」が落ちてくるところで物語は幕を閉じます。
講師の気づき: 「都合よくゴミを消し去ってくれる存在など世界にあり得ない。捨てたものはいつか必ず自分たちに戻ってくる」という強烈な仕組みの恐怖が、講師の環境・資源に対する問題意識の原点となりました。
講演では、国ごとの統計データを視覚化した特殊な世界地図(カートグラムなど)を用いて、現代社会の歪みや環境危機の兆候が解説されました。
マクドナルドの店舗数: アメリカや日本、ヨーロッパなどの先進国に圧倒的に集中しており、世界の経済活動や消費の偏りを象徴しています。
新型コロナウイルスの感染拡大(2020年): 2020年2月時点では中国1国に集中していた感染者が、わずか8ヶ月後の10月には世界中に瞬く間に広がりました。この現象は、現代の地球がどれほど密接に結びつき、影響がグローバルに伝播しやすいかを示しています。
環境を壊す唯一の存在: 他の野生生物たちは本能に従って生きており、自然の調和(そのままの状態)が維持されています。しかし、人間だけがその本能を超えた活動によって環境を破壊しています。
人口急増の予測: 2015年から2050年にかけて、今後の地球で最も爆発的な人口増加が見込まれているのは「アフリカ地域」です。
先進国化への懸念: これまでアメリカ、ヨーロッパ、日本などの先進国が歩んできた経済発展の道を、これからアフリカの膨大な人口が同じように辿ろうとしたとき、地球の環境負荷がどれほど恐ろしい規模になるかは計り知れません。
排熱よりも深刻なCO2: 講師はかつて「CO2はありふれた物質であり、エネルギー消費による直接的な『排熱』の方が地球温暖化への影響が大きいのではないか」と誤解していました。しかし計算の結果、現在のCO2がもたらす温暖化効果に排熱だけで追いつくには、現在の100倍以上のエネルギーを消費しなければならないことが判明しました。したがって、「CO2を出さないこと」が地球温暖化対策における絶対的な正解です。
中国の圧倒的な排出量: 1990年から2015年にかけての炭素排出量の増加率を見ると、昔から排出し続けていた先進国の伸びはなだらかであるのに対し、中国の増加率が圧倒的です。インドなども含め、これらの地域の動向が今後の地球の命運を握っています。
天然資源の偏在: 銅の生産が多いチリやペルー、貴金属(金・プラチナ・ダイヤモンド)の宝庫である南アフリカ、あらゆる資源が出るオーストラリアやインドネシアなど、天然資源の多くは南半球を中心とした途上国や特定の地域に集中しています。
枯渇ではなく「質の低下」: 資源問題でよく言われる「枯渇」とは、地球上からその物質が完全にゼロになることではありません。本当の恐怖は、資源の「質(品位)」が極端に下がっていくことです。
銅鉱石の例: かつて人類は、不純物が少なく銅の含有率が数%(3〜4%)もある条件の良い鉱石から使い始めました。しかし現在では、鉱石に占める銅の比率は1%を大きく切っています。さらに、極めて有害な「砒素(ひそ)」の混入比率が増加しており、これを除去しなければ銅として利用できません。変なものが混ざった膨大な量の土砂を処理するために、さらに多くのエネルギーが必要になるという悪循環が、資源枯渇の真の正体です。
先進国に集中するゴミ: 天然資源が南の国々に眠っているのに対し、それらを消費して出た「廃棄物(人工資源)」は、北米、欧州、日本、中国などの先進国・工業国に集中して滞留しています。
リサイクルの限界: 欧州、北米、日本、あるいは取り組みが進む韓国などでリサイクルは行われているものの、地球全体における天然資源の総消費量に比べれば、再利用されている割合は未だに微々たるものです。
環境問題の正体は資源問題である: CO2などの環境汚染は、独立した問題ではありません。「資源を地球から掘り出す時にどれだけのエネルギーを使うのか」「使い終わった後にどのような形で地球に捨てるのか」という、資源の入り口から出口にいたる一連のプロセスそのものが環境を破壊しています。したがって、両者は直接的・間接的に完全に結びついています。
『成長の限界』(1972年 / ローマクラブ): デニス(MIT研究者)やドネラ(経済学者)ら理系・文系の専門家が結集し、現在のペースで工業化や人口増加が続けば世界はどうなるかをシミュレーションし、地球の有限性に初めて警鐘を鳴らしました。
『限界を超えて』(1992年): それから20年後、彼らが再び集まって解析した結果、地球はすでに環境の許容量を超えてしまっている(ビヨンド・ザ・リミッツ)という衝撃的な事実が突きつけられました。
『人類の選択』(2005年): さらに20年を経て出版された彼らの最終作の副題には「人類の選択」と名付けられました。もはや一刻の猶予もないものの、「今ならまだ、破局を回避するための選択が間に合うかもしれない」という人類への最後のメッセージです。
「人類は地球を救えるか?」という問いに対して、講師自身も決して楽観視はしていません。しかし、私たちが「都合の良いゴミ捨て場(おーい、でてこーいの穴)」など存在しないことを自覚し、天然資源の劣化に向き合い、先進国と途上国(アフリカなど)が一丸となって「資源の入り口と出口」を管理する「賢く壊して、賢く分ける」技術と仕組みを真剣に導入していくこと。それこそが、人類に残された唯一の選択肢であり、地球の限界の手前で踏みとどまるための具体的な提案なのです。