研究概要

様々な動物種を対象に行動実験を行い、認知様式の進化について理解することを目指しています。これまでに、鳥類と霊長類の視覚に関する系統発生的な違い、心理物理学と脳機能イメージングを組み合わせたヒトの視聴覚統合過程の解明する研究に取り組んできました。

主な研究テーマ

視知覚の多様性

 視覚はヒトをはじめとする多くの動物種において主要な感覚器官です。霊長類と鳥類はおよそ3億年前に共通祖先から別れ、独自の進化を経たにもかかわらず、視覚に関して多くの機能的相似性が報告されています。これは、霊長類と鳥類の祖先が昼行性と3次元樹間生活という共通する環境要因への収斂進化によるものであると考えられています。ヒトをを含む霊長類と鳥類で視覚に関する認知機能を比較し、分類群における違いは何か、ヒトらしさは何かを解明することを目標にしています。


画像弁別

写真や動画などの複雑な視覚刺激を、それらから抽出した特徴に基づいて弁別することをカテゴリー弁別といいます。たとえば、ネコとイヌの顔のような自然カテゴリーに基づく弁別を訓練すると、ハトは訓練では用いていない新奇なネコやイヌの顔に対しても弁別が般化することが知られています。このようなカテゴリー弁別はハトとヒトの共通点であるといえますが、弁別に用いられる手がかりは必ずしも同じわけではありません。私の研究では、様々な画像操作を用いることで、ハトとヒトの視覚認知における共通点と相違点の解明をめざしています。

ゲシュタルト知覚

「全体は部分の総和とは異なる」というのは、ゲシュタルト心理学の基本概念です。ゲシュタルトとは、複数の情報が1つのまとまることで創発する特徴のことです。このゲシュタルト知覚は、たとえば、4つ呈示される線分のうち、1つだけ傾きの異なるものを探す場合、線分だけが呈示されるよりも、線分とは直接関係ない「L」という文脈とともに呈示されるほうが探索が容易になるというパターン優位性効果によって検討することが可能です。私の研究では、このパターン優位性効果がヒトをはじめとする霊長類とハトなどの鳥類の視覚処理の違いを解明する手がかりになると考え、比較研究をしています。


関連ページ

http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/publication/tomonaga/Goto2012.html

視覚探索と選択的注意

動物は餌や捕食者などの標的を、背景となる環境の中から見つけます。たとえば、多くの鳥類は昆虫を補食しますが、昆虫は周囲の背景に溶けこむような色彩や斑紋による防衛機能(カモフラージュ)を持っています。このような防衛機能に対抗し、鳥類は捕食効率を高めるために、遭遇した昆虫の知覚的特徴に基づく像(探索像)を形成し、捕食効率を高めていると考えられます。この「探索像」の解明を目標としています。

関連ページ

http://www.momo-p.com/index.php?movieid=momo121110cl01b

内省的プロセスの発達と進化 

メタ認知とは、知識などの自分の認知状態に関する認知のことです。最近の研究では、ヒト以外の霊長類でもこのような内省的なメタプロセスがあることが明らかになってきました。さらに、霊長類以外の動物種でもこれらの認知プロセスが検討されています。このような内省的プロセスの進化について複数の動物種を用いた比較発達研究に取り組んでいます。

私の研究(Goto & Watanabe, 2012)では、鳥類の中でも大きな脳を持つハシブトガラスにおいて、自分の記憶の不確かさ、回答の確信度をモニタリングできるかというメタ記憶を2つの方法で検討しました。第一の方法では、課題回答選択肢の前に、課題回答・回避 を選択させ、カラスが自信のない記憶テトだけを自発的に回避するかどうか検討しました(下図左:展望的記憶モニタリング)。第二の方法では、課題回答選択後、カラスがその回答に対して自信の有無を判断できるかどうかを検討しました(下図右:回顧的記憶モニタリング)。カラスは課題に正解した場合には餌がもらえますが、間違えた場合、餌がもらえません。しかし、回答回避をすると、時々餌がもらえるようになっています。もし、カラスが自分の回答の不確かさや自信をモニタ リングしているのであれば、自信のないテストは回避し、自信のあるテストを選択して回答することが予想されます。

結果、カラスは展望的記憶モニタリングに関して、自信の有無を手がかりにテスト回避をしていないものの、回顧的記憶モニタリングに関しては、自信の有無を手がかりにテスト回避をすることが明らかになりました。霊長類とは系統発生的に類縁性の低いカラスにおいて内省的メタプロセスが示されたことは、他にもこ の能力を共有している種がいることを示唆しています。

マウスにおける認知行動研究 

遺伝子組み換え法の開発等のため、マウスはモデル動物の中でも重要な動物種であり、その行動解析は幅広い研究分野で実施されています。マウスにおける行動解析の多くは、オープンフィールドでの探索行動を利用したものや迷路、恐怖条件づけなど、行動異常などを短期間かつ簡便なものが多いのですが、認知機能の様々な側面を詳細に解析するためには、新しく課題を考案する必要があります。当研究室では、4台のスキナー箱が稼働しています。これらの実験装置によって、様々な認知行動課題を作成し、従来検討が難しかったテーマに取り組むことを目指しています。従来のスキナー箱では、刺激として様々な周波数の音やLEDの組み合わせにより課題を作成し、ノーズポーク反応やレバー押し反応を計測します。当研究室では、前面にタッチモニターを備えつけたスキナー箱を作製し、様々な視覚刺激を用いたより柔軟な認知行動課題を作成することができます。

遅延(非)見本合わせを用いたワーキングメモリ課題

遅延見本合わせは、霊長類や鳥類などにおけるワーキングメモリを検討する課題として有名です。げっ歯類でもラットにおいて、脳機能や薬理効果を解明するための課題としてよく用いられます。私の研究では、マウスを対象にした遅延見本合わせ課題を作成し、1ヶ月ほどで課題が学習可能なこと、またその後少なくとも1年くらいの間は安定して行動解析が継続できることを示しました(Goto, Kurashima & Watanabe, 2010)。長期に渡る実験でも安定したデータが得られることから、加齢による行動変化なども研究の対象とすることができます。以前の実験ではレバー押し反応を用いていましたが、ノーズポーク反応に切り替えることで、当初の半分程度の時間で課題手続きの訓練が完了するようになりました。

遅延見本合わせと遅延非見本合わせの比較

遅延見本合わせと遅延非見本合わせは、見本レバーと同じ側のレバーを正反応とするか、反対側のレバーを正反応とするかの違いしかありません。しかし、遅延見本合わせに比べ、遅延非見本合わせのほうが課題手続きの学習が早く進みます。

遅延時間を挿入したワーキングメモリのテストでは、どちらの課題でも、遅延時間が長くなるにつれ、正答率が低下することが確認できます。ここでもやはり課題間で違いが見られ、訓練時に手続きの学習の進展が遅かった遅延見本合わせに比べ、遅延非見本合わせのほうが全体的に正答率が低下するようです。しかし、課題間で遅延時間等の実験条件を揃えた厳密な比較をしていないため、この結果をどこまで一般化していいかは更なる検討が必要です。