ミクロ経済学の未修者が独学で学部中級~上級レベルのミクロ経済学の知識を身につけることを目標にする場合に、お薦めする教科書・参考書を挙げます。
こうしたリストは大学教員などが作成してWEBにアップされていることもありますが、彼らがリストを作成する意図は「大学院進学までを見据えて、数学的に高度で抽象的なテキストに到達できる手順の紹介」にあります。そのため、世の中の大多数が真に求める教科書とはズレがあります。普通の市井の人が趣味でミクロ経済学を学ぶ際の動機は「ミクロ経済学を使って現実の経済現象や政策の影響を理解したい」という極めて素朴なもので、重要なのは実用性ではないでしょうか。こうした望みに対して、多くの経済学者が推す教科書はオーバースペックであったり、説明のピントがずれていたりするのです。
そこで、この記事では、そうした趣味の範疇でミクロ経済学を学びたいという人向けに、書籍を紹介します。あくまで趣味の範疇に収まる人に向けて書いているので、公務員試験や資格試験でのミクロ経済学の問題を解けるようになるために効率的に勉強したいという人向けではありません。あしからず。
複数の本を推薦しています。新品・中古本の購入が予算的に厳しい場合や、絶版で手に入らない場合は、地元の公立図書館や大学図書館の利用をお勧めします。在学生以外でも図書館を利用できる大学は多くあります。
※本の選定に際して、大学院進学希望者は対象として想定していません。それは、所属学部で学べる内容や大学院入試(特に内部進学の試験内容)について詳しい関係者に参考書(問題集含む)や勉強法を相談する方が効率的だからです。所属するゼミ教員などの身近な経済学の教員に直接尋ねてください。
【文系出身者向け(高度な数学的素養不要)】
経済学を知るために、高校までに習ってもいないような数学をわざわざ独学するという人は極めて少数派でしょう。したがって、そんな人でも必要十分な知識を得られる教科書を挙げるのが最適でしょう。個人的には、八田ミクロを経てレヴィットミクロに到達できれば、ゴールとしては十分だと思います。レヴィットミクロは数学も少し出てきますが、読み飛ばしても理解可能です。ここにゴールを設定して、リストを組み立てます。
STEP1:ミクロ経済学入門前のオーバービュー
田中久稔(2022)『大学の人気講義でよく分かる「ミクロ経済学」超入門』 SBクリエイティブ
<コメント>
きちんとした分厚いテキストを読み始める前に、ライトな読み物で概要をつかみましょう。その意味ではこの本はうってつけです。
STEP2:基礎を懇切丁寧に
ポール・クルーグマンほか(2017)『クルーグマン ミクロ経済学 第2版』東洋経済新報社
<コメント>
これでもかというところまでかみ砕いて説明しているアメリカのテキストを読んでいけば、ミクロ経済学の概念の理解は容易です。ただし、アメリカのテキストは具体的な数値例を多く載せる分、説明が冗長になっているので、まどろっこしく感じる人もいるかと思います。読むのが面倒な場合は、このSTEPを飛ばして以降のSTEPに進んでも構いませんが、わからないことが出てきたらクルーグマンミクロまで戻ってきて参照するとよいでしょう。
なお、個人的には最も好みなのでクルーグマンを挙げていますが、マンキューやスティグリッツのミクロ経済学のテキストでも構いません。
STEP3:現実の経済政策問題を意識して学ぶ
八田達夫(2008)『ミクロ経済学I:市場の失敗と政府の失敗への対策』東洋経済新報社
八田達夫(2009)『ミクロ経済学Ⅱ:効率化と格差是正』東洋経済新報社
STEP4:豊富な事例と良く練られた演習問題で深い理解を目指す
スティーヴン・レヴィットほか(2017)『レヴィット ミクロ経済学 基礎編』東洋経済新報社
スティーヴン・レヴィットほか(2018)『レヴィット ミクロ経済学 発展編』東洋経済新報社
<コメント>
レヴィットミクロには、各章末に演習問題が多く用意されています。答えをしっかり考えながら取り組むことをお勧めします。答えが分かるようになれば理解度は申し分ないレベルに到達しているといえます。
ただし、ここまでで学修を止めてしまうと、不完全競争の経済学について理解がまだ甘い部分が出てしまいます。そこで「産業組織論」や「環境経済学」のテキストで情報を補完しつつ、完全競争状態でない市場(現実に存在する市場の多くは実はこのタイプ)について経済学ではどのように考えているのか、理解を深めるとよいでしょう。「産業組織論」や「環境経済学」のテキストは迷うほど多くありませんので、自分のレベルに合ったテキストを選んで読んでみるとよいでしょう。理論だけに偏ることなく実例や実証にも目配りしてある本を選ぶとよいでしょう。
【理系出身者(高度な数学的素養あり)向け】
理系出身者の場合、「言葉で説明されるよりも数式で表現してもらった方が分かりやすい」という人がいます。また、数学を使用するとより高度な分析も可能になってきますので、そうした知識も得たい人もいるでしょう。そうした人向けに、以下のテキストを挙げます。これらの本をいきなり読んでもすぐに意味が理解できるようであれば、文系出身者向けに示したSTEPのいくつかまたは全部を省略しても構わないでしょう。
神取道宏(2014)『ミクロ経済学の力』日本評論社
神取道宏(2018)『ミクロ経済学の技』日本評論社
矢野誠(2001)『ミクロ経済学の基礎』岩波書店
矢野誠(2001)『ミクロ経済学の応用』岩波書店
<コメント>
神取(2018)は神取(2014)の姉妹本で、問題集です。
【エッジワース・ボックスで読み解く経済(文理共通)】
辻村江太郎(2001)『はじめての経済学』岩波書店
<コメント>
初学者向けの入門書や教科書のようなタイトルですが、この本は入門書・教科書のスタンダードな内容からはかけ離れた話題を扱うので騙されてはいけません。基礎的な事柄を一通り学んだ後に読むべきです。一般均衡モデルの学習ではお馴染みの「エッジワースのボックス・ダイアグラム」を拡張し、交渉力格差がある場合にどのようなインプリケーションが引き出せるかを紐解いていくユニークな書籍。マニアックな内容ではありますが、著者のオリジナリティが冴え渡り、スタンダードな教科書にはない視点や示唆が得られるでしょう。
【ミクロ経済学の思想史(文理共通)】
ミクロ経済学の独特な概念や思考法を客観視するには、それがどのように成立してきたか(どのような道程を経て現在の形に落ち着いたか)ということを、時代背景も踏まえつつ理解する必要があります。ミクロ経済学を学ぶ際は、教養として是非合わせて知っておくとよいでしょう。経済学を妄信しないためのワクチンにもなります。以下が参考になります。
中村達也・新村聡・八木紀一郎・井上義朗(2001)『経済学の歴史:市場経済を読み解く』有斐閣
荒川章義(1999)『思想史のなかの近代経済学:その思想的・形式的基盤』中公新書
重田園江(2022)『ホモ・エコノミクス:「利己的人間」の思想史』ちくま新書
【公共哲学の基礎(文理共通)】
齋藤純一・谷澤正嗣(2023)『公共哲学入門:自由と複数性のある社会のために』NHKブックス
<コメント>
分配問題を考える上では、公共哲学の知見もあった方が良いでしょう。本書は早稲田大学政治経済学部の必修科目の講義内容を書籍化したものです。
【ビジネスへの応用(文理共通)】
伊藤秀史・小林創・宮原泰之(2019)『組織の経済学』有斐閣
エドワード・P・ラジアー(1998)『人事と組織の経済学』日本経済新聞社
エドワード・P・ラジアーほか(2017)『人事と組織の経済学・実践編』日本経済新聞社
【消費社会論の基礎(文理共通)】
間々田孝夫・藤岡真之・水原俊博・寺島拓幸(2021)『新・消費社会論』有斐閣
<コメント>
経済学では需要の中身やその意味についてはあまり考えることはありません。消費社会論ではそのあたりについても考察するので、教養として知っておく方が良いでしょう。