うっかり経済音痴らしき(そのように見える)発言をすると、どこからともなく論客が現れて、誤りとされる事柄を冷たく指摘して去っていく。こうした「切り捨て御免」の文化の中では、迂闊な発言はできません。どのような話題でもこうしたことは起こりえますが、なかでもマクロ経済に関わる事柄だと、こうした現象が一層ヒートアップしているように思えます。しかし、理屈を振りかざす論敵の側を見識ある人が見れば、切れ味鋭い理論ほどどこかに瑕疵があったり、重大な留保条件が付帯していたりすることに気付くこともあります。
言われっぱなしでなんだか癪に触ったり、その様子を遠目に眺めてやり取りに疑問を感じたり、思うところは色々でしょう。さてここで一念発起して、マクロ経済学でも学んでみようか、と思った所で、何を参照してよいやら分からないということがしばしばあります。
そこでマクロ経済学の未修者が独学で学部中級~上級レベルのマクロ経済学の知識を身につけることを目標にする場合に、お薦めする教科書・参考書を挙げます。高等数学を使わずに学べるものに絞っています。巷にあふれる、プロパガンダ的な本、センセーショナルな売り方をしている本、あるいは「なんちゃって専門家」が書いた本といったような、舌鋒鋭く見える本を読むのではなく、以下に示すようなきちんとした教科書・参考書でじっくりと手間をかけながらマクロ経済学の世界を堪能していただければ幸いです。
マクロ経済学の世界には、思想や主義主張の体系がいくつかあります。学習者は、最終的には様々な道筋の中から、最も妥当と思える体系を選んで探究していくことになるでしょう(本気で取り組むなら本記事の推薦図書のレベルを超えますが)。あるいは、どれか一つの道を選ぶ決断をせずに、それぞれを相対化して理解するにとどめることもできます。
本の選定に当たっては、学修の途中で立ち止まって、「なぜこの道を来たのか」「この道を来て良かったのか」「いったん引き返そうか、このまま進もうか」「こんなところに別の道もあったのか」と、あえて思索する間隙を得られるものも少なからず含めました。したがって、読破して理解を重ねていくにはそれなりに時間がかかります。億劫に思う人もいることでしょう。しかし、慎重な態度こそ、マクロ経済学徒に必要ではないかとも思うのです。
複数の本を推薦しています。新品・中古本の購入が予算的に厳しい場合や、絶版で手に入らない場合は、地元の公立図書館や大学図書館の利用をお勧めします。在学生以外でも図書館を利用できる大学は多くあります。
※本の選定に際して、大学院進学希望者は対象として想定していません。それは、所属学部で学べる内容や大学院入試(特に内部進学の試験内容)について詳しい関係者に参考書(問題集含む)や勉強法を相談する方が効率的だからです。所属するゼミ教員などの身近な経済学の教員に直接尋ねてください。
STEP1:ケインズ経済学を知る
中村勝克(2022)『基本講義 マクロ経済学 第2版』新世社
伊東光晴 (2006)『現代に生きるケインズ:モラル・サイエンスとしての経済理論』岩波新書
平口良司・稲葉大(2023)『マクロ経済学:入門の「一歩前」から応用まで 第3版』有斐閣
<コメント>
中村(2022)はアメリカ流のクラシックなケインズ経済学を初心者向けに分かりやすく説明しています。まずはこうした本でケインズ経済学の基礎を身につけることが重要(大学でのマクロ経済学分野の伝統的な教育手順もこのようになっています)。ただ、ケインズ経済学はケインズ理論の解釈として正しいのかと疑うこともまた重要。この点は、伊藤(2006)を読むとよいでしょう。なかなか良い本なので、図書館で探してでも読むべき。なお、ケインズ経済学など、マクロ経済学の中での学派については、学習していくと明らかになるので、本記事を読んでいるうちは何のことだかわからなくとも構いません。
なお、平口・稲葉(2023)の序章と第1部は、現実経済についての補足情報が多いので、高校公民までの知識が怪しい場合は補足的にこの部分だけでも読むとよいでしょう。
この段階で妥協案を提示するのは気が進みませんが、中村(2022)で早くも挫けそうという人には、難易度をさらに落とし情報量にも大鉈を振るった家森(2021)を特別に挙げておきます。
家森信善(2021)『マクロ経済学の基礎 第2版』中央経済社
(補足学習:金融入門)
川西諭・山崎福寿(2013)『金融のエッセンス』有斐閣
前田真一郎・西尾圭一郎・高山晃郎・宇土至心・吉川哲生(2023)『変わる時代の金融論』有斐閣
<コメント>
金融について全く分からない、イメージが湧かない、という場合は、有斐閣ストゥディアシリーズの上記の本を補足的に読むとよいでしょう。川西・山崎(2013)は予備知識なしの状態でもほとんどの部分を読み通せると思うので、高校生にもお薦め。
STEP2:ケインズ理論が誕生した文脈を知る
吉川洋(1995)『ケインズ:時代と経済学』ちくま新書
伊東光晴(1993)『ケインズ』 講談社学術文庫
伊藤光晴(1962)『ケインズ:“新しい経済学”の誕生』岩波新書
<コメント>
マクロ経済学は論争の学問であり、経済思想がぶつかり合う学問でもあります。理論の学習のみだとあまりに表層的すぎるので、経済学史や経済思想についても目配りして学ぶことが重要。なぜケインズはそれまでの経済学を否定したのか。ケインズ理論誕生後、いかにして経済学界は雪崩を打つように「ケインズ革命」へと舵を切り、マクロ経済学という分野を創生させたのか。これらを知らずして、マクロ経済学は語れません。
STEP3:ケインズ派と新古典派を対照させながら学ぶ
脇田成(2024)『マクロ経済学のナビゲーター 第4版』日本評論社
井上義朗(2016)『読むマクロ経済学』新世社
福田慎一・照山博司(2013)『演習式 マクロ経済学・入門 補訂版』有斐閣
<コメント>
脇田(2024)は、学部の初級テキストと中・上級テキストの橋渡し役として、とてもコンパクトにまとまっています。上級テキストに挑む前に、目を通しておくとスムーズ。数式が難しいときは、その箇所を読み飛ばしてもよいでしょう。
井上(2016)は、経済成長が要請される理由や成長理論についての説明が詳しいたけでなく、ポスト・ケインジアンの分配理論までもを解説している貴重なテキスト。脇田(2024)のあとに、少なくともこの2つの部分だけでも読むとよいでしょう(余裕があるならば全体を読み通すことを推奨)。成長至上主義者も脱成長論者も、「経済成長を求めざるを得ない理由」をここで勉強しておきましょう。
福田・照山(2013)は、演習問題を多く含んでいます。ここまで身につけた知識の定着を目的として、問題にチャレンジしてはと思います。
STEP4:視野を広げる
根井雅弘(2018)『サムエルソン:『経済学』と新古典派総合』中公文庫
根井雅弘(2020)『現代経済思想史講義』人文書院
吉川洋(2009)『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ:有効需要とイノベーションの経済学』 ダイヤモンド社
小野善康(2007)『不況のメカニズム : ケインズ『一般理論』から新たな「不況動学」へ』中公新書
<コメント>
再び、経済学史の流れを押さえます。根井(2018,2020)は、ケインズ以降、現代に至るまでのマクロ経済学の学説の趨勢を詳しく学べます。なお、根井(2018)は、中公選書の『サムエルソン:『経済学』の時代』を改題して文庫化したものです。図書館で文庫版が見つからない場合はこちらの単行本版も探してみてください。
一方、吉川(2009)と小野(2007)は独自の観点でケインズ理論について総括し、評価を行うとともに、自らの研究の問題意識へと読者を誘います。
STEP5:実践的な教科書
オリヴィエ・ブランシャール(2020)『ブランシャール マクロ経済学 第2版 基礎編』東洋経済新報社
オリヴィエ・ブランシャール(2020)『ブランシャール マクロ経済学 第2版 拡張編』東洋経済新報社
<コメント>
実際の政策の現場で活躍する一流経済学者が筆を執った教科書。全編を読み通すことを勧めます。
ひとまず、ここまで学習すれば十分なレベルです。この先は、数学的にも高度になります。
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STEP6:「ミクロ的基礎付け」と適度な距離をとる
吉川洋(2020)『マクロ経済学の再構築 : ケインズとシュンペーター』岩波書店
<コメント>
学部の上級テキストになると「ミクロ的基礎付け」が登場します。これは要するに、マクロ経済学の理論にミクロ経済学的な裏付けを行うこと。ただ、どの教科書を読んでも「ミクロ的基礎付け」自体が正しい行為なのか、と読者が立ち止まって考える余地を与えてはくれません。誰しもミクロ的基礎付けは必要不可欠な正しいことだと洗脳されてしまうのが現代のマクロ経済学学修の標準形であり、それが通過儀礼となってしまっているのです。そこで、事前準備として吉川(2020)の第1章を読んで、抵抗力をつけたうえで、「ミクロ的基礎付け」と向き合いましょう。なお、第2章以降は本編になっていますが、あまりに専門的なので、関心がない限りは第2章以降を読まずに済ませても構わないでしょう。
STEP7:学部上級テキストに挑む
齊藤誠・岩本康志・太田聰一・柴田章久(2016)『マクロ経済学 新版』有斐閣