ゲーテ自然科学の集いは、1968年に三木成夫、千谷七郎、菊池栄一らによって創立された学際的研究団体です。ドイツの詩人ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの自然研究を出発点に「自然」「文明」「人間」といったテーマを包括的に考えようと努めています。日本学術会議にも「協力学術研究団体」として協力しています。
2020年10月15日
各 位
ゲーテ自然科学の集い・代表
粂川麻里生
「ゲーテ自然科学の集い」は日本学術会議協力学術研究団体として、同組織に協力しております。この日本学術会議の会員任命に際しまして、法的正当性がきわめて疑わしい「任命拒否」が菅義偉首相によってなされましたが、その理由は説明されておりません。そればかりか、政権与党の大臣クラスの政治家たちから、「学術会議は中国に情報を漏洩させている」「左翼の巣窟である」「税金から利益を貪っている」といった全く事実と異なる「フェイクニュース」が発信され、多くのメディアがそれを横流しし続けています。この状況に関しまして、前代表で現在会の顧問のおひとりでいらっしゃる高橋義人氏から、本会の役員たちに下のようなメールを頂戴しました。私は、このメールの内容に心から同意いたしますとともに、皆様にもこの文章をお届けしたいと考えました。皆様になんらかの政治的な考えを押し付けるというものではまったくございませんし、この文章が「ゲーテ自然科学の集い」の公式見解ということではありません。ただ、あまりに事実と異なる情報によって、法的根拠も甚だ疑わしい政治決定が横行するようでは、社会に不信と不安が拡がりかねません。研究者の団体である本会といたしましても、「たしかな事実」に基づいた社会運営を求めてまいりたいと考えております。
<高橋義人氏からの寄稿>
みなさま
日本学術会議問題が世間を騒がせています。これまで黙っていましたが、あまりにも政府の仕方、世間の誤解がひどいので、一言します。
私は平成18年から12年間、日本学術会議の連携会員をつとめてきました。連携会員になる前は、人文科学系の会員の選考にも携わってきました。選考では業績、大学名、性別をみます。政治的信条などは一切考慮しませんし、分かろうはずもありません。
日本学術会議が「左」であるということはまったくありません。むろんなかには「左」の方も「右」の方もいるでしょう。日本学術会議が「赤」である、学術会議全体で中国の千人計画に加担している、などといった一部の報道(政府・マスコミ)は大きな間違いです。間違いだと分かったら、政治家やマスコミは発言を訂正し、謝罪すべきです。間違いだったとすでに分かっているはずなのに、一切謝罪していません。子どもたちや孫たちにとても見せられない光景です。
今回、会員候補からはずされた6人は比較的名前の知られた方々です。名前が知られ、安全保障法制に反対したため、「左」と見なされたのでしょう。しかし学問の世界でそのような思想統制をしてはなりません。
今はまるで「政府+自民党」対「学術会議+野党」のような構図になっています。これは決してよいことではありません。日本学術会議は与党にも野党にも与してはなりません。日本学術会議は右でも左でもありませんし、そうなってはなりません。
日本学術会議の主役は学問です。学問的なテーマについて、色々な考えを持つ人々が色々と議論を戦わせるのが日本学術会議です。学者としての良心をかけて私たちは議論します。日本政府の政策についても、学者としての良心をかけて議論します。日本によかれと思って議論します。その結果、時の政府の政策を促進することもあれば批判することもあるでしょうが、それが日本学術会議の役割です。
時の政府が、せっかく進めようとしていた政策を批判され、不愉快な気持ちになることは間々あることでしょう。しかし政策というものは多面的に検討されるべきものです。批判を受け、それを踏まえてよりよく改善されていくべきものです。反対意見を封じてはなりません。ところが今回の政府による6人の会員候補任命拒否は、反対意見を言いそうな人たちの明らかな封じ込めです。
日本学術会議の会員は後に日本学士院会員になれるだとか、毎年250万円の年金をもらえる、高い給与をもらっているなどといった悪質のデマが拡散しています。まったくの嘘です。大嘘です。嘘と分かりながら、誰かが意図的に拡散させているとしか思えません。そう流せば、何も知らない人たちの一部はそれを信じてしまうからです。相当に悪質です。デマを流した人は謝罪しなければなりません。
物事には賛成意見と反対意見の両方が必要です。賛成だけではどんな企画も豊かに実ることができません。政府は、与党ばかりではなく、野党や批判的論壇にも耳を傾けるべきです。批判や反対の声を封殺してはなりません。今回の問題で、戦前の暗黒時代を思わせるという意見が出ています。最初は、それは少々大げさだと思っていましたが、もしかすると、戦前もこのように徐々に発言を封じられはじめ、やがて学問・思想の自由を全的に奪われたのではないかと思うようになりました。私たちは決して戦前のような全体主義国家に戻ってはなりません。
私たちの学問に学者としての良心がこめられているように、政治家は政治家としての良心をもって国を治め、マスコミはマスコミとしての良心をもって報道し、間違ったことがあれば、すぐに謝罪し訂正してもらわなければなりません。
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義者ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」 (出典:Wikipedia)
これはナチと戦った牧師マルティン・ニーメラーの言葉です。今回の事態はそれと同様です。この問題を他人事として看過してはなりません。自分自身の問題として受け止めなければなりません。と同時に、日本学術会議がこれまでどれほど発信してきたか、ゲーテ自然科学の集いがどれほど発信してきたかも改めて問い直さなければなりません。
日本学術会議は一部の選ばれた人たちだけの会である。そう思っている人は少なくないでしょう。実際には、新聞の政治・経済・社会欄で取り上げられているような問題とたえず格闘しています。そういう努力をもっと一般社会に伝える努力を怠ってはなりません。日本学術会議では『学術の動向』という雑誌を毎月刊行していますが、これが一般社会でもっと身近なものにするよう、さらに工夫しなければなりません。
私たちのゲーテ自然科学の集いは、文学者、哲学者、自然科学者、芸術家からなる世界でも稀な学会、学際的学会です。これらの人々が今でも楽しく集えていられるのは、人生とは何か、自然とは何か、といった人間の本質的な問題に向いあっているからです。人生とは何か、自然とは何か、を説きつづけているかぎり、私たちの会は世間から一定の評価を受けつづけることでしょう。しかし学問が細分化し、業績作りに追われる結果、私たちは文学(哲学)者の人生の断片的探索、テキストの校訂にばかり従事し、人生とは何か、自然とは何か、という本質的な問いを忘れてしまいがちです。日本学術会議の会員候補6名が任命されなかったとしても、自分とは何の関係もない、と知らぬ顔を決め込んでしまいかねません。しかし、それでは学問が終わってしまいます。学問なんて何の意味があるのか、と世間でも言われるようになってしまうでしょう。学問を真に愛し、学問の自由を真に守ろうと思うなら、今このとき、私たち一人ひとりが決して黙していてはなりません。間違っていると思われることについては、「間違っている」とはっきり言わなければなりません。自戒の念もこめて、いま強くそう思っています。
高橋 義人
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