2023.02.6 (Mon)
はじめに
このサイトは、名古屋大学2年生 学生実習の遺伝子実験施設_GFP (井原分)に関するリモート学習のための情報が置かれています。実習で行った操作を再録した動画と説明が入っています。実習は、手を動かして作業を習得することに大きな意味がありますが、その作業内容を十分に理解して行うことはもっと大事です。今回は、復習的な使い方になりますが、本来は、この動画は予習的に使うのがいいのかもしれません。
以下の順番に動画を見てください。
1.実験の概要 (写真、図)で実験全体の説明
2.実験(動画)1部 GFP発現大腸菌の三層分配
3.実験(動画)2部 疎水結合カラムクロマトグラフィー
4.実験(動画)3部 分光光度計による吸収スペクトル測定
対面の実習に参加できなかった人は、以下の実験結果を使ってデータをまとめてください。
実験結果 gfp-results-all.pdf
以上の内容などに関して、質問がある人は井原までメールしてください(mailto:ihara@gene.nagoya-u.ac.jp)
本実験では、GFPを発現する大腸菌が既に手元にある状態から開始しましたが、何もないところからスタートした時に、どんなプロセスがそこにあるのかを見ていきたいと思います。
大腸菌にGFPを発現させる実験は、Web上でも大量の情報が入手できます。
例えば、Bio-Radという会社から学生実習用の発現キットも出されているので、そのマニュアル類などが参考になりそうですね。
pGLO™ バクテリア遺伝子組換えキット(キット1) | Bio-Rad Laboratories
自分がこのキットを使って、高校生に教える状況にあると考え、教える立場からこの説明書を読んでみてください。大学生になって、家庭教師などを始め、教える側になった時に見えてくる風景を感じたことがあると思いますが、大学の授業は全てそういう感覚(自分が教えるとしたらどうするか)でスキルを習得していくように学ぶ方が、ただ単位をとるための試験を通過するだけのスタンスよりはるかに有益だと思います。
このパワポスライドを使って、30分から1時間の間で説明ができるようにすると、形質転換から遺伝子発現までがよく理解できるようになると思います。
実習テキストを見ると
1. 大腸菌で GFP 発現可能なプラスミドを設計し、構築する。(今回は行わない)
2. 発現させる大腸菌株の選択と形質転換 (今回は行わない)
3. GFP 発現条件の検討 (今回は行わない)
4. GFP 発現大腸菌の大量培養 (今回は行わない)
5. GFP 発現大腸菌の破砕条件と GFP の回収条件の検討
6. GFP の精製条件の検討 (一部を実施)
7. 精製した GFP の評価(純度と活性(一部を実施)
とあって、今回の実習では行わない1~3の内容が上記のパワポスライドの中に盛り込まれています。
4は大量培養(スケールアップ)で、工業利用などでは重要になるプロセスです。
さて、もし、自分の興味ある遺伝子が GFPではなく、他の遺伝子Xの場合にはどうすればいいのでしょうか? 上記のスライド11枚目あたりに簡単に示されていますが、これだけだと実践には使えません。これに関して、少しづつ学んでいきたいと思います。
レポートの総評
課題 1 イントロダクションを書いてください。
どんな文章でも、どういう視点で誰に対して何を主張したいのか?を明確にすることが大事です。とにかく文字を埋めればいいだけなら、ネットから適当な文章をコピペして、それを自分なりに改造(たいてい、おかしな方向に変わりますが、独自性は出ます)するのが一番簡単ですね。実際に、そうしているであろう人が何名かいました(いつも何名かいます)。あくまで、生徒の立場で実習のレポートとしてイントロダクションを書くというのでもいいと思いますが、例えば、中高生以上の読者層を対象に、あるテーマ(例えばクロマトグラフィー)についてわかりやすく説明し、その先に実際に行う作業に興味を持ってもらうというデザインをして、文章を書き始めるのもいいかもしれません。NatureとかScienceという科学雑誌は、必ずしも専門の研究者を対象に文章を書いているわけではありません。一定の知識レベル(大学の教養部以上)を持った一般人を対象に書かれたものです。どういう言葉を選択すればわかりやすくなるか?修飾語句は適切に使われているか、語順はそれでいいか、などなど を繰り返して見直す作業で ”推敲”作業ができるようになってきます。
もう一点。ある用語(専門用語)の表面だけを記述しても、自分でしっかり理解していないと読んでいてわかります。かっこよく書けてなくても、自分の言葉でしっかり足を踏み込んで次につなげている文章は、何を考えて話そうとしてのかが伝わってきます。同じ文章でも、相手に伝えたいと思う本質を、自分の言葉で置き換えられていると、気持ちが伝わります。疎水性クロマトグラフィーをどうイメージしているか?でその文章は変わってきます。科学の文章は、自分が理解しているものを伝えることが前提にあるので、自分のわかっている範囲で自分の言葉で伝えるようにすることが大事だと思います。
課題 2 実験結果として 図 1 枚、表 1 枚を作成してください。 図: 吸収スペクトル (粗精製とカラム精製) 貼り付けても構わない。 図のタイトル、簡 単な説明をつけること。 表: 吸収スペクトルを測定した 5 サンプル(粗精製 GFP, カラムの AS1.5, AS1.3, AS1.0, AS0 の溶出液)の 280nm, 395nm の吸光度、組成製品を 100%と考え場合のカラム 溶出液の純度(A395÷A280 で評価する)と収率(A395 で評価する)をまとめてくださ い。 GFP の分子吸光係数(27,600 cm-1M-1)を使用して、収量を計算しても構いませ ん。 また、この図、表から言える事を箇条書きにしてください。
今回の作業は、粗抽出したGFPを出発材料として、(ある条件のもとで)疎水性カラムクロマトグラフィーで精製していく各段階の溶出液の吸収スペクトルを測定して、 GFP がどれだけ精製されているのか推定するということです。
純度と収率(収量)の考え方
吸光度は、濃度に関係している量(示強性)で、それに液量(示量性)をかけることで、物質量(示量性)に変わります。
タンパク質の精製過程では、目的のタンパクがどれだけ含まれているか?(濃度)だけでなく、全部でどれだけあるか(量)も大事になってきます。
収率というのは、この量の変化(最初の粗抽出タンパクの何%が回収できているか)を意識する数値です。
純度と収率の考え方は、このページを見て下さい。
今回のカラム精製では、AS1.0で溶出した場合が、他のASよりも純度も収率も高かった というような記述がたくさん見られえました。
でも、よく考えてみて下さい。カラムを AS1.5>AS1.3>AS1.0>AS0 の順番で流しています。この溶出画分は、単純には比較できません。
なぜならば、AS1.3で溶出するときは、すでにカラムにはAS1.5が入っているので、純粋なAS1.3の溶出実験にはなっていないからです。つまり流すASの濃度と液量に関系しています。 なので、表現するとすれば、
今回の溶出濃度の順番( AS1.5>AS1.3>AS1.0>AS0 )と液量(各1ml)では、AS1.0で溶出された分画にGFPが最も多く、純度も高かった
ということになります。
最初からAS0で溶出すれば 濃度も最大で収量、収率ともに最大のGFP試料が得られます。ただ、純度は悪いですね。
GFPは溶出しない、ギリギリのASを見つけて、それでしっかり洗った後に、AS0で一気に溶出するというのが、簡単で効率いい精製方法ですね。
#生物実験の計算でも、有効数字を考えて記述して下さい。%という表記は何かを100としたときの割合(100分率)ということです。%という単位で表すのが適当か、考えて使用して下さい。
課題 3 今回行った 2 回の 3 相分配の操作で、GFP の挙動(どの相に分配されるか) が異なったのはどうしてか?
(ヒント)tButOHの性質として、「任意の割合で水と混合しうる。」というのがあります。これは塩水には適用されないため、実験では相に分離しました。ただ、水とは相性がいいので、水はある程度溶かし込むことができます。ここでは塩とブタノールで水の取り合いをするイメージですね。
これは、あえて説明しませんでした。説明すると、それが”正解”だと思って、考えなくなるからです。
むしろ、論理的に正しく考えることができるか?そのときに運用できる知識を持っているか?を評価対象にします。
正解らしきものの一つは、
2回のtB utOH添加で、水溶液部分から水分子だけが奪われて(tButOH溶液に溶け込む)、水溶液の硫安濃度が2段階で上昇した。
1段階目はGFPの塩析に至る濃度ではなかったが、2回目で塩析に到達し、沈殿した。
従って、1回目は水溶液状態で水層部分にあり、2回目は沈殿となり遠心で最下層に沈殿を形成することになるのだが、硫安水溶液の比重が重いため、密度勾配遠心のように、この画分の上に浮いた状態で沈殿し、それが中間層として見えていた。
粗GFP標品の濃度が薄かった人は、この塩析プロセスが不十分で、まだ水溶液にGFPが残っていたためと推定される。それは、混合するASの量が少なかったためか、tButOH量が少なかったためか...いろいろな状況が推測できる。
このような微妙な実験では、ちゃんと確認しながら先に進めると良い。
例えば、2回めの水溶液相を取り出してさらにtButOHを加える実験をすると、GFPが更に得られる(同時に、塩析濃度の高い夾雑タンパク質も塩析する)ことが推定できる。
#GFPは疎水性が高いので、tButOHに溶けるという理解の人がいましたが、GFPは水溶性タンパクで、疎水性アミノ酸の大部分はタンパク質内部にむいて構造形成に関わっています。実際にtButOH溶液にGFP溶液を混合すると、どこかでGFPは変性すると思います(アルコール変性)。それは、今回の実験では起こっていることではありません(大部分のGFPは蛍光を出していた)。