お盆シーズンの最終日。夏の終わりの蒸し暑い風が、鯉城市に囲まれた町「都中町」の片隅に佇むボロアパート「もみじ荘」の薄い壁を吹き抜けていた。
瀬戸ヒロは、大学2年生の夏休みをただ部屋の中で持て余していた。根っからの陰キャで、友達も片手で数えるほどしかいない。大学1年生のクリスマス、久々に2人きりでデートに出かけた両親が、信号無視と逆走をした高級車に正面衝突されて他界して以来、ヒロの心にはぽっかりと黒い穴が空いたままだった。
「……たまには、遠出でもしてみるか」
貯金を切り崩し、格安のレンタカーを1日だけ借りた。行き先も決めずに車を走らせ、辿り着いたのは鯉城県の北東に位置する安芸高山市。湧水庭園の美しい緑を横目に、人通りの少ない山道へと車を進めていたときだった。路肩のガードレールの下に、見覚えのある果物屋の段ボール箱がぽつんと置かれているのが目に入った。車を止め、吸い寄せられるように近づく。箱の隙間から覗いていたのは、吸い込まれるように美しい、真っ白な毛並みだった。
「……にゃあ」
弱々しい鳴き声。段ボールの中で丸くなっていたのは、汚れ一つない白猫だった。ブルーの瞳が、ヒロをじっと見つめてくる。親に捨てられたのか、人間に捨てられたのか。
「お前も……ひとりぼっちなのか?」
ヒロが差し出した手に、白猫はスッと頭をすり寄せてきた。冷え切っていたヒロの胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
「ウチ、ボロアパートだけど……来るか?」
抱き上げると、白猫は嬉しそうに「ふにゃあ」と鳴いた。
翌朝、ヒロは都中町にある巨大商業施設「プラズマモール鯉城都中サンシャイン」へと向かった。3階にある動物病院「ペットホスピタルソレイユ」で受診させるためだ。
「どこも異常はありませんよ。毛並みも綺麗ですし、大切に育てられていたのかもしれませんね」
獣医師の言葉に胸をなでおろし、ヒロはモール内でキャットフードや爪研ぎ、ふかふかの猫用ベッドを買い揃えた。貧乏な学生の財布には手痛い出費だったが、後悔はなかった。
アパートに戻り、ベッドにちょこんと座る白猫に向き合う。「今日からお前は『宮子』だ。よろしくな、宮子」宮子は嬉しそうにヒロの膝に飛び乗り、ゴロゴロと喉を鳴らした。