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未来のホスピスを考える〜3種類の死、その彼岸・此岸に について
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参加者の感想
こちらは9月7日に開催したワークショップの参加者の振り返りシートの内容です。ウェブ上で公開しても大丈夫と言ってくださった方のものをご紹介しています。
Q ワークショップ全体を通じて、最も印象に残っていることはなんですか?
疑似体験ができたこと。感じたことを素直に伝えられる場づくりだったと思う(初対面の参加者が話せる空間だった)
患者側と回りの人の視点のちがいと想いのからまわり
役割の大切さ
末期と告知される前後に患者役の人の感情が大きく変わったこと
入院したリーダーと何を話していいか分からなくて動けなかったこと
患者役をやったのですが社会での役割があると安楽死を選びたくないです。
患者役をさせていただき、自分が死が近いとどうなるのか感じることができた。
見舞いに来てくれないとすごく孤独で、見舞いに来てくれるとすごく嬉しく人のあたたかみを感じた
プロジェクトの中にリーダーの希望を取り込むにはどうしたらよいか?と考えるようになった(変化した)
マイノリティがいるとみんあで支え合う必要がある
社会の福祉を今以上にあたりまえのことにしたい
3種類の死(社会的、精神的、肉体的があることを知ったこと
ホスピスについて考えるよい機会となった。意見交換が活発ですごいなーと思った
患者に鳴ったときに気持が変わってしまったこと。社会からの分断くらいまでの気持をこんな短時間に味わえたことが学びでした。
チームの議論の中では"本人だけでなく家族とかまわりの人のことも大事だよね"とか"本人のために何ができるか"を話し合ったけれど、最終的には、やはり本人を中心に話をすすめること、一緒にいる中で何をしていくか(何もしないでよいこともあるかも、ですが)が大事なのだと思った。
意見がたくさん出て、元気を感じました
Q ワークショップに参加して思ったことや考えたことを教えて下さい
"死"というおのを日頃いかに考えていないか分かり、のうてんきだなあと思いました
患者のことを考えず、なのに「私は患者のことを考えて、良かれと思って『未来のホスピス』を考えている」と思いおみまいに行きませんでした。
それに自分の中にすごく「ごうまん」な部分があることに気づきました、気付かされました
最期、何がしたいか?死に直面してからだと感情の波があって冷静に考えることがむずかしく死に直面する前から考えておくことが大切だと感じた。
病院で個室で過ごす時間は想像しただけで苦しく、自分の実現したい最期について家族にも伝えておくことで、家族も気持ちよく送り出せると思った
患者本人の意見をもっと盛り込んだサービスが今後は必要
いつも相手を思ってしている行動がすべてよいことではないのかも…まず行動するときに相手に声を変えるって大切だなと思った。当事者、参加している自分それをとりまく人も…周りが見れるって広い視野が必要かも。皆が同じ思いでないことも気づいた。
今日はまちがたことを学んだので、そうではないことを、新たに考えていこうと思いました。
終活はもっと積極的にしたい
当事者に意見を聞くことは何をするにもとても大事。政策しかり。
患者役は人に尊重されるとわかると安心する
患者役は話し相手が居ないと辛い
お見舞いって大変、でもいかないとさみしくさせてしまうの
安楽死をするって言われなくて良かった
死について自分ごととして想像するのは思った以上に難しかった。特に社会的な死、精神的な死はなかなか想像できなかった
人とのかかわりが大切だな。自分のこととして考えてみようと思った。
孤立ではなかったはずなのに(みんなが考えてくれていると分かっている)1人だと思ってしまうと思考が停止してしまうというのを感じたので、元気なうちに話し合いはしておきたいと思いました。
本人の肉体的な死はさけることができないが、社会的な死はさけられると思った。そのために何ができるかが大事だと思った。
立場によって思いが違うこと、あらためて考えました
Q あなた自身の「安楽死」に対する考え方を教えて下さい。
実際に死に直面した場面を考えた時、自分に何かできることが少しでもあるうちは死にたくないと感じた。
自分も納得できる安楽死について、家族も含め話し合っておくべきだと考えた
その前に「緩和ケア」について知らないといけないと思った。安楽死についてはそれから考えるべきだと思っている。
死にたくないと思っている人は考えることができないテーマだと思っています。安楽死→積極的な死というイメージに変えたい
今は何とも言えないけれど…安楽死について考えようと思う。
ここは、今、学び中です。
選択肢として提示されてもよいと思う。医療機関で手順を踏んで安楽死を選ぶ人がいても、誰も責められないと思う。
痛み、苦しみでどうしようもなかったら望みます。でもできる限り自分の意思に従って好きに生きたい!(体が動かなくても…)
どちらでも無いです。西先生が今日おっしゃった、そもそも個人が生きて良いと思える社会、迷惑の上手なかけ方、かけられ方、というのを学習して、実践してみないとワカラナイです。
患者役の人とお見舞い役の人の意見を聞いてみて、迷惑のうまいかけ方、かけられ方の学習があると良い
もっと社会で考えていかなきゃいけない
賛成、反対を決めることでなく、安楽死という「死」の在り方、尊厳死?※ 読めない部分がありました
社会的な死、精神的な死についてよく考えるのがまず先だと思った
う〜ん、ひとそれぞれの考えを尊重したい。状況とか年齢とかいろいろあるので。自分としては…どうかな、尊厳死。
ワークショップに参加する前は安楽死を選ぶことは、自分にとって最適と思えたら行うと言えると(もちろんとても考えるけれど)思っていたけれど、その体験を少しさせて、言おうと思ったけれど、周りの人のことを考えすぎて言えなかった。
もともと安楽死には否定的な考えなので、特に考えは変わらなかったが、社会的な死が要因で安楽死を選ぶ人がいる社会なのであれば、社会全体で考えていくべきだと思った
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