*発表要旨は随時更新します。
| 口頭発表
ニホンザル母子の授乳を巡る対立における要求と拒否の相互作用
根地嶋勇人(大阪大学・人間科学研究科)
親と子の対立仮説では,母親は将来に出産する個体数やその生存率といった生涯の繁殖成功率を最大にするために現在の子への投資を必要最小限にする一方で,子は投資を最大限に受け取ろうとすると考える。ニホンザルにおいて授乳を巡る母子の対立が親と子の対立仮説を反映しているのだとすれば,母子は拮抗的に対立することで投資量を互いに維持すると予測される。そこで本研究ではニホンザルを対象に,子が鳴いて激しく授乳を求めるときには母親が反発し,激しく拒否を行うといったように授乳の要求と拒否の激しさが互いに反発的な反応を引き出すのかを検証した。地獄谷集団及び,勝山集団のニホンザルを対象に観察を行った。対象個体は1歳齢個体とその母親(23ペア)であった。個体追跡法を用い1ペアあたり10時間の観察を行った。子の授乳要求と鳴き声の有無,母親の授乳拒否と子が授乳を求めたときの母親の行動を記録した。子の授乳の試みに対する母親の反応として,授乳を許したか,授乳拒否をしたかを記録した。母親による拒否が生じた場合にはおだやかな拒否,やや激しい拒否,激しい拒否,移動による拒否の4種類に分類した。子の授乳要求に鳴き声が伴った場合には母親は高い割合で授乳を許していた。また,母親が激しい拒否をした場合には他の拒否をした場合に比べ,子が再度授乳を試みた割合が低かった。これらの結果は,母子が拮抗的に対立するとする本研究の予測と一致しなかった。一方で,激しい拒否を受けた子が再度授乳を試みる際には,他の拒否を受けた場合よりも鳴き声を発する割合が高かった。この結果は本研究の予測と一致していた。ニホンザルの母子は,授乳を巡る対立の中で,必ずしも拮抗的に対立している訳ではないことがわかった。授乳を巡る母子間の相互作用は,単純な対立関係としてだけでなく,互いの利益を考慮した協力の側面も併せ持っている可能性が示唆された。
屋久島のニホンザルにおける出自群移出前後のオスの社会性とその発達
片岡直子(京都大学・理学研究科)
母系霊長類では、オス間の関係は一般的に配偶者競争の影響を受け、敵対的な関係が多く見られる。しかし、一部の種では親和的関係も形成され、順位向上や繁殖成功などの利益がある。ニホンザル(Macaca fuscata)のオスは性成熟を迎える5歳ごろに出自群から移出し、ワカオスと呼ばれる時期を過ごす。ワカオスの期間は、生活史において大きな変化を経験する時期であるにも関わらず、ワカオスの社会関係の変化は、明らかになっていない。本研究では、屋久島に生息するヤクシマザル(M. fuscata yakui)のSora-A群を対象として、2023年11月から2024年10月まで合計133日調査を行い、ワカオスのオス間関係を中心とした社会関係とその特徴を検討した。出自群であるSora-A群からの移出前の出自オスと、他群出自でSora-A群への移入後の非出自ワカオスで社会関係を比較し、さらに非出自ワカオスにおいて、季節と年齢によって社会関係が変化するのか、また非出自ワカオス同士でどのような社会関係を形成するのかを調べた。出自オスと非出自ワカオスの比較から、ワカオスは移出によって、空間的にも社会的にも周辺化していることが明らかになった。また、非出自ワカオスは、6歳ごろから、交尾期におけるメスとのマウンティングやグルーミングが観察されるようになり、配偶関係をもつようになった一方、配偶者競争の影響により、オトナオスとは敵対的な関係を形成するようになった。さらに、非出自ワカオス同士の社会関係は、厳格な順位序列を持つものの、親和的交渉を頻繁に行っており、親密度において未分化で、平等的な親和的関係が形成されていた。ワカオスはワカオス同士で親和的関係を構築することにより、オス間の社会関係の構築をする術を学習していると考えられる。オス間関係の構築を学習することは、平行分散や、その後の移籍を円滑にし、利益を得ている可能性がある。
ヤクシマザルによる花の食害がヤブツバキの結実に与える影響
角田史也(京都大学・理学研究科)
霊長類は多様な食物を摂取する採食ジェネラリストである。地上から樹上まで自在に移動することができ、発達した大脳と器用な手先によって採食におけるさまざまな障壁を克服することで,林内の多様な資源を利用することができる。また、中大型で個体数も多いことから、霊長類による採食は生息地の生態系へ非常に大きな影響を与えていると考えられる。種子散布や花粉媒介など、霊長類が植物に与える正の影響についてはこれまでに世界各地で多くの研究がなされてきた。一方、霊長類が植物に与える負の影響、特に花に与える影響に関する研究はほとんどない。屋久島のスギ林では、1月から5月にかけてヤクシマザルがヤブツバキの蜜を採食する際に大量の花を破壊する様子が観察されている。ヤブツバキの繁殖器官である花を大量に破壊するこの行動は、ヤブツバキの繁殖を阻害している可能性があると考えられる。本研究では、 ヤクシマザルによる花の食害がヤブツバキの結実率に与える影響を明らかにすることを目的とし、ヤクスギ林・照葉樹林・集落の3つの調査区域において、ヤクシマザルによるヤブツバキの花の食害の様子、食害の程度、ヤブツバキの結実率を計測した。その結果、ニホンザルはヤブツバキの花の送粉者ではなく破壊者であること、ヤクスギ林のヤブツバキは照葉樹林のヤブツバキと比較して高い頻度で花がヤクシマザルによって破壊されていること、ヤブツバキの花の結実率は食害の程度にかかわらず3つの調査地で大きな差が見られないことがわかった。この結果は、ヤブツバキがヤクシマザルによる花の破壊に対して何らかの耐性を持っている可能性を示唆している。
タイワンザルとの比較研究からみるニホンザルの腸内細菌叢の特徴
南川未来(京都大学・理学研究科)
腸内細菌叢は、遺伝的な宿主要因や食性などの環境要因により影響を受け、柔軟に変動することが知られているが、宿主の種と環境要因のどちらが強く影響するかはまだ定かでない。そこで、本研究では、タイワンザルの野生群・餌付け群・飼育群のそれぞれで糞便サンプルを採集し、既に報告されているニホンザルの野生群・餌付け群・農作物利用群・飼育群で腸内細菌叢の組成が有意に異なることを明らかにした研究(Lee at al. 2019)と比較することで、近縁種間で宿主の種と環境要因のどちらが腸内細菌叢の組成に強く影響するかを調べた。野生のニホンザルの研究はこれまで数多くなされてきた一方で、野生のタイワンザルの研究はまだ少なく、特に腸内細菌についてはまだ研究がない。多くの霊長類が熱帯地域に生息するなか、温帯地域に適応しているニホンザルは例外的であるが、タイワンザルは、温帯と熱帯の中間に分布する点で興味深い。そのため、タイワンザルの野生群を含め比較検討することで、腸内細菌を介した環境への適応についての理解を深めることができる。16S rRNA遺伝子 V3-4シーケンス解析により、両種について腸内細菌叢の比較を行ったところ、野生・餌付け・飼育の環境要因は、宿主の種よりも強く影響し、両種の腸内細菌叢は環境要因によってよりまとまってクラスター分けできることが明らかになった。特に野生群同士の類似度が高く、飼育群同士での類似度は比較的低かったため、食性の差が強く影響していると考えられる。このことから、ニホンザルの近縁種であるタイワンザルでは、ニホンザル同様に環境によって腸内細菌叢が変動し、多様な環境に適応していることが示唆された。本研究は、同属の近縁種が同様の環境に置かれたときに、類似した腸内細菌叢を形成することを示す一例を提示する。
ヤクシマザルの登攀・下降運動時の姿勢と利用する支持体の選好
佐竹まどか(宇都宮大学・地域創成科学研究科修了)
サル類の中でも、マカク属は特に適応力に優れており、ヒト以外の霊長類の中で最も繁殖に成功している属であるといえる。マカク属のサルは、熱帯林にとどまらず、高山や高緯度地帯、さらには人家周辺にも進出するなど、その分布域は広く、生息環境は非常に多様である。ニホンザル(Macaca fuscata)も例外なく、旺盛な適応力により森林限界を越える高山帯や農耕地、さらには人家周辺をも利用して生活しており、マカク属の中でも際立った環境適応能力を示す。こうした生態的な柔軟性の背景には、多様なロコモーションパターンや適応的な生活様式があると考えられるが、野生下でのニホンザルのロコモーションに関する研究は少なく、特に自然環境における具体的な動作や行動パターンについては未解明な点が多い。そこで本研究では、ニホンザルの中でも屋久島に生息する亜種であるヤクシマザル(M. fuscata yakui)を対象に、野生および飼育環境下におけるロコモーションを調査し、その実態を明らかにするとともに、利用される支持体の特性や運動時の姿勢の種類を分類した。さらに、野生下と飼育下との比較を通じて、生息環境が支持体の利用や姿勢の多様性に及ぼす影響について検討した。観察の結果、野生下におけるヤクシマザルは、直径約60cmから2cmといった大小さまざまな支持体を利用しており、角度においても約90°から5°と、垂直に近いものから水平に近いものまで幅広く使用していることが分かった。また、運動時の姿勢タイプについては、野生下で6タイプ、飼育下では7タイプに分類され、飼育環境下でのみ観察された姿勢タイプが存在することも明らかとなった。これらの結果から、ヤクシマザルは生息環境の構造や特性に応じて支持体の選択や運動時の姿勢を柔軟に変化させており、環境に応じた高い適応能力を有していることが示唆された。
ニホンザル乳児が母親以外の個体から受ける親和的関わりの多様さ・要因・発達的影響
南俊行(京都大学・教育学研究科)
社会的集団を形成するニホンザル(Macaca fuscata)では、乳児は生物学的母親のみならず、集団内の他個体からも抱擁・運搬・毛づくろいといった親和的な関わり(以下、単に世話)を受ける。しかし、乳児が母親以外の個体からどれほど多様に世話を受けるのか、その要因、さらには乳児の発達に及ぼす影響については未解明の点が多い。そこで本研究では、嵐山モンキーパークいわたやま(嵐山)および地獄谷野猿公苑(地獄谷)に暮らす餌付け集団を対象に、母親以外から受ける世話の多様さとその背景要因、さらに1歳にわたる発達的影響について検討した。まず嵐山集団において、乳児23個体を個体追跡サンプリングにより観察した結果、母親以外から世話を受けた時間には乳児間で有意な差が見られた。この差には、世話を行う個体の年齢や性別、乳児とその母親の接触時間、さらに血縁関係などの社会的要因が関与していた。他方、顔貌データから定量化した「乳児らしさ」は、乳児が世話を受けた時間と関連しなかった。次に、嵐山にて1歳時点に再び個体追跡サンプリングを行い、対象個体の行動と体長を記録した結果、乳児期に母親以外から受けた世話の時間は1歳の社会行動頻度や体長とは関連しなかった一方、対象個体と世話を行う個体の社会交渉は1歳まで継続する傾向にあった。最後に、特に成体オスによる世話に着目し、嵐山と地獄谷での全生起サンプリングおよび他集団の文献調査を行ったところ、嵐山では4年間の調査で1例も確認されなかった成体オスによる世話が、地獄谷を含む複数集団では頻繁に観察される可能性が認められた。この集団間差と集団構成や気候条件との関連を予備的に検討したが、成体オスの世話を一貫して説明する要因は確認されなかった。以上の結果は、ニホンザルにおける母親以外からの世話が集団内外で多様な実態と、その背景要因および発達的影響をさらに検証する意義を示している。
Growing Up Actively and Socially: Early Social Interactions with Non-Mother Individuals in Wild Japanese Macaques on Yakushima
Lee Boyun(総合研究大学院大学)
Although infant social interactions have been studied across various primate species, infants are often viewed merely as immature beings in need of care or as passive recipients of attention from older conspecifics. In my thesis, I aimed to demonstrate that primate infants also actively engage in such interactions. Yakushima macaques (Macaca fuscata yakui) offer an excellent model for studying infant interactions with non-mother individuals, as their relatively high within-group tolerance creates favorable conditions for frequent infant–non-mother interactions. To investigate patterns of these interactions, I observed infant macaques from a troop of wild Yakushima macaques inhabiting the western coastal area of Yakushima Island. Using focal and all-occurrence sampling methods, I collected behavioral data on interactions between 12 infants and their non-mother partners, recording both the partners’ behaviors and the infants’ responses directed toward them. In Study 1, I defined excessive infant handling as persistent infant-directed behaviors despite infants’ negative reactions and found that it served as a social bridging strategy with higher-ranking partners, involving the selective use of accessible infants and supported by maternal tolerance. This result suggests that strong natal attraction reflects less despotic relationships among females. In Study 2, I found that infants responded discriminatively to partners’ behavior and social attributes, showing greater tolerance toward non-rough behaviors, close kin, maternal grooming partners, and individuals ranked lower than their mothers. These reactions may mitigate risks, strengthen bonds with familiar individuals, and conserve energy in interactions, highlighting infants as active agents in shaping their social relationships.
| ポスター発表
地獄谷野猿公苑のニホンザル(Macaca fuscata)における微気候と姿勢との関係
神未来(信州大学・理学部)
生物の体温調節は、生理的体温調節と行動性体温調節との2つに大きく分けられる。生理的調節では自律神経系やホルモンによって無意識的に体温が調節される一方、行動性調節は動物が環境との相互作用を通じてすばやく能動的に体温を調整する方法である。霊長類における行動性体温調節としては、姿勢による調節、適切な場所選択、ハドルの形成などが知られている。なかでも姿勢による調節は、迅速かつ柔軟に行うことができるという特徴を持ち、身体の表面積や地面との接地面・接地面積を変えることで、熱の出入りを直接コントロールできるため、行動性体温調節の中でも重要な役割を果たす。例えば、キイロヒヒが寒冷時には体を丸め、表面積を小さくするような姿勢をとることや、ブラックハウラーが高温時に開放的な姿勢をとることなどが知られている。専制的な社会を形成するニホンザル(Macaca fuscata)においては、場所選択やハドルの形成による体温調節が集団内の順位や個体間密度などの要因に制約を受けるのに対して、姿勢による体温調節は単独で行うことができ、すべての個体が等しく実施できるという点でも重要と考えられる。
また、ニホンザルは最も高緯度地域に生息する非ヒト霊長類であり、寒冷時の体温性体温行動は重要である。そこで、本研究では地熱の影響により地温の異なる場所が点在している地獄谷野猿公苑において、気温や地温が、ニホンザルの休息時の姿勢に及ぼす影響を検証した。結果としてニホンザルは、地温が低い場所では地面にお尻をつけずに休息し、地温が高い場所では地面にお尻をつけて休息することが多かった。このことから、ニホンザルは、地温が高い場合に接地面を増やし、効率的に熱を獲得していることが示唆される。特に、地熱資源の豊富な日本においては、水との接触を伴う温泉入浴行動よりも、地面からの熱獲得の方がニホンザルにとってはリスクが低いと考えられる。
ニホンザルのαオスは群れのキーストーン個体か?―群れの凝集性と社会ネットワークに着目した検討
山口飛翔(信州大学・理学部)
他の個体や群れ全体に著しく大きく,代替不可能な影響を与える個体は「キーストーン個体」と呼ばれる。こうした個体の影響を明らかにすることは,社会がどのように維持され,進化してきたかや,保全,猿害対策を考えるうえで重要であるが,霊長類においてそれを定量的に調べた研究は少ない。また先行研究の多くは,死亡・移出などの「自然の除去実験」を利用して影響が検討されてきたが,こうした方法は個体の在否以外の影響(e.g., 新たな個体の移入)を排除できない。本研究では,宮城県金華山島B1群で観察された,αオスとβオスの群れへの頻繁な出入りという,個体の在否以外の条件が変動しにくい状況を活用することで,ニホンザル(Macaca fuscata)において高順位オスが群れに与える影響を検討した。2018年10月から2021年12月(349日間)にB1群を終日追跡し,オトナメスを対象に個体追跡を行った。分析の結果,交尾期にαオスが群れにいない日には,いる日より休息中のメスの凝集性が低下していた。さらに,休息中の社会ネットワークにおいてαオスは最も中心的な個体であり,彼が不在の日にはネットワークがより分断化した。こうした傾向はβオスでは見られず,非交尾期にもなかった。なぜ交尾期のみにこうした傾向が見られるかを分析したところ,αオスが群れにいる日には,交尾期に特有なオスからメスへの攻撃のリスクが高いほど,メスの凝集性が高まることが示された。また,メスはαオスの近くにいることで,オスの攻撃を受けにくくなっていた。これらの結果は,交尾期にメスがオスからの攻撃リスクを軽減するためにαオスの周囲に集まり,その結果としてαオスが群れのキーストーン個体として機能していた可能性を示唆する。今後は,他の調査地や他種でも研究が行われることで,どのような条件下でαオスが重要な役割を担うのかがより明らかになることが期待される。
年長個体による遊びの工夫と寝転がり ~「取っ組み合い」が「遊び」となるには~
山碕翼(京都大学・理学研究科)
社会的遊びはヒトを含め多くの動物種で見られる。そして、社会的遊びには取っ組み合いや追いかけっこ、枝引きずりなど様々な行動が存在する。では、ある行動を「遊びたらしめる」ものとは何なのか。例えば、相手を叩くという行動でもそれが遊びになる場合とならない場合がある。ニホンザルの社会は専制的で遊びが発生しづらいとされる。コドモは取っ組み合い遊び(以下遊び)を行うが、その行動パターンは喧嘩と類似し、異年齢ペアではしばしば年下個体が悲鳴をあげる。こうした遊びが困難な条件下でこそ、遊びが成立する条件・仕組みを見出しやすいのではないか。そこで、遊び中に発生する寝転がり行動に着目し、異年齢ペアにおけるその効果と使い方の年齢差について調査した。2024年10月から12月の計110時間、嵐山モンキーパークの1歳から5歳のコドモオス計28個体を対象とし、遊びが発生次第ビデオ撮影をした。分析は、遊び前の寝転がりの有無、寝転がり方(近付く、その場、離れる)、仕掛けの方向(Aから、Bから、双方的)、悲鳴の有無に着目した。結果、異年齢ペアでは年下からの仕掛けが多く、年上が寝転がった場合、年下からの仕掛けがさらに増加した。年上から仕掛けた方が、相手の悲鳴発生率が高かった。年長個体ほど寝転がり後の遊び発生率が高かった。年少個体は離れる寝転がりが多く、年長個体はその場寝転がりが多かった。年長個体では近付くまたはその場寝転がりで、その後の遊び発生率が高かった。結果から、異年齢ペアの遊び発生と維持には年下からの仕掛けが重要で、年上個体は寝転がりによって年下の仕掛けを誘発している可能性が示唆された。更に、年長個体は遊び誘発に有効な寝転がり方を選択している可能性が示唆された。本研究は、遊びが困難とされる専制的なニホンザル社会の異年齢ペアの取っ組み合い遊びを題材に、社会的遊びの成立の仕組みの解明、ひいては遊びの実態の解明に貢献すると考える。
ニホンザル腸内寄生虫相に影響を与える行動学的・社会的・環境的要因の検討
水野愛弓(信州大学・理学部)
すべての生物は生態系の一部として存在し、寄生虫の社会行動への影響を理解するためには、寄生虫自体の生態や環境との関係性を把握する必要がある。例えば、同種個体とのかかわりや同じ生活圏を持つほかの動物とのかかわり、また水や土壌などの非生物的環境との相互作用など寄生虫を病原体としてだけでなく、一生物として宿主・環境との関係を通して捉えることが必要である。本研究では社会性を持つ雑食性の霊長類であるニホンザル(Macaca fuscata)を対象に、長野県地獄谷野猿公苑で糞便中の寄生虫卵の種類・量と個体情報(性・年齢・家系・順位)を調査した。現在得られている予備調査(10個体)では、5種の虫卵(Trichuris trichiura, Strongyloides stercoralis, Oesophagostomum aculeatum, Streptophargus pigmentatus, Balanntidium coli)を検出した。加えて全個体からT. trichiuraとB. coliが検出され、高い寄生虫感染率が示された。虫種ごとにT. trichiuraは年齢に関わらず特定の個体で多かった。また、B.coliはオスで少なく、S. pigmentatusは少数の個体において多数虫卵が発見された。このように虫卵ごとに異なる傾向がみられた。この結果は寄生虫の感染経路ごとに異なる年齢ー寄生虫量曲線があること、地域や世代によって大きく感染状況が異なることを示している。寄生虫感染は宿主の健康のみならず、社会行動とも相互に影響しあう。寄生虫が社会行動に与える影響として、例えばマンドリルでは口糞で伝播する寄生虫に感染した同種の動物のグルーミングを避ける。また寄生虫ストレスが高まるとヒトにおいて外部集団との交流を避け、家族単位での結束が促進される。このように寄生虫が社会行動に与える影響は非常に大きい。そして、また社会行動によって寄生虫感染率は大きく左右される。今後は他種との寄生虫の共有や、非生物的環境を介した寄生虫生態系、また社会的行動と寄生虫感染との相互作用に迫り、寄生虫感染を行動・社会・環境が複合的に作用する現象として多角的な解析を進めたい。
ニホンザル嵐山群における老齢個体の社会的孤立傾向の再検討及び音声コミュニケーションの変化
湯淺礼來(京都大学・理学研究科)
加齢が身体能力に与える影響はニホンザルにおいても報告がある。近縁種のアカゲザルでも聴力の低下が報告されている。また,社会的な側面での変化も知られている。一部のニホンザル餌付け群において老齢個体の社会的孤立傾向が報告されてきた。社会的孤立傾向は,老齢個体の近接及びグルーミング頻度の低下によって定義されるが,その他の社会交渉については言及がない。そこで,ニホンザル餌付け群の一つである嵐山群において,老齢個体の社会的孤立傾向が確認されるかを再検討した。さらに,ニホンザル社会において重要な社会交渉の一つである音声コミュニケーションに関して,老齢個体と非老齢個体で差異が生じているか,またその変化は社会的孤立傾向の影響によるものであるかを検討した。本研究では,26歳以上のメス個体を老齢個体と定義した。老齢個体5個体と非老齢個体5個体を対象に個体追跡を行い,近接(1 m,3 m),グルーミング,発した音声とその前後に生じた行動,他個体の音声が聞こえた際の反応を記録した。調査の結果,まず社会的孤立傾向について,老齢個体は非老齢個体と比べて1,3 m近接とグルーミングの頻度いずれにも有意な低下が見られた。そして音声では,グルーミング前音声(グラント,ガーニー,ショート・ロー・クー)の発声頻度が老齢個体で有意に低かった。さらに,老齢個体は非老齢個体と比較して音声への反応回数が有意に少なくなるという結果になった。以上の結果より,まず嵐山群のニホンザル老齢個体に社会的孤立傾向があることが改めて確認された。また,グルーミング前音声のもつ緊張緩和の機能を踏まえると,老齢個体では本来緊張関係にある非血縁個体との社会的結びつきが相対的に強くなったため,グルーミング前音声の発声頻度が低下したのだと推察される。他個体の音声への反応については,老齢個体の社会的孤立傾向もしくは加齢による聴力低下によるものだと考えられる。
嵐山ニホンザルにおけるグルーミーによるグルーマーの回避〜相手認識に着目して〜
藤田圭佑(京都大学・教育学研究科)
ニホンザル社会において,社会交渉の一つであるグルーミングは,グルーミーにとって衛生的な利益がある。従来の研究では,グルーミング相手の選択に関して,主に接近する個体の選好性に着目していた。一方で,グルーミングを受けるはずの被接近個体がグルーミングを回避することがある。衛生的利益はグルーミング相手を問わず享受できることを考慮すると,グルーミーが自ら回避する目的は不明である。そこで本研究は,嵐山モンキーパークにおいて7歳以上のメスを対象とし,どのような状況で被接近個体がグルーミングを回避するのかを検討した。静止している個体の0.5 m以内に他個体が接近した時点を潜在的なグルーミング開始状況と想定した。そして,接近直後に被接近個体が離れた場合をグルーミングの「不成立」,グルーミングに至った場合を「成立」とした。また,接近個体が被接近個体の視¬界内から接近した場合,または接近個体が発声を伴いながら接近した場合に,被接近個体は接近個体が誰かを認識できているとし,それ以外の場合は認識できていないとした。その結果,認識不可能な場合よりも認識可能な場合の方が,グルーミングが成立する確率が有意に高かった。また,認識可能な状況では,血縁ペアの方が非血縁ペアに比べて成立しやすいことが示された。さらに,不成立となった被接近個体を5分間追跡したところ,回避後に移動した先でグルーミングが遅れて成立する「遅延成立」が確認された。遅延成立は,認識可能な場合において有意に回数が少なかった。これらの結果は,利益を受ける被接近個体がグルーミングを非選択的に受け入れているのではなく,受動的に見える個体も交渉相手を選択している可能性を示している。限られた時間の中で,効率的に群れ内の社会関係を構築するためには,グルーミングの成立に至る過程で,グルーミーも相手を認識し、能動的に相手を選択することが重要であると考えられる。
人為的な捕獲の質的・量的な違いがニホンザルの生息地利用に与える影響
三谷友翼、千本木洋介、江成広斗(岩手大学大学院連合農学研究科・日本学術振興会特別研究員DC、株・BOULDER、山形大学農学部)
捕食は適応度に直結するため、その回避は動物の行動の最も重要な要素の一つである。捕食を回避するために動物は捕食リスクの高い場所や時間帯の利用を避けることが広く知られている。このように、動物が強い捕食リスクを認知・予測する場所や景観は「恐れの景観」と呼ばれている。また、被食者が認知する「恐れの景観」は捕食者の種類や捕食スタイルによって異なることが知られている。一方で、人為的な捕獲では頻度や捕獲手法の違いによって動物の認知する「恐れの景観」に違いがあるのか調べた研究は乏しい。本研究では、ニホンザルに対する捕獲圧と捕獲方法の違いが群れの生息地利用に与える影響を明らかにすることを目的とした。調査は福島県奥会津地域にて実施した。農作物への食害が確認されている群れ7群にGPS首輪を装着し、群れの滞在位置を記録した。また、一般化線形混合モデル(以下、GLMM)を用いて、生息地利用に対する環境要因、地形要因、捕獲の影響を調べた。GLMMの結果、群れは前年度に銃による捕獲が多かった地域を忌避する傾向がみられたが、前年度に罠(箱罠・くくり罠)による捕獲頭数が多かった地域は選択的に利用する傾向がみられた。このことから、銃による捕獲は群れに「恐れの景観」を作り出すが、罠による捕獲は群れに「恐れの景観」を認知させることができないものと考えられた。ニホンザルの生息地利用の改変は本種による各種被害の軽減を促進する可能性がある。そのため、軋轢緩和のための捕獲では、捕獲頭数を増やすだけでなく、どういった捕獲方法を用いるかも重視する必要があると考えられた。
地獄谷のニホンザルにおける体温調節行動としての温泉入浴
井副和貴(京都大学・理学研究科)
動物の体温調節機構は、自律的な生理学的反応から、意図的な行動変化による調節まで様々である。その中でも、行動性体温調節反応といわれる、体温調節を目的とした意思に基づく行動は、比較的低コストであり、環境の変化に迅速に対応できるため環境への適応に重要な役割を果たしている。長野県山ノ内町の地獄谷野猿公苑周辺に生息しているニホンザルは、公苑内にある温泉に入浴することが知られており、この行動は体温調節機能に寄与するとされている。しかし、地獄谷における入浴行動に関する研究では、社会的学習による入浴行動の伝播や温泉入浴の生理学的な効果が検証されているものの、体温調節機能を明示するには基礎的な行動データが不十分である。そこで本研究では、定点観察から温泉入浴行動を分析し、どのような個体がいつ温泉を利用しているかを明らかにする。調査は2024年7月から11月に行った。地獄谷群の全200頭ほどのうち温泉を利用する個体を中心に59頭を識別し、入浴回数と時間を定点ビデオカメラで記録した。また、観察地点の気温を気象データロガーで記録した。入浴個体のほとんどは上位3家系のメスであったが、低順位の個体が高順位個体と同時に入浴する様子も観察された。また、順位と入浴回数・入浴時間に相関はみられなかった。一方、年齢に関しては同一家系内において高齢個体ほど入浴時間が長くなる傾向がみられた。さらに、夏と冬のどちらにも入浴した個体では冬季の入浴回数が多く、入浴時間も長かった。また、気温が低いほど入浴個体数と入浴時間は増加する傾向がみられた。つまり、地獄谷のニホンザルが気温の低下に応じて入浴行動を増加させている可能性が示唆された。また、高齢個体の長時間入浴傾向は身体機能の低下による体温調節行動である可能性が考えられた。
サル・節足動物・枯死木:わかりつつあること
栗原洋介(静岡大学・農学部)
枯死木(粗大木質リター)は森林生態系において生物多様性や物質循環を支えるなどの重要な役割を果たしている。枯死木の分解過程では細菌から脊椎動物まで多様な生物が関与することが知られているが、枯死木と中大型動物の関わりについてはほとんどわかっていない。その一方で、中大型動物が枯死木に生息する節足動物を採食することは報告されており、採食の過程で枯死木の細片化に貢献している可能性がある。とくに屋久島・西部林道のニホンザルでは1970年代から枯死木破壊行動が知られている。本研究の目的は、ニホンザルの昆虫食に伴う枯死木破壊行動が枯死木の体積減少にあたえる影響を解明することである。2019 年 12 月から 2025 年 3 月まで、鹿児島県・屋久島の暖温帯常緑広葉樹林において、枯死木放置実験(枯死木体積の定期的な計測と自動撮影カメラを用いた動物の行動調査)、枯死木に生息する節足動物相の調査、森林内の枯死木現存量調査を行った。枯死木放置実験で防獣ネットをかけずにそのまま放置した材は、動物が壊せないようにネットをかけた材に比べて、体積減少が速かった。そのまま放置したすべての材がサルによる破壊を受け、それにより体積が大きく減少した。節足動物相調査では、サルがよく破壊する、分解後期の枯死木からはコウチュウ目、ハチ目、ゴキブリ目といった、これまでサルによる採食が報告されている昆虫が頻繁に得られた。本研究の結果より、枯死木はニホンザルにとって魅力的な採食場所であり、ニホンザルが昆虫を探索する過程で枯死木を細片化することによって、枯死木の分解が促進されることが示唆された。また、今回の調査で得られたデータと過去に収集したニホンザルの採食量データを用いて、屋久島・西部林道において枯死木に生息する節足動物の重量とサルが採食する節足動物の重量を試算した結果を紹介する。