発 表 要 旨

発表要旨は随時更新します。

口頭発表

三谷友翼(石川県立大学)
ニホンザルに見られた農地での採食行動の個体差:性、年齢、個性との関連と被害対策への応用の可能性

 ニホンザルの群れは、異なる性・年齢層、生理状態にある個体から構成されている。さらに、各個体は、異なる遺伝的背景、経験などによって形成された個性(状況によって変化しない行動傾向)を有すると考えられる。個体は、そのような属性によって栄養要求、捕食リスクに対する脆弱性などが異なり、農地での採食に個体差が生ずると考えられる。
 本種の加害群を対象にした研究において、加害の程度に群れ内でどの程度の個体差があるのか、どのような個体がより激しく加害する傾向にあるのか、定量的に検討した事例はない。それらを明らかにすることで、本種の採食行動についての理解が進むとともに、より効果的な被害対策が提案できると考えられる。そこで、本研究では、性、年齢、繁殖状況(メスについて新生児の有無)、個性(大胆さ)などの違いが農地での採食行動にどのように影響するか明らかにし、ニホンザルの採食行動について、栄養要求と捕食者の影響という観点から考察すると共に、被害対策への応用について検討した。
 2021年から約2年間、石川県白山市に生息する加害群1群を対象に調査を行った。まず、群れの全個体を対象にしたスキャンサンプリングを行い、性・年齢クラスごとの出没頻度及び出没時に林縁から離れる距離(以下、出没距離)を比較した。次に、調査員の接近に対して逃走を開始する距離(Flight Initiation Distance; FID)を指標に反復率repeatability(Nakagawa and Schielzeth 2010)を算出し、大胆さの個体差を検討した。また、個体毎に農地への出没時の最大出没距離などの農地での行動と個性を含めた個体の属性との関係を検討した。
 その結果、性・年齢クラスによって、出没頻度、出没距離に特徴があることが示唆された。また、個体ごとにFIDを指標とした大胆さに個性が認められ、農地での行動の個体差に個性が影響していることも示唆された。リスク感受性や食物要求量の違いとともに、個性が農地への出没傾向に影響すると考えられた。

寺山佳奈(高知大学)
調査の頻度と期間が野生動物の行動範囲の推定に与える影響

野生動物は採餌や繁殖などを行なうために、一定の行動範囲をもつ。動物の行動範囲は、GPS発信機などの電子機器を個体に装着して得られた位置情報を基に推定される。取得できる位置情報の数は電池寿命によって制限を受けるため、測位の頻度と期間の間にはトレードオフの関係がある。動物の行動範囲には幾つかの概念があるが、本研究では最大利用範囲(maximum utilization area)と行動圏(home range)に着目した。最大利用範囲は、動物が利用する可能性のある全ての範囲を表し、採餌などの日常生活で使用する範囲に加えて稀にしか訪れない場所も含む。行動圏は、日常生活で使用する範囲を表し、稀にしか訪れない場所は含まれない。これまでの研究では、行動範囲推定で使用される位置情報は、調査の頻度や期間が研究ごとに異なることが多い。調査の頻度や期間が異なると、行動範囲を直接比較する事が難しい。これまでのところ、異なる頻度や期間で推定された行動範囲を比較する方法は提唱されていない。本研究では、調査の頻度や期間が異なるデータを比較するために必要な知見として、頻度と期間を変化させると行動範囲推定にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的とした。最大利用範囲については、調査が一定期間(約90日)以上あれば、推定面積は調査の頻度と期間の影響をほとんど受けなかった。行動圏に関しては、頻度が低くなると推定面積が大きくなった一方、期間が減少すると推定面積が小さくなる傾向が示された。

舟川一穂(京都大学・生態学研究センター)
安定同位体アプローチから見る個体レベルでのニホンザルの食性

 安定同位体比を用いた食性解析は直接観察が難しい対象を扱えることや長期的な食性履歴を追跡できること、さらには非侵襲的なサンプリングでも可能であることなどの利点から生態学で広く用いられている手法である。本研究ではこの分析手法をニホンザルに応用し、群れ内での個体ごとの長期的な食性変動や、同所的に生息する群れ間およびはぐれオス間の食性変動を明らかにすることを試みた。
 宮崎県串間市に生息するニホンザル幸島個体群を対象とし、2021年∼2022年に体毛および食物資源サンプルを採取し、炭素・窒素・硫黄の三元素について安定同位体比分析を行った。その結果、特にこれまであまり先行研究例のない硫黄同位体比により個体群内で明確に同位体比の変動が検出された。さらにこの変動から同位体混合モデルを用いて個体ごとの食性を推定し、これらの個体の性別や年齢、家系、優劣関係などの社会構造との関係性に対しても考察を試みた。

Josue Pastrana(京都大学・野生動物研究センター)
Costs and benefits of living in a vegetated, compared with non-vegetated, enclosure in male Japanese macaques (Macaca fuscata)

To investigate the benefits in which living in naturalistic environments promote general animal well-being in male Japanese macaques (Macaca fuscata), we recorded male activity budgets, affiliative (groom, play) behaviors, rates of agonistic interactions, and physiological profiles (cortisol) in two types of enclosures, vegetated and non-vegetated. We found that males in the vegetated enclosure spent more time in social play than males in the non-vegetated enclosure, while males in the non- vegetated enclosure displayed more stereotypic behaviors and agonistic interactions. We recorded better coat conditions in the vegetated enclosure males while rates of social grooming or self-grooming were no different between males in the two enclosures. The males in the vegetated enclosure did spent more time in feeding- related activities and less time resting, which was more similar to their wild counterparts than males in the non-vegetated enclosure. Which in turn might have contributed to lower levels of cortisol compared to those in the non-vegetated enclosures. Our findings suggest that individuals housed in naturalistic environments have significantly greater behavioral and physical markers of wellbeing than those housed in unnatural, large outdoor enclosures. Although we found that males in both types of enclosures overall had similar time budgets to males in the wild, the detailed behavioral and health results suggest that the welfare benefits to males were greater in the vegetated enclosure, compared with non- vegetated enclosures. Efforts to mimic more natural environments should promote the well-being of primates.

ポスター発表

土橋彩加(信州大学・理学部)
上高地集団におけるニホンザルの様々な行動について

 中部山岳国立公園内に位置する上高地は,標高が約1500mの亜高山帯に位置する。上高地の厳冬期の気温は-25℃にも達することから,ヒト(Homo sapiens)を除く霊長目の生息地の中でも最も寒冷な地域の1つと言える 。2020年以降,上高地に生息するニホンザル(Macaca fuscata)の糞のメタバーコーディング解析やビデオ解析によって,冬季に生きた魚を捕まえて食べる行動(魚捕り行動)が報告された(Milner et al. 2021; Takenaka et al. 2022)。魚捕り行動は上高地のニホンザルが越冬するために重要な行動と考えられているものの,詳細な行動観察には至っていない。そこで今回 ,調査期間の2022年8月,10~12月および2023年1~2月,5~6月中に観察した行動を報告する。
 2022年1~3月に魚捕り行動がみられた3つの地点(計12台),2023年1~3月に1地点(計10台)でカメラトラップを設置した。また2022年1月および2023年1~2月に,魚捕り行動の直接観察を試みた。これまで魚捕り行動を行う群れは分かっていなかったが,今回の結果,上高地に生息域の異なる3群すべてにおいて,魚捕り行動が観察された。魚捕り行動がみられた個体は オトナメスが最も多く,オトナオス,ワカモノ,コドモで見られた。魚捕り行動を示した推定最年少個体は,4歳のオスであった。またワカモノオスがアブラハヤをかじって捨てる様子が確認された。これは、魚捕り行動がみられたサケ科魚類ではなく、異なる種であるアブラハヤのみ見られ た。
 重ねて,冬期にみられた,植物の根 を運び洗う行動 (c.f., Nakamichi et al. 1998) ,キノコ食と,季節 によって採食部位の異なるササ食を報告する。特にササ食は1年の内の多くの時期で,部位を変えてササを採食しており,秋から冬にかけて新芽を,積雪のある冬は葉を,初夏には茎を食していた。これはササが冬期の救荒食ではなく,恒常的な食物となっている可能性がある。

谷口晴香(東京外国語大学・アジア・アフリカ言語文化研究所)
ニホンザルの離乳期のアカンボウにおけるモクタチバナ利用時の伴食相手の変化:食物のかたさと採食場所に着目して

 ニホンザルのアカンボウは、冬に入る前には成長にともなうエネルギー要求量の増加のため母乳のみでは栄養を賄えなくなり、自力で採食を行う必要がでてくる。霊長類においてオトナと比較しアカンボウは食物の咀嚼能力や運動能力が低いため、彼らの食物選択にはその食物の物理的性質が影響を与えていることが示唆されている。そのため、アカンボウにとって、母親が伴食相手として適しているとは限らず、ときに母親から離れて採食することもある。しかし、母親と離れ採食することは、群れ外オスや他群とのエンカウンター時に、母親からの保護を受けにくくなる危険がある。特に、行動圏の周辺部ではそれらの危険が高まることが予想される。本発表では、食物の物理的性質と採食場所(行動圏内の中心/周辺)がアカンボウの伴食行動に与える影響について検討した。2010年秋から2011年冬季に鹿児島県屋久島海岸部に生息するニホンザルのウミ群のアカンボウとその母親5組を対象に、母子それぞれを個体追跡した。3分ごとに追跡個体の活動(採食、休息など)を記録し、採食を行った場合にはその食物品目と近接個体を記録した。個体追跡時にはGPSを用い位置データを取得した。また、2012年冬季に硬度計にて食物のかたさの計測を行った。本発表では、調査期間中の秋から冬季にサルがよく利用したモクタチバナに着目し分析を行った。モクタチバナの利用部位の変遷に伴い、アカンボウの採食時の近接相手は母親から他のアカンボウに変化し、食物のかたさがアカンボウの伴食相手に影響を与える可能性が示唆された。また、予備的な分析では、行動圏の中心と周辺でアカンボウの伴食相手の構成に差はみられなかったが、行動圏の周辺では2m以内に近接個体がいる状況でアカンボウは採食を行う傾向にあった。アカンボウは食物の物理的性質や採食場所の社会的な危険度に応じ、伴食行動を変化させている可能性が示唆された。

田伏良幸(京都大学・理学研究科)
屋久島のニホンザルでの日中の休息場所選択における「半日陰」の検討

 日向と日陰が入り混じった「半日陰」はガーデニングの研究で一般的に扱われているものの、多くの動物種で体温調節行動の研究が行われているが、日照条件は日向と日陰の二者択一による分析で半日陰はほとんど扱われてこなかった。そのため、休息場所選択における半日陰の知見が蓄積されていない。一方で、個体の体温調節には気温だけでなく湿度も影響しているはずであるが、これまで湿度が休息場所の選択に及ぼす影響はまだわからないことが多い。そこで本研究は2020年9月から2021年10月にかけて屋久島西部海岸域に生息するニホンザル群の4歳以上のメス24頭を対象に、気温・湿度に応じた半日陰を含めた日照条件に関する微小生息地選択を調べるため、携帯型気象計を用いて計測した気温・湿度と対象個体の休息場所の日照条件について多項ロジスティック回帰を用いて分析した。その結果、まず湿度に関わらず、20-25℃の温度帯で三者の選択割合が同程度になった。次に、その温度以上になると湿度が低いほど日陰の選択割合が低い代わりに半日陰の選択割合が高かった。20-25℃の気温帯で選択割合が均等になったことは、この気温帯が体温調節行動を必要としない温熱中間体であることを示唆している。この温熱中間体を超えると湿度が低いほど日陰の選択割合が低く半日陰を選択割合が高いのは、気化熱で体温を下げる際に太陽光も一部利用することで気化する水蒸気量を増やすことで体温を下げているかもしれない。さらに気温と湿度の組み合わせによって選択割合が変化することは屋久島のニホンザルの休息場所選択には気温と湿度が相互作用しながら影響を及ぼしていることも示している。これらのことから、半日陰は気温だけでは見落とされやすい休息場所であり、湿度を考慮することで明らかにできた点で今後の休息場所選択の研究で検討すべき要因であると考える。

Boyun Lee(京都大学・生態学研究センター)・Takeshi Furuichi(京都大学・野生動物研究センター)
ヤクシマザルにおけるアカンボウの否定的反応後に継続するハンドリングのパターン

Female Japanese macaques in Yakushima island (Macaca fuscata yakui) tend to attract and handle other females’ infants. Their desire to handle infants does not always lead to good results for infants, making infants show obviously negative reactions (e.g., squirm, jittery, cry, try to leave). We observed that some females did not stop handling infants even after the infants show clearly distressed reactions to them, despite riskiness when the mothers notice their infants’ condition and become aggressive towards handlers who are making their offspring distressed. To investigate why handlers persisted to handle infants, ignoring the infants’ negative reactions, we tested the following hypotheses: (a) a form of reproductive competition, (b) enhancing the social bond with the mother, (c) a form of maternal tolerance–for kinship, affiliative partner, lower-ranker, close-ranker. We found that aggressive handling rarely became excessive. We set GLMM models for each hypothesis and compared the candidate models with AIC. A single model selected to explain the occurrence of excessive handling and the post hoc analyses indicated infants tended to be handled by females ranking lower than the mothers, and females who were in closer relatedness with the infants and with a small rank distance from the mother tended to be handlers. 

角田史也・半谷吾郎(京都大学・生態学研究センター)
ヤクシマザルの花蜜食行動がヤブツバキの繫殖に与える影響

 ヤブツバキはヒヨドリやメジロによって送粉される鳥媒花である。2~4月の花期には多くの蜜を花に蓄え、花粉媒介動物をおびき寄せる。屋久島西部の標高1,000m付近の照葉樹林-ヤクスギ林移行帯では、通年で成熟葉を主な食物資源としているヤクシマザルがこの時期にヤブツバキの蜜を長い時間かけて採食する。
 ヤクシマザルは採食時、咲いている花から直接蜜を舐めるのではなく、むしり取った花を半分に割り、その中にたまっている蜜を舐める。残った花は林床に捨てられ、生殖器官としての役割を失う。このことから、ヤクシマザルの花蜜食行動はヤブツバキの繁殖に影響を与えている可能性が考えられる。
 そこで本研究では、ヤクシマザルの花蜜食行動がヤブツバキの繁殖に与えている影響の大きさを明らかにすることを目的とし、①蕾・花・果実の個数計測、②開花木での定点観察、③蜜の量・糖度分析をおこなう。
 調査地は屋久島で、大川林道終点、西部林道、永田もしくは尾之間の集落の3か所でおこなう。大川林道終点はヤクシマザルによるヤブツバキの採食がよく観察できるヤクスギ林である。西部林道は年を通して餌資源として利用価値の高い果実があり、ヤブツバキの採食はあまりみられない。また、集落ではヤクシマザルの訪問しないヤブツバキを対象として調査する。
 調査①により、ヤブツバキの結実率が気候やヤクシマザルによる食害によって受ける影響の大きさを評価する。調査②により、ヤクシマザルがヤブツバキの花を破壊する量や、ヤクシマザルのヤブツバキへの訪問が花粉媒介者の訪問に与える影響を調べる。調査③により、ヤブツバキの蜜の利用価値を評価する。これらの結果を、気候とヤクシマザルのヤブツバキ利用性が異なる3か所で比較することで、ヤクシマザルがヤブツバキの蜜を採食することによるヤブツバキの繁殖への影響の大きさと因果関係を明らかにする。

Lorraine Subias大阪大学
Experimental study of metacognition in a free-ranging group of Japanese macaques

 Metacognition is often defined as the ability to “think about thought”. Among Cercopithecidae, the investigation of memory awareness has been limited to rhesus macaques, lion-tailed macaques and baboons. In order to better understand the phylogenetic distribution of metacognition, we tested ten free-ranging Japanese macaques residing on Awaji Island. The task required monkeys to locate food hidden within a set of four tubes. We observed whether they would look inside the tubes before making a choice when they did not know which tube contained food. We have also varied the cost of looking in the tubes, and the attractiveness of the reward.
 Our findings revealed that most of the macaques looked inside the tubes more frequently when they did not know the food's location. Some macaques tended to reduce their looks when the cost of looking was high, but only when they already knew where the food was. When a more attractive reward was at stake, a few macaques tended to look inside the tubes more frequently, even when they already knew the food’s location. These results suggested that Japanese macaques adjust their information-seeking behavior based on their level of knowledge, the cost associated with seeking information, and the potential value of the reward. These observations seem to confirm what has been found in other macaque and baboon species, suggesting that metacognitive-type abilities may well be shared by Cercopithecidae and, finally, that some individuals may sometimes be aware of their ignorance.