ヤシロウ物語

むかーし昔、屋代のムラにヤシロウという男の子が住んでいました。ヤシロウは、元気いっぱいの腕白坊主。イヌやサルやキジを家来にして一重山を駆け回ったり、イノシシやクマ達と相撲の稽古をしたりして遊んでいました。

その頃、屋代のムラには、ある言い伝えが広まっていました。杏の木を粗末にすると、杏の神様が怒り出して、どこかへ連れさらわれてしまう、と言うものです。

ある日、ヤシロウはおじいちゃんのムラ巡りについてきて、いつものように、ふれあい公園で遊んでいました。そこには、お友達の鮎太郎くんやカモシカコちゃん達もいました。科野のクニの大王であるヤシロウのおじいちゃんは、公園にいる子ども達を集めて、神妙な顔で話し始めました。

「おいヤシロウ、とーっても怖い話があるんだけど聞くかい?」

「なんだって!おれにこわいものなんかないぞ!」

すると、大王様は話始めました。

「子ども達が杏の木を粗末にすると、杏の木の神様が怒って、どこかはわからぬが、連れ去ってしまうらしいぞ~」

一緒に話を聞いていた子ども達は「はっ」と息をのみました。

でも、友達の前で、「こわいものなんかないぞ!」と言ってしまったヤシロウくんです。

「そんなの、ぜーんぜん怖くなんかないやーい!」と、公園にある杏の木のところまで駆け寄って、どんっ!!と思いっきり蹴りつけました。

するとすると…ほわんほわんほわんほわん…オレンジがかった白い煙が立ち上がり、目の前が、今まで見たこともない綺麗な杏色に包まれたかと思うと…あれっ?ここはどこだ?

<現代のはなし>

一面の田んぼ。なんだか見たこともない建物がいっぱい。

「ここは、じいちゃんが言っていた外国ってやつかな?」ヤシロウは思いました。

ファンファンファーン。綺麗な音のファンファーレが鳴りました。

あ、やっぱり外国ってやつだ。兵隊さんがラッパを鳴らしているんだな。

音のする方へ向かっていく…と、

そこには見たこともない変な服をきて、変な頭をして、変な楽器を持っている人間たちが!まずいことになったなあ~。

ヤシロウは杏の木を蹴ってしまったことを、初めて後悔しました。

すると遠くの方に、ヤシロウとおんなじような頭をして、ヤシロウとおんなじような白い服を着ている人たちが歩いていました。それも音楽にあわせて、楽しそうに・・・。

あー、良かった。安心したヤシロウは、その人たちの行列に入り、一緒に歩いていきました。公園の中では、子ども達が火おこしをしたり勾玉を作ったりしていました。丘の上にはヤシロウの家と同じような茅葺きの家や高床倉庫などがあります。行列は古代の道をどんどん登っていきます。紅葉が綺麗で、赤や黄色い葉っぱがチョウチョみたいに舞っています。どんぐりもいっぱい落ちています。屋代田んぼが眼下に広がってきました。わー!楽しいな!空気も美味しいし、景色もとっても綺麗!

行列が山頂に着くと、収穫感謝祭という儀式が始まりました。

「この科野のクニを治めていた大王の墓、森将軍塚で~」

(ん?科野のクニの大王って、じいちゃんの名前じゃないか!)

ヤシロウは思わず、大きな声で叫び始めました。

「おい、何言ってるんだ、科野のクニの大王はボクのじいちゃんだぞ。じいちゃんは、墓になんて入ってないやい!今日だって一緒に公園に来てたんだぞ!変なこと言うんじゃないぞ!」

ざわめきだす人々。

「おい、なんか変な奴が混ざっているぞ。」「つかまえろー」

ヤシロウは取り押さえられてしまいました。

「なんだ!こいつ!まるで何百年も前から来たような変な恰好をしているぞ。」

その時、ヤシロウは気づきました。僕が来たのは外国なんかじゃない。未来にタイムスリップしちゃったんだ!

取り押さえられたヤシロウは、みんなに事情を話しました。杏の木を蹴ってしまったこと、杏の木を大切にしないとどこかへ連れ去られてしまうという言い伝えのこと。不思議なオレンジ色の白い煙のことを・・・。親切な屋代の人たちは、ヤシロウを気の毒に思い、将軍塚鍋や古代米のお餅を恵んでくれました。

今日は11月3日。ここは、森将軍塚まつりの会場だったのです。

「きみのおじいさんが眠るこの森将軍塚古墳で、毎年11月3日に豊作を祝って森将軍塚まつりという収穫感謝祭が開かれるんだよ。」と、人々は教えてくれました。

次の日、屋代の人が連れ出してくれたのは、千曲川。

あ、そういえばボクの家の近くにも、おっきな川が流れていたなあ。

いつものように、魚たちと遊ぼうと思って、ヤシロウは話かけました。

「おーい、遊ぼうよお~。」でも魚たちは、すましたままつつーっと通り過ぎるだけでした。

水鳥たちも、ヤシロウの問いかけに、まったく気付いてくれません。

次は山にいってみようか。屋代の人と一緒に一重山に登りました。いつものようにカモシカ達と遊ぼうと思って、ヤシロウはピーっと草笛を吹きました。でも誰も来ません。代わりに近くにいたスズメがばたばたっと飛び去って行きました。

変なの~。ボクのムラでは鳥も動物も、みーんな仲良しで一緒に遊ぶのになあ・・・。

屋代の人々は優しく、生活の便も良く、ヤシロウは何一つ不自由なく過ごしました。でも、一緒に公園に行ったじいちゃんは、どうしているだろう?古代のおとうさん、おかあさん、おばあちゃんは…鮎太郎くん、カモシカコちゃんは…みんなのことを考えたら、急に悲しい気持ちでいっぱいになりました。ヤシロウの目からは涙が次々と流れ出しました。

そうだ、じいちゃんとはぐれたあのふれあい公園に行ってみよう!一目散に走り、公園にたどり着きましたが、やっぱりそこは、綺麗な家と立派な遊具のあるヤシロウの見慣れない公園でした。まだ朝早く、誰もいないふれあい公園でヤシロウは沢山泣きました。

「さみしいよ~」「じいちゃんー!ばあちゃーん!」「おとうさーん!おかあさーん!」「鮎太郎くん!カモシカコちゃーん!」「みんな~出てきてよー!」

ヤシロウは思わず胸の勾玉を握りしめ、

「あんずの木の神様!おねがいだよー!みんなのところに帰りたいよー!ボク、もう杏の木を蹴ったりしないから!」と、大粒の涙を流しました。すると、勾玉がピコピコピコと光り始めました。不思議な煙がモクモクとヤシロウの周りを包み始めました。

目の前が真っ白というかオレンジ色というか、今まで見たこともないきれーいな色に・・・。…あ、これは杏の実の色によく似ているなあ。ヤシロウは甘酸っぱい杏の匂いのする不思議な煙に包まれ、気付くと、ヤシロウが蹴とばしたあの杏の木の前に…

「大丈夫かい?あんまり強く蹴るもんだから、跳ね飛ばされて、しばらく気を失っていたんだよ」鮎太郎とカモシカコ、それにヤシロウのおじいちゃん、おばあちゃん、近所の大人たちも、みんながヤシロウの顔を心配そうに覗き込んでいました。

こうしてヤシロウは懐かしい古代に帰ってきました。そしてみんなに伝えました。「杏の木はね、この先、何十年、何百年、何千年も続く科野の里のシンボルになるんだよ。だから大切に、たいせつ~に育てようね!」村のみんなは、急にそんなことを言うヤシロウを見て、あっけにとられていました。「あ、それからね、このムラは、千曲市ってゆう名前になって、この先もずーっと栄え続けるんだよ!」 なんでそんなこと知ってるかって?それは、ヤシロウとこの紙芝居を読んだみんなだけの、ひ・み・つ。

ヤシロウに会いたくなったら、ふれあい公園の杏の木の前で「ヤシロウく~ん!」て呼んでみて!古代から現代にタイムスリップして、ヤシロウが君たちに会いにやってきてくれるかもしれないよ!

おしまい。