41年間東京家政学院大学家政学部家政学科(現・現代生活学科)で教鞭をとっていた藤居眞理子名誉教授の、染色分野の研究と、伝統工芸染色技法の知識教育と実習教育の成果を一般に広めようと、平成30年4月、藤居家の新築を機に一部を工房兼教室として研究所を設立した。
藤居眞理子名誉教授の専門は「被服整理学」であり、主に衣類の洗浄についての実験的な研究である。この「被服整理学」は、洗浄する相手が「きもの」であった頃からの実践的な学問(衣類整理)であった。したがって、日本の家政学の先駆者、大江スミが創設した東京家政学院大学の「被服整理学」では、洗浄分野と染色加工分野が教育の二大柱であった。
「きもの」を洗浄する際に行う色揚げ(褪せた色を元に戻す)、染め替え(異なる色に染めかえる抜染・染色)、模様付け(新しく模様を染める)などの工芸染色の理論と技術もまた被服整理学の範疇なのである。藤居名誉教授は、「応用染色学(伝統工芸染色技法の解説)」や「応用染色実習(工芸染色実習)」も担当してきた。
「きもの」制作を伴う染色分野の卒業研究指導開始は、平成元年の秋、紅花染めで総絞りのきものを染色し、卒業研究としたいと切望する学生が現れたことに起因する。そこで天然染料を用い、鮮明な発色を得るための合理的かつ経済的な染色方法を見出し、誰でも失敗なく実践できる方法や条件を提案することを研究目的に掲げた。天然染料で渋く発色させるのは容易であるが、条件さえ揃えば、驚くほど鮮やかに染めることが出来る。絹織物の着尺一反(三丈物ではおよそ12~13m、四丈物ではおよそ16~17m)を実際に染めることを前提に、染料の抽出方法、染色方法、媒染剤の選定と媒染方法等について、学生と共に実験的で実践的な検討を平成2年から同28年までの26年間おこなってきた。
作品を「きもの」に限定した理由は、①伝統的な意匠のきものは流行に流されないため、一生ものの民族衣装であり、本人一代のみならず次世代にもに引き継ぐことが可能である。②天然染料で染色したきものは、時と共に次第に穏やかな色に変化する傾向にあるため、長い人生を共に歩むことのできる衣装である。③染色布の実用的観点から、10種類の染色堅ろう度試験を課した。これはその染色物の弱点を知った上で賢く着るためである。また、たとえ耐光堅ろう度や洗濯堅ろう度に若干の弱さがあったとしても、晴れ着としてのきものであるからこそ許される。④実験で検討した上に、さらに手間暇かけて染め上げるきものは、学生生活の集大成である卒業研究の作品としてふさわしい。一生に一度、世界でただ一つの作品、自ら身に纏う「きもの」を染め上げるという大きな目標に向かうからこそ、面倒な実験や課題を根気強く解決して行ける。加えて達成感ある体験が、携わる者を大きく成長させる。これを纏うとき作者は内面の成長と相まって美しく輝いた。との体験からであった。
定年退職後、その知識と技術を使う場がなくなるのは惜しいと考えた息子・弘之が、研究・活動を継続し、その輪を大きくすることを望み、研究所の開設を計画した。大学教授時代に追求した若い女性に相応しい発色のきものにとどまらず、広く老若男女を対象にし、相応しい発色を求めての研究・活動と定めた。そのために、藤居きもの染色研究所の開設と運営に携わろうと決心した。まず、伝統工芸染色技法をいろいろな方に学んでいただき、興味を持っていただけるよう、附属工芸教室を併設し、ひいては自分の手で自ら纏う世界でただ一枚のきもの染色を体験していただきたいと考えている。また、染色物の制作・販売も手掛けたいと、ごく小さなShopも併設した。染色の他に、技術や知識はあるが教える場所がないといった方々を発掘して講座を開いていただき、多くの方々に手づくりの素晴らしさを体験できる場としても提供していく予定である。