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上半期ベストプレイ

テアトロ誌8月号に、2月に上演した「花しまい」の評をいただきました

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神澤和明(演出・評論)

小さな公演だが印象に残った舞台を記したい。「奈良町にぎわいの家」が上演した『花しまい』と、平和朗読劇「広島第二県女二年西組~原爆で死んだ級友たち〜」の二つだ。

奈良公園の隣、帝に捨てられた采女が身を投げたという猿沢池の傍を過ぎ、元興寺の旧境内辺りへ来ると奈良町だ。観光客は多いが、鹿は歩いていない。古い町並の風情のなかに「奈良町にぎわいの家」と名づけられた町家がある。かつて美術商の住居だった、大正生まれのこの登録有形文化財を使って、演劇公演が行われた。主屋、土間、通り庭、蔵等を観客が移動して、そこで展開される姉妹のやりとりに「同席」する。演技者は待ち受けていたり、追いかけてきたり。これまでに見た町家を使った芝居や、区画を歩いて回る街頭劇は、芝居を場所にはめ込んでいた。これは場所がまずあって、そこから場面が立ち上がったもの。演劇の大事な条件、芝居と劇場と観客が、幸せに適合する。一回の観客は10名で一時間という長さもふさわしい。

背景となる時代は大正。花の名を持つ三人姉妹(梅、あやめ、桜)と、不思議な少女、そして観客を誘導し、時に芝居に入ってくる案内人三人が登場人物。長女は好きな男と駆け落ちしたが、破綻して出戻ってきた。その引け目からか、二人の妹の暮らしぶり、しつけにうるさい。モガで自由恋愛に憧れる次女は、女学校の同窓生に恋しているが、跡取り娘として親が選んだ相手との結婚が迫っている。自由闊達な性格の三女は姉妹を明るくする存在。そして、白のドレスを来た幻のような少女。これは、東京に出かけて関東大震災に遭い亡くなった母親のおなかにいた、生まれなかった四女だろうか。

長女も次女も、当時の世間の見方や家族制度に反発したが、結局、「女だから」という旧来の考え方に自分の人生を収めた。何も考えていないような三女が、かえって自由に、今に繋がる人生を送ったようだ。社会規範を変えたいと活動する女性たちがいて、しかしなかなか(同性にも)変化の動きは広がらず、普遍たる根っこが動きだしてやっと、変化がもたらされるのが現実だろう。

場の雰囲気を吸い取った、穏やかでノスタルジック、明るく切ない上演だ。歌人でもある作者が書く台詞は、詩のリズムと気分をもつ。何気ない日常風景に「時を超えるイフ」をかぶせ、大正が現在に生きてくる軽快な演出も優れている。

[作]小野小町
[演出]外輪能隆(2月24日)


昭和二〇年八月六日、建物疎開地の後片付け作業中の女学生3人が被爆した。当日、体調不良で欠席して助かり生き残った作者は、級友たち一人一人の命を記録しようと、被爆後30年たって聞き書きをして回った。そして『広島第二県女二年西組~原爆で死んだ級友たち~』を出版し、演劇用脚本も執筆した。その脚本は朗読劇として関西の劇団で繰り返し上演された。今回の一日きりの公演は、亡き作者への追悼にもなろう

被爆者の悲しみ苦しみをテーマにした舞台は再々見ている。それでわたしの感覚は「すれて」しまっているが、この舞台を素直に受け止めた。節度ある落ち着いた演出は流れ良く、なにより「こんな風に見せてやろう」という邪さがない。上からの「同情」でなく、当事者の目線での認識と感覚に触れる感じがした。これまで、戦争を知らない世代が戦争劇を演じ、被爆の悲惨さを語ることに、どれだけの真実みがあるのか、わたしは気にしていた。だが、あらためて気付いたのは、文字で綴られた記録は生きていないことだ。言葉は口から発せられ耳に届けられたとき、生きることができる。言葉は文字よりも先に存在する。語られないままの言葉は記号にとどまる。生きた実感できるものにするには、誰かが語らなければならない。その誰かは、書いた人間でなくても良い。語る人間の声を借りて、その言葉を書いた人間の体験と心が生き返ってくる。その言葉は、代わって語っている人のものにもなろう。大阪芸大の授業で阪神淡路大震災に関わる詩を学生に与えたら、当時はまだ生まれていなかった彼女が、読みながら泣き出した。だから、こうした体験を語りつなぎ、演じ続ける意味はある

誤解されるかもしれないが、一言。こうした劇作品がしばしば、「被害者」の悲しみを描くのに留まってしまうのは、もどかしい。戦争の進行に反対できなかった立場からの視点も大切だろう。「戦争の悲劇を繰り返さない」という文言の、主語は誰なのか。世界の権力者たちは原爆の惨禍を口にはしても、いまだに原爆投下を正当化したり、使用するぞと脅したりしている。その考えそのものを告発する力を、演劇が持ちたい。

[作]関千枝子[演出]熊本一(4月6日)


テアトロ 2024年8月号

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