コンセルヴァトワールとは、一般的に音楽や舞台芸術に関する国立の高等教育機関のことである。中世の教会に設けられた聖歌隊員の子どもたちのための教育施設conservatoriが語源。専門教育機関としては、1784年に創設されたパリのコンセルヴァトワールが初。その後ヨーロッパ各国をはじめ、アメリカやオーストラリアに設立され、音楽や演技の理論および実技に関する高等専門教育機関の名称として定着する。ちなみに、パリのコンセルヴァトワールは1795年に国立学校として再編され、1946年に演劇部門が独立、国立高等演劇学院Conservatoire national supérieur d’art dramatiqueと改称され、今日に至っている。
ベルギーでも建国当初からフランスのコンセルヴァトワールに準ずる芸術学院が開校され、それが20世紀の教育改革の礎となっている。1990年代の教育制度改革以前、ベルギーのコンセルヴァトワールでは、修了者には「首席prix」または「次席accessit」の称号が授与されていた。具体的には、修了試験の得点80%以上が「首席第1位premier prix」、70%台が「首席第2位second prix」、60%台が「次席第1位premier accessit」、50%台が「次席第2位second accessit」となり、実際には「首席第1位」を獲得した者のみがコンセルヴァトワール修了者として第一線で活躍できたようである。その後、1990年代の制度改革により、現在では大学と同じように学士号と修士号が授与される制度に変わり、優等生だったかどうかは問題にはならない。
なお、コンセルヴァトワールは、オランダ語発音ではコンセルヴァトーリウムとなるので、フラマン語圏の学校に関してはコンセルヴァトーリウムと呼ぶことにする。
1813年、フランスの支配下にあったブリュッセルに歌唱学校École de chantが設立され、当時流行っていたオペラのための歌手養成学校として声楽と音楽基礎教育のクラスが開講される。その後、1826年にはオランダ政府の要請により王立音楽学校École royale de Musiqueとなり、革命による中断を経て、ベルギー建国後の1832年にブリュッセル王立音楽院Conservatoire royal de Musique de Bruxellesと名称を改め、活動が再開される。
ブリュッセル王立音楽院の初代院長にはフランソワ=ジョゼフ・フェティスFrançois-Joseph Fétisが任命される。パリ国立高等音楽院Le Conservatoire de Parisで学び、その後、同院の司書となり教鞭もとっていたフェティスが選ばれたことからもわかるように、当時の教育機関はフランスの教授法の影響下にあった。
1967年、ブリュッセル王立音楽院はsection francophoneとsection néerlandophoneに分割され、後者がオランダ語名のKoninklijk Conservatorium Brussel ( KCB ) となる。なお、分割後のKCBの概要は別項目とし、以下はsection francophoneのみの概要である。
1988年にジャズ科が増設されるなど独自のカラーを打ち出し始めたブリュッセル王立コンセルヴァトワールは、2001年には音楽と演劇という二分野での学士号が授与され、さらにその一年後には、修士号が授与されるようになる。現在は、ジャズ科、古楽科、教育学科、リズム・リトミック科といった独自の学科が開設されている。また、同校の使命は、音楽と演劇における研究と実践を通して、芸術家や教育者を養成し、芸術活動を発展させることにある。
現在は、約700人の学生が在籍しており、そのうちの約75%が海外の約40カ国から学びにきた学生であり、クラシックとコンテンポラリーの作品解釈および創作活動における国際的プラットホームの役割を果たしている。ちなみに、演劇などの舞台芸術を学ぶ学生は全体の約15%である。なお、国際発信力については、フランス語圏の高等教育機関の国際化支援機関であるワロニー=ブリュッセル・キャンパスWallonie-Bruxelles Campusの存在が大きい。これは、ワロニー=ブリュッセル・インターナショナルWallonie-Bruxelles Internationalの下部機関で、フランス語圏の高等教育のグローバル化を推進している。ブリュッセル王立コンセルヴァトワールは、ラ・カンブル国立視覚芸術高等専門学校(La Cambre)や国立舞台芸術・放送技術高等学院(INSAS)と同じように、この機関のおかげで多くの留学生を受け入れている。ちなみに、ワロニー=ブリュッセル・インターナショナルは、後で触れる「協力協定」のおかげで2008年に設立されたフランス語圏の外務機関である。具体的には、ワロン地域政府、ワロニー=ブリュッセル連合政府、そしてブリュッセル首都圏地域のフランス語共同体委員会に関連する国際関係業務を担当する共同機関となっている。
リエージュ王立コンセルヴァトワールConservatoire royal de Liège所属の教育機関。同コンセルヴァトワールは、1826年に創設、翌年開校された音楽専門の教育機関で、1830年にはベルギー初の王立コンセルヴァトワールとなった。そこに舞台・映像芸術の教育機関が組み込まれるのはずっと後のことである。現在は、ワロニー=ブリュッセル連合高等芸術学校École supérieure des arts de la Fédération Wallonie-Bruxellesとして、音楽と演劇の分野でより高度な芸術教育(学士、修士、高等教育資格)を提供している。演劇分野では、3年修了時に演劇および発話芸術の学士号を、4年修了時に同修士号(プロフェッショナル・ディプロマ)を取得することができる。演劇教育で特筆すべきなのは、俳優養成に重点が置かれた演技専門学校と言っても過言ではないことであろう。同校では、演劇史や作品解釈等の座学、身体運動や発声法等の実践練習のすべてが俳優養成に結びつけられている。
また、特徴的な授業にはプロジェクト型授業がある。これは、フランスの演劇研究者であったジョルジュ・バニュGeorges Banuによって命名された「プロセス型教授法」と「イベント型教授法」の中間に位置づけられるプロジェクト・ベースの教授法を採用したものである。授業では、事前に決定されたプロジェクトに従ってジャンル別演技の習得や創作力を養い、演出家やプロデューサーたちの厳しい要求に応えられる俳優の養成が目指されている。また、より実践的な教育プログラムとしては、同校に隣接するワロニー=ブリュッセル連合の演劇研究開発センターであるシアター&パブリックThéâtre & Publicsと連携した「上演準備クラス」が設けられている。この協力体制は1970年代から始まり、学生たちの就職支援にもなっている。
同コンセルヴァトワールは、ESACTと同じく、まずは建国以前の1820年に音楽学校としてスタートし、1882年にコンセルヴァトワールに昇格、王立になるのは第2次世界大戦後、1948年のことである。2012年からは、ARTS2という名称の芸術高等専門学校École supérieure des Artsに再編され、ヴィジュアル・アート、音楽、演劇の3部門の内、音楽と演劇を担当、演奏家や作曲家、俳優や舞台制作者を養成している。なお、ESACT同様、演劇部門では、俳優トレーニングに重点が置かれ、身体運動やヴォイス・トレーニング、スピーチ訓練などの授業があり、修士課程ではマリオネットの授業を履修することもできる。
なお、2024年9月からはダンス部門がスタートしたが、これは、コンテンポラリー・ダンスの中枢機関の一つであるシャルルロワ・ダンスCharleroi Danses、そしてINSASとラ・カンブルが共同で立ち上げたダンス・カリキュラムに参加したものである。この部門が新設されたことで、ARTS2は、フランス語圏で4種類の異なる芸術分野の教育を提供できる唯一のコンセルヴァトワールとなった。
1832年設立のブリュッセル王立コンセルヴァトワールは、1967年にSection francophoneとSection néerlandophoneに分裂し、後者の正式名称はコーニンクレッカ・コンセルヴァトーリウム・ブラッセルKoninklijk Conservatorium Brusselとなる。同校では、フランデレン政府管轄のコンセルヴァトワールで唯一ミュージカルを学べるコースが開講されるなど、独自色を出す努力が成されている。ちなみに、主たる部門は音楽とミュージカルで、コーチング・アプローチを中心とした実践的学習環境のなかオーダーメイドの教育を提供している。舞台芸術に関しては、ミュージカルに特化したかたちでパフォーマーと指導者を養成している。
なお、現在は、1994年以降の大規模な高等教育機関の合併・再編によりできたエラスムス・ブリュッセル応用科学芸術大学Erasmushogeschool Brusselの六つの学位プログラムの一つに組み込まれている。ちなみに、RITCSと呼ばれる王立演劇・映画・音響学院も六つの学位プログラムの一つである。
1835年に設立された同校は、1995年からは、王立美術学院Koninklijke Academie voor Schone Kunsten (1751年設立、略称KASK)とともに、ヘント・ユニヴァーシティ・カレッジHogeschool Ghentの附属芸術学校となっている。現在は、略称を使ったKASK & Conservatoriumという名称で周知されている。コースは音楽、ドラマ、視聴覚芸術、視覚芸術に分かれ、視聴覚芸術部門では、実写映画以外にもアニメーション映画で学士号と修士号を取得することができる。舞台芸術部門であるドラマでは、豊富な芸術コースと連携するかたちで学際的な教育を取り入れ、KASK Dramaという名称で広く知られている。
フランス語が公用語とされた19世紀のベルギーではフラマン語圏よりもフランス語圏での学校拡充に重点が置かれていたが、1898年、ついにフラマン語を公用語とする高等教育機関が創設される。それが同校である。
2013年、アルテジスArtesisとプランタインPlantijnという二つの高等教育機関が合併する際に、そのなかの4部局とは別の付属学校としてアントウェルペン王立美術学院(Artesis Plantijn Hogeschool Antwerpen、略称AP)に併合されるが、コンセルヴァトーリウムの名称はそのまま保持される。特色は、音楽、ドラマ、視覚芸術の他に、フラマン語圏のコンセルヴァトーリウムとしては唯一ダンス・プログラムが存在することである。また、1980年代の「フランデレンの波the Flemish wave」の牽引役となったインターナショナル・アーツ・センターであるドゥ・シングルDe Singel(1980年設立)と協力し、国内外への発信をうまく分担していることも注目すべき特色である。