ミニシンポ

ミニシンポ:人新世における環境変動と生態学の未来


日時:2022年11月19日(土) 13:00~15:00


講演1.気候変動と森林生態系:長期観測と影響の緩和に向けて

久野真純(東京大学大学院農学生命科学研究科)


気候変動は森林動態に大きな影響を及ぼしており、世界のさまざまな地域で森林の変化が確認されている。森林生態系は、木材生産、二酸化炭素吸収、炭素貯蔵、生息地の提供など多面的機能を有しているため、森林の変化について理解を深めることは、劇的な地球環境変動を経験する21世紀のなか極めて重要な課題のひとつである。本講演では、気候変動が森林の生物多様性(種組成や形質組成を含む)に与える影響、そして森林の生態系機能(炭素貯蔵機能に関わる生産量や枯死量など)に与える影響について、長期観測研究を中心に紹介する。さらに、「自然に根ざした解決策」に代表されるように最近では生態系を活用した気候変動への対応策の重要性が増している。講演の後半では、「生物多様性を高めることで、気候変動が森林生態系機能に与える影響を緩和できるか」という自身の研究課題について触れる。


講演2.多雪地帯の森林における冬の気候変動影響 -野外操作実験による検証

小林真(北海道大学)


多雪地では、森林植物の成長は積雪量や雪解け時期によって制御されていると言っても過言ではない。一方、最新のIPCC報告書では、冬に気温の上昇幅が大きいと予想されており、今後、雪解け時期が早まると考えられている。となれば、雪解け時期の早まりは、多雪地帯の森林植物の成長へ影響を及ぼすと容易に予想できるが、予想の妥当性、影響の詳細を検証した例は限られる。本発表では、雪解け時期の早まりが北海道の森林の下層植生や上層木へ及ぼす影響について”大面積-雪解け操作実験”により検証した例を紹介する。人工的に雪解け時期を早めると、土壌中の無機態窒素の生成量が増加することがわかった。しかし、増加した無機態窒素を吸収し、さらなる成長につなげていたのは下層植生のみで、成木には顕著な変化が見られなかった。このことは、多雪地帯の森林において、雪解け時期の早まりは森林内の階層ごとに異なる影響を及ぼすことを示唆している。演者は、このような大規模な野外操作実験を行うことで、生態系全体に対する気候変動影響の因果関係を検証することが、森林像の正確な将来予測を行う上で重要であると考える


講演3.散布能力と競争を介した樹木種における更新場所の寒冷化

小出大, 吉川徹朗, 石濱史子, 角谷拓(国立環境研究所)


気候変動などの環境変化に対する生物の分布移動は、生物種の機能特性による幅広い移動速度の違いと、移動に際しての競争等の相互作用による影響から、複雑な反応を示すと考えられる。本研究は日本の森林樹木種を対象に、その稚樹と母樹の分布における気温傾度上の差異(稚樹母樹差)を過去の分布移動指標として、機能特性や相互作用の影響解明を目的とした。302種を解析した結果、稚樹が母樹よりも寒い領域に分布がずれる全体的な傾向があり、特に種子の軽い種や木性つる植物では稚樹母樹差が大きかった。また常緑広葉樹の高温限界が分布する南西諸島において、稚樹の温暖方向への移動という逆パターンが示された。これらの結果は温暖化に伴い稚樹(更新場所)の分布が全般的にはより寒冷地へ移動する一方で、機能特性や相互作用、地理的特徴によっては逆向きの移動も生じることを示すと考えられ、そのメカニズム理解の重要性が示唆されている。


講演4.人の暮らしが消えることで植物種の組成や多様性はどう変わるのか

小林慶子(農研機構)


国土の7割を占める中山間地域で営まれてきた農林業を中心とする人の営みは、里山景観の豊かな生物相を育み、国土の保全にも貢献してきた。しかし、高度成長期以降、里山で続けられてきた伝統的な活動(暮らし・生業)が消失し、人為攪乱により維持されてきた生物多様性や生態系サービスが失われはじめた。このような人の働きかけの縮小による生態系の劣化を「生物多様性第2の危機」として生物多様性国家戦略で言及して20年が経つ今日、2050年までに現居住地の2割が無居住化すると予測される状況下でこの危機が改善される兆しはない。里山から人の暮らしが消えたとき、人と共に生きてきた植物はどうなるのか。本報告では、全国各地の無居住化集落とその近隣の人が暮らす集落における里山指標植物(水田性種、草地性種)の分布状況を調査し、消長や多様性の地理的パターンを比較した結果をもとに、人の暮らしの消失が植物種の組成や多様性に及ぼす影響を考える。