生体膜リン脂質を介した細胞増殖シグナル伝達メカニズムを解明!(171102)

投稿日: 2017/11/02 8:59:41

“Endosomal phosphatidylserine is critical for the YAP signalling pathway in proliferating cells.”

Matsudaira, T.*, Mukai, K.*, Noguchi, T., Hasegawa, J., Hatta, T., Iemura, S.-i., Natsume, T., Miyamura, N., Nishina, H., Nakayama, J., Semba, K., Tomita, T., Murata, S., Arai, H.**, and Taguchi, T.**

*: co-first author

**: co-corresponding author

(下線部は衛生化学教室)

Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-017-01255-

論文へのリンクはこちら:

https://www.nature.com/articles/s41467-017-01255-3

プレスリリースはこちら:

https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP462298_S7A101C1000000/?au=0

生体膜はリン脂質二重層で構成されており、細胞を外界と区別する障壁として機能することが古くから知られています。一方で近年、様々な膜貫通タンパク質や膜表在性タンパク質の局在や機能をリン脂質が制御することが明らかになってきています。リン脂質は、極性頭部や脂肪酸鎖の違いにより数百種類の分子種が存在しますが、細胞内において一様に存在しているわけではなく、それぞれの細胞内小器官ごとに偏って存在していることが分かってきています。これまでに本研究グループは、リン脂質の一種であるホスファチジルセリンがリサイクリングエンドソームに豊富に存在することを明らかにしてきましたが、その機能に関しては不明な点が多く残されていました。そこで本研究は、リサイクリングエンドソームにあるホスファチジルセリンの機能を明らかにするために、ホスファチジルセリン近傍タンパク質を同定することから始めました。

ホスファチジルセリンに特異的に結合するevectin-2のPHドメインに、近傍(~30 nm)タンパク質をビオチン化するタグ(BirA*)をつなげた融合タンパク質を作製しました。この融合タンパク質を細胞内に発現させ、ビオチン化されたタンパク質をアビジンビーズで精製し、質量分析でホスファチジルセリン近傍タンパク質を同定しました。その結果、細胞増殖を制御するシグナル伝達経路であるHippo-YAPシグナルに関わるタンパク質が多数同定されました。

そこで、Hippo-YAPシグナルの中核分子である転写共役因子YAPの細胞内局在を観察したところ、これまで報告されていた細胞質及び核に加えてリサイクリングエンドソームにも局在していることが分かりました。リサイクリングエンドソームにおいて細胞質側にホスファチジルセリンをフリップする酵素であるATP8A1の発現抑制や、リサイクリングエンドソーム局在のホスファチジルセリン結合タンパク質であるevectin-2の発現抑制を行うとYAPの活性化が阻害されました。さらにYAP依存的に増殖する増殖悪性乳がん細胞(MDA-MB-231細胞)において、ATP8A1やevectin-2を発現抑制すると細胞増殖が抑制されました。これらの結果からリサイクリングエンドソームのホスファチジルセリンがYAPの活性化に必要であることが明らかとなりました。

次にリサイクリングエンドソームのホスファチジルセリンがHippo-YAPシグナルを制御するメカニズムを明らかにするために、evectin-2に結合するタンパク質を質量分析で解析した結果、Nedd4 E3リガーゼファミリーに属するItch、WWP1、WWP2を同定しました。YAPはHippoキナーゼLats1によってリン酸化されることで不活性化することが知られています。evectin-2/Nedd4 E3リガーゼ/Lats1の関係を解析したところ、evectin-2がNedd4 E3リガーゼを活性化することでLats1のユビキチン化を促進し、Lats1のプロテアソーム分解を促進することで、YAPの活性化状態を維持していることが明らかとなりました。

これまで生体膜リン脂質は細胞を外界と区別する障壁として機能以上に様々な役割を持つと予想されてきましたが、着目しているリン脂質が影響を及ぼすタンパク質を同定する手法は非常に限られたものしかありませんでした。本研究によって開発したホスファチジルセリン近傍タンパク質の同定方法は他のリン脂質にも応用可能であり、本手法によって生体膜リン脂質の新たな機能が明らかになっていくことが期待されます。

また、リサイクリングエンドソームのホスファチジルセリンを介したYAP経路の制御機構が、がん細胞の増殖を抑制する新規創薬ターゲットとなることが期待されます。