ある個体の行動がどのようなメカニズムで表れるのか、またそれが同種もしくは他種の個体群動態や多種共存にどのように波及していくのか、さらにはその帰結として生態系サービスにどのような影響を与えるのか、ということに興味を持っています。それと同時に、持続可能な発展に向けて、人間活動と生物多様性保全のwin-winな関係をいかにして実現していくのかという応用的な課題にも興味があります。そこで基礎的にも応用的にも盛んに研究が行われている送粉共生系を対象に、ハナバチ類の採餌行動や植物ー送粉昆虫ネットワーク時空間動態、作物の送粉サービスの研究を行っています。
送粉昆虫は自身(もしくはコロニー)の繁殖成功を上げるために状況依存的に採餌行動や訪花植物を変化させます。そのような採餌行動の変化は植物の繁殖成功にも強く影響します。花資源の時空間的な動態は送粉昆虫の個体群動態へと影響するため、送粉昆虫と植物の動態は相互依存的に決まると考えられます。このように、送粉昆虫の行動は送粉共生系の動態へと効果が波及していくと予想されます。また、景観スケールでの送粉系の安定性は、作物の送粉サービスの安定的な利用に直結し、農業の持続可能性に影響していると考えられます。そのため、個体の行動から群集動態、生態系サービスの関係性を明らかにすることで、基礎研究に基づく頑健で応用可能性の高い生態系管理を提言できると考えています。
同種内での採餌行動のばらつき
送粉昆虫の採餌行動に関する研究は古典的でありながらも、種差や性差に注目するものがほとんどです。その一方で、同種内においても個体の示す行動は大きく異なります。この個体間の採餌行動のばらつきは送粉昆虫の生活史理解だけでなく、送粉生態系の維持機構の理解にも重要な示唆を与えると考えています。主にハナバチ類を対象として、資源要求性や採餌経験による影響を研究をしています。
(1)ハナバチ類のほとんどを占める単独性ハナバチのメスは、造巣から採餌、産卵までを単独で行います。そのため生活史の各ステージによって要求資源が異なり、採餌行動も異なることが予測されます。またハナバチ類の採餌行動は自身の採餌経験(学習)の影響も受けることが知られています。しかし採餌行動に関わる諸要因を統一的に調べた研究は少なく、ハナバチ類の採餌行動がどのように変化していくのかは謎に包まれてます。そこで単独性ハナバチのメスを対象に、資源要求性と採餌経験が採餌行動に与える影響について研究を進めています。
関連する自身の論文
1) Nagano et al. (2023) Female solitary bees flexibly change foraging behaviour according to their floral resource requirements and foraging experiments. The Science of Nature, 110: 1-8.
(2)花粉運搬を行わずに花蜜を摂食する盗蜜という行動は植物の適応度にマイナスの影響を与えますが、送粉生態系においてそのような行動がなぜ許容されるのかは古くからの疑問となっています。既存研究では形態的特徴やエネルギー収支の観点から盗蜜頻度の種差を説明していますが、個体差を調べたほとんど研究はありません。そのためハナバチ類において採餌経験は行動を規定する1つの要素であるため採餌経験に着目して研究を進めています。
関連する自身の論文
1) Nagano (2021) Nectar robbing behavior on comfrey, Symphytum officinale L., (Boraginaceae) in Japan. Proceedings of the Entomological Society of Washington, 123(1): 262-266.
2) Nagano & Yokoi (2022) Honeybees with extensive foraging experience rob nectar more frequently. The Science of Nature, 109: 11-14.
植物ー送粉昆虫ネットワークの時間的動態
植物ー送粉者相互作用は、陸域の生物多様性や生態系機能の維持に非常に重要な関係です。そのため、植物ー送粉者相互作用(送粉ネットワーク)の安定性などが多く研究されてきました。しかし多くの研究では時間的にスナップショット的なアプローチがとられており、時間的な変化はあまり注目されていませんでした。送粉ネットワークの時間的な変化は長期的なネットワークの安定性・動態に大きな影響を与えるため、そうした時間的な動態を理解する必要があります。近年では、送粉ネットワークの時間変動が報告されていますが、季節や年に着目した研究ばかりです。しかし、採餌や送粉はそれよりも小さなスケールで生じるため、微細時間スケールでのネットワーク動態を解明する必要があります。そこで、1日の中で植物ー送粉昆虫ネットワークがどのように変化しているのか、その変化の駆動要因は何なのか、送粉ネットワークの中長期的な安定性にどう影響するかなどについて研究しています。
関連する自身の論文
1) Nagano (2023) Changes in pollinators' flower visits and activities potentially drive a diurnal turnover of plant-pollinator interactions. Ecological Entomology.
送粉サービスにおける生態学的集約化
緑の革命以降、集約的農業(過剰な農薬投与や圃場整備など)は短期的・局所スケールに作物生産向上を実現してきました。その一方で、土地利用改変や生態系の劣化を通して農地の生物多様性は急速に失われています。そのため中長期的・景観スケールでは、生物多様性の損失を介して作物生産にマイナスの影響を与えていることが分かりつつあります。作物生産の持続可能性を高めるために、現在主流の集約的農業から持続可能な農業へ転換する必要があります。近年、農薬などに変わり生態系サービスなどの潜在的な生態系機能を十分に引き出すことで持続可能な農業の実現を目指す「生態学的集約化(Ecological Intensification)」という概念が注目されています。送粉サービスにおける生態学的集約化の研究はヨーロッパを中心に盛んに行われていますが、その効果は時空間的な違いが大きく、状況依存性が高いのが現状です。また今後、生物多様性保全と作物生産の重要性が増すと考えられている小規模農地景観(東アジアや途上国)での研究はほぼ皆無です。このような背景を受け、日本の小規模農地景観において、① 生態学的集約化の概念を実現する人為管理の探索と② その効果の発現メカニズムの解明を目指して研究を進めています。
関連する自身の論文
1) Nagano et al. (2021) Diversity of co-flowering plants at field margins potentially sustains an abundance of insects visiting buckwheat, Fagopyrum esculentum, in an agricultural landscape. Ecological Research, 36(5): 882-891.
2) Nagano & Miyashita (2025) Contribution of nocturnal moth pollination to buckwheat seed set. Arthropod-Plant Interactions, 19: 1–7.
3) Nagano et al. (2025) Set-aside of grassland field margins enhances buckwheat pollination services in small-holder agricultural landscapes. Agriculture, Ecosystems and Environment (in press)