従来の神経変性疾患分類は、病理学的・臨床的特徴に基づき個別疾患として区別されてきた。しかし近年、これら疾患の病態には多様な異常タンパク質が重複して存在する混合病理が主体であることが明らかとなり、「脳変性スペクトラム(Neurodegenerative Spectrum; NDS)」という新たなフレームワークが提唱されるようになった。本章では、自己抗体を中心に据え、免疫・認知レジリエンスおよび慢性炎症、交差反応、血管障害、加齢リスクといった多様な要素を包括的に評価し、リスク管理手法を提案する。
NDSは以下の数式で表現される。
それぞれの要素の定義を以下に示す。
I (Inflammation):慢性・急性炎症状態
A (Autoantibody):自己抗体(免疫系が自己組織を攻撃する抗体)
C (Cross-reactivity):交差反応(分子擬態などによる自己免疫促進)
V (Vascular Dysfunction):血管障害(血管内皮機能障害、動脈硬化)
ARC (Age-related Risk Coefficient):加齢リスク係数(免疫老化・炎症体質の定量的評価)
R_i (Immune Resilience):免疫レジリエンス(免疫系の復元・修復力)
R_c (Cognitive Resilience):認知レジリエンス(認知機能の維持・回復力)
加齢リスク係数(ARC)は、近年の研究で明らかとなっている「免疫老化(イミュノセネセンス)」および「慢性炎症体質(インフラマージング)」を数値的に評価し、神経変性リスクを正確に把握するために導入された。特に、高齢になるほど慢性炎症が増加し、免疫系の機能が低下するため、ARCは疾患の予防戦略策定において重要な評価指標となる。
炎症は脳神経系において慢性的に進行し、認知機能低下を加速する重要な病態である。評価項目としては以下を用いる。
一般検査項目:CRP、WBC、フィブリノゲン、フェリチン
高度検査項目:高感度CRP、IL-6、TNF-α、IL-1β、ホモシステイン、尿中8-OHdG
NLR(好中球/リンパ球比):慢性炎症の鋭敏な評価指標。3.0以上で慢性炎症が疑われる。
血管障害は認知症の発症・進行において重要な役割を持ち、次の検査を用いて詳細に評価する。
一般検査:LDL/HDL比、中性脂肪、フィブリノゲン、ホモシステイン
特殊検査:FMD(血管拡張能)、RHI(血管弾性評価)、MMP-9(血液脳関門機能評価)
免疫レジリエンスは疾患リスクを評価する上で重要であり、以下の項目で多角的に評価される。
感染症頻度:風邪、インフルエンザ、胃腸炎の罹患頻度
傷の治癒速度:すり傷、虫刺され、口内炎など
慢性炎症徴候:歯周病、慢性疲労症状
ストレス耐性:睡眠品質、精神的安定性
さらに、栄養状態(タンパク質、ビタミン、ミネラルの摂取状況)、運動習慣および社会的要素を組み合わせ、多面的に評価する。
認知レジリエンスの評価は薬物療法に限定されず、食事、生活環境改善、睡眠管理、粘膜・皮膚の健康管理などの包括的介入を行うことが推奨される。また、栄養療法(点滴療法、サプリメント補充)を取り入れ、神経保護や慢性炎症抑制を目的とした多面的アプローチが推奨される。
自己抗体評価を核に置き、炎症や交差反応、血管障害、加齢リスクを総合的に評価した上で、個々の患者に対する最適化された介入計画を立案することが重要である。この包括的なアプローチにより、予防可能な要因を特定し、免疫および認知レジリエンスを強化することが期待できる。
本章では脳変性スペクトラム(NDS)という視点を新たに導入し、自己抗体を中心とした包括的評価法を提示した。慢性炎症、免疫老化、血管障害等を組み合わせたリスク評価により、より個別化された認知症予防および治療のための新たな道筋を示した。今後の臨床応用において、個人の多層的レジリエンスを高める具体的かつ多面的な介入が必要である。
以上。