コモンズ研究会
2024年5月11日から12日に熊本県阿蘇市において開催された「2024年度コモンズ研究会大会」の様子を報告いたます。
本企画に協力いただきました現地関係者の方々にお礼申し上げます。(以下文責:福岡女子大学 竹内亮)
熊本県阿蘇地域の草原には国内最大規模の野草地が残されています。草原の大部分は、地域住民のコモンズである牧野として管理・利用が行われてきました。しかし、近年の社会情勢の変化により、採草や放牧といった資源の直接的な利用が減少しており、森林へ遷移が進むことが懸念されています。また、関係者の高齢化などを理由に、草原保全に不可欠な管理作業である「野焼き」も従来の仕組みによる実施が困難となっています。そのため、草原保全のための新たな仕組みの必要性が高まっています。本研究会は、資源の過少利用問題に直面するコモンズである阿蘇の草原を、管理と利用の両面で支える様々な活動について学ぶ内容になっています。
阿蘇の草原保全に不可欠な役割を果たす「野焼き支援ボランティア事業」を運営する公益財団法人阿蘇グリーンストックに阿蘇の草原保全の意義および、保全を支えるボランティア活動についてレクチャーいただきました。
阿蘇の草原は、九州の生活を支える5つの一級河川の水源として森林よりも優れた水源涵養能力を発揮していることに加え、生物多様性や炭素固定の観点からも高い公益的な価値を持つことを説明いただきました。(参考リンク:阿蘇グリーンストックHP)
阿蘇の草原は160近くの「牧野組合」により、主にそれぞれの入会地である牧野として管理されてきました。過去には多くの世帯が農耕用の牛馬を飼養していたため、以前は有畜農家によって牧野組合が構成されていましたが、現在は組合員における無畜農家の割合が増加しています。
阿蘇の草原の保全には、野焼きおよびその準備となる防火帯作成(輪地切り)を毎年行うことが必要です。しかし、牧野組合員の減少および高齢化によってその継続が困難となっています。そこで、阿蘇グリーンストックでは、研修を受けたボランティア会員を支援が必要な牧野の管理作業に派遣しています。1998年度に110名のボランティアを7つの牧野に派遣して以降、2022年度には、延べ人数2,238名を66の牧野に派遣するほどの、大規模なボランティア活動となっております。
ボランティア事業のご担当者からは、ボランティア事業における行政、牧野組合との連携といった事業運営の仕組みや、参加者の安全管理や新規ボランティアの獲得と定着いった安定的運営にむけた課題についてレクチャーいただきました。レクチャー後には質疑応答の時間を設けていただき、活動の経緯など参加者からの活発な質問がありました。
(写真;上 レクチャーの様子、下 野焼きの様子(竹内撮影))
(ボランティア事業に関する参考文献:竹内・井上(2024))
阿蘇グリーンストックのレクチャーを受けたのち、阿蘇市外輪山に位置する牧野の一つを訪問し、牧野組合長および関係者に牧野をガイドいただきました。
組合長からは、牧野の経緯および現在の管理の課題についてお話いただきました。組合員の高齢化や脱退という困難な課題の中で、世代交代の積極的な促進や、阿蘇グリーンストックを中心とした外部組織との連携など様々な工夫により牧野の管理を継続されています。また、自身の牧野が草原の管理をやめると、隣接する他の牧野にも悪影響があるため、簡単にはやめることが出来ないという責任も感じておられました。一方で、そうした個々の牧野組合による取り組みには限界があるため、阿蘇の草原における行政の関りの必要性が認識されています。阿蘇の草原における過少利用問題の解決には「伝統的なコミュニティ」と「行政」のコモンズ管理における連携の在り方が一つの課題となってます。
参加者からは入会による牧野管理の課題や、牧野組合と外部組織との関係、移住者などの新規住民と牧野管理について質問がありました。
牧野内では草原の素晴らしい景観を実際に体感することができました。牧野内の馬頭観音像からは昔の生活のあり様がしのばれました。
※許可なく牧野に立入ることは禁じられています。
一日目の企画の終了後には阿蘇市内で懇親会を行い、盛会の中、参加者同士の親睦を深めました。
2日目は朝から生憎の雨模様でしたが、草原の新たな利用法方法として近年活発となっている「牧野ガイド事業」について、実際に事業をされている「asotan/あそたんガイドツアーズ」様に現地にて説明をいただきました。同事業は、牧野内においてガイド同伴によりトレッキン、e-バイクの乗車といったアクティビティを行うものです。当日は、実際に牧野ガイド事業で利用される牧野にてガイドをしていただき、ガイドツアーの流れやガイドの様子について観察しました。
草原から公民館に場所を移し、事業の経緯や課題について説明頂きました。特に、牧野における放牧・採草といった従来の経済活動とレクリエーション利用の調整における課題、事業としての経済的な課題についてお話しいただきました。牧野におけるレクリエーション利用では管理者との信頼関係が重要なことを認識する機会となりました。
質疑応答の時間には、参加者から実施可能な牧野の数の変化など、事業全体の見通しなどについて質問がありました。
※許可なく牧野に立入ることは禁じられています。
視察と関連付けて牧野の管理と利用に関する以下の研究報告がありました。
・白石智宙(広島修道大学)「有畜農家消失後の牧野組合における草
地管理活動の継続要因」参考:白石ほか(2024)
・竹内亮(福岡女子大学)「牧野のレクリエーション活用の課題と展望」
限られた時間ではありましたが、参加者において活発な質疑応答が行われました。
開催にあたっての実行委員の振り返り(竹内亮)
遠方より2024年度の研究会大会に参加いただきました皆様にお礼申し上げます。また、当日の天候が直前まで読めない中、現地の方々に非常に柔軟に対応いただいたことにより無事に大会を開催することが出来ました。重ねて御礼を申し上げます。今回の大会は阿蘇の草原を題材として、過少利用問題に直面するコモンズの管理と利用について考えるということを目的としておりました。参加いただいた研究者の皆様との意見交換から過少利用問題というテーマの重要性を改めて認識いたしました。今後、国内において事例研究が盛んになると感じております。
研究を離れて、一個人としては皆様に阿蘇の草原の魅力(研究題材としても)を少しでも感じてもらうことが出来たのであれば幸甚です。
また、プログラムの調整が遅れたことにより、案内が開催の2か月前となってしまいました。ご都合がつかず参加を断念された会員の皆様には、この場を借りてお詫び申し上げます。今後の反省点とさせていただきますので、コモンズ研究会において同様の企画がある際には参加いただけますと幸いです。